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第一章 オレはただの神官です、怪盗なんて関係ないです
秘宝は確かに頂戴しました
しおりを挟む「これは、これは……。薄汚い泥棒風情だけかと思えば、他に2匹もドブネズミが紛れ込んでいたようだ。なんて忌々しい……」
ワザとらしく鷹揚に述べた男は、張りつめた腹を大きく揺さぶりながら、此方に歩み寄ってくる。仄暗い地下の暗闇から、肉のたるんだ顔の下卑た笑みが浮かぶ。
「どこの誰かは知らないが、残念だったなぁ? ……そいつを見つけたからには、生かしておけない。侯爵である私が直々に、手を下してやろう」
男の厭らしく歪んだ笑みに、イリスは怒りを覚えて睨んだ。
この男が、現在この領地を治める侯爵だと言うのか。短く太い指には、これでもかと宝石の指輪を嵌め、肉に埋もれた細い目は妖しく光る。前任である本当の領主の、堅実な姿とは雲泥の差だ。
イリスたちを庇うように、斜め前に立つレイは不敵に笑うと、左胸に手を当て、慇懃に男へ頭を下げた。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。侯爵……。いや、フェルシュング元子爵?」
侯爵と名乗った男の顔から笑みが消え、苛立たしげに片眉を上げる。レイは気にした様子もなく、言葉を続けた。
「金遣いが荒く、重税を課して領民から見放された領主だったか? 儲け話に乗った挙句、賭博で多額の借金を背負った愚者としても、有名だな?」
「なっ……。何を言う……」
穏やかだったレイの声が、静かな怒りをはらんだ刃に変わる。どこか抜けている旅人だった青年は、今は淡々と真実を突きつける裁定者のようだ。
相手を挑発する余裕の微笑みを浮かべる青年は、その目は暗く凍てつかせた。
「援助金も賭博に使い、親戚から離縁されたそうだな? 十年前に子爵位を剥奪された。……御家乗っ取りは重罪だというのに、愚かさは変わらないようだ」
子供が癇癪を起すように騒ぎ出した元子爵を、イリスは無表情で見つめ続けた。
「うるさい! 金さえあれば、私は偉業を成し遂げれたのだ! それを、お前たち親族は、私を散々馬鹿にして卑しい身分に貶めさせた……」
この喚く男は侯爵家の遠縁だ。全ては自分が撒いた種だというのに、侯爵家を逆恨んだのだ。
続けられる言葉が予想できたイリスは、隠すように抱いていた令息の身をさらに強く抱きしめた。彼にとっては、辛い現実になるだろう。
「だから、長く時間をかけて苦しむようにしたのさ」
勝ち誇ったような元子爵の歪んだ笑みに、イリスは心の底から沸々と怒りが込み上げた。
こいつは、人でなしだ。
私欲にまみれた、醜い怪物だ。
「まさか……」
聡明だと名高い侯爵令息は、子爵の言葉に顔色を青ざめた。大きく目を見張り、あまりの怒りと驚愕に言葉を続けられない様子だった。
侯爵夫人は数年前から体調を崩し、人前に姿を現すことはほぼなかった。恋愛結婚で結ばれた妻を侯爵はとても大切にしていて、同時期から領地を離れることを避け社交界に顔を出していない。
子息とともに、家族でひっそりと生活していたのだ。
全ては、狡猾なこの男が仕向けた罠だとも知らず。
金色の目を動揺と怒りに震えさせ、侯爵令息の信じたくないという気持ちが、その掠れた小さな呟きに現れていた。
「……母上は病気ではなく__っ」
「はっ。そうだ。私が殺し屋を雇って暗殺させたんだよ。母親に遅効性の毒を数年かけて盛ってな……。お前の父親は簡単だった。妻の亡骸を見て悲しんでいるのを、後ろから一突きよ!」
人の皮を被った卑しい男は、嬉々として言葉を捲し立てた。悪びれもしない悪事の告白に、イリスは奥歯を噛み締めた。
服の上からでも腕の中に居る令息の身体が冷たくなっていくのが分かる。
小さな拳を血が出るのではというほど固く握りしめ、金色の瞳からは耐えていた涙が滲んでいる。
「……この下衆が」
イリスも堪らず、コートの隙間から男を睨み吐き捨てていた。耳ざとく聞こえたらしい元子爵はイリスを鼻で笑い、肩をすくませる。
「私がしたという証拠はない。そして、この話を聞いたお前たちも、ここで死ぬ。……ああ、お前は生かしておくぞ? あともう少しで買い手が付きそうだしな?」
侯爵令息は、涙に濡れた瞳に激しい怒りと憎悪を元子爵へ向けた。どこまでも、コイツは……!
イリスはこれ以上聞いていられないと、魔力を身体に巡らせた。
「今の言葉、しかと聞いたぞ。元子爵」
元子爵に向けて見せつけるように、レイは懐から小さな銀色の筒を取り出した。一見ただの金属のペンダントにも思えるそれに、元子爵は忌々し気に舌打ちをした。
「録音機か。小賢しい……。だが、無駄なあがきだな。このまま帰すわけがなかろう。この人数を前にして、生きて逃げ切れるかな?……さあ、お前たち。やれ」
イリスが魔力を放とうとする前に、穏やかだが確かな強さを持った声がイリスを諭した。
「大丈夫、私に任せて」
そこからは、本当に一瞬だった。
瞬く間にレイの足元から伸びていた影が、一瞬にして地面へ大きく広がり、床一面を漆黒で埋め尽くした。元子爵や盗賊の足元に漆黒が広がったかと思えば、黒煙のように影が素早く立ち上る。
「なっ……。なんだ?」
驚く盗賊たちを黒煙が包み込むと一気に拘束し、その身体を締め上げた。盗賊たちが激しく身を捩るたびに、骨が軋む不穏な音を立てながら、影が食い込んでいく。
盗賊たちは抵抗出来ぬまま、黒色の地面に引きずり込まれていった。底なし沼のように、盗賊たちの身体が硬いはずの地面に食い込んでいく。
「うっ! ぐうぅっ……」
「くそっ……!このやろう……」
悪態を吐いて、黒の沼から出ようと藻掻けば藻掻くほど、彼らの身体は底に沈んでいく。とうとう口元まで埋まっていった仲間を見て、息巻いていた盗賊たちも顔を青ざめさせた。
目を恐怖で震わせ、涙を浮かべながら旅人へ許しを乞おている。
旅人だった男は、そんな盗賊たちの視線を無視して、高らかに靴音を仄暗い地下室に響かせた。ただ一人、黒色の縄に捕らえられたまま宙ぶらりんにされた元子爵へ、レイは一歩、また一歩と歩み寄る。
「お前は罪が多すぎる。殺人に人身売買。そして、闇組織との繋がり。……明日には、白昼の下に全てさらされ、死罪は免れないだろう……せいぜい、残りの数刻は恐怖に喘げ。夫人の苦しみを、その身に味わうと良い」
後ろ姿しか見えないから、レイがどんな表情をしているのか分からない。
でも、その背中から見える仄暗い覇気と鋭利な強者の凄みに、イリスは息を詰めた。しなやかな指先が、元子爵の眼前にガラスの小瓶を示す。
小瓶の中の液体は、暗い地下室でも鮮やかに色が映える、蛍光の緑色。
記憶の中で見た、婦人が盛られた毒薬だ。
「やめ、ろ……。やめろーーっ!! うっ……。ぐはっ!!」
小瓶の飲み口が子爵の耳障りな悲鳴を塞いだ。その後、地下室には静寂が訪れる。
「……秘宝は確かに頂戴した。……さあ、ここから出よう。二人とも」
ゆっくりと振り返ったレイの表情は、最初の旅人風な青年に戻っていた。覇気の残滓のように、冷酷さを残した蒼の瞳を無言で見つめていると、抱きしめていた令息の身体が小刻みに震えた。
「……ありがとう、ございます。…ありがっ、とう……」
途切れ途切れに、嗚咽に混じって紡がれた感謝の言葉に、イリスは胸が張り裂けそうになった。
こんな哀しいお礼の言葉など、この子に言わせてあげたくなんて無かった。
そっと肩を抱くことしかできないイリスは、レイに促されて地上へ帰った。
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