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番外編 BS学園のない世界

IF STORY 葵&クリス

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こちらは、BS学園がなかったパラレル・ワールドのお話です。

ーーーー

"YOLO."

「遅くなったかな。向こうは夜の八時だからまだ寝てないと思うけど」
 葵は素早く朝ごはんを掻き込んでから、チャットに合言葉を打ち込んだ。
 程なくして、同じ言葉が返ってきた。

"YOLO. How are you doing?"
(ヨロ。元気?)

「よかった。クリスもオンラインで。こういう場合、just chilling(特になにもしてないよ)とか答えるんだよね。でも今日は……」

"Hey, Chris. Guess what! We won the national championship!"
(クリス、聞いてよ。全日本で優勝したんだよ)

"You must be kidding, right? That football championship that you were talking about!? It's freaking awesome!!"
(冗談だろ!? 前言ってたサッカーの? 超スゲーじゃん!!)

「よし、ここからは日本語で、Skippeに切り替えてっと」

 葵は手際よくパソコンを操作して、カメラとマイクをオンにする。画面に現れたのはソフトモヒカンの少年、クリスだ。

ーーランゲージ・パートナー。
 お互いの国の言葉を教え合う友達として、二人は半年前から繋がっている。

「そうなんだよ。そこら中優勝おめでとうの垂れ幕だらけで、校内も大騒ぎだよ。知名度もぐんと上昇さ。まぁ、クリスほどじゃないけどね」

 それを聞いて、クリスは少し誇らし気にへへっと笑う。
 何を隠そう、ミュラー兄妹はイギリスでちょっとした有名人なのだ。アニメ動画へのリアクションが受けて、Metuberとして活躍中だ。
 時に出る、妹ジェニーの小悪魔的なコメントは特に人気がある。

 その収益を、恵まれない孤児院に全額寄付しているのを、葵は知っている。自分と同じ境遇の子供たちを少しでも助けたいって。
 本人はそういうことを口にしないけど、カッコイイと思う。

「お兄ちゃん、アオイと話してるの? あたしも出るよ」

 ジェニーが葵の声に気がついて、バタバタと階段をかけ降りてきた。
 強引に画面に入ってくる。
 クリスは隣にちょこんと座る妹を見て、「お兄ちゃんの友達なんだから、勝手に参加するなー」と言いながらも、なんだかんだで楽しそうだ。
 二人はビックリするほど仲がいい。
 多分早くして両親をなくしている境遇が絆を深めたのだろう。
 理由はともあれ、一人っ子の葵は、じゃれ合う二人を羨ましく感じる。あんな妹が自分にも欲しかった。

「わぁ、本当になまアオイだ」

 ジェニーの言葉に、葵はビクンと反応する。

「なんだよ、そのなまアオイって。人を卵かビールみたいに」

「あはは、そうだね。ごめんなさい」

 葵は、可愛らしいお辞儀をする妹を見て、笑みがこぼれる。
 クリスもジェニーも、典型的なマルチリンガルで、日本語までペラペラだ。
 二人ともアニメ好きが乗じて、日本語の原著まで手を出している筋金入りの言語オタクなのだ。
 こうやって葵と日本語で話しているのも、語学力を磨く為だ。純粋に話すのが楽しいから続いているのだけど。

「さっきの話、聞いてたよ。アオイ、優勝おめでとう! さすがお兄ちゃんのお友だちね」

 ジェニーとリアルに話すのは、これが初めてだ。
 敬称をつけてこないのは、文化的理由だろう。

「でも、お兄ちゃんもすごいのよ。この前、個人で優勝しちゃったの」

 優勝? 一体何の話だろう。
 クリスからは一言も聞いていない。

「おい、ジェニー。その話はよしてくれ」

「なんで? バーミンガム代表になったんだよ。男の子としては初めて」

「だから、それはみんなに選ばれて仕方なく。オレの黒歴史なんだから」

 クリスの顔は真っ赤だ。
 ジェニーは、動揺したクリスの様子を見て、楽しそうだ。ちょっとS気があるのだろうか。

「すっごく可愛いかったんだよ、お兄ちゃん。他のどの娘よりもきれいだったから、グランプリは当然って思ったもん」

 ジェニーは尚も悪戯そうに笑っている。

「おい、ジェニー。そのボタンは押すな。向こうに写真が送信されちゃうから」

「この前あたしのケーキを黙ってつまみ食いした仕返しだよ。ほら、アオイ。見てよ。えぇぇい」

「だっダメ。やめっ」

 ピロリン

 無情にも葵の画面に、「ファイルを受信しました」とのメッセージが表示された。

 葵は条件反射で開いてしまう。

 送られてきたのは、クリスのミニスカサンタの姿だった。
 葵は一目で絶句する。

(か、可愛い……)

 女装と言うのは憚られるほど、写真の中のクリスは可愛らしい。大きな目に、瑞々しい唇がチャーミングだ。
 赤いもふもふのスカートがスラッと伸びた美脚によく似合う。
「これは男」とどんなに自分に言い聞かせても、股間のあれがむくむくと起き上がってきてしまう。
 性的に興奮してきてしまう。

「葵、見ちゃダメだ。死んでも絶対に見ちゃダメだ。見たら殺す。恥ずかしいから、なにもせずに消してくれ」

「み、み、み、見てないよ。うん、見てない。何も……」

 ジェニーは葵の表情を見て、笑いをこらえている。

「あれれぇ? おかしいよ。アオイのお顔、真っ赤だよ。目が泳いでるよ。どうしたの? やっぱり見ちゃったんでしょ。女の子になったお兄ちゃんが可愛すぎて、惚れちゃったのかな? あたしの目はごまかせないよ。ふふふ」

「ち、違う」

「ふふふ。アオイは誤魔化すの下手だよね。まぁ、でもアオイもすごく可愛らしいし、お兄ちゃんと同じでかなりそっち系だよね。あたし、最初お兄ちゃんの彼女かと思ったもん」

「かっ彼女?」

「あれ? やっぱりアオイも自覚ないの? あたし、この前たまたま見つけちゃったんだよ。アオイのすごくキュートな写真。スカート穿いただけで、こんなに可愛いのね」

 そう言って、ジェニーはスマホの画面をカメラに向ける。

 そこには、学園の美少女コンテストで優勝してしまった時の写真が映っていた。

「ど、ど、ど、ど、どこでその写真を」

「知らないの? 今ネットで話題の謎の美少女なんだよ。あたし、写真を見て確信したの。これってお兄ちゃんのランゲージ・パートナーのアオイの女装姿なんだって」

 葵の顔は更に真っ赤になる。
 今回は可愛い女の子を見たからではなく、羞恥心から。

「どれどれ? お兄ちゃんに見せてごらん」

 先程とはうってかわり、余裕の表情でクリスが割って入る。

「だ、ダメ。見ちゃダメ」

「うん、いいよ。これでおあいこだもん」

「あっ。あぁ」

 手を伸ばしても、画面の向こうには届かない。
 クリスの表情から、自分の女装姿を見られてしまったことを確信する。

「ちょっとなんだよこの写真。超可愛いじゃん」

 クリスの顔も真っ赤になっている。
 明らかに、画面の美少女の可愛らしさにハートを射止められている。

「ふふふ。こんなに可愛いのに男の子って、二人とも奇跡だよね。女のあたしも嫉妬しちゃうもん」

 葵もクリスも言葉がない。
 可愛い女の子に免疫がないため、それどころではないようだ。

「二人とも黙っちゃって。可愛いんだから。ふふふ。どう? なってみる? 女の子に。お兄ちゃんたちだったら、モテモテだよ」

「「お、女の子に!?」」

 葵とクリスは同時に反応する。
 女の子になるってどんな冗談だと。

「だってもったいないよ。今から女性ホルモンを打てば、二人とも国民的美少女になれるのに」

「あは、あはは。クリスの妹は冗談がキツいね」

 葵はひきつった笑顔を浮かべる。

「あ、あぁ。サンタコスプレの時以来、たまにジェニーはこういう冗談を言うんだよ」

 クリスも、可愛い妹の狂気的な冗談には、ついていけないようだ。

「冗談じゃないのになぁ。お兄ちゃんたちは、性転換して女の子になった方が絶対いいと思うのに」

 ボソッと呟くジェニーの声は二人には届かない。

 葵とクリスは、急に思いついたかのように、話題をアニメに切り替えた。



「じゃあそろそろ学校に行かないと」

「そっか。日本はもう朝七時だったね。今日も楽しかったよ。YOLO」

「YOLO」

 二人はそれを合言葉に、チャットを切った。

 YOLO, You only live once.

 人生は一度だけ。
 だから、大切に生きよう。

 強い思いを胸にしまいこむ。

 BS学園のない世界。

 そこは現実か、はたまた妄想か。

 葵はしっかりと地面を踏みしめながら、学校へと向かった。

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