しかばね先生の小説教室

島崎町

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第27話 エピローグ

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「行ってきます!」

 リビングを出ると、

「行ってらっしゃい!」

 お父さんとお母さんが言う。

 保険がおりて、僕たちは新しいマンションに移った。火事の知らせを聞いて、両親はすぐに帰ってきた。もちろん、ケンカなんかウソのように忘れてね。

 玄関にはザムザがのんびり寝ている。そっとクツを履き、小声で、

「行ってくるからね」
「帰ってこなくていいからニャー」

 目を覚ましたらしい。

「今日はプレミアムネコ缶をあげようと思ったのになー」
「ニャー! 晩ご飯のときだけ帰ってくるニャー!」

 跳びはねるザムザをあとにして、

「それまでには帰るよ!」

 家を出る。

  *

 教室に行くと、いつものようにスクールカースト上位組が固まってる。新井葉翔は右腕だけじゃなく、左腕もギプスで固められてる。

 だれにやられたのか想像はつくよね。あれから日にちはたったけど、新井葉はまだ書き終わらず、締切地獄がつづいてるみたいだ。

「ネコ飼いたいんだけどさー」

 山口星良がしゃべってる。

「パパがネコ嫌いになったんだ。この前、首と足、噛まれてさー」

 ん? 気になる発言だけど……それはまた、別のお話で。

  *

 コンコン……

 ノックして入ると、しかばね先生が座ってる。
 放課後、いつものイスに、いつもの死にかけな感じで。

「小説、直しも終わってよかったね」
「先生のおかげです!」
「契約は破棄になっちゃったけどね……」

 そう。第1稿を書き終え、編集者に渡したあと、失われた大切なものはすべて、もとにもどった。

「先生、残念そうですね」
「いやいや、あれは全部、君に小説を書かせるための作戦だよ? 大切なものが失われていけば、書くと思ってね」
「ホントですか? 先生、目がマジでしたよ」
「フフフ……」

 先生は笑う。白い目を輝かせて。

「そうだ」

 僕は差し出す。

「これ、持ってきました」
「お、ありがとう」

 それは、「入部届」と書かれた紙。

「サッカ部が急に2名増えるなんて、うれしいなあ」
「僕と幽霊部員の子で、2名ですね」
「フフフ……そうじゃないよ」

 不気味に笑う。

「幽霊部員は前から部員だよ。いまも君のうしろにいるけど」
「え!」

 驚いてふり向くけど、姿は見えない。でもなんとなく、気配を感じたような……。

「じゃあ先生、2名増えたって、あとひとりは……」

  *

 図書室を歩く。いつになく足どりが軽い。
 本棚を曲がると、見えた。手前のイスに、小さな女の子が座って、もくもくと小説を書いている。

「先輩!」

 僕の声に、糸谷美南さんは顔をあげて、

「先輩はやめてよー」

 顔が赤いのは、夕陽のせいだよね、きっと。
 失われたものはすべて、もとにもどった。先輩も退院して、元気に小説を書いている。

「先輩もサッカ部入ったんですね!」
「え? なんで知ってるの?」
「僕もさっき入部したんです!」
「じゃあいっしょだ!」

 喜びにあふれたその顔を、僕は一生、忘れないことに決めた。

「ねえ見て、小説のコンテストがあるんだって」

 先輩は、そう言ってチラシを出す。

「大賞は、出版社から小説を出せるんだよ!」

 ん? いやな予感がする。知ってると思うけど、僕のこういう予感はあたるんだ。

「先輩、その出版社って!」
「えーとね、『へ』……」
「へ!」
「『ヘブン出版』だって」
「よかった……」

 『ヘル』じゃなく『ヘブン』。平和そうな名前だし安心だ。もうあんな、書かなきゃ殺されるような出版社はごめんだからね。

「先輩、僕もそのコンテスト、書いていいですか?」
「わあ、じゃあライバルだね!」

 僕たちふたりは笑いあう。このしあわせは永遠につづくんだ。そう思ったとき、携帯が鳴る。

 いやな予感がする。こういう予感は……
 なのに電話に出てしまう。僕のバカ!

「はい……」

 僕のおびえた声に、先輩が不思議そうな顔をする。
 聞きなれた声が、電話の向こうから、

「おう、白滝先生か?」
「……違います」
「おまえだろうが」
「あ、はい」
「次回作、待ってるからな。締切は1週間後だ。もし書けなかったら……」

 携帯を耳から離す。編集の声はつづいてる。

 大変だ。まだつづくんだ。

 しかばね先生に、小説を教わりにいこう。



 ―終―



   *

「たしかにいただきました。お疲れさまでした」



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