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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦

閑話 俺の夏休みがない(とある教諭side)

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「……ああ、なるほど。最近、昼飯に下痢剤や睡眠薬が混じってたのは、そのせいか」

何やら不穏な言葉が聞こえたが、聞かなかったことにしたい。

まあ、ヴィンセントに毒を盛ったところで、さして意味はない。懐に忍ばせた解毒用の魔道具で、毒を消滅させてしまうのだ。

簡単に暗殺できるほど、この男は弱くない。


「将来は、俺たちの騎士団で囲いこむ気だが……。冒険者稼業も好きみたいだからな。どう口説き落とそうか、考えているところだ」

妖艶な雰囲気を一瞬だけ香らせたヴィンセントに、思わず俺はふうっとため息が零れていた。


……口説きたいのは、騎士団にだけじゃないんだろ?

下心を隠そうともしないのは、自信の現れか……。確かにこの男に口説かれて、拒否する者のほうが少ないだろう。しかし、今回の獲物は極上だ。


「……至極の宝石を狙うのは、強者揃いだぞ?」

『宵闇の君』と称されている人物の傍らには、もう1人、生徒たちから羨望の眼差しを受ける人物がいる。

黄金の髪と、琥珀色の瞳を持つ美青年は『陽光の騎士』。闇と聖以外の属性魔法全てを扱え、剣術も勇ましく力強い。何よりも、いつも『宵闇の君』を守る騎士のように傍にいる。


あの生徒も良い男だ。
精悍で心の内に芯が通っている。


さらには、同学年には知的戦略に長けた腹黒な宰相の息子もいる。この色男にとっても、強力なライバルとなり得るだろう。


無言で余裕な笑みを浮かべたヴィンセントが、透明な酒を飲み干した。グラスの氷が、小気味よい音を立てる。


「……そう言えば、夏休み明けの特別授業、今年は俺も見学することになった」

新な酒をグラスに注ぎながらヴィンセントが事も無げに発した。


「うげっ……。まじかよ……」

毎年、学園では国立騎士団員に来てもらい、生徒たちに戦闘訓練をする特別授業が設けられている。例年であれば、副団長以下の騎士団員しか来ないんだが……。

今年は2学年に王太子殿下、1学年に第二王子が学園に在籍している。戦闘訓練に紛れて命が狙われないよう、各騎士団長が赴いて厳重に警戒することになったそうだ。


学生には憧れの存在である、国立騎士団。

なおかつ各騎士団長が来るとなれば、学生たちは色めき立つ。学園の職員さえも騒がしくなるのが安易に想像できて、俺は露骨に顔を顰めた。


「ただでさえ今年の夏休みは、馬鹿なSクラスの貴族を退学処分するのに苦労して……。さらには王太子殿下と、新任教諭の受け入れ準備で休みがないのに……」

それに加えて、夏休み明けは一癖も二癖もある騎士団長たちの相手をするのかと思うと、今から疲れてきた。

俺だって、この夏休みはのんびり屋の恋人と、のんびりと家で過ごすはずだったんだがな……。


「……新任教諭?この時期に珍しいな?」

ヴィンセントが不思議そうに問う。本来は、春先にしか教諭の異動がないためだろう。


「王太子殿下からの火急の依頼だ。……もともと、昔から打診していた人物に、王太子殿下命令で引き受けさせたんだと」

その人物は、王太子殿下の魔法の師である。

若い年齢にも関わらず、魔導師団副団長に登用された逸材。嫉妬や欲望渦巻く王宮が嫌になって、半ば隠居するように田舎町のギルド職員に転職した変わり者だ。


「……ほう……。田舎の冒険者ギルド職員、か……」

顎に手を当てながら、ヴィンセントが考え込んでいる。もしや、知り合いに心当たりがあるのだろうか?


そんなことを酒を飲みながら考えつつ、俺は話を戻すことにした。


「……今年の特別授業は、面白いと思うぞ?……実際に俺の教え子には、右手だけじゃ足りないのが数名いる」

そう言って、喉を潤すためにグラスを持ち上げた俺の右手に、ヴィンセントの視線がチラリと移った。

俺の右手は、中指から下が指の根本から無い。
騎士団で魔物討伐任務をしていたときに、魔物に小指と薬指を食われたのだ。

剣を握って戦闘をするのに、3本の指しかないと握力が弱くなってしまう。それでは有事の際に使い物にならないと、自分で現役を退いた。


生徒たちと戦闘をするときは、この3本の指で充分に足りる。しかし、ヒズミ、ソレイユ、第二王子、宰相の息子、騎士団総括の息子は、両手を使わないと応戦できない。

そろそろ、辺境伯の三男と、伯爵家の次男も片手では足りなくなりそうだった。


「ああ、知ってる……。特別授業が楽しみだな……」

ヴィンセントが、何かを懐かしむように目を細めてふっと笑った。


なんだよ、そんな愛しい人との思い出を思い浮かべるように、微笑みやがって……。


「くそっ。情報料に酒奢れよ」

「放っからそのつもりだが?」


軽口を叩きつつ、夜が更けっていった。



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