俺は勇者の付添人なだけなので、皆さんお構いなく 勇者が溺愛してくるんだが……

雨月 良夜

文字の大きさ
118 / 153
第9章 魔王討伐戦、全員無事に帰還せよ

人形の長、アトリを怒らせちゃ駄目だって有名だぞ?

しおりを挟む



「……そろそろ、頃合いですね」

水色の目に冷たさを宿したアトリが、頭上の闇を見上げて冷笑した。張りつめた弦が弾け切れたような、小さくて高い音があちこちから聞こえ始める。


「……人形の糸が、切られていく……?」

上から落ちてきた透明な糸を手の平で受け止めながら、ヴィンセントが周囲を見回した。身体から伸びる張り詰めた糸が切れ、操る主を失った人形たちが欄干に傾れ掛かっている。

まるで、傀儡師が焦ったように人形たちを切り離しているようだった。人形たちが力を失くし床に透明な糸が散乱しているのを、アトリは冷ややかに眺めつつ低く呟いた。


「……今更、糸を切ったところで遅い。毒による身体の崩壊は、止められませんよ?」

いつもの穏やかなアトリとは違う、鋭利な声音に目を見張る。それに今アトリは、『毒』と言わなかっただろうか?


……この戦闘で、毒なんていつ仕掛けたのだろうか?
俺は、その痕跡さえも全く気が付かなかった。


驚いている俺の視界を、突然キラキラとした線状の輝きが掠めていった。雨粒のように透明なそれは、肌にぽつりっと小さな衝撃と冷たさを与えたあと、肌の上を軽く跳ねる。次の瞬間には、雫がふわりと白色の冷たい霞にに変わって流れていく。

俺の肌を悪戯に撫でた冷気が、ヒンヤリと心地よい。


「……雨?……いや、氷なのか……?」

淡々とさざめく細かな氷の粒が、暗闇から俺達の頭上へと降り注いでいる。小雨のように降りしきる氷は、服や床に着地した瞬間に清涼な冷気に変わった。重苦しい劇場の空気が、凍雨によって冬の夜のように凛と冴え、密やかに室内の温度を下がっていく。


「……っ?!おい、なにか落ちてくるぞっ!!中心から離れろ!」

周囲に浮かぶ、ふわりとした冷気をぼんやりと眺めていると、近くにいたクレイセルが頭上を見上げながら驚愕の声をあげる。直後に、天井からゴォオォオ……とくぐもった風切り音が耳に届き始めた。

風切り音が明確な轟音に変わると、俺たちがいる一帯が急に仄暗くかげる。全員が劇場の端へ散り散りに飛び退いたのを確認しつつ、俺は頭上に見えた影の正体に目を見張った。


「っ?!!」

落ちてきているのは、この部屋の真のボスである下半身だけの巨大な男だった。宝石が幾つも装飾された深紅の服の裾が、後ろにはためく忙しない音。皺が深く刻まれた胡乱気な顔に、風に煽られて後ろへ乱れる長い白髪と、立派な白髭。

そして、白髪頭に乗っているのは、目映いばかりに黄金に輝く王冠だった。


「……さあ、1人だけ安全な場所に隠れていた『人形の長』とやらの、顔を拝んでやりましょう?」

俺の左隣に退避したアトリは、殊更に丁寧な口調で宣った。言葉の端々に剣呑な雰囲気を感じて、何気なくアトリの顔を見たときに、俺は無意識に息を飲んでいた。


形の良い唇はうっすらと弧を描いて微笑んでいるが、空色の瞳は深海の底のように暗く、どこまでも凍てついている。剥き出しのままの剣を思わせる程、研ぎ澄まされた殺気。


こんなに殺気立ったアトリを、俺は今まで一度も見たことが無い。アトリが、静かに激怒している。


俺たちが飛び退いた直後、上半身だけの巨体が白い瓦礫とともに、凄まじい勢いで床に激突した。落下の衝撃で劇場全体が大きく揺れ、強い風圧が俺の背中を壁まで押し退ける。白色の粉塵が一気に視界を遮る中で、黒い影が霞の中に見えた。

煙が完全に収まって見えたのは、随分としわがれて年老いた王の顔だった。うつ伏せに倒れる王の肌は灰色で、人型の魔物であることを物語っていた。


「……『甘露』の味は、いかがですか?……もっとも、無味無臭で毒が身体に回っていることさえ、気が付かなかったでしょうけど」


アトリはゆっくりとした足取りで、背丈の数倍はある年老いた王の顔へと近づいて行った。コツっ、コツっ、と床を踏んで歩み寄る音が、静けさの中に厳かに響き渡る。

王は寒さでガクガクと身体を震わせながら顔だけを上げると、灰色に濁った両目で顔の正面に立つアトリを睨みつけた。王からの憎しみが籠った視線を無視して、アトリは冷淡な口調のまま『毒』の種明かしを始めた。


「氷の華を形成したと同時に、土魔法で精製した毒を仕込んでおきました。氷の華が破壊されれば、毒が周囲に飛び散る仕組みです」

これでも元魔導士団副団長でしてね?魔法は、そこそこ得意なんですよと、王へ語りかけたアトリの言葉に、全員が驚愕で息を飲んだ音が聞こえた。


氷と土の混合魔法。氷魔法は水の上位互換で、意のままに扱えるだけでも充分に上級者だ。それなのに、広範囲の氷魔法を形成するのと同時に、土魔法で瞬時に毒を生成して仕込むなど、神業としか言いようがない。

氷の華がマリオネットの姉に壊されたとき、無色透明の毒は飛沫のように周りに飛び散った。毒は操り人形の糸に染み込んで王の指へと伝い、ゆっくりと確実に傀儡師の身体を犯していったようだ。


マリオネットの双子姉を拘束すると見せかけた『氷華の甘露』は、最初から傀儡者を標的としていた。その計画された戦略に、俺は心から身震いした。


「私が仕込んだ毒は、全身の中から凍って雪のように脆くなり、氷の砂に変化する。最後には冷気になって消失するもの……。どうですか?内側から壊されていく感覚は?」

深紅の衣装の袖から覗く、王の蒼白な指先が雪の塊のように脆く崩れていく。指だった白色の塊は、さぁぁぁっと砂のような細かい粒子に変化し、風に乗って消えていった。


「……私の教え子たちを、随分と可愛がって愉しんでくれましたね……。」

元王の指先だった白い霞を横目で見ながら、アトリは背丈ほどある銀色の杖の先を、トンっと床に打ち付けた。途端に、王の身体から氷が軋むような音がして、パリンッ!とガラスが砕けるような音を響かせながら、王の右腕が肩からもげる。

王が悲痛な咆哮をアトリに放とうと口を開けたが、その叫び声が室内に響くことはなかった。


「……私はね。自分の手を一切汚さずに人を悪意で弄んで、心を意のままに操ろうとする者が、一番嫌いなんですよ」


悲鳴はうるさいので、防音結界しておきますね?と淡々とした口調でアトリが王へと告げ、年老いた王は強固な結界に囲われた。アトリが再び杖を持ち上げたのを、人形の長である王が絶望を滲ませた瞳で見つめている。


王の視線をゆっくりと辿ったアトリは、薄氷のように冷たく鋭利に、うっそりと王へ微笑み返した。俺達に向けるような空色の瞳は、今やガラス玉のように冷たく感情がない。

トンッ、と優雅な銀の魔法杖が、容赦なく床に打ち付けられる音が室内に響いた。


「命が他人に削られる感覚を、その身にじっくりと刻みつけながら……。苦しんで死ね」


深海の底を思わせる静かで低い声が、王へと絶望の宣言を告げる。アトリが杖を打ち付ける度に、王から亀裂が走る音が聞こえ、身体が雪のように脆く崩れては霞となって跡形もなく消えていく。

数回ほどで王の灰色の眼から光が無くなった途端、王は頭から一気にボロボロと崩れ落ち、白い氷の粒子になって風に運ばれて消えていった。そこに残ったのは、宝石がこれでもかと散りばめられた、欲を体現させたかのように豪華で、玩具のように陳腐にも見える王冠だけだった。


「……こっわ」

クレイセルが、ぶるりっと体を震わせ、両手で自分の身体をぎゅっと抱きしめた。




しおりを挟む
感想 213

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

推しカプのために当て馬ヤンデレキャラを演じていたら、展開がおかしくなってきた

七瀬おむ
BL
■BL小説の世界に転生した腐男子が、推しカプのために「当て馬ヤンデレキャラ」を演じていたら、なぜか攻めに執着される話。 ■だんだん執着してくる美形生徒会長×当て馬ヤンデレキャラを演じる腐男子 美形×平凡/執着攻め/ハッピーエンド/勘違い・すれ違い 《あらすじ》  伯爵家の令息であるアルト・リドリーは、幼い頃から療養のため家に籠っていた。成長と共に体調が安定し、憧れていた魔法学園への途中入学が決まったアルトは、学園への入学当日、前世を思い出す。  この世界は前世で読んでいた「学園モノのBL小説」であり、アルトは推しカプの「攻め」であるグレン・アディソンに好意を寄せる、当て馬ヤンデレキャラだったのだ。アルトは「美形クール攻め×平民の美少年」という推しカプを成立させるため、ヤンデレ当て馬キャラを演じることを決意する。  アルトはそれからグレンに迫り、本人としては完璧に「ヤンデレ」を演じていた。しかし、そもそも病んでいないアルトは、だんだん演技にボロがではじめてしまう。そんな中、最初は全くアルトに興味がなかったグレンも、アルトのことが気になってきて…?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。