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元婚約者は王子の安らかな眠りを祈る 中①
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※一部暴力描写があります。苦手な方はご注意下さい。
次の日、ルークが初めて授業に遅れてやってきた。何かあったのだろうかと視線でルークを追っていると、微かな違和感を覚える。何処がだとか何がだとかはわからない。これはただの直感だった。
授業が終わり、休憩時間になってすぐにルークの元へ向かおうとしたが、その頃には既に彼は席にいなかった。慌てて廊下に出るがそこにももうルークの姿はない。仕方がないから諦めて次の休憩に話しかけようと決意するも、それ以降教室に彼が現れることなく、気付けばすべての授業が終了していた。
次の日も、その次の日も同じ。
ルークは遅れてやって来ては知らぬ間に姿を消す。彼に対する違和感は増せど、どうすることもできない。
そんな日々が一週間が経ち、今日こそはルークと話をするんだと意気込みながら教室へと向かっていると、今はあまり聞きたくない声が背後から俺を呼び止めた。
「おはようございます、ユベイル様」
「……おはよう」
ルークの弟であり第四王子であるジェイクである。
正直、俺はこいつが苦手だ。何を考えているのかわからない赤紫の瞳や人形みたいに整い過ぎた表情が得体の知れない何かに見えて仕方がなかった。
素っ気ない俺の返事を気にした様子もなく、ジェイクは俺の腕に許可なく触れ、にっこりと笑う。そのままするりと自分の腕を絡ませて体を密着させてきたので俺は慌てて腕を引き抜こうとしたが、意外にもジェイクの力は強くて中々抜け出せなかった。
「離せって……!」
「嫌ですよ。離したらすぐに教室に行ってしまうでしょう?……ほら、聞こえますか?」
「なにを……っ、……!」
ほら、と言われ、口を閉じて辺りを見回してみる。先程はほとんど誰もいなかったにも関わらず、いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。
そんな人だかりの中心にいれば、耳をすまさなくても嫌でも声は聞こえてくるというものだ。
「やはりジェイク様は綺麗で可愛らしいわ」
「ジェイク様と親しそうにしている男は誰だ?」
「あれでしょ?光の魔力をお持ちのユベイル様」
「お二人が並ぶとまるで絵画のようだわ」
ジェイクの容姿を褒める声が大半だったが、ちらほらと俺のことも言っているようだ。まあまだ、それだけならいい。
しかしたまに聞こえてくる密やかな悪意に、俺は顔を顰めた。
「あの忌み子とは大違いだ」
「ユベイル様もジェイク様もあんな気持ち悪い奴に纏わりつかれてお可哀想に」
……違う、ルークは纏わり付いてなんていない。俺たちは婚約者同士なんだから一緒にいても変ではないはずだし、ルークはそもそも気持ち悪くなんてないのに。
あまりの言いように心臓が握りつぶされそうなほどの痛みと苦しみに襲われ、耐えるように下唇を噛み締める。ルークのことを知りもしないくせに好き勝手言う奴らから少しでも離れたくて、くるりと群衆に背を向けて一歩踏み出した時、俺の腕に纏わりついていたジェイクがくすりと笑った。
「……本当に気に入らないな」
「……何か言ったか?」
ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れなくて聞き返すが、こちらを見上げたジェイクが「なにも」と笑みを浮かべて離れていく。さっきまで全く離れようともしなかった彼があっさりと離れていったことに呆気に取られていると、彼はばいばいと手を振って近くにいた取り巻きの連中と共に去っていってしまった。
なんだったんだ、とぽかんと立ち尽くしているうちに、校内に授業開始の鐘が鳴り響く。周囲を取り囲んでいた生徒達もいつの間にか姿を消していた。もしかするとさっきまでの光景は夢だったのではないだろうか。そう言いたくもなる静けさに、俺ははあと息を吐き出した。
そんなことがあったからだろうか、今日はもう授業を受ける気にはなれず、このままさぼってしまおうかと教室とは真逆の方向に廊下を進んでいく。既に授業が始まっているため、誰ともすれ違うことなく俺は難なく教室棟から出ることが出来た。
渡り廊下を歩いている途中、ふと空を見上げた。
そこに広がるのは、憎らしい程に清々しく晴れ渡った青空。
少し前までは今日のような天気の良い日は、いつも学園の中庭のベンチでルークと昼食をとっていたなと思い出して目頭が熱くなる。最近はルークと話せないどころか、まともに顔すらも見れていない。
ルークのことを想わない日はない。
こうして一人でいると考えてしまう。どうして今俺の隣に彼がいないんだろう、と。
気付けば俺の足は無意識に何処かに向かっているようだった。この道のりは、恐らく中庭だろう。今の時間なら人もいないし、少し感傷に浸るくらいは許されるだろうか。
そんなことを考えながら中庭に足を踏み入れた瞬間、皮膚が僅かにざわついた。これは魔力だ。
この先に行ってはならないと脳内と体内の魔力が同時に警鐘を鳴らしているが、どうも胸騒ぎがする。俺は危険を知らせるように鳴り響く警鐘を無視して、そのまま早足に奥へと進んでいった。
中庭の奥、建物の影に隠れた所にある小さな倉庫の前に立つ。心臓がどっどっと激しく鼓動し、頭の中では警鐘がけたたましく鳴り響いている。体内の魔力がざわざわと反応し、あまりの気持ち悪さに思わず腕を擦った。
この中に何かあるのだと、全身が告げている。
入っては駄目だ、すぐに引き返した方がいいと思っているのに、身体はここから動かない。
入るか入らないか迷っていると、倉庫の中から誰かの小さな悲鳴のような声が聞こえてきた。それが誰の声かまではわからなかった筈なのに、その声が耳に届いた瞬間、俺は倉庫の扉に手をかけていた。
「……あ?」
「誰だお前?ここは今オレらが使ってるんだから早くどっか行けよ、坊っちゃん」
中には二人、いや三人の生徒がいた。二人は大柄な生徒で、一人は床に蹲っていてわからないが多分彼らよりも大分小柄な生徒だ。倉庫の中は薄暗くてあまり見えないから三人の容姿もほとんどわからないのに、どうしてか俺はその蹲る生徒から目が離せないでいる。
「おい、何見てんだよ!」
「……ルーク?」
ふとそう口に出していた。俺が開けた扉から入る細い一筋の光が小柄な生徒に当たる。その生徒の髪色は、とても濃くて暗い色のように見えたが確証はない。黒に近い色の生徒もごく少数ではあるがいることにはいる。でも俺はそのくらい色をどうしてか黒だとはっきり認識していた。
しかしこの状況下だ。
内心、当たってくれるなと祈りながら、掌の上に光の魔力を凝縮したものを作り出す。これは光源を作り出す魔法で、魔力消費も少ないため暗がりでよく使う魔法である。そんな魔法で作った光源で倉庫の中全体を優しく照らし出していくと、突然明るくなったことに驚いたのか、小さな肩がびくりと跳ねた。
嫌な予感ほど当たると言うものだ。
身体を小刻みに振るわせながらゆっくりとこちらを向いたその顔に、俺は愕然とした。
「……くそッ!」
大きな黒曜石の瞳からぽろりと雫がこぼれ落ちた瞬間、気付けば俺は掌の上に浮かんだ光の魔力を握り潰していた。いくつもの光の粒が弾ける。そんな光の粒たちを纏ながら、俺は拳を作って思い切り振りかぶった。
「あ?……ごふっ、ぐ……っ!」
「お前っ!ぐ、がはっ……!」
怒りのままに頬に一発拳を叩き込み、よろけた所を胸ぐらを掴んで引き寄せて頭突きをかます。不意打ちだったためにそれは綺麗に決まった。
背後から殴りかかって来たもう一人の目に光の魔力を凝縮した球をぶつけて目を眩ませる。そして仰け反ったところを狙って思い切り頬を殴りつけた。殴りつける直前に拳を魔力で強化していたのでそれなりに威力はあったのだろう。男達は床に転がって完全に伸びていた。
喧嘩なんか今まで生きて来た中で一度もしたことがない俺の息は当然の如く上がっているし、殴った拳も痛かった。けれどもそんなことはどうだってよかった。
倒れてビクビクと痙攣している男達を尻目に、俺は一目散に蹲っている小さな背中に駆け寄る。そして不安気にこちらを見上げる瞳にもう大丈夫だと笑いかけると、漸く彼は身体の力を抜いた。
「……どうして、ここに?」
「偶々通りかかったら、なんだか嫌な予感がしたんだ……はあ……本当に心臓が止まるかと思った」
「えっと……あの、その……ごめん、なさい?」
「……ルークが謝ることじゃないだろ。はぁ……もう無事で……本当に無事で良かった」
ルークをぎゅっと抱き締めると彼の体がびくりと大きく震えたのがわかったが、それにも構わずに強く抱き締めていると、遠慮がちにそっと背中に手が添えられた。それが堪らず嬉しくて、俺は今更ながらに震え出した手に力を入れる。
今回は間に合ったから良かったものの、もし俺があのまま授業を受けていたり寮に帰っていたらと思うと、血の気が引く思いだった。
大事な婚約者を失わずにすんで、本当に良かった。
俺はそっと息を吐き出した。
次の日、ルークが初めて授業に遅れてやってきた。何かあったのだろうかと視線でルークを追っていると、微かな違和感を覚える。何処がだとか何がだとかはわからない。これはただの直感だった。
授業が終わり、休憩時間になってすぐにルークの元へ向かおうとしたが、その頃には既に彼は席にいなかった。慌てて廊下に出るがそこにももうルークの姿はない。仕方がないから諦めて次の休憩に話しかけようと決意するも、それ以降教室に彼が現れることなく、気付けばすべての授業が終了していた。
次の日も、その次の日も同じ。
ルークは遅れてやって来ては知らぬ間に姿を消す。彼に対する違和感は増せど、どうすることもできない。
そんな日々が一週間が経ち、今日こそはルークと話をするんだと意気込みながら教室へと向かっていると、今はあまり聞きたくない声が背後から俺を呼び止めた。
「おはようございます、ユベイル様」
「……おはよう」
ルークの弟であり第四王子であるジェイクである。
正直、俺はこいつが苦手だ。何を考えているのかわからない赤紫の瞳や人形みたいに整い過ぎた表情が得体の知れない何かに見えて仕方がなかった。
素っ気ない俺の返事を気にした様子もなく、ジェイクは俺の腕に許可なく触れ、にっこりと笑う。そのままするりと自分の腕を絡ませて体を密着させてきたので俺は慌てて腕を引き抜こうとしたが、意外にもジェイクの力は強くて中々抜け出せなかった。
「離せって……!」
「嫌ですよ。離したらすぐに教室に行ってしまうでしょう?……ほら、聞こえますか?」
「なにを……っ、……!」
ほら、と言われ、口を閉じて辺りを見回してみる。先程はほとんど誰もいなかったにも関わらず、いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。
そんな人だかりの中心にいれば、耳をすまさなくても嫌でも声は聞こえてくるというものだ。
「やはりジェイク様は綺麗で可愛らしいわ」
「ジェイク様と親しそうにしている男は誰だ?」
「あれでしょ?光の魔力をお持ちのユベイル様」
「お二人が並ぶとまるで絵画のようだわ」
ジェイクの容姿を褒める声が大半だったが、ちらほらと俺のことも言っているようだ。まあまだ、それだけならいい。
しかしたまに聞こえてくる密やかな悪意に、俺は顔を顰めた。
「あの忌み子とは大違いだ」
「ユベイル様もジェイク様もあんな気持ち悪い奴に纏わりつかれてお可哀想に」
……違う、ルークは纏わり付いてなんていない。俺たちは婚約者同士なんだから一緒にいても変ではないはずだし、ルークはそもそも気持ち悪くなんてないのに。
あまりの言いように心臓が握りつぶされそうなほどの痛みと苦しみに襲われ、耐えるように下唇を噛み締める。ルークのことを知りもしないくせに好き勝手言う奴らから少しでも離れたくて、くるりと群衆に背を向けて一歩踏み出した時、俺の腕に纏わりついていたジェイクがくすりと笑った。
「……本当に気に入らないな」
「……何か言ったか?」
ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れなくて聞き返すが、こちらを見上げたジェイクが「なにも」と笑みを浮かべて離れていく。さっきまで全く離れようともしなかった彼があっさりと離れていったことに呆気に取られていると、彼はばいばいと手を振って近くにいた取り巻きの連中と共に去っていってしまった。
なんだったんだ、とぽかんと立ち尽くしているうちに、校内に授業開始の鐘が鳴り響く。周囲を取り囲んでいた生徒達もいつの間にか姿を消していた。もしかするとさっきまでの光景は夢だったのではないだろうか。そう言いたくもなる静けさに、俺ははあと息を吐き出した。
そんなことがあったからだろうか、今日はもう授業を受ける気にはなれず、このままさぼってしまおうかと教室とは真逆の方向に廊下を進んでいく。既に授業が始まっているため、誰ともすれ違うことなく俺は難なく教室棟から出ることが出来た。
渡り廊下を歩いている途中、ふと空を見上げた。
そこに広がるのは、憎らしい程に清々しく晴れ渡った青空。
少し前までは今日のような天気の良い日は、いつも学園の中庭のベンチでルークと昼食をとっていたなと思い出して目頭が熱くなる。最近はルークと話せないどころか、まともに顔すらも見れていない。
ルークのことを想わない日はない。
こうして一人でいると考えてしまう。どうして今俺の隣に彼がいないんだろう、と。
気付けば俺の足は無意識に何処かに向かっているようだった。この道のりは、恐らく中庭だろう。今の時間なら人もいないし、少し感傷に浸るくらいは許されるだろうか。
そんなことを考えながら中庭に足を踏み入れた瞬間、皮膚が僅かにざわついた。これは魔力だ。
この先に行ってはならないと脳内と体内の魔力が同時に警鐘を鳴らしているが、どうも胸騒ぎがする。俺は危険を知らせるように鳴り響く警鐘を無視して、そのまま早足に奥へと進んでいった。
中庭の奥、建物の影に隠れた所にある小さな倉庫の前に立つ。心臓がどっどっと激しく鼓動し、頭の中では警鐘がけたたましく鳴り響いている。体内の魔力がざわざわと反応し、あまりの気持ち悪さに思わず腕を擦った。
この中に何かあるのだと、全身が告げている。
入っては駄目だ、すぐに引き返した方がいいと思っているのに、身体はここから動かない。
入るか入らないか迷っていると、倉庫の中から誰かの小さな悲鳴のような声が聞こえてきた。それが誰の声かまではわからなかった筈なのに、その声が耳に届いた瞬間、俺は倉庫の扉に手をかけていた。
「……あ?」
「誰だお前?ここは今オレらが使ってるんだから早くどっか行けよ、坊っちゃん」
中には二人、いや三人の生徒がいた。二人は大柄な生徒で、一人は床に蹲っていてわからないが多分彼らよりも大分小柄な生徒だ。倉庫の中は薄暗くてあまり見えないから三人の容姿もほとんどわからないのに、どうしてか俺はその蹲る生徒から目が離せないでいる。
「おい、何見てんだよ!」
「……ルーク?」
ふとそう口に出していた。俺が開けた扉から入る細い一筋の光が小柄な生徒に当たる。その生徒の髪色は、とても濃くて暗い色のように見えたが確証はない。黒に近い色の生徒もごく少数ではあるがいることにはいる。でも俺はそのくらい色をどうしてか黒だとはっきり認識していた。
しかしこの状況下だ。
内心、当たってくれるなと祈りながら、掌の上に光の魔力を凝縮したものを作り出す。これは光源を作り出す魔法で、魔力消費も少ないため暗がりでよく使う魔法である。そんな魔法で作った光源で倉庫の中全体を優しく照らし出していくと、突然明るくなったことに驚いたのか、小さな肩がびくりと跳ねた。
嫌な予感ほど当たると言うものだ。
身体を小刻みに振るわせながらゆっくりとこちらを向いたその顔に、俺は愕然とした。
「……くそッ!」
大きな黒曜石の瞳からぽろりと雫がこぼれ落ちた瞬間、気付けば俺は掌の上に浮かんだ光の魔力を握り潰していた。いくつもの光の粒が弾ける。そんな光の粒たちを纏ながら、俺は拳を作って思い切り振りかぶった。
「あ?……ごふっ、ぐ……っ!」
「お前っ!ぐ、がはっ……!」
怒りのままに頬に一発拳を叩き込み、よろけた所を胸ぐらを掴んで引き寄せて頭突きをかます。不意打ちだったためにそれは綺麗に決まった。
背後から殴りかかって来たもう一人の目に光の魔力を凝縮した球をぶつけて目を眩ませる。そして仰け反ったところを狙って思い切り頬を殴りつけた。殴りつける直前に拳を魔力で強化していたのでそれなりに威力はあったのだろう。男達は床に転がって完全に伸びていた。
喧嘩なんか今まで生きて来た中で一度もしたことがない俺の息は当然の如く上がっているし、殴った拳も痛かった。けれどもそんなことはどうだってよかった。
倒れてビクビクと痙攣している男達を尻目に、俺は一目散に蹲っている小さな背中に駆け寄る。そして不安気にこちらを見上げる瞳にもう大丈夫だと笑いかけると、漸く彼は身体の力を抜いた。
「……どうして、ここに?」
「偶々通りかかったら、なんだか嫌な予感がしたんだ……はあ……本当に心臓が止まるかと思った」
「えっと……あの、その……ごめん、なさい?」
「……ルークが謝ることじゃないだろ。はぁ……もう無事で……本当に無事で良かった」
ルークをぎゅっと抱き締めると彼の体がびくりと大きく震えたのがわかったが、それにも構わずに強く抱き締めていると、遠慮がちにそっと背中に手が添えられた。それが堪らず嬉しくて、俺は今更ながらに震え出した手に力を入れる。
今回は間に合ったから良かったものの、もし俺があのまま授業を受けていたり寮に帰っていたらと思うと、血の気が引く思いだった。
大事な婚約者を失わずにすんで、本当に良かった。
俺はそっと息を吐き出した。
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