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彼等の望み 2
しおりを挟む「貴方を止めるものは、本来は何もありません。
あるとしたら、自分自身でしょう。
心ない言葉に傷ついて、自ら歩みを止めてしまう。
けれど信念があれば、打ち砕くことができます。
相手の事をよく知らないのに簡単に批判できるような者は、何事もなかったかのように簡単に意見を翻します。
賛同する者が多くなれば、初めから自らも賛同していたかのように振る舞うでしょう。
中には、ただ誰かを批判したいだけの者もいる。
そうする事で、自らの埋まらない何かを満たしているのかもしれません。自分以外の誰かも闇の世界にいて欲しい。
だから心ない言葉を吐く。
抗い続ける人間を陥れる言葉を必死になって探す。苦悩を抱えながらも乗り越え、光り輝く姿を見たくない。
その姿は、あまりにも美しいからです」
ユリウスはアーロンの翻ることのないマントと床に転がっている輝きをなくした剣を見てから、広場に深く垂れ込めていく絶望を見渡した。
「心ない言葉を吐くたびに、自らにも呪いを施し、品位を落とし、自らも深い奈落の底に突き落としていることにすら気づいていない。
誰かが不幸になったとしても、自分が幸せになれるわけではありません。その分の幸せが、分配されるわけでもない。
しかし、自分だけが不幸でありたくないと願ってしまう。自分だけではないと思えれば、そこに救いを見出せる。
貴方がそういう者たちに引き摺られて、垂れ込める暗闇の中にいたいのであれば、それも構いません。
それも、貴方の選んだ道です。
それもまた、貴方のたった一度しかない人生です」
と、ユリウスは言った。
広場に流れる風が少し冷たくなり、ユリウスの漆黒の髪がサラサラと流れた。
「貴方は、夢を与える勇者になってはいけなかった。
子供たちに夢を見せてはいけなかった…救いの光があるという夢を…見せてはいけなかった。
私に勝てないようでは、英雄の使命を果たせるとはとても思えません。ここまで来た力だけは認め、私がこの手で殺しましょう。
勇者となれない貴方は、私が終わらせなければならない」
ユリウスはそう言うと、アーロンに向かって剣を振り下ろした。
強固なはずの鎧は簡単に斬り裂かれた。真っ赤な血が噴き出すと、その色が、アーロンの目に入った。
飛び散る赤い色は痛み以上に、騎士に望みを思い起こさせた。真っ赤に広がる赤い光…その広がっていく色は、友と見た光の色だったのだから。
騎士の剣を握る右手を握り戦意を奮い立たせると、その場に崩れ落ちないように足には力が入った。
「ようやく目が覚めたか?
勇者でない者を、ダンジョンから出すわけにはいかぬ。
偽りの騎士が勇者の称号を背負い、勇者の名を汚し、希望を掲げる剣を握った罰を与えねばならない。
お前は、剣を携えただけの憐れな男に過ぎないのだから」
と、ユリウスは険しい瞳をしながら言った。その口調は厳しいものへと戻っていた。ユリウスもまた自らに課せられた役割を思い、アーロンに感じていた「魔法使いの子供」という思いは完全に消し去ったのだった。
目覚めたアーロンの瞳は、巨大な力を持った男に対して、挑む炎に燃えていた。
「僕は、ゲベート王国第1軍団騎士団隊長であり、世界を救う剣の勇者である。
そして、彼等の英雄となる男だ」
アーロンは誇りを抱き、背筋を伸ばし、堂々とした声でユリウスの言葉を否定し、自らが何者であるのかを高らかに宣言した。
しかしユリウスはその言葉を嘲笑うかのように冷たい眼差しを送ってから、床に落ちているアーロンの剣を見つめた。
「お前が剣の勇者であるのならば、何故、その手に剣を持っていない?
私に剣を向けることを恐れているからか?
それとも、その手に何か別の力でも持っているからか?」
と、ユリウスは言った。
アーロンはユリウスから目を離さずに腰をかがめ、自らの剣を拾い上げると、今度は力強く剣を握り締めた。
「僕には、魔法使いの血が流れています。
僕の母は、魔法使いです」
アーロンは目の前の偉大な魔法使いを見据えながら言った。
もう隠そうとはしなかった。自らに流れる血を恐れることもなく、むしろ自信を持った表情をしていた。
「ほぅ…禁忌とされている男が勇者とは。
国王はさらに愚かさを重ねたか。お前も、それを知りながら勇者になったとは。
けれど、国民はどう思うのだろうか?
それを知っても、お前を勇者と認めるのだろうか?
誰が許すだろうか?
大罪人の子に、一体何ができようか?」
ユリウスは一つ一つをゆっくりと問いかけた。
アーロンは一瞬表情をこわばらせたが、その手に握る剣の輝きを見ると、その剣身のように強い眼差しとなった。何も恐れることはないと言わんばかりに、大きく口を開いた。
「知っているからこそ、勇者となったのです。
勇者となり、責任を果たさなければならない。
国民が認めないのであれば、認めさせるだけです。
正しい事を為そうとするのに、誰かの許しがいるのでしょうか?許しなど、要りません。
それに許しを与える者が、絶対的に正しいと言えるのでしょうか?言えるとしたら、その御方は一人しかおりません。
白の教会で祈りを捧げた時に、ステンドグラスから差し込む光を見ました。僕の為そうとする事が正しいという、神の許しはおりています」
アーロンは力強く言い、白の教会で見た貴い光を心の中に思い描いた。
「父は罪を犯し続けている大罪人ですが、僕は「同じ」ではありません。
僕は大罪人の子ではなく、騎士であり勇者です。
ゲベートの騎士たちは愚かな国王を既に見放していますが、僕のことは第1軍団騎士団隊長として信頼してくれています。
彼等は、僕を王の息子としては見ていない。
僕は、彼等の信頼に応える騎士の隊長として剣を掲げ続けます。
それに僕に流れる血を知っても、僕のことをすきだと言ってくれる友がいます。その友の言葉が、全てです。
僕を大罪人の子というのはやめて下さい。
僕は何の罪も犯していない。
僕は、僕の人生を、最期の瞬間まで、大切に咲き誇らせると決めたのです。
僕は堂々と胸を張り、騎士としての名誉を守り、気高くあり続ける。父とは全く違った男です」
アーロンは声を張り上げ、自分を見下ろすユリウスを真っ直ぐな瞳で見つめた。そのグレーの瞳は輝きで溢れ、淀んだ瞳をした者たちを蹴散らす強さに満ちていた。
「それでも僕のことを認めない者もいるでしょう。
けれど、どうして僕が、そういう者の言葉で思い悩み、生涯を臆病に生きなければならないのでしょうか?
僕にとっては何の意味もない者たちの言動によって振り回される人生を送るのは、ごめんです。
僕の人生だからこそ、僕が信じた正しい道を自由に生き続けます。僕が、僕自身を傷つける道は、もう歩まない」
アーロンはそう言うと、茶色い左目を見つめた。
「大切な友が、言ってくれたのです。「生まれてきたのには、何らかの意味があったんだ」と。
魔法使いの血が流れている僕が世界を救えば、苦しみを背負い生きている者たちに光を見せることができるでしょう。
出自も何も関係なく、何かを為すのは自らの力であり、強い信念さえあれば、批判を打ち砕き、偉大な事を成し遂げられると。
僕は、彼等の光になりたい。
禁忌を犯して生まれてきた子が、世界を変える。
生涯胸を張って生き続けるのが、僕の使命であり、僕が生まれてきた意味なのでしょう。
僕の存在価値は、僕の為すべき事で決まりましょう。
僕はもう自らを忌み子や呪いの子とは言いません。
僕自身が既にそう思わずに、この身に宿る魔力を、今は愛しているのですから。
この力は、ダンジョンの封印を解いた時のように、僕が守りたい者たちを守り抜ける力となるでしよう。
呪いではなく、全ては望みを果たす為の力となる意味があったのです」
アーロンは力強い声で言うと、強い力でユリウスの剣に挑みかかっていった。
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