メルギゾーク~The other side of...~

江村朋恵

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第4話『少女の見る夢』

(006)【2】少女の憂鬱な休日(1)

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(1)
「えーーー……世に言う“魔法”というものを、何やら何でもできる力のように考えている方がほんと、困る位たくさんいます。ですがぁ、実際、いわゆる“魔法”というモノはそんなモノじゃありません。じゃあ何なのか。ハイ、説明できる人、いるかな?」
 それほど広くもない講義室で、二十八名の生徒の内二十七名に緊張が走る。自分があてられてしまうかもしれない、と思うからだ。
 自然頭を垂れて机を見る。講師から目を逸らす。
 あてられてうまく答えられなかった時にかく恥も、うますぎる説明をした時に油断ならないと思われるのも、どちらも望ましい事ではない。下唇を噛む者、瞬きの回数の増えた者、取り終ったノートを消してもう一度字を綺麗にして書き直している者、様々だ。
 そんな生徒達の中、緊張とは無縁の様子でぼうっと、第三別館三階のその窓から外を眺めていた一人に、白羽の矢がたった。春の日差しを受けて柔らかに煌き、風になびく中庭の新緑をのんびり飽くことなく見つめていた──紫紺の瞳。
 講師は机に肘を付く少女を指差した。
「ハイ、ユリシス君。君ならわかるんじゃないかな?」
 講師は外を眺めていたという理由でユリシスを指名したわけでは無かった。彼女なら確実に正解を言えると思ったからである。
 ユリシスは名を呼ばれて今日初めて講師の方を向いた。瞬間、白い髭をたくわえた年配の講師は、ギクリと顎を引いた。自分で指名したにもかかわらず、何を言われるかと目を逸らしたい衝動に駆られたのだ。それだけの迫力を、ただの一瞥でユリシスは辺りに放った。
「……先生」
「な、何かね?」
「先生の望む答えはどれですか? 一、額面通り、教科書通りの答え。二、私の、私なりの解釈。三、異端の答え。どれを言えば良いですか?」
 顎を乗せていた手を下ろして、付いていた肘を解き、少しだけ身を乗り出した姿勢で答えた。ユリシスの表情に感情は無い。
 新しい年度、初めての授業だ。魔術の“ま”の字も知らない者が半数以上を占める。他の生徒であったならば、緊張で紅潮したろうし、指名を受けたとあってはサッと起立しただろうし、講師に敬意を払っただろう。まして、逆に問い返すなどという真似はしない。
「え──……一応、一番でお願いできるかな?」
「……わかりました」
 ユリシスはここに至ってようやっと、だが気だるそうに両手を机について立ち上がった。
 このポーズとしての不遜極まる態度は、ユリシスにのみ許されていた。
 ユリシスも以前はこうでは無かったのだが、ここ二、三年じわじわと不良化が進んでいた。良くないという自覚は本人にもあるのだが、どうにも自分を抑えられないでいる。講義が退屈で退屈でたまらないのだ。今年、九度目だ。
 ユリシスはガタンと椅子を鳴らし立ち上がる。
 他の二十七名の生徒は当てられるかも知れないという恐怖から開放され、ほっと一息ついて、それぞれの席からユリシスを見上げた。
 この二十七名の生徒らは、たとえ立っていたとしても、首が痛くなる程ユリシスを見上げるだろう。
 ユリシスの背は高くは無い。年齢の標準だ。そしてまた、そこにいた27名の他の生徒達も、年齢相応の身長だった。
 問題は、27名の生徒達が七歳から十歳くらいの子供であるのに対して、ユリシスひとり、十七歳だったのだ。
 今まで八年間毎年受け続けた同じ授業を、ユリシスは今年も子供達に混じって、受けている。
 ユリシスの容姿は、正眼の迫力とは段違いに、ごくごく普通の少女だ。鋏でざっくりと適当に切った黒髪は肩につくかつかないか。前髪も同様で、眉の辺りでぶった切っている。十人並みの容姿は可もなく不可も無い。悪目立ちする要素も無ければ、目を引く輝きもない。美しく着飾るという事も一切無いので、正面からすれ違っても次の瞬間には簡単に忘れられてしまうような、そんな存在だ。
 ──しかし。
 やはり、毛先の整っていない前髪の下から覗く、うっすらと光を放つアメジストの瞳は、他者の目を奪う。
 半眼から、ついっと重そうにまぶたを持ち上げて、目に力がこめられる。辺りに払わられる慧眼。
「魔法……“魔術”。自然にある力の抽出。──一般的に“魔術”と呼ばれるものの行使には、使用者の霊的エネルギーを消費する。霊的エネルギー、霊能力だとか、気だとか呼ばれるものの事であり、“魔術”に関してそれは“魔力”と呼ばれる生命の根本的なエネルギーの事を指す。つまり“魔術”は生きている存在である限りは誰にでも使う事のできるものである……」
 ユリシスはそこまでを一息で言ってさらに言葉を繋いだ。
「“魔術”とは使用者自身の“魔力”に依るものであり、使用者に力が無ければ、先生のおっしゃるように『何でもできる力』とは言えません。そのように使用者自身の“魔力”に依る魔術は“神術系”に分類され、最も“簡単な魔術”とされています。また、この“神術系”は、“魔術”に於いて“神術系”と呼ばれているにすぎず、武術家や剣術家、忍術家らが使う気弾や烈気斬、チャクラ術と実質同じものです。さて、それらを前提として“魔術”の中核とも言える“精霊系”について説明します──」
 暗記したものを読み上げるよりもすらすらと、やる気の無い声は静かな講義室に響いた。
 他の生徒達は頷き、感嘆の声が漏らし、講師は説明のコツをこっそりとメモした。それらを感覚の外の方で感じながら、ユリシスはさらに憂鬱そうに“魔術”とは何なのかを、講師に促されるまましぶしぶと講義時間の終わりまでしゃべり続けた。
 講義の終わりに第五級魔術師の資格を持つ講師がユリシスにこっそりと話しかけてきたが、ユリシスは首を小さく左右に振ってその場を離れた──講師は深く突っ込んだ“魔術”に関する話の中で、展開と繋がりをもっと理解したいと質問をしに来たから。
 オルファース内部の小さな講義室は、四十人も入れば一杯になる。そこが、第九級魔術師資格試験受験“希望者”を対象とした予備校だった。
 小さな講義室の、ささやかな講義。だがこれを受講していない者に、魔術師としての第一歩を得る為の第九級資格取得試験の受験票は、与えられないのだ。ユリシスは今年で九年目の講義を、受けに来ていた。
 その講義室のある棟から一人出て、昼食時を迎えた空を紫紺の瞳で見上げる。
 空は真っ青で、中天にある白い太陽を囲んでのどかな光に満ちている。春の穏やかな一日の、温かな日中、目を細めた。でもやっぱり、朝の方が好きだ。
 しばらく白い石造りの回廊を渡り、広い中庭、新緑の若い芝をサワサワと踏みしめ、人の居ない木陰へ向かった。
 いつもの中庭の、いつもの場所で、芝生の上に腰を下ろす。
 色々と思う事はある。それでも、ユリシスは努めてピクニック気分で、昼食を摂る事にしたのだ。
 昨日の『きのこ亭』の残り物を詰め込んだ弁当を広げて、少し寂しい気分になる。お昼を一緒に食べる友達がいない……。
「……みんな、ちゃんと魔術師見習いになってたり、諦めて田舎帰っちゃったりしたからなぁ……」
 何度も何度も、見送ってきた──侘しさにぐっと息が詰まりそうになる。それを、昼飯に持ってきた茸の天ぷらで無理矢理押し込んだ。喉につまりかけて胸の少し上、肋の真ん中辺りを拳でドンドン殴った後、慌てて水筒の水を流し込んだ。はぁと息を吐き出す間も惜しむように、さらにガツガツとお昼ご飯を胃に流し込んだ。そうしなければ、今度は涙が滲みそうで悔しかったから。湧き上がる負の感情を、全て力に変えようと、ご飯と一緒に体の中に詰め込んだ。こんなところで泣きたくない、負けたくない。
 いつもより早く、欠片も残さず全部食べ終わった頃。
 午後の講義開始までのんびりお昼寝をと決め込んで、背伸びをしながらちくちくとする芝生に仰向けで倒れ込んだユリシスの耳に、騒がしい声が遠くから響いてきた。
 肘を付いて上半身を起こしながら、キョロキョロと左右を見渡し、その騒音の発信源を見やった。
 二人の若い男女が、取り巻きに大勢の少年少女を引き連れ、オルファース本館から第二別館を繋ぐ回廊を歩いていた。
 取り巻きは男女それぞれについて来ているらしく、その団体は20名を超えるのではなかろうか。全員、ユリシスとそう変わらぬ年頃だろう。
 中心の男女を、ユリシスも存在だけは知っていた。
 紫紺の瞳で、やや離れた回廊を華やかに歩く二人をじっと見つめる。
「…………第一級魔術師のスティンバーグのご令息と、第二級魔術師に昇級したボーガルジュのご令嬢……」



 思うより、考えるよりも先に体が動いて、芝を蹴ってユリシスは彼らの後を追った。
 回廊の石畳、彼らの歩くのには優しく、ユリシスの走る足音は硬く響いた。
 この回廊にはずっと屋根が付いているが、それによって生まれる影と、外の陽の光のコントラストが濃い。さらに渡った先の棟の開口部から先は、暗さに慣れないユリシスの目には全くの闇のように感じられた。
 スティンバーグ家の少年とボーガルジュ家の少女を中心としたその団体は、ユリシスの視線のずっと先で、建物の中、暗闇の中へと溶けるように消えていった。
 ユリシスは建物の入り口まで追ってきて、そこで初めて我に返った。
 慌てて追って来たものの、あの集団に用があるわけでは無かった。それに……。
「何やってんだろ、私。この棟、第二別館は、正魔術師、第五級以上の魔術師しか、入っちゃいけないとこじゃん」
 建物の奥は、外に居るユリシスにはよく見えなかった。外と中とのコントラストは、強い。
「ほんと、時間、もったないし」
 ぽそりと呟いて、ユリシスは元来た回廊を戻り、また中庭の芝の中へと帰っていった。
「…………」
 自分の荷物を、お財布も全部そこに置いたまま走って追いかけて行っていた事に、戻ってきて気が付いた。中身が無くなっていない事をもそもそと鈍い動作で確認してから、呟く。
「ヤダな。なんでそんな、慌てて……、私、バカだよねー」
 返事を期待する気もない。一人で広い中庭に、若くて青くて柔らかい芝に一度横向きに寝転び、すぐにごろりと仰向けになった。
 空が遠くに、白い雲がゆっくりと。
 そうして、寝転んで、真面目な顔をしたままユリシスはお昼休みの終わりまで、ただただ空と雲を眺めていた。
 今日は、七日に一日の国民的な休日でユリシスもお休み。『きのこ亭』の営業はあるのだが、魔術師を目指すユリシスは休ませてもらっている。本当の意味で休む為では無く、結局毎日、忙しない。
 予備校の講義はこの休日丸一日かけて行う週一の部の他、平日の午前の部、午後の部がある。それぞれ四十人程度の生徒を対象に講義は行われていた。
 予備校には、前述の三つコースがある。
 午前の部は、ごくごく一般的な、人口の大多数を占める庶民の子供達が通う。
 午後の部は貴族や大商人の子供達が通う。その授業料はより多く払えば払う程、合格率が上がるというのは暗黙の了解であった。
 そして、休日。週に一回、丸一日をつぶして他のコースの子供達が六日通うのと同内容を詰め込む講義が行われる。対象は働いている子供達。
 授業料を自分達で稼いで、それのほとんど全てをつぎ込んで、自分の休みを潰して授業を受けに来る子供達。魔術師になる第一歩、その資格を問う試験を受ける“受験票”を手にする為、講義を受ける。彼らにとっては高額の授業料、それを払い続けるだけでカツカツの生活を強いられ、寄付金なんてしている余裕の無い子供達。この枠から合格するのはほんの一握りだ。休日に予備校へ通う働く子供達中で……八年間、今年で九年目、ユリシスは魔術師を目指していた。
 毎年毎年、同じ講義を『きのこ亭』で稼いだお金のほとんどをつぎ込んで受ける。憂鬱にならないはずがない。
 不機嫌にならないはずがない。悔しくないはずがない。
 諦める気持ちがないはずがない。
 それでも、だから。
「いい加減、なりたいよ」
 同年代の、スティンバーグ家の少年のように、ボーガルジュ家の少女のように……。
 きゅっとユリシスの眉間に皺が寄った。
 ほとんど同じ歳の彼らはもう、一級だとか二級だ。
 憧れる、なりたい自分がある。
 ユリシスは、再び退屈な講義を受ける為にのろのろと起き上がり、少ない荷物を引き寄せ持ち上げた。
「我慢だよ、ユリシス。がんばろう、ね」
 暗くなりそうな気持ちに、声を出して自分で励ました。
 瞬間、背後の回廊から弾けるような笑い声が聞こえた。
 先程の集団の一部が第二別館から出てきたらしかった。声は動く。雑談はオルファース本部への回廊をゆっくりと離れていった。
 ユリシスは、振り返らなかった。
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