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第5話『……だから』
(028)【3】古代ルーン(1)
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(1)
──魔術師は、強大な力を操る。
だからこそ、魔術機関オルファースは資格を設け、魔術使う人々を支配し、厳重に管理した。その支配は、何より力を治める為。オルファースの最たる存在意義。
資格取得に、魔術師自身の自己統制能力を見る試験がある。それもこれも、むやみやたらに魔術を使わないという精神力と、術を使う以上、力に見合った術の制御能力を、身に付けるよう促す為だ。その両方、あるいはどちらかが足りないと、このように簡単に、利己の為に術を暴走させる。
術の暴走が引き起こすものは、惨劇しかない。大きすぎる力は、制御、支配されてこそ、正邪はともかく、存在が許される。制御なくば破滅のみ。支配なくばただ混沌が横たわる。
「オイ、そこの! お前も魔術師か?」
近くを飛んでいたネオに声をかけた。聞いておいてアルフィードは見たことのある顔だと思い至る。空を飛んでいるのだし、聞くまでもなかった。アルフィードは返事を待たない。
「火、消すぞ。一旦、火の端へ降りる。お前も手伝え」
空をも焦がさんばかりに炎はふき上がり、こちらの足元まで赤く照る。火の粉が夜空に舞い上がる。熱気で視界がゆらゆらと揺れるのだ。この惨状を前に、アルフィードは冷静ではない。だからこそ、冷静になろうと努めた。その努力は、しっかりと実と結んでいる。術がぶれる事は欠片もない。
アルフィードはネオに声をかけ、飛び、サーカスのテントのある時計塔の下へと降りた。この辺りはまだ完全に火に包まれてはいない。ネオもその後を着いて降りた。
サーカスのテント内は恐慌を極めていた。
テントに火の粉が舞い飛び、引火したのだ。
サーカスの団員も、客達も、出口へと殺到して逃げ惑う。一部の団員達は、猛獣達を落ち着かせ、一頭づつでも逃がそうとするが、檻からそれらが放たれると、導く団員がいるにも関わらず、客達は悲鳴を上げて新たな恐怖に震えた。
その状況を尻目に見て、シャリーは出口へ殺到する人々の頭の上へ飛び出た。風の魔術だ。
「シャリー!」
イワンとその兄ヒルカの手を握っていたユリシスは、悲鳴と炎で混乱した中、叫んだ。
その声に、シャリーは銀色の長い髪をひるがえして、告げる。
「私はこの中を収める! ユリシスはその子達を連れて逃げなさい!」
人の波に押し流されながら見上げたシャリーの顔は、魔術師のそれだった。
上級魔術師として、力持つ者として、使命と自信が作り上げる凛とした表情。先程までの、サーカスを楽しんで、両手を叩いて喜んでいた子供のような彼女の顔は、見えなかった。
こくんと、ユリシスはうなずく事しか出来ない。
きらきらと、シャリーの手元に青白い魔力の光が煌き、文字が描かれていく。
テントの中も、いよいよ炎が埋めようとしている。
天井といえた巨大な布が、炎を盆に注ぐように落ちてくる。逃げ惑う人々から、甲高い悲鳴があがった。
シャリーは彼らの上、炎の下に回りこむと、両手を掲げて、水流を放った。垂れ下がって来ていた燃え盛るテントの天井は、シャリーの水流のよって押し返され、その内に火は消えた。
シャリーは水流を止めず、そのままテント内や人にもかけていく。火を完全に消し止める事は出来なかったが、人々が逃げるまで、延焼を押しとどめる事は出来た。
シャリーの目的は、消火よりも救助が主だ。水の魔術を止めると、今度は火を見て興奮状態になった猛獣達に手を焼いていたサーカス団員達の元へ降りる。すぐに猛獣を魔術で次々と眠らせる。
大火の熱気も手伝って、既に全身が汗だくだ。シャリーは、長い髪が邪魔だと思ってふと毛先を見ると、火にあおられたのか、艶やかにピンと通るストレートだった銀髪が、ところどころ醜く縮れていた。だが、たいして気にも留めず、自分へ身体強化の術をかけた。そうしておいて、既に眠っている猛獣達を、軽々と、とは言いがたいものの、一体ずつ持ち上げては、外へ避難させた。外に出るとサーカス団の備品か、大八車が待っていて、そこへ眠る猛獣を載せた。また、サーカステント内に残っていた客や、気絶して倒れていた人、サーカス団員達を次々と救出した。
それは、魔術師の姿。
ユリシスは、ただ見ていた。
イワン達をさっさと公園の外へ逃がし、物見高く野次馬にやって来ていた人々の中に『きのこ亭』の常連客を見つけ、預けた。イワン達の顔も、またイワン達も知る馴染みの客だったので安心して預ける事が出来た。
そして、ユリシスはこっそりと、ほとんど焼け落ちて原型もなくなったテントの、その炭化した木の骨組みの陰から、シャリーの姿を見ていた。
鳥肌がたった。
魔術師は、人ならぬ力を持ち、それを制御する。
人ならぬ力は、日々継続された訓練と、絶え間なく取り入れる知識から得られる。毎日の努力の賜物だ。そして、その得た力は何に使う? いつ使う? どこで使う?
力は、何の為に得るのか?
ユリシスが求めるその答えは……ユリシスの答えは。
答えは、今、目の前で出ていた。
ユリシスはごくりと唾を飲み込むと、一歩二歩と後ろへ下がり、その場を離れ、ついには駆け出した。
行く先は、燃え盛る森の、中心──。
「──ハァッ……ハァッ……」
膝から、四つん這いになって、倒れこむように空から大地へと降りたシャリー。汗滲む手に、敷きレンガの色が移る。
公園内サーカステント付近に居た人々のほとんどをオルファース魔術機関の建物まで避難させたのは、この第二級魔術師シャリー・ディア・ボーガルジュだ。若干十七歳の貴族出身の少女。連続で多くの魔術を使った。熱気の中を飛び回った。発火から三十分、全力で魔術を使い続けた。
シャリーはぐっと歯を食いしばり、気合を溜めて再び空に舞った。国民公園、サーカスのテントがあった付近の、時計塔を目指した。
今度は火を消さなければと思うのだ。
この公園は、二〇〇〇年前、滅びた国から逃れてきた最初のヒルドの民が憩い集まった場所に出来た。少しずつ整備され、その中、時計塔も建造された。
──時計塔を守りたいと思うのだ。
蔦の巡る石造りのこの時計塔はシャリーが、いや、シャリーの両親が、シャリーの曾祖父母が、いや、それよりもずっと前のシャリーの一族も見たであろう、古い古い、歴史あるもの。ヒルド国ヒルディアムのシンボルの一つとして数えられる。
何より、オルファースへ通う道にあった時計塔だ。そこには思い出が沢山ある。オルファースへはネオと共に通った、シャリーだって第九級取得前、予備校生として通った時期がある。順に昇級したが、試験には一喜一憂し、師匠に怒られて落ち込んで一人歩いた事もある。そんな日も見上げれば、毎日変わらぬ時計塔が夕日に照らされていた。思い出が沢山ある。幼い日からの思い出が。
その時計塔の足元にあったテントは燃え落ちた、もうダメかもしれない。そう思いながら、時計塔を目指し、飛んだ。
そしてすぐ、無事を知った。
ヒルディアムで最も高い建物は王城の十二尖塔、次いで高いのがこの時計塔。その頂上で、三角の尖った屋根の上で、術を書き続けている人が居るのが見えた。
熱風にさらされながら、膨大な魔力を放出して、時計塔全体に、防炎魔術を展開している。これほど巨大な、一個の建物を守るには、紺呪石に収まる程度の魔術では、出力が足りない。魔術師が随時魔力を精霊に提供し続けなければ──リアルタイムで書かなければ到底守りきれない。およそ十階建ての建物に相当する時計塔を、覆いつくす魔力が必要だ。その魔術師に要求されるレベルは並のものではない。上級の力を持つ魔術師でなければそこに立つ事は出来ない、立って時計塔を守る術を書き続ける事は出来ない。
空を舞い、シャリーはさらに上昇し、時計塔の屋根の頂上に居た人物の背後に、降り立った。
「手伝うからね」
「……──ありがとう」
背中合わせで、シャリーは補佐する魔術を描き始めた。
その人、第一級魔術師ネオは、シャリーからの救出にも間に合わず逃げ遅れた人々を時計塔内に収容し、時計塔そのものを守っていたのだ。人々を救い、火を消そうとしていたのはシャリー一人ではなかった。
一つ息を吐き、顎を上げ、シャリーは指先に集める魔力に心を傾けた。
アルフィードとネオが時計塔前、サーカスのテントの上空まで戻った時の事。既に周囲は火の海、広場には燃えた木々が倒れこんでいた。シャリーがオルファースに多くの人々を移していた頃だ。
だが、未だそこかしこに逃げ惑い、また泣いて助けを求め、煙を避けるように出口を探す人々が居た。上空からネオは地上へ近づき、魔術師である証とばかりに宙に浮いたまま人々に声を飛ばして時計塔へと避難させ、その上でそこを守る意思をアルフィードに告げた。アルフィードはすぐに承諾した。
逃げ道は空を除いて既に火に囲まれていた。唯一の逃げ道の空ですら、黒煙を避けるなり風の魔術で散らさなければ居続ける事が出来ない。火の無い場所へ往復して全員を助けていくには、時間が足りない。だから、ここで守るしかない。
アルフィードはその後、時計塔上空に到着したオルファース魔術機関副総監ギルバートと合流した。緊急で開かれる対策会議は、燃え盛る森の上空で行われた。
参加者は、第一級魔術師ギルバート、同じくアルフィード、さらに、少し遅れて到着したオルファース総監、デリータ・バハス・スティンバーグその人だった。ネオにも参加させるべく、動けない彼のもと、時計塔の頂上付近で行われた。この時もまだ、シャリーはあちこち飛び回って救助活動を続けていた。
議題は、なぜ火災が起こったか、今、そんな事ではない。いかに、被害を最小限に収めるか。
結論は、逃げ遅れた人の救出を最優先しつつ、延焼を抑える事。もう、消火は不可能だと判断したのだ。延焼を抑え、範囲を定め、その中で燃やし尽くす。被害は、それでしか抑えることが出来ない。
被災者の救出には会議の最中も行っていたネオの守る時計塔、あるいは魔術機関オルファースへの誘導、あるいは魔術で運ぶ。運ぶにはまだ魔術師が足りない。
延焼を抑える役目はギルバートとアルフィードが先頭に立つ事になった。
一旦オルファース魔術機関に戻り、魔術師を送り込む事は当然、デリータ総監が担う。
全部で十九名居る第一級魔術師の内、ヒルディアムに居た者が炎の上空に続々と集結する。
火に染まり、黒い煙に覆われた空に、今度は魔術の青白い光が流れ星のようにいくつも煌めき始める。
……しかし、集結した第一級の魔術師達の力でもってしても、その大火を収めるには不十分。火勢は強いまま、暴走した魔術が風を巻き上げ炎は収束をみない。
上級魔術師の不安は暗雲として下級魔術師の心に広がり、救いを求めてすがる一般民衆の恐怖を欠片も拭えない。上から下から、重苦しい空気は辺りに伝わり、“成せるのか”と疑念を持ち始めた魔術師達が、だくだくと流れる汗を拭いもせず、不安に灼熱の炎を見上げた……。
その、時。
彼らの背後、燃えさかる森の中央で、爆発した。
森が、ではない。
炎が、ではない。
巨大な、魔力波動が──。
──魔術師は、強大な力を操る。
だからこそ、魔術機関オルファースは資格を設け、魔術使う人々を支配し、厳重に管理した。その支配は、何より力を治める為。オルファースの最たる存在意義。
資格取得に、魔術師自身の自己統制能力を見る試験がある。それもこれも、むやみやたらに魔術を使わないという精神力と、術を使う以上、力に見合った術の制御能力を、身に付けるよう促す為だ。その両方、あるいはどちらかが足りないと、このように簡単に、利己の為に術を暴走させる。
術の暴走が引き起こすものは、惨劇しかない。大きすぎる力は、制御、支配されてこそ、正邪はともかく、存在が許される。制御なくば破滅のみ。支配なくばただ混沌が横たわる。
「オイ、そこの! お前も魔術師か?」
近くを飛んでいたネオに声をかけた。聞いておいてアルフィードは見たことのある顔だと思い至る。空を飛んでいるのだし、聞くまでもなかった。アルフィードは返事を待たない。
「火、消すぞ。一旦、火の端へ降りる。お前も手伝え」
空をも焦がさんばかりに炎はふき上がり、こちらの足元まで赤く照る。火の粉が夜空に舞い上がる。熱気で視界がゆらゆらと揺れるのだ。この惨状を前に、アルフィードは冷静ではない。だからこそ、冷静になろうと努めた。その努力は、しっかりと実と結んでいる。術がぶれる事は欠片もない。
アルフィードはネオに声をかけ、飛び、サーカスのテントのある時計塔の下へと降りた。この辺りはまだ完全に火に包まれてはいない。ネオもその後を着いて降りた。
サーカスのテント内は恐慌を極めていた。
テントに火の粉が舞い飛び、引火したのだ。
サーカスの団員も、客達も、出口へと殺到して逃げ惑う。一部の団員達は、猛獣達を落ち着かせ、一頭づつでも逃がそうとするが、檻からそれらが放たれると、導く団員がいるにも関わらず、客達は悲鳴を上げて新たな恐怖に震えた。
その状況を尻目に見て、シャリーは出口へ殺到する人々の頭の上へ飛び出た。風の魔術だ。
「シャリー!」
イワンとその兄ヒルカの手を握っていたユリシスは、悲鳴と炎で混乱した中、叫んだ。
その声に、シャリーは銀色の長い髪をひるがえして、告げる。
「私はこの中を収める! ユリシスはその子達を連れて逃げなさい!」
人の波に押し流されながら見上げたシャリーの顔は、魔術師のそれだった。
上級魔術師として、力持つ者として、使命と自信が作り上げる凛とした表情。先程までの、サーカスを楽しんで、両手を叩いて喜んでいた子供のような彼女の顔は、見えなかった。
こくんと、ユリシスはうなずく事しか出来ない。
きらきらと、シャリーの手元に青白い魔力の光が煌き、文字が描かれていく。
テントの中も、いよいよ炎が埋めようとしている。
天井といえた巨大な布が、炎を盆に注ぐように落ちてくる。逃げ惑う人々から、甲高い悲鳴があがった。
シャリーは彼らの上、炎の下に回りこむと、両手を掲げて、水流を放った。垂れ下がって来ていた燃え盛るテントの天井は、シャリーの水流のよって押し返され、その内に火は消えた。
シャリーは水流を止めず、そのままテント内や人にもかけていく。火を完全に消し止める事は出来なかったが、人々が逃げるまで、延焼を押しとどめる事は出来た。
シャリーの目的は、消火よりも救助が主だ。水の魔術を止めると、今度は火を見て興奮状態になった猛獣達に手を焼いていたサーカス団員達の元へ降りる。すぐに猛獣を魔術で次々と眠らせる。
大火の熱気も手伝って、既に全身が汗だくだ。シャリーは、長い髪が邪魔だと思ってふと毛先を見ると、火にあおられたのか、艶やかにピンと通るストレートだった銀髪が、ところどころ醜く縮れていた。だが、たいして気にも留めず、自分へ身体強化の術をかけた。そうしておいて、既に眠っている猛獣達を、軽々と、とは言いがたいものの、一体ずつ持ち上げては、外へ避難させた。外に出るとサーカス団の備品か、大八車が待っていて、そこへ眠る猛獣を載せた。また、サーカステント内に残っていた客や、気絶して倒れていた人、サーカス団員達を次々と救出した。
それは、魔術師の姿。
ユリシスは、ただ見ていた。
イワン達をさっさと公園の外へ逃がし、物見高く野次馬にやって来ていた人々の中に『きのこ亭』の常連客を見つけ、預けた。イワン達の顔も、またイワン達も知る馴染みの客だったので安心して預ける事が出来た。
そして、ユリシスはこっそりと、ほとんど焼け落ちて原型もなくなったテントの、その炭化した木の骨組みの陰から、シャリーの姿を見ていた。
鳥肌がたった。
魔術師は、人ならぬ力を持ち、それを制御する。
人ならぬ力は、日々継続された訓練と、絶え間なく取り入れる知識から得られる。毎日の努力の賜物だ。そして、その得た力は何に使う? いつ使う? どこで使う?
力は、何の為に得るのか?
ユリシスが求めるその答えは……ユリシスの答えは。
答えは、今、目の前で出ていた。
ユリシスはごくりと唾を飲み込むと、一歩二歩と後ろへ下がり、その場を離れ、ついには駆け出した。
行く先は、燃え盛る森の、中心──。
「──ハァッ……ハァッ……」
膝から、四つん這いになって、倒れこむように空から大地へと降りたシャリー。汗滲む手に、敷きレンガの色が移る。
公園内サーカステント付近に居た人々のほとんどをオルファース魔術機関の建物まで避難させたのは、この第二級魔術師シャリー・ディア・ボーガルジュだ。若干十七歳の貴族出身の少女。連続で多くの魔術を使った。熱気の中を飛び回った。発火から三十分、全力で魔術を使い続けた。
シャリーはぐっと歯を食いしばり、気合を溜めて再び空に舞った。国民公園、サーカスのテントがあった付近の、時計塔を目指した。
今度は火を消さなければと思うのだ。
この公園は、二〇〇〇年前、滅びた国から逃れてきた最初のヒルドの民が憩い集まった場所に出来た。少しずつ整備され、その中、時計塔も建造された。
──時計塔を守りたいと思うのだ。
蔦の巡る石造りのこの時計塔はシャリーが、いや、シャリーの両親が、シャリーの曾祖父母が、いや、それよりもずっと前のシャリーの一族も見たであろう、古い古い、歴史あるもの。ヒルド国ヒルディアムのシンボルの一つとして数えられる。
何より、オルファースへ通う道にあった時計塔だ。そこには思い出が沢山ある。オルファースへはネオと共に通った、シャリーだって第九級取得前、予備校生として通った時期がある。順に昇級したが、試験には一喜一憂し、師匠に怒られて落ち込んで一人歩いた事もある。そんな日も見上げれば、毎日変わらぬ時計塔が夕日に照らされていた。思い出が沢山ある。幼い日からの思い出が。
その時計塔の足元にあったテントは燃え落ちた、もうダメかもしれない。そう思いながら、時計塔を目指し、飛んだ。
そしてすぐ、無事を知った。
ヒルディアムで最も高い建物は王城の十二尖塔、次いで高いのがこの時計塔。その頂上で、三角の尖った屋根の上で、術を書き続けている人が居るのが見えた。
熱風にさらされながら、膨大な魔力を放出して、時計塔全体に、防炎魔術を展開している。これほど巨大な、一個の建物を守るには、紺呪石に収まる程度の魔術では、出力が足りない。魔術師が随時魔力を精霊に提供し続けなければ──リアルタイムで書かなければ到底守りきれない。およそ十階建ての建物に相当する時計塔を、覆いつくす魔力が必要だ。その魔術師に要求されるレベルは並のものではない。上級の力を持つ魔術師でなければそこに立つ事は出来ない、立って時計塔を守る術を書き続ける事は出来ない。
空を舞い、シャリーはさらに上昇し、時計塔の屋根の頂上に居た人物の背後に、降り立った。
「手伝うからね」
「……──ありがとう」
背中合わせで、シャリーは補佐する魔術を描き始めた。
その人、第一級魔術師ネオは、シャリーからの救出にも間に合わず逃げ遅れた人々を時計塔内に収容し、時計塔そのものを守っていたのだ。人々を救い、火を消そうとしていたのはシャリー一人ではなかった。
一つ息を吐き、顎を上げ、シャリーは指先に集める魔力に心を傾けた。
アルフィードとネオが時計塔前、サーカスのテントの上空まで戻った時の事。既に周囲は火の海、広場には燃えた木々が倒れこんでいた。シャリーがオルファースに多くの人々を移していた頃だ。
だが、未だそこかしこに逃げ惑い、また泣いて助けを求め、煙を避けるように出口を探す人々が居た。上空からネオは地上へ近づき、魔術師である証とばかりに宙に浮いたまま人々に声を飛ばして時計塔へと避難させ、その上でそこを守る意思をアルフィードに告げた。アルフィードはすぐに承諾した。
逃げ道は空を除いて既に火に囲まれていた。唯一の逃げ道の空ですら、黒煙を避けるなり風の魔術で散らさなければ居続ける事が出来ない。火の無い場所へ往復して全員を助けていくには、時間が足りない。だから、ここで守るしかない。
アルフィードはその後、時計塔上空に到着したオルファース魔術機関副総監ギルバートと合流した。緊急で開かれる対策会議は、燃え盛る森の上空で行われた。
参加者は、第一級魔術師ギルバート、同じくアルフィード、さらに、少し遅れて到着したオルファース総監、デリータ・バハス・スティンバーグその人だった。ネオにも参加させるべく、動けない彼のもと、時計塔の頂上付近で行われた。この時もまだ、シャリーはあちこち飛び回って救助活動を続けていた。
議題は、なぜ火災が起こったか、今、そんな事ではない。いかに、被害を最小限に収めるか。
結論は、逃げ遅れた人の救出を最優先しつつ、延焼を抑える事。もう、消火は不可能だと判断したのだ。延焼を抑え、範囲を定め、その中で燃やし尽くす。被害は、それでしか抑えることが出来ない。
被災者の救出には会議の最中も行っていたネオの守る時計塔、あるいは魔術機関オルファースへの誘導、あるいは魔術で運ぶ。運ぶにはまだ魔術師が足りない。
延焼を抑える役目はギルバートとアルフィードが先頭に立つ事になった。
一旦オルファース魔術機関に戻り、魔術師を送り込む事は当然、デリータ総監が担う。
全部で十九名居る第一級魔術師の内、ヒルディアムに居た者が炎の上空に続々と集結する。
火に染まり、黒い煙に覆われた空に、今度は魔術の青白い光が流れ星のようにいくつも煌めき始める。
……しかし、集結した第一級の魔術師達の力でもってしても、その大火を収めるには不十分。火勢は強いまま、暴走した魔術が風を巻き上げ炎は収束をみない。
上級魔術師の不安は暗雲として下級魔術師の心に広がり、救いを求めてすがる一般民衆の恐怖を欠片も拭えない。上から下から、重苦しい空気は辺りに伝わり、“成せるのか”と疑念を持ち始めた魔術師達が、だくだくと流れる汗を拭いもせず、不安に灼熱の炎を見上げた……。
その、時。
彼らの背後、燃えさかる森の中央で、爆発した。
森が、ではない。
炎が、ではない。
巨大な、魔力波動が──。
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