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第20話 決断のとき!
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「失うってどういうことですか?」
「いなくなるんだよ、この世から」
どこからか、救急車のサイレンが聞こえてくる。不吉だ。きっと幻聴……そうに決まってる。
「でもその人、僕、知りませんよ」
「いま知らないからって、結婚しないってことはないだろう。このあと知りあうかも知れないし」
「でもまだ知り合う前ですよ! それなのに!」
「だって契約したじゃないか、大事なものって」
「大事すぎますよ! 小説を書くために奥さんを失うって、そんなのありえませんよ!」
「そういう人もいたと思うよ。小説家になるためにすべてをなげうち、結婚をあきらめたって人も。きみ、小説と奥さんだったらどっちをとるの?」
「奥さんです」
「はやいなあ、即答じゃないか」
「だって!」
「きみはもう、どうすることもできないんだよ。欠落と回復をたっぷり教わってしまったからね」
「ああ……」
悲劇だ。崩れ落ちて、床に座りこむ。
「がんばって小説を書くんだ。今日まなんだことを参考にね。欠落と回復だよ。きみの欠落を創作にぶつけるんだ」
先生がホテっと肩に手をかける。体温のない手。マネキンにさわられたような。
「も、もう!」
立ちあがる。
「もう先生からなにも教わりません!」
「ホントに?」
「だってこんなに僕は失って!」
「しかたないよ。あと1日、とにかくきみは書くだけだ」
「わかりました、書きます。でももう先生のお世話にはなりません! さようなら!」
怒りにあふれ、ズカズカとドアへ歩く。本棚の前にゴミ箱が見える。ゼリーを投げ捨てると、フチにあたってはね返る。ドアを開け、サッカ部を出る。もう!
*
図書室の奥に行く。あの子はまだ来ていない。
僕は奥のイスに座り、原稿用紙をひろげる。
チラッと目線をあげる。昨日あの子がいた席には、だれもいない。あの子の名前は「北条かな」だった。小さくて、がんばりやで、小説がとても好き。
先生が言った未来の奥さんは、「糸谷美南」。あの子とは違う。僕はそれを、どう思えばいいの?
彼女は失われないけど、彼女は未来の奥さんじゃない? ああもう!
揺れ動くこの気持ち。ふりはらうように、原稿用紙をにらみつける。僕の未来とおなじように、白紙のままだ。
せめて表紙に、タイトルと名前くらいは書けそうなものだ。
まだなにを書くかも決まってないから、タイトルはムリ。でも名前は書けるよね。自分の名前なんだから。
いや、違う。出版者に公募したとき、しかばね先生の本名の、「鹿羽根はじめ」で送ったんだ。だから今回も、おなじようにペンネームで書かないと。
ん? ペンネーム?
僕のなかで、なにかがパチンとはじける。
そうだ、あのとき……。
「北条かな」という名前は、原稿用紙に書いてあった。
ってことはもしかして……
ペンネーム?
そうだ。だってあれは小説の表紙なんだ。そこに書いてあるだから、本名とはかぎらないよ!
いま何時? 昼休みに、放課後ここで会うと約束したのに、彼女は全然現れない。遅くなるからって言ってたけど、それにしても遅すぎじゃないか。本を隠しておくから読んでねって言った、あれが最後の言葉で……。
図書室を飛び出す。彼女が本を、机の下に隠しておいたかわからない。いまはそれより大事なことがある。
廊下に出る。でもどうしたらいい? 「北条かな」と「糸谷美南」が同一人物かなんて、どうやって調べればいいんだ?
廊下の向こう端に、ざわめきが見えた。玄関の前に集団がいる。ひとり、白いギプスをつけてるヤツがいるから、新井葉たちのグループだ。
どうする。決断のとき。
ああ、もう!
僕は廊下を走ってる。なんでこんな行動、とれるんだろう。平凡な、未来のないさえない高校生が、
「あ、あのさあ!」
新井葉たちの前へ行く。
みんな驚いてる。星良が大きな目をいっそう見開いて、
「白滝が話しかけてきた……」
話しかけただけで驚かれるなんて、僕もたいしたもんだ。
「北条かな……じゃない、糸谷美南って知ってる?」
みんなポカンとしてる。まるで僕が、「ナイショにしてたけど僕、神様なんだ」って言いだしたみたいに。
「糸谷美南って、糸谷先輩のこと言ってンのか?」
新井葉がようやく口を開く。
「そうだよ!」
食いつくように答える。ん? でもいま、先輩って言った?
「2年生の糸谷先輩のこと言ってるみたいだゼ」
新井葉は仲間の方を見る。みんな、状況が飲みこめてきたみたいで、
「へえ、それがどうしたんだ?」
「白滝のクセに生意気だ」
なんて言ってくる。生意気ってことはないだろ!
「入院したこと聞いてんじゃない?」
星良が言う。
「にゅ、入院?」
「ああ、市立病院だヨ」
「いつ!」
新井葉に噛みつくように聞く。
「さっきダヨ! 教室で倒れて運ばれて、救急車来てたダロ!」
さっき……しかばね先生に教わってたときだ。未来の奥さんを失うと言われたとき。そうだ、救急車の音がした。
「原因不明らしいゼ、もしかしたら助から――」
「もういい!」
玄関へ走りだす。
「もういいってなんだヨ!」
新井葉の声が悲鳴のように聞こえる。聞こえたってことは、僕のスピードはそんなもんなんだ。音速を超えない。もっとはやく、もっとはやく!
もぎとるように靴を履き替え、玄関を飛び出す。
糸谷美南と北条かなは同一人物なの? 糸谷美南は2年生、先輩って言ってた……あの子が2年生? しかも原因不明で入院? もしかしたら助から……考えるな! 走りながら否定する。
でももしふたりが同一人物なら、未来の奥さんなら、僕は大事なものを、本当に大事なものを失ってしまう。
はやく! はやく!
僕は走る。市立病院へ。彼女のもとへ。
「いなくなるんだよ、この世から」
どこからか、救急車のサイレンが聞こえてくる。不吉だ。きっと幻聴……そうに決まってる。
「でもその人、僕、知りませんよ」
「いま知らないからって、結婚しないってことはないだろう。このあと知りあうかも知れないし」
「でもまだ知り合う前ですよ! それなのに!」
「だって契約したじゃないか、大事なものって」
「大事すぎますよ! 小説を書くために奥さんを失うって、そんなのありえませんよ!」
「そういう人もいたと思うよ。小説家になるためにすべてをなげうち、結婚をあきらめたって人も。きみ、小説と奥さんだったらどっちをとるの?」
「奥さんです」
「はやいなあ、即答じゃないか」
「だって!」
「きみはもう、どうすることもできないんだよ。欠落と回復をたっぷり教わってしまったからね」
「ああ……」
悲劇だ。崩れ落ちて、床に座りこむ。
「がんばって小説を書くんだ。今日まなんだことを参考にね。欠落と回復だよ。きみの欠落を創作にぶつけるんだ」
先生がホテっと肩に手をかける。体温のない手。マネキンにさわられたような。
「も、もう!」
立ちあがる。
「もう先生からなにも教わりません!」
「ホントに?」
「だってこんなに僕は失って!」
「しかたないよ。あと1日、とにかくきみは書くだけだ」
「わかりました、書きます。でももう先生のお世話にはなりません! さようなら!」
怒りにあふれ、ズカズカとドアへ歩く。本棚の前にゴミ箱が見える。ゼリーを投げ捨てると、フチにあたってはね返る。ドアを開け、サッカ部を出る。もう!
*
図書室の奥に行く。あの子はまだ来ていない。
僕は奥のイスに座り、原稿用紙をひろげる。
チラッと目線をあげる。昨日あの子がいた席には、だれもいない。あの子の名前は「北条かな」だった。小さくて、がんばりやで、小説がとても好き。
先生が言った未来の奥さんは、「糸谷美南」。あの子とは違う。僕はそれを、どう思えばいいの?
彼女は失われないけど、彼女は未来の奥さんじゃない? ああもう!
揺れ動くこの気持ち。ふりはらうように、原稿用紙をにらみつける。僕の未来とおなじように、白紙のままだ。
せめて表紙に、タイトルと名前くらいは書けそうなものだ。
まだなにを書くかも決まってないから、タイトルはムリ。でも名前は書けるよね。自分の名前なんだから。
いや、違う。出版者に公募したとき、しかばね先生の本名の、「鹿羽根はじめ」で送ったんだ。だから今回も、おなじようにペンネームで書かないと。
ん? ペンネーム?
僕のなかで、なにかがパチンとはじける。
そうだ、あのとき……。
「北条かな」という名前は、原稿用紙に書いてあった。
ってことはもしかして……
ペンネーム?
そうだ。だってあれは小説の表紙なんだ。そこに書いてあるだから、本名とはかぎらないよ!
いま何時? 昼休みに、放課後ここで会うと約束したのに、彼女は全然現れない。遅くなるからって言ってたけど、それにしても遅すぎじゃないか。本を隠しておくから読んでねって言った、あれが最後の言葉で……。
図書室を飛び出す。彼女が本を、机の下に隠しておいたかわからない。いまはそれより大事なことがある。
廊下に出る。でもどうしたらいい? 「北条かな」と「糸谷美南」が同一人物かなんて、どうやって調べればいいんだ?
廊下の向こう端に、ざわめきが見えた。玄関の前に集団がいる。ひとり、白いギプスをつけてるヤツがいるから、新井葉たちのグループだ。
どうする。決断のとき。
ああ、もう!
僕は廊下を走ってる。なんでこんな行動、とれるんだろう。平凡な、未来のないさえない高校生が、
「あ、あのさあ!」
新井葉たちの前へ行く。
みんな驚いてる。星良が大きな目をいっそう見開いて、
「白滝が話しかけてきた……」
話しかけただけで驚かれるなんて、僕もたいしたもんだ。
「北条かな……じゃない、糸谷美南って知ってる?」
みんなポカンとしてる。まるで僕が、「ナイショにしてたけど僕、神様なんだ」って言いだしたみたいに。
「糸谷美南って、糸谷先輩のこと言ってンのか?」
新井葉がようやく口を開く。
「そうだよ!」
食いつくように答える。ん? でもいま、先輩って言った?
「2年生の糸谷先輩のこと言ってるみたいだゼ」
新井葉は仲間の方を見る。みんな、状況が飲みこめてきたみたいで、
「へえ、それがどうしたんだ?」
「白滝のクセに生意気だ」
なんて言ってくる。生意気ってことはないだろ!
「入院したこと聞いてんじゃない?」
星良が言う。
「にゅ、入院?」
「ああ、市立病院だヨ」
「いつ!」
新井葉に噛みつくように聞く。
「さっきダヨ! 教室で倒れて運ばれて、救急車来てたダロ!」
さっき……しかばね先生に教わってたときだ。未来の奥さんを失うと言われたとき。そうだ、救急車の音がした。
「原因不明らしいゼ、もしかしたら助から――」
「もういい!」
玄関へ走りだす。
「もういいってなんだヨ!」
新井葉の声が悲鳴のように聞こえる。聞こえたってことは、僕のスピードはそんなもんなんだ。音速を超えない。もっとはやく、もっとはやく!
もぎとるように靴を履き替え、玄関を飛び出す。
糸谷美南と北条かなは同一人物なの? 糸谷美南は2年生、先輩って言ってた……あの子が2年生? しかも原因不明で入院? もしかしたら助から……考えるな! 走りながら否定する。
でももしふたりが同一人物なら、未来の奥さんなら、僕は大事なものを、本当に大事なものを失ってしまう。
はやく! はやく!
僕は走る。市立病院へ。彼女のもとへ。
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