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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦
武器強化、冒険者は皆優しい
しおりを挟む壁と天井が布で覆われた、木造の馬車はガタゴトとしきりに揺れる。木の板を張っただけの席には、屈強な冒険者がおずおずとした様子で座っていた。
いつもなら、パーティーメンバーと賑やかに話をしていたり、今日の作戦会議をしたりするんだが……。今日はどこか落ち着かない様子だ。
こちらをチラチラと見ては、様子を窺がっている。
それも、そのはずか……。
「まさか、アイトリアさんも来るとは思わなかった……。」
「ヒズミとソルの冒険者としての姿を、一度見たいと思っていたんです。……それに、今回2人が行く場所は難易度が高い。……警戒するに越したことはないでしょう。」
いつも受付カウンターで、冒険者たちを素早くさばいているアトリが、なんと魔導士の姿をして俺の右隣に座っているからだ。
相乗り馬車は、人を数十人は運べるほどに大きい。移動場所はカンパーニュや隣町、各ダンジョンをゆるゆると巡回しながら進む。日本で言う、巡回バスに近いかな。冒険者以外にも、たまに町の人や商人が利用する。
そんなことを考えていると、また停留所で冒険者が数名乗って来る。ガヤガヤと話をしながら乗り込もうとした冒険者たちが、アトリを見た瞬間、全員が固まった。
そして、俺たちから離れるように馬車の隅に行くと、同じように隅に固まっていた冒険者に話かけている。
「おいっ、どうして『凍てつく副ギルド長』が乗ってんだよ……!」
「ヒズミとソレイユの付き添いだと……。あの人、2人には特別優しいからな。」
「……怖ぇよ。あの人、前に冒険者ギルドのドアを喧嘩でぶち壊した奴ら、1日中ツタで磔にしただろ?しかも冬場の寒い時期に……。」
「息巻いてた若造冒険者は、副ギルド長とえげつない戦闘訓練して、ぽっきりと心折れてたしな……。大人しくなったからいいけど。」
アトリに聞こえないようにと、小声で話をしているようだが、冒険者は声が大きい人が多い。例に漏れず、ヒソヒソと本人は話しているつもりでも、冒険者の話は聞こえてしまっていた。
恐る恐る、アトリの顔色を窺がう。なんだ、いつも通りにっこりしているな。気にしていないみたいだ。
俺に対しては、最初から優しかったというか、親切丁寧な感じだったけどな……。でも、確かに冒険者の中ではギルド職員に食って掛かったり、威圧的な態度を取る者もいる。
多分そういった冒険者を、アトリは諫めているのだろう。
血気盛んな人も多いし、一癖も二癖もある冒険者たちの相手をするなら、それなりの実力行使は必要だろう。ギルド職員さんの中には、そういう揉め事を丸く収めるための実力者がいる。
カンパーニュではアトリと、ギルド長だな。
アトリはにっこりとしたまま、噂話をしている冒険者たちをゆっくりと見た。ヒィイっ!という小さい悲鳴が上がる。
そんな様子を、真向いに座っていた、厳つい顔の渋い硬派な男性が、呆れ気味のため息を吐いて見ていた。
「……それは、問題を起こしたやつが悪い。……ヒズミに、ソレイユは、これからどこに行くんだ?」
この渋い男性は、カンパーニュを中心として活動している年配のベテラン冒険者だ。この人は、俺とソルのことをいつも気にかけてくれている。
顔は厳つくて怖いけど、すごく優しい人なんだ。
「……幻想遺跡へ行ってくるよ。」
俺の言葉に、そのベテラン冒険者も、騒いでいた他の冒険者もピタッと動きを止めた。
「……あそこは、中々に難しいぞ。だから、副ギルド長が着いてきたのか。」
なるほどな、と男性は納得する。先ほどまで騒いでいた冒険者パーティーの1人は、うわーっと顔を顰めた。
「……あそこって、こう力押しじゃ先に進めないんだよな……。謎解きつうの?頭使うから、頭痛してくるんだよ……。」
筋肉がキレキレの身体を、その冒険者は小さく丸めて頭を抱えた。どうやら、その時の状況を思い出しているようだ。
仲間が「お前、あのあと3日知恵熱だしたもんな。脳筋が頭を使うと逆に使い物にならなくなるって、笑ったけど。」と肩をポンっと叩いている。
「皆も、やっぱり行ったことあるのか?」
俺の言葉に、各々がコクンっと頷いた。
「景色が綺麗だし、階層が浅い場所でもそれなりに強い魔物と、良いアイテムが出る。……ただ、階層を進むためには謎解きが避けられない。ダンジョンの中には、未踏の場所もあると聞いている。」
未踏の場所……。
おそらくだが、そこに俺が探しているものがある。
俺がカンパーニュに戻った理由は、里帰りの他にもう一つあるのだ。
それは、ソルの武器強化のため。
俺は、少し疑問に思っていた。ソルの武器が攻略本に記載されていたものと、僅かに異なっていることが……。
そして、図書棟の秘密部屋で『光の英傑』の本を調べて気が付いたのだ。ソルの長剣は、まだ完全ではない。
本来ソルの持っている長剣は、刃体全体に金色の模様が浮かぶ。しかし、現在は金色の芯が刃の中心にあるだけで、刃体には模様が現れていないのだ。
そして、もう一つが柄部分。
図書棟の本に書いてあった長剣は、柄部分の細やかな装飾部分にアイテムが取り付けられていた。そのアイテムを取り付けることによって、光の英傑の剣は勇者の剣に近づくのだ。
武器は早めに強化しておいて越したことはない。
剣を強化すれば、おのずとソルの中に眠る勇者の力が反応するかもしれない。
そうすれば、英傑の紋章が現れると、そう踏んだのだ。
「ヒズミとソルの冒険者レベルなら、攻略できるとは思うが……。油断はするな。……それにしても、そのモモンガも一緒にいくのか?」
俺の肩には、大人しくモルンが乗っている。モルンは自分のことを話されてと分かってか、年配の冒険者のほうへと顔を向けた。
「ただのモモンガじゃないんだ……。本当は部屋にいてもらおうと思ったんだけど、いつの間にか着いてきちゃって……。」
右肩に大人しく座っているモルンの頬を、そっと指先で撫でる。気持ちよさそうに目を細めるのが、堪らなく可愛い。
今回、モルンは部屋でお留守番の予定だったのだ。モルンを危険な目に遭わせては嫌だったからだ。確かに部屋に鍵をかけるときは、ベッドの上から俺を見送ってくれていたのに……。
馬車に乗ってカンパーニュからしばらく離れた後、ソルがもぞもぞと動く俺のフードに気が付いた。
俺の着ていた装備のコートには、フードが付いている。そのフードの中に、モルンは隠れていた。しかも、カンパーニュに引き返すのには距離があるという場所で、姿を見せたのだ。
中々に策士である。
……モルンの重さを感じなかったあたり、多分だけど魔法を使っているんじゃないかな。置いていかれると思って、寂しくなってしまっただろうか。
年配の冒険者は、モルンを見ながら何やらソワソワしている。モルンは俺の右肩から降りると、ちょんちょんっと床を跳ねて年配の冒険者の隣へと飛び移った。
厳つい顔をしていた男性が、驚きながらも明らかに嬉しそうにしてモルンを見ている。そして、俺を見ると控えめに聞いてきた。
「……その、触ってもいいか?今まで、小動物なんて触ったことが無くてな……。」
「モルンが嫌がらなければ、大丈夫。」
俺の言葉にゴクリっと唾を飲み込むと、年配の冒険者は期待を込めた目でモルンを見た。モルンはきょとんっとしながらも、逃げる素振りはない。
そっと大きな手をモルンに近づけて、指先でモルンの頭にちょんっと触れる。触れた瞬間に、今まで難しい厳つい顔をしていた年配冒険者が、目をキラキラさせながらふっと笑った。
「……ふわふわだな。可愛い。」
硬派な冒険者の男性が、なおも優しくモルンの頭を撫でる。いつもの渋く厳しい感じの人が、こうやって小動物に優しくしているのを見るのって、ギャップが激しくて、なんとも胸がキュンっとする。
ちゃっかり木の実をベテラン冒険者からもらって、モルンは上機嫌だ。もしや、モルンは木の実の存在に気が付いていた?
そんな賑やかな車内と、カポカポとのんびりとした蹄の音を聞きながら、俺たちは目的地へと到着した。
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