暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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君は誰? そして僕は君の何?

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 窓の向こうにいる男と、どう繋がったのかが分からない。でも窓に映る男と手が繋がった瞬間、僕は思いっきり引っぱっていた。

「涉!」

 確実に実体のある肉体が目の前に現れて、僕を頭から包み込んだ。胸に耳が付き、男の力強い鼓動がハッキリと聞こえる。視線を下にすると紺色のスーツとスラックスが見えた。

『幽霊じゃない。』

 そう思った瞬間に、体がガタガタ震え始めた。訳が分からなかった。窓の向こうにいた時には平気だった男が実体を持って現れた。頭の中は混乱して、何をしたら良いのかすら判断がつかなかった。

「会いたかった。」

 男の声は低かった。でもどこかで聞いたような声だ。顔を両手で包み込まれて上を向かされる。

「は、は、離してください。」

 ようやく声が出て、両手で思い切り体を引き離す。慌てて入り口近くまで行き、電気のスイッチを入れた。

「涉……。」

 明るくなった部屋で目に入ったのは、肩まで届きそうな長い黒髪と、髭の生えた胡散臭い男の顔だった。背が高い。着ている紺のスーツは僕でも経験がないような皺くちゃなものだ。

「あ、あ、あなたは誰? 何故僕の名前を?」

 震える声を精一杯抑えながら、ゆっくりと言葉を発する。男は長い髪を後ろに撫で付けて額を見せながら呟いた。

「嶺、誠一郎。君の幼馴染だ。」

「嘘だ!」

 咄嗟に言葉が躍り出る。この男が嶺さんだとは信じられなかった。嶺さんは、嶺さんは今……。そこまで考えた時に、自然と涙が流れ出てきた。

「涉……。俺だよ。君が幼稚園の頃からずっと遊んできた嶺誠一郎だ。」

「違うっ! 嶺さんと遊んだのは幼稚園の時だけだ! み、嶺さんのお母さんが亡くなって……ちょっとの間だけ。」

 コイツは誰なの? どうして幼馴染なんて言うんだ? しかも今1番心配している嶺さんの名前まで出して。

 今、嶺さんがどこにいるのかわからない状況。そしてその名前を平気で口にする男。目の前の男に不信感が募り、悲しみなのか何なのか判断できない涙は、止まる様子を見せなかった。

「そうか。それで……。」

 窓際にいた男が近づいてきた。僕はそれを見て一歩後ろに下がる。背中にドアの取っ手の硬い部分が当たって、後ろ手に握りしめた。

 この部屋から一歩出れば、これは夢だったことになるに違いない。そうして、この部屋に戻った時にはこの男はいなくなる?

「ほら、よく見て? 君の知ってる嶺誠一郎ではないかもしれない。でも同一人物だ。長い間君を見てきた。君に会いたくてしょうがなかった。」

 そう言いながら一歩ずつ距離を縮めるごとに、体の震えは大きくなるばかりだった。でもこの部屋を出ればと思うのに、何故か足裏に根が生えたように動くことが出来なかった。

『目……。』

 男が目の前に来ていて、いつでも捉えられそうだというのに、僕はあることに気づいてしまった。この目、この優しげな瞳には見覚えがある……!

『嶺さん……!』

 大量の涙が流れ落ち、視界が暗くなっていった。体から力が抜けて膝が床を打ちつけ、その後は何も分からなくなった。



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