しかばね先生の小説教室

島崎町

文字の大きさ
上 下
8 / 28

第8話 大賞受賞! ヤバい出版社へ。

しおりを挟む
 次の日。土曜日。休日のオフィス街に人は少ない。地球最後の日の1日前みたいな雰囲気。なんだそれ?

 スマホの地図アプリで確認しながら街をさまようけど、どういうわけか目的地が表示されない。

「変だなあ」

 住所を入力すると、おおざっぱな区画は出るんだけど、建物が出てこない。そもそもそんな番地がないみたい。

 もしかして住所を間違えたのかも。何度もおなじところをグルグルまわって、いったい何周目だろう、あきらめかけたときに、せまい路地がある。

 変だなあ。さっきはこんな路地、なかったはずなのに。
 なんだかいやな予感がする。こういうときって、たいてい、よくないことが起こるよね。

 路地に入ると暗くなる。じめっとしたアスファルト。なにかが腐った臭い。いやだなあ、やっぱり来なきゃよかった。

 引き返そう。そう思ったとき、目の前に古いビルがあって、「ヘル出版 4階」とビル横の看板に書いてある。あ、ここだ。

 昨日、しかばね先生の小説を郵便局に出したあと、電話が来た。それはヘル出版というところからで、小説大賞受賞のしらせだった。

 うれしさ10パー、驚き90パー。だって郵便局に持ってって、まだ10分もたってないんだよ。原稿はまだ郵便局内にあるはずだし。

「え、でもさっき出したばかりで……」

 疑う僕に、電話の男は、

「受賞したのは鹿羽根はじめさんの『詩学三十六景』。おたくさんですね」

 低く、威圧的な声だ。

「あ、はい……」
「明日、会社まで来てください」
「え? 会社ってどこに……」
「あんたどこに応募したんだ? 住所書いただろ」
「あ、はい……」
「じゃあ明日、必ず」

 電話は切れていた。うむを言わさぬ口調だった。

 そうして今日、僕は不安な気持ちでビルに入る。せまい玄関から汚いエレベーターに乗る。
 ボタンを押そうとすると、突然、髪の長い女の人が入ってくる。

 うわっ、なんだ。
 エレベーター中に腐敗臭がただよう。

 口と鼻を押さえると、ポツン、ポツン……音が聞こえてくる。見ると、女の人はびしょ濡れだよ! 白い服から水がしたたってる。

 やばい、これは絶対。
 はやく4階に行こう、そう思ってボタンを押すと、

「4階!」

 女の人が奇声をあげる。
 垂れた黒髪のあいだから、女の人の目が見えた。あきらかにおびえてる。

「あの、僕――」

 まだしゃべってるのに、エレベーターを飛び出していなくなってしまった。
 ど、どういうこと?

 ドアが閉まり、エレベーターが動きだす。アトラクションみたいな揺れ方で上昇していき、止まる。
 エレベーターからでると、フロアにはドアがひとつだけ。

 探偵事務所のドアみたいな、古いドア。くもりガラスの向こうがどうなってるのかはわからない。
 緊張する。だって出版社に来るなんてはじめてだよ。

 深呼吸して、ドアをノックする。
 しばらくすると、くもりガラスの向こうに影が現れ、

「おう、来たな」

 ドアが開く。ぬっと顔を出したのは、よれたスーツを着たシブい男だ。浅黒い肌で、殺し屋みたいな目をしてる。殺し屋を見たことないけど。

「入れよ」

 男はくるりと背中を向ける。タバコとオーデコロンの臭いが鼻をつく。

 この人、昨日の電話の人だ。威圧感におぼえがある。40代くらいだと思うけど、なんか、昭和を戦いぬいた迫力をみたいなものをプンプンさせて、やり手の編集者って感じだ。

 気がつくと、男の人はいなくなってる。まずい。あわてて追いかける。ドアからなかに入ったとたん、いきなりわっと声がした。

 オフィスに事務机がいくつもならんで、20人ほどが電話をしたり原稿を読んだり、いそがしくしてる。土曜日なのに大勢働いて、活気がある。

 僕を招き入れた殺し屋――間違えた、出版社の男が、机と机のあいだをグイグイ歩いていくのが見える。
 置いてかれないようにあとを追う。通りすぎるたびに左右から、社員が電話に話す声が聞こえる。

「おい、死ぬ気で書けよ!」
「だったら書いてから死ねよ!」
「死んだ作家に用はねえ! 死ぬ前に書きあげろ!」
「締切か死か!」

 ぶっそう。とにかくぶっそう。きっと電話の向こうには作家がいて、書けないとかなんとか言ってるんだろう。それに対しての編集者の罵詈雑言ばりぞうごん

 もっと平和に話しあった方が建設的なんじゃないの? そう思ったとき、悲鳴が聞こえる。

 見ると窓ぎわで、ああ……作家が何人も拷問されてる。ちょっとここでは描写できないけど、とにかくひどいありさまだ。

 どうして彼らを作家だと思ったのかって? だってこの会社で拷問されるのは作家以外にありえない。きっと彼らは締切を破ってしまったんだ。

 男が立ち止まる。

「おい見とけ、おまえもああなるんだ」
「ああなるんですか!」
「締切を破ればな」そう言って歩きだす。「だが作家ってのは、締切を破る生きもんだからな。おまえもすぐだぞ」

 男はニヤリとふり返り、

「楽しみにな」

 た、大変なことになったぞ……。

 僕はしかばね先生の小説を応募しただけなんだ。大賞の知らせを受けて、ノコノコやってきてしまったマヌケな学生なんだ。

 なのにこの男は拷問を楽しそうに紹介して、なんだか自分でも、したそうに見えるぞ。
 まずい、はやく事情を説明しないと。

「あの!」
「ここで話すぞ」

 男があごでしゃくる。デスクがならんだ地帯をぬけて、パーティションで区切られた一角に出ていた。

 ちょっとした会議や打ち合わせで使うんだろう、壁で仕切られたスペースがいくつかあって、テーブルとイスが置いてある。

 でも、なかは血まみれだ。
 うわ……。とても入れるような感じじゃない。男はニヤリと笑って、僕の様子をうかがってる。ドSまる出しじゃないか!

 なすすべもなく立っていると、男は血のついてないきれいなスペースに入っていく。よかった。まともな場所があるんじゃないか。

 ドッカと座った男の正面に、僕も座る。とにかく、これまでのいきさつを話さないと。

「あの、最初に言っておきたいことがあるんです!」
「いいか、俺が嫌いなものは2つ、作家とウソだ」

 するどい目で僕をにらんでくる。

「あ、はい……」
「まず問答無用で作家は嫌いだ。いますぐにでも殺したい。締切を破る行為ももちろん嫌いだが……まあ、作家って言葉のなかに、『締切を破るもの』って意味がふくまれてるからな」
「はあ」
「それからウソだ。ウソは最悪だ。人をだます行為だからな。おまえ、ウソをついたら殺すぞ、わかったか」

 そう言ってスーツの内ポケットに手を入れる。

「わわ、わかりました!」

 男がポケットから手をぬくと、

「ひえ!」

 手にはタバコがあった。火をつけ吸いはじめる。まぎらわしいよ!

「これを書いたのはおまえだな」

 男はドサリと置く。原稿の束だ。

「おまえが応募したんだからな、書いたってことだろ。別人が書いてたら、ウソってことだ。なら殺す」

 まずいよ、これはしかばね先生の小説だ。僕は代わりに応募しただけで。

「あ、あのですね……」
「いいか、正直に言えよ、生死がかかってると思え。これを書いたのはおまえか?」

 どうしよう。書いたのは僕じゃないって言ったら、ウソをついてたから殺される。だけど、書いたのは僕ですって言ってもウソになる。つまり殺されるんだ。どっちを選んでも死あるのみなんて、そんなあ……。

「か、書いたのは僕です」
「そうか。ならいいんだ」

 男は深々とタバコを吸い、煙を吐き出す。

 しかたないんだ。書いたのは別人だって言えばすぐ殺される。だけど書いたのは僕ですっていうウソは、バレるまでは殺されない。どっちを言ってもウソになるなら、ひとまずこの場をしのげるウソの方がいい。そうだよね?

「疑って悪かったな」

 あ、はじめてやさしげな声を出してくれた。まあ、目は笑ってないけど。

「だ、大丈夫です」

 少しだけホッとする。もしかしたら、やさしい面もあるかもしれないよ。

「いやな、この原稿から死の臭いがプンプンするからよ。でも見たところおまえ、全然死にそうにねえし、おかしいと思ってよ」
「はあ、そうですか……でもあんがいポックリ逝くかもしれませんし」

 などと言って僕は、あはあはと笑った。でも内心はビクビクしっぱなし。だって小説を書いたしかばね先生は、つねに死にかけなわけだから、この人はその死の臭いを感じとったんだ。すごいぞ。

「手はじめに自己紹介からはじめるか」

 男はなにか出し、ぽいっと投げる。机の上をすべってきたのは名刺で、

「ヘル出版 編集者 卸屋おろしやさだめ

 そう書いてある。社名もそうだけど、名前もすごい。

「お、おろしや、さん……?」
「ああ、人によっては『おそろしや』とか『殺し屋』って呼ぶけどな」

 殺し屋! やっぱり! 僕の第一印象は間違ってなかったよ。人は見た目がなんパーセントだっけ。とにかく見た目どおりのあだ名だ。

「おまえの名前は、」編集者は原稿を見る。「鹿羽根しかばねはじめ、か」
「あ、それなんですけど、ペンネームです……」
「なるほど、そういうことか」
「はい、本名は――」
白滝しらたきオサム」
「知ってるんですか?」
「とっくに調べた。マンションの409号室、いい番号だ、そこに両親とかわいいネコと住んでいる」

 ザムザのことだ! かわいいってことまで調査ずみとは!

「応募者の住所に別の名前で住んでるから、それでおまえを作者じゃないと疑ったわけだ。で、どっちで呼ぶ? 鹿羽根先生か、白滝先生か」

「えっと、白滝でお願いします」

 さすがにしかばね先生と呼ばれるのは恥ずかしい。なにより死んでしまった先生にもうしわけないよ。

「わかった」

 編集者は机のすみにあった灰皿でタバコを消し、2本目に火をつける。

「じゃあ白滝先生、いよいよ本題だ」
「はい……」
「ハッキリ言っておく、おまえの小説は大賞をとったが、出版はできない」
「え!」
しおりを挟む

処理中です...