メルギゾーク~The other side of...~

江村朋恵

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第6話『王女のお仕事』

(045)【2】目覚ましショック(5)

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(5)
 じりじりとした睨み合いの末、黒ずくめ達は結局どんな言葉を発すことも無く、立ち去った。
 彼らの去り際、ユリシスの真横に居た青年がサラサラとルーン文字を書いていた。二つの魔術が描かれる。内容を見て、ユリシスは青年の顔を改めて見上げた。
 魔術の広がる瞬間、黒ずくめ達はビクリと反応した。青年の魔術を恐れているのは明らか。
 一つ目の青白いルーン文字が大気に消えると、ユリシスが払い落とした少年の右手と左手がふわりと浮き上がり、風にのって気を失ったままの少年の元へ飛んだ。もう一人の少年に抱えられて力なく垂れた二の腕の先に、ちぎれた手はあてがわれた。
 それからしばし、青年は二つ目の魔術のルーンを、長いルーンを描く。
 両腕をもがれていた少年の周囲に薄桃色の霧のようなものが舞い、腕の接合部分に飲まれていった。少しの時間そうして、やっと出血は止まった。
「──見た目を繋いだだけです。それ以上の事は、そちらで」
 青年のこめかみ辺りには、脂汗が浮いている。
 治癒の魔術は消耗が大きい。一度ちぎれた腕をくっつけるなんて、並の魔術師に出来る事ではない。ユリシス自身、出来るかわからなかった。
 この人は何者だろう──そう思いながらも、黒ずくめらの脅威から開放され、ユリシスはやっと一息つく事が出来た。
 そうすると思考も回復してきたが、何が何やらさっぱりわからない。しばらく、ユリシスは呆っとして、ヘタリとしゃがみ込んだ。
 ──疲れた。
 逃げ回って、緊張して、何がどうなっているのかわからなくなって……結論、疲れてしまった。
「……ふぅ……」
 意識して息を吐き出してみたが、疲れは消えない。
 青年がユリシスの前にしゃがみ込んできた。
「大丈夫ですか?」
 なんだかとてもマジメな顔をして聞いてくるので、ユリシスは咄嗟に笑顔を作る。
「あ、いえ、はい。平気です。多分……」
 目があうと青年はにっこりと微笑んだ。眼鏡の奥の青い瞳は深く澄んでいて、吸い込まれてしまいそうな気分になる。
「それは良かった」
 ふわりと揺れる淡い金色の髪と深いブルーの瞳は、とても優しい。その上──この人は……とても上級の魔術師なのではないだろうか。
 周囲の空気があまりに、綺麗になる。精霊たちの気は落ち着き、澄んでいる。不純物が取り除かれて、清らかな気配に満ちている。
「では、帰りましょう。送りますよ」
 そう言うと青年はすっくと立ち上がり、魔術を描いた。しゃがんだままのユリシスの手を取ると抱え上げ、空へと舞った。
 足元から風がふわりと押し上げてくる。そうしてほんの数秒で森の上空へ辿り着き、風の中に居た。
 ユリシスは辺りを見回して目を細めた。この森の中で、恐ろしいおっかけっこをした。襲ってきた少年の手がちぎれた。血の臭いがあった。この人は、助けてくれた。
 ──一体、何が……。
 そのままの事実しかわからない。誰かが説明しに現れるでもない。この人も何も言わない。何も聞いてこない。
 ──……不安が。言いようのない不安が……。
 恐ろしさに、ユリシスは黙っていられなくなり、口を開く。
「あ、あの人達は何なんですか?? あなたは、知っているんですか? 何が起っていたんですか……──教えては、くれないんですか?」
 言葉の最後は、自分でも気付かないうちに震えていた。
 黒ずくめの三人は唐突ながら、まるでユリシスが森へ来る日を待ちわびていたかのように、狙い澄まして現れた気がした。大火後初めて森へ来て、こんな恐ろしい事が起った。
 知らない事が多い。わからない事が多い。自分はどこに立っていて、周りには何があるのか、そんな簡単な事もわからない。足元も手元も全く見えない闇の中へ、ぽんと放り出されてしまったような気になる。
 先ほど飛び降りた崖を超え、青年はさらに上空へと昇る。それだけ。青年は、何も応えなかった。
 都へ向けて飛ぶ間も、何も話さなかった。そして──。
「……え……」
 こっそりと目立たないように降り立ったのは、下町『きのこ亭』の路地裏。
「私は私なりの情報と考えを持っているから……」
 ユリシスの困惑を透かし見ているかのように青年は言うが、答えになっていない。
 青年の真正面の位置に降ろされたユリシスは真っ直ぐその青い瞳を見上げるも、何と問えば良いのか言葉が見つからない。
 目を細め、青年は指を寄せた手の先で己の胸にそっと触れた。
「私はカイ。カイ・シアーズという。貴女の事は少しだけ知っている。今日、あの連中に追われた事は……きっと忘れた方がいい」
「…………」
「都からは出ないようにしなさい。幸せに生きたかったら……」
 ユリシスの紫紺の色をした瞳をじっと見据え、カイ・シアーズは言葉を続ける。
「幸も不幸も、大小違いはあるかもしれないが、人は必ず背負う。貴女だけの事じゃないから」
 真剣な表情で言われてしまっては──ユリシスは口元だけで、微笑ったが、目は逸らせなかった。
「あの……何を言っているのか、わからない」
 棒読みのようにしか言葉は出てこなかった。すると、カイ・シアーズは困ったように微笑う。
「わからないままでいる方がいい、という事もあるから」
 ぽかんとするしかないユリシスに微笑と「試験、頑張って」という言葉を残し、カイ・シアーズは再び空に舞い、消えた。
 ただ呆然と、空を見上げて立ち尽くすしかない。
 未だ早朝。
 ──……一体、何??
 今朝のこの出来事は、ただ不安を生み出しただけだ。
 一体何が起った、いや、自分の知らないどこかで何かが起っているのだ。その一端が自分にも降りかかったと考えるべきか……。
 だとしたら一体、どこで誰が何をしている?
 ──……わからない。
 カイ・シアーズとかいう人は言った。おそらく自分より事情に通じているのであろうあの綺麗な顔立ちの魔術師は言った。「わからないままでいる方がいい」などと。
 そんな事があるのだろうか。こんなに不安が湧き上がってくるのに。自分の知らないところで自分は知られているのだ。血だって流れて、あの少年は、一生、手が、きっともう……。
 ユリシスはグッと吐き気がのぼってくるのを感じ、肩を持ち上げ堪えた。胸に右手を置いてしゃがむ。いつも踏みしめる砂利の地面に空いていた左手をつき、体を支えた。その指で、利き手ではないので歪んだ丸を描いた。気は紛れそうにない。
 つい先ほどまでの出来事が、脳裏で繰り返し再生される。
 静かに何かが、動いているらしい。あまりにも静かに──。
 考えてみるが、何も繋がらない。情報が足りないせいもあって、答えなどどこにもありそうには思えない。
 昼近く、『きのこ亭』での仕事開始の直前までユリシスはそこにしゃがみ込んで考え、一つの解を見出す。
 ──確かめれば良いのだ。
『一歩でも、動けばいいんだ』
 昨日、気付いた事だ。 
『考えて悩んでいるより、動けば良い』
『確かめればいい』
 それだけだ。
 明日から、答えを探しに動いてやる。
 ユリシスは下唇を噛んだ。
「負けるもんか。めげてなんか──やるもんか!」
 誰にとも無く、何にとも無く決意は声となって空気中に放たれた。
 瞳の色は普段の赤みがかった紫には戻っていなかった。
 強く青みを帯びた紫紺の瞳が睨む──確かめるべき『何か』を。



「まだ、ムダという言葉を使うのですか? ギルバート」
「お前にはムダだよ。ただでさえ忙しいんだろう。俺に任せておけ」
「……任せていますよ。貴方でなければきっと、調べてゆく事は出来ないと思った。本当は自分で調べてゆきたいのだけれど……。私は、そうですね、悲しい事に、とても忙しい」
「悲しい事なんかじゃねぇだろう? 可笑しな事を言うヤツだよなぁ、相変わらず。オルファースからの依頼、上級貴族達からの依頼、信頼されてる証だろう? すげぇ事だって。こんな余計な調査みたいな事は、俺みたいなヒマ人に任せときゃあそれでいいんだ。お前は間違っちゃいない。ただ、教えてくれないか……? なぜ、『古代魔道大国メルギゾーク』の調査を始めたんだ?」
「なぜ? 理由は必要でしょうか?」
「メルギゾークは現在いまのヒルド国の国土を含んでこの大陸の大半を治めていた古代最強の国だった。発生から滅亡まで、その瞬間まで最強の国だった。……ヒルド国の前身だと言われている。永遠の繁栄を約束されたような国だった。調べれば調べる程それはよくわかる。魔道大国……国民のほとんどが魔術を操り、人々は豊かだった。伝承によると一部の人々は純白の翼なんかを持っていて、空をも支配していたという。……だから、ほとんど伝説、御伽噺、夢物語、空想と、言われていたりもする。それを──カイよ、なぜ調べるんだ?」
 カイ・シアーズはユリシスを彼女の家の近くまで送った後、用事を済ませてからオルファースの執務室に戻った。そこで弟子のナルディにギルバートからの伝言を聞かされた。
 バルコニーから帰ってきたカイ・シアーズは一息もつかず部屋を横切って廊下へ出、ギルバートの部屋をノックした。ノックした弾みで戸は開いた。鍵はかかっていなかったらしい。
 返事もないので、その戸を押し開けてみると、ギルバートはソファに沈み込むように眠っていた。
 早朝の朝日が部屋に注いでいる。散らかった室内の、適当に配置されたソファにも幾筋かの陽光がさしていた。ギルバートはそこに横になっており、朝の光にも気付かず眠り続けている。
 起こすのは気の毒かとも思ったが、肩を軽くゆすろうと近寄った。ギルバートはそれだけで目を覚ました。
 そして少し話をし、例の調査依頼の理由を問われたのだ。
 答え……は、漠然としているから言いにくい。一つのことが理由ではないから。それでも何かを示さなければ、このギルバートという男は納得しないだろう。
「……メルギゾーク」
 小さく溜め息をついてから、カイ・シアーズは続けた。
「永遠の繁栄を約束されながら、その国は滅んだ──」
 気だるげに、ギルバートはソファに体を預けたままカイ・シアーズを見上げている。カイ・シアーズは少しだけ視線を逸らした。
「国土の四分の三を焦土に変え、滅びたといいます。……緑豊かで神聖精霊にあふれた大地を汚し、二千年経った今もその爪痕はなお残っている。荒廃し、乾いた光景が今も放置され、広がっている。残りの四分の一が、生き残った民によってヒルド国になった」
 ヒルド国の歴史を知る者にとっては常識の事ながら、ギルバートはおとなしく聞いている。彼は聞き上手だから、とても話しやすい。途中で余計な茶々を入れることも、先回りする質問を間に入れてくる事もない。こちらが話そうとする順番を待ってくれるのは、とても有り難い。
 カイ・シアーズは独白のように続ける。
「なぜ、滅んだのだろう? 我々が知る事の出来る文献にあるのは断片的な記録。そこに、記されている、具体的ではない一節……」
 一呼吸飲み込み、そらんじる。
「“紫紺の瞳がもたらす災厄を──何よりも恐れなさい……それが全てを消してゆくのだから……ユメもキボウも……ゼツボウ……さえも”」
 この一節から想像出来るのは、滅びの元凶としての『紫紺の瞳』の存在。
「この『紫紺の瞳』について、私はまだ詳しくは調べられていません。ですが十中八九、『彼女達』がメルギゾークを滅ぼした。そうとしか考えられない。ヒルド国のみならず周辺国家の様々な文献に残るメルギゾークの、永遠の繁栄、豊かさを抱いた国を、最強と呼ばれた魔道大国を──一瞬で滅ぼしたのは『彼女達』です。だから、だから……」
「──オルファースを滅ぼしてくれるかもしれない、って?」
 ギクリとして、カイ・シアーズはギルバートを見た。呆れたようなため息の後、責めるでもない、普段と同じ調子の声が返ってくる。
「その災厄をお前は興味本位で知りたいだけなのか……探し出して使いたいのか」
 ギルバートはまだ眠いのかソファに沈んだまま、眉の間を薬指で撫ぜている。
 カイ・シアーズは少し離れた正面に立っていた為、窓側に居るギルバートの表情は逆光でよく見えなかった。
「お前は本当にムダな事を考える」
 カイ・シアーズはカっとなってギルバートを睨んだが、彼は意に介す様子を微塵も見せず──あるいは気付いていないのか──小さなあくびを漏らした。
「お前は、もっとやるべき事をしてろよ。滅ぼすなんて、ムダな事は考えるなよ。お前はよ、こういう言い方すると嫌がるかもしれんが、いいポジションにいるんだ。魔術師達にも顔がきく。王族にも、貴族どもにも……。お前のオヤジさんが国王の右腕であるという事を最大限に利用すればいいだろう? すねてないで」
「すねてなんかいません」
 緩く肩をすくめて見せるカイ・シアーズをギルバートは片眉をひそめて笑った。
「──俺から見りゃすねてる以外にゃ見えないねー。お前はできる限り王宮を避けてるだろうが。お前のおやじさんや兄貴たちの居る王宮を…………それはまぁ、ともかく。滅ぼすより、改革を、再生を願えよ。やれよ。オルファースを望む形に変えればいいだろうよ。お前なら、出来るさ」
「…………」
 親の事は、七光で今のこの副総監にいるように言われている気分になるから持ち出されるのは好きではない。そういう目で見てくる輩に言われるのはもう慣れたし、たいして気にならない。が、この男には言われたくなかった。自分と同じで、実力をないがしろにした権力主義の連中を厭うこの男には。
 だから、カイ・シアーズはサッサと背を向けて部屋を出て行こうとした。戸から出る直前、ギルバートはカイ・シアーズにこう言葉を投げてきた。
「お前にはまだまだ、未来を切り開く時間があるんだ。最初っから滅びなんざ、選んでんじゃねぇよ、どあほ……」
 静かな声音。特に感情がこもっているわけでもなさそうな声。
 振り返れば、ギルバートはすーすーと寝息をたて、眠りに落ちていた。
 ドアを怒りにまかせてキツく閉めてやろうと思ったが、すぐにやめた。部屋の端に丸めてあった毛布を拾い上げ、ギルバートにかけてやり、そろりと静かに部屋を出た。
 廊下に出て一人、カイ・シアーズは小さな溜め息をこぼした。



 目を覚ますと夕方だった。
 起き上がると何かがパサリと落ちる。少し厚手の布切れ──トーンが随分と落とされた、落ち着いた彩度の深紅のローブだ。
 ギルバートのものとすぐにわかった。
「……頭いてぇ」
 飲みすぎた事を後悔する。板間フローリングに直接寝ていた事もあって体も痛い。
 目をうっすらと開いて、何度かしばたいた。床に座り込んだまま頭をかかえる。
 十二時間以上眠っていた勘定だ。よく寝れたものだと自分で感心する。
 夕日がニスの濃い床に差し込んできている。部屋には数冊の本が転がっていた。読まなければならないのにまだ開いてもいない。
「……うるせぇな」
 ドアがどんどんとノックされていた。これで目が覚めたらしい。
 放っておきたいが、やけに響くのでしぶしぶ立ち上がって戸までふらふらと歩み寄る。
 扉を開けるとギルバートが立っていた。何か用があっただろうかと思い巡らせ、とりあえず手に持っていたギルバートのローブを突っ返した。ギルバートはニヤニヤと笑っている。
「今起きたのか? お前、意外に酒弱いなぁ」
 うるさい事を言う。そっちが強すぎるだけだと思うも、アルフィードはそれを言葉にする気力はない。ローブを押し付け、ギルバートに背を向けた。
 そんなアルフィードに、ギルバートはぽそりと言う。
「──今日はムリか」
「なにが?」
「あの姉弟魔術師を追うっていうオルファースからの依頼だよ。俺はお前の監視役を与えられてるから、お前が動くなら俺もついてかなきゃならない」
 閉じた口の端を片方をぐいーと引き、数秒考えてアルフィードはぽつりと言う。
「……今日はもう、寝る」
「はぁ?! お前今まで寝てたんだろう?」
「寝てた」
 ぼぅっとしたまま、面倒くさそうに後ろ頭をかりかり掻き、部屋の奥へと戻るアルフィード。
 ギルバートが後ろ手で扉を閉め、アルフィードの後をついてくる。ギルバートのため息を聞きながら、アルフィード伸びをした。
 ──予定は伝えておくべきか……。
「明日の朝、夜明けと共に動く。目的地も決めてある。奴らが根城に使っていた場所を探る。連中と一緒に行った時は教会近くの建物の地下から入ったんだが、そこは警備が厳しい。別の入り口を見つけてある。そこから進入する」
「警備……? ──いやいや、おい、おまえ、本気で今からまた寝るのか?」
 振り向きざまにニヤリと笑ってみせるアルフィード。
「寝溜めが出来るタチなんだよ、俺は。まだ溜めれそうだ。──……警備とか、細かい事は明日話すよ」
 そう言ってアルフィードは部屋の真ん中にどかっと座ると、そのまま転がった。
「……俺の弟子ってなんでこんな変なんだ……」
「あ? 何?」
「何でもねぇよ」
 ギルバートは受け取ったばかりの真紅のローブをアルフィードの腹に投げた。
「夏が近いっつっても油断すりゃ風邪はひく。魔術師だろうが一般人だろうが、なんら変わらんぞ」
「わかった……」
 アルフィードは小さく返事してそのまま眠りについてしまう。寝付きも異様に良い。
「……なんてやつだ」
 ギルバートは感心するというよりも呆れて呟いた。
 師弟ともに魔術師の中では異端児なのだが、どちらも自覚はない。
 空に闇が落ち、時は夕刻から夜へと移行して月が輝いているのが窓から見えた。
 少し目線を下げてやると、オルファース本部のドーム型の天井が地上の月として、煌々と明りを辺りに振りまいていた。



 ──丸窓から月明かりが差し込んでくる。
 小さな屋根裏部屋の窓はその丸いものだけ。そこから、月の黄色い光が降り注ぐ。
 ユリシスは仕事を終え、床に就きはしたものの、目が冴えて眠れないでいた。
 確かめればいいと決めたものの、どうしたものか……。
 狙われる理由なんて、襲われた理由なんておよそ見当がつかない。
 ──ただ1点を除いて。
「エナ姫誘拐事件、阻止したの、私なんだよね、きっと。妨害したの、あの森の中で、なんだよね、たぶん」
 探り探り呟く声に自信はない。だが、それ以外に考え付かなかった。
 ──だとしたら、エナ姫と出会ったあの洞へ……あの洞へ、行く。
 目が冴えている。同時に、何故だろうか、ひどく感覚も鋭く尖っていた。一眠りしたら、全て回復していそうな気がする。
 そして、その予感はピタリと当たった。
 うとうとと眠っただけだったにもかかわらず、丸窓から朝陽が差し込みはじめる頃にいつもよりシャッキリと目覚められた。不思議と魔力もみなぎっている気がした。
 いそいそと支度を整えていく。
 瞳は、昨日から赤味を取り戻さない。元の色に戻らない。青と赤のブレンドがより青味がかり、まさに『紫紺の瞳』の光を宿す。
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