失せ物探しは、秘めやかに(追想の神官は、騎士と怪盗に挟まれる)

雨月 良夜

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第三章 不穏な足音はします

演台の少女、新薬

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 「レイ、あの人が……」
 「ああ。あれが今回の獲物だ」

 淡々としたレイの返事を聞きながら、演説をする男爵を見遣る。眩しい照明に、丸い脂ぎった顔が浮かんだ。


 「皆様もご存じのとおり、この街は今、未曽有の厄災に襲われ、深き憂いを帯びている。……私も領民が苦しんでいる姿を見る度、心が苦しくてなりません……。この街が滅亡していく未来に、私は絶望で打ちひしがれ、嘆くばかりでした……」


 男爵は目を伏せて、醜い顔を歪ませる。舞台俳優のような表情と仕草をする男を、イリスは冷めた気持ちで眺めていた。


 (心を痛めている割に、平民には何もしてくれないじゃないか……)

 演台で純白のハンカチで涙を拭く領主の男は、貴族が集う王族教会に多額の寄付をしている。精霊教会では有名な話だった。


 『その心の一端でも、平民たちに分けてほしいものです……』

 嘆く神官長、教会でやせ細った我が子を抱いて泣く親の姿が脳裡に浮かんで、イリスは震える拳を握った。

 平民の治療は精霊教会に任せっきりで、援助の一つもない。夜会を彩る眩いほどの装飾品に、豪勢な料理の数々。
 とてもじゃないが、領民を想う者の行動とは思えなかった。男爵が饒舌に語るのとは反対に、イリスの心には静かな怒りが湧いていた。


 「しかし、神たちは私を見放さなかった。この窮地を救うものを、ついに私は作り出したのです!」

 男爵は得意げに、手を2回打ち鳴らした。
 乾いた音を合図に、一人のメイドが車椅子を押しながら演台の端から現す。
 舞台の中央まで車椅子を移動させると、使用人は数歩下がって舞台の暗闇に消える。舞台に残された車いすの人影に、眩しい照明が集中した。

 姿が露わになった瞬間、広間に小さな悲鳴とざわめきが広がっていく。
 

 「なんて、痛ましい……」
 「あんなに幼い子が、可哀そうに……」
 
 車椅子に座っているのは、まだ幼さが目立つ少女だった。
 純白の可愛らしいドレスに身を包み、顔にはウサギの形をした仮面をつけている。その純白と対照的に、剥き出しになっている彼女のか細い首と腕には、黒い曲線が幾重にも絡みついたような、痛々しい黒色の痣が浮かび上がっていた。


 「このお方は、高貴なご令嬢でございます。流行り病にかかり、最初に精霊教会で劣悪な治療を施され、何度も再発し病魔に身体を蝕まれた。幼子が苦しむ姿は、可哀そうでなりません。……しかし、このような悲劇も今宵で終わりです」


 男爵は力なく車椅子に座る少女へ近づくと、殊更笑みを深くして『大丈夫ですよ』と微笑んだ。少女は男爵に返事をする気力もないのだろう。頷くことも出来ず、ただ座っている。
 かなりの重症で、人前に出られる様な容態ではない。

 
 (……ひどい。まるで見世物じゃないか……) 

 イリスは侮蔑の眼差しで、得意げな顔をする男を仮面の下から睨みつけた。蛇のように粘着質な笑みと、わざとらしく弧を描く目には欲深さが浮かんでいる。


 「男爵様、お持ちいたしました」
 
 執事服を着た男が、赤い布に乗せた小瓶を恭しく両手で運び男爵に渡した。男爵は、広間に居る招待客全員に見せるように、小瓶を高々と掲げる。
 男爵の掲げた小瓶の中で、赤い液体が揺れたのを見た瞬間、イリスの背中に気味の悪い悪寒が走った。


 「こちらは私と王族教会が共同開発した、新しい感染症の特効薬でございます」

 赤色の中に砂金のような小さな金の粒子が混ざった、不思議な液体を見た瞬間、イリスの左眼が一気に熱を帯び始める。
 シャンデリアの光を浴びて、鮮やか過ぎる赤がイリスを釘付けにする。キンッ!と一際甲高い音が響いたかと思うと、イリスは激しい眩暈に襲われた。


 「うっ……!」

 突如頭に響いてきたのは、耳をつんざく悲鳴と断末魔。
 絶望する子供の泣き叫ぶ声。忙しなく逃げる足音。

 痛い、助けて。どうして。
 理不尽な死を遂げた者たちの、魂からの悲痛な叫び。
 直接触れていないせいなのか、もがき苦しむ声だけが聞こえてくる。まるで、この世の地獄のようだ。


 ____『走れ!』

 『何としてでも、ここから出るんだ』
 『お前だけでも……』

 
 (あの液体は……、な、に……? この声は一体?)

 身体に走る悪寒と、悪夢を無理矢理見させられているような恐怖を味わっている間も、イリスの左眼は男爵の行動から目が離せない。赤い液体の使い道を、イリスは必死に目で追っていた。


 「……さあ、ご令嬢。この薬を飲んでください」

 男爵は、小瓶の蓋を指で摘まんで引き抜いた。ガラスの擦れる小さな音が耳に届く。
 小瓶を車椅子に座る令嬢の口元へと運ぶと、ゆっくりと中身を傾ける。小瓶の中を赤い液体が流れていくのを、イリスは食い入るように眺めていた。


 ( ___やめてくれ)

 少女が小さな口を開いて、赤黒い液体が流れ込んでいく。小さな喉が上下に動いたが、上手く飲めなかったのか唇の端から赤い液体が零れ落ちる。
 滑らかそうな少女の肌に赤い線を描き、か細い顎先から純白のドレスへ滴った。白いドレスに、血痕のような赤が滲んでいく。


 やめろ。それは、同族の……!

 なぜそんなことを考えたのか、イリス自身にも分からなかった。
 咄嗟に出た思考と一緒に、男爵の行動を止めようと身体が動くのを、絡められた腕にぎゅっと止められる。


 「っ?! ……やめっ___ 」

 自分の制止を求める悲鳴は、広間に沸き立った驚愕の歓声にかき消された。
 呪いに蝕まれていた少女の腕から、波が引くように黒色の痣が綺麗に消えていく。黒に染まった細い首元も本来の肌の色が露わになり、苦し気な呼吸も落ち着いているように見える。
 やがてドレスから覗く全ての部分の痣が無くなると、そこかしこから賛辞と拍手が鳴り響いた。


 「ご覧ください! このとおり、黒色の痣も綺麗になくなり、発熱もたちどころに治りました! もう数日も安静にしていれば完治することでしょう」


 男爵は自分の功績を堂々と証明し、大きな腹がはち切れるほどに仰け反る。さらに広間には喝采が響き渡り、男爵と王族を称える声がこだまする。
 イリスは人々の興奮した雰囲気の中で、一人だけ青ざめたまま車椅子に座る少女を見つめていた。

 痣の消えた少女は、ただぼんやりと空を見つめながら使用人によって舞台袖へと引き上げていく。


 「王族教会には、新薬研究へのご協力に感謝を。国王万歳!」

 男爵の声に呼応して、「国王万歳!」と怒号にも似た喝采が広間に響き渡る。興奮渦巻く夜会の中で、イリスは青ざめた顔のまま立ち尽くしていた。



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