暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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もうどこにも行かないで? 僕を独りぼっちにしないで?

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「き、気持ち悪い……。」

 あの時の香り。先輩がつけていたのであろう甘い香水の匂いが漂ってくるようだった。

「俺が?」

 違う、セイちゃんじゃない。セイちゃんの言葉に激しく頭を振る。どうして今まで忘れていた香りを強烈に思い出すのだろう?

「どうした。何があった?」

 膝の力が抜けて、崩れ落ちた。今すぐにトイレに行きたい。でも絶対に許さないとでもいうように、セイちゃんの力強い腕が一緒に降りてきた。

「涉、顔を見せて?」

 後ろから聞こえる声に頭を振る。僕は力が尽きて、下を向いていた。こんな情けない顔を見せたくない。

 床に座り込んだ僕を跨ぐようにして、セイちゃんが前に来た。両手で顔を包み込まれる。

『温かい手……。』

 セイちゃんがゆっくりと顔を持ち上げるのに抵抗しなかった。瞑った目から、一粒涙がこぼれ落ちた。

「涉、前に何かあったのか?」

「…………。」

 聞かないで。言いたくないんだ、誰にも。

「ごめん、いいよ。言わなくても。俺が触れても平気?」

 無言で頷く。どうしてセイちゃんなら平気なのだろう? やはり小さな頃に遊んでいたから? お兄ちゃんだと思ってる?

 そんなことを考えている間に、セイちゃんの腕が腋の下に入り込み、体が持ち上げられるのを感じた。

 そっと目を開けると、いつの間にかセイちゃんの太腿の上に座っていた。セイちゃんの体から伝わる温もりで安心している自分がいる。

「ここに。」

 頭を抱え込まれて、肩に頭を乗せる形になった。いつの間にか気持ち悪さが取れて、鼓動も普通に戻っているのを感じた。

「ごめん。治った。何でもないんだ。」

「いいから。」

 離れようとする僕の体が、上から抱え込まれた。そして頭にセイちゃんの顔がついたように感じた。

「俺は涉が好きだ。先週は離れるべきだと思った。でも……ダメだ、離れられない。それに今は、涉が俺を受け入れてくれるんじゃないかとまで思ってる。」

「僕は、僕は……。」

「誠一郎が好き?」

『!』

 セイちゃんの言葉に目を見開いた。嶺さん。好きだった。好きだと思っていた。でもこの一週間、独りでいたときには、思い出すことすらしなかった……。僕の頭の中には……。

「俺は待つよ。もう、今日のようなことはしないと誓う。幼馴染として、そして友だちとしてそばにいることができるなら。いつまでも待てる。」

「……。」

 セイちゃんの言葉に何と返したらいいか分からなかった。

「だから、顔を見せて?」

 顎にかけられた手に慌てて、セイちゃんの肩に顔を埋める。どんな顔をしたらいいのか分からない。今、何かに気づきかけた。でも、それが何なのか自分では分からなかった。

 セイちゃんの身体の香り。嫌じゃない。むしろ……。

 今までに味わったことのない安心感。そして少しだけ速くなった鼓動。僕はセイちゃんを、セイちゃんが……。


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