暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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君は誰? そして僕は君の何?

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「……涉。」

 4か月も何も食べていないはずの男に雑炊でも作ってご馳走するか、と土鍋を箱から出しているところだった。洗面所に押し込んだはずの男が、キッチンに来た。

「どうしたの?」

 ワイシャツのボタンが2つ外されて、裾がズボンから出ている。一度脱いで着直したのが丸わかりだ。

「髭剃りあるか? 電動じゃなくてカミソリのやつ。」
「T字カミソリ? 3枚刃だけどいい? 髭剃るの?」

 洗面所に向かって歩きながら話しかける。僕が持っているのは安いものだけだ。かろうじて替え刃があるもの。電動カミソリもあるけど、1度しか使った事がない。

「ああ。あとハサミもあれば……。」

 洗面台の鏡の裏から髭剃りセットを出してやる。電動カミソリもついでに。髭を剃ったら、嶺さんになる? そんなことも思ったけれど、あからさまに顔を眺めるのも悪いような気がしてその場を後にした。





 土鍋から泡が噴き出し慌てて火を弱める。めちゃくちゃ美味そうな香りがしてきた。この土鍋は引っ越しをするときに、母親から持たせられたもの。誰かに貰っていたものらしい。

 箱の草臥れ具合から考えると、相当昔のもののような気がする。でも中身は新品同様だった。1人で使うには大きすぎて、今まで使ったことがない。

『遅いな。』

 ま、あれだけ濃い髭を剃るとなったら時間はかかるのは承知の上だけど、1時間近く経っていて、いつ麺を入れるか訝っていた。

 今日はカップラーメンのスープと、鶏がらスープで味付けした雑炊。野菜もにんじんとネギを刻んで、冷凍のほうれん草もぶち込んだ。それにカップラーメンのかやくもあるから充分だ。

「み、せ、セイちゃん。もうすぐ上がる?」

 洗面所のドアをノックして声をかける。男に声をかけようとして、吃ってしまった。

「ああ。今上がる。」

 風呂場のドアが開く「ガタン」という音がしたかと思うと、男の声が聞こえた。声が聞こえたことにほっとしている自分に気づく。何となく消えてしまったのではないかと思っていたんだ。

 まもなく出てきたセイちゃんの格好を見て、かろうじて吹き出すのを堪えた。

 明らかに、長めのトランクスにしか見えない僕のショートパンツ。そして真っ白なTシャツ。僕がサイズを間違えて買ってしまってあまり着ないものでも、ピッタリに見えた。

「に、似合うよ。」

 自然に笑顔になって、男の顔を見る。途端に心臓が跳ねた。

『嶺さん……!』

 髭がなくなた顔はやはり嶺さんだった。少しだけふっくらと見えなくもない。さっきのように、髪の毛を後ろに一つに結んでいるが、濡れた前髪が一筋垂れてきている。これで茶髪でパーマがかっていたら!

「ありがとう。これ、洗濯したいんだが。」

 セイちゃんの声で我に返る。手に持っているのは、脱いだばかりのスラックスやワイシャツ。そりゃあ風呂に入ったら、清潔なものを身につけたくなるだろう。

「いいよ。洗濯しちゃおう。」
「ごめん。」

 今夜は雨が降るだろうか。雨が降らなければ数時間で乾くはずだ。結構風があって気温も高い。そんな事を考えながら僕は洗濯機のある洗面所に入っていった。

 床に投げ捨ててあったスーツを拾って、黙って僕についてくる大男を従えて。




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