暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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僕は君の趣味じゃないし、君は僕の趣味じゃない

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「渡良瀬君、指が止まってる! どうしたの?」

「は? あ、ああ、すみません。」

 隣の席から飛んできた甲高い声で現実に引き戻される。ここは都心のオフィスビル5階、僕が就職したばかりの会社。今や当たり前となった、ネットでの購入商品が迅速に届けられるようにラベルを製造したり、梱包材などを売ったりしている。

 何となく会社名に惹かれて応募したけど、面接の時には一応どんな会社なのか調べて張り切っていた記憶がある。偉い人(たぶん人事部長もいた)たちの前で得意なことを訊かれた時には精一杯の笑顔を作った。

『笑顔を作ることです。この顔で、営業も頑張っていきたいと思います!』

 ……それなのに経理部。毎日上がってくるあらゆるデータの整理で忙しい。全てオンラインで繋がっているから、他の部署の人たちの顔もまだろくに覚えていない。

 社内報で全員の顔写真は見たけど、僕の隣にいるこの甲高い声の鈴木さんの写真は10年以上も前のを使っているとバレている。鈴木さんは僕の指導係だ。40代前半。20年近くここの経理部以外には勤めたことがないという、この部署の主。

「もう仕事は覚えてきたでしょ? 研修はまだ入ってるんだっけ?」
「はい。月半ばまでであと3回です。今日はありません。」
「知ってる。ほら、まずはメールの確認をして。」

 先輩や友だちから3月から研修が入る会社があるのだと聞いた。でも僕の会社は、4月1日に辞令をもらって、そこからが研修のスタート。初めは何が何だか分からずに、手帳にスケジュールを書き込むだけだった。でもだんだん慣れてきた。

「おはよう。」

 ヨレヨレのスーツにやる気のなさそうな顔をした柿崎部長が、あくびをしながら入ってきた。50代で僕の父さんと同じ歳。すっかり禿げ上がった父さんとは違って、髪の毛はあるから若く見えるけどやる気がなさそうなのが見てとれる。

 数年前に奥さんを亡くしてからこんな感じになったんだ、昔はイケてたというのが鈴木さんの話。生涯独身を貫くと豪語する鈴木さんが、密かに好きなのではないかと思ってる。

「部長、今日は会議じゃないですか? そのスーツ、マズくないですか?」
「ああ。後で着替える。今も金井に言われてきた。」
「金井部長に?」

 30歳になる伊東さんと柿崎部長とのやりとりを聞いて、机の引き出しから社内報を取り出した。伊東さんはこの経理部の平社員。小太りで丸眼鏡をかけている。毎日糊のきいていそうなワイシャツとスーツをビシッと着こなし仕事が早い。痩せればモテそうなのにと思うけど、本人は関心がなさそう。

 社内報で確認すると、金井部長は営業部だった。経理部は4人だけど、営業部は2倍以上の10人もいる。短髪でラグビーでもやっていそうな精悍な顔つきの金井部長の隣に、見覚えのある顔を見つけた。

『みね……せいいちろう?』

 「嶺 誠一郎」28歳と書かれた文字の上にある写真は、どこかでみたことのある顔だった。

 

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