27 / 32
第三章 不穏な足音はします
演台の少女、新薬
しおりを挟む「レイ、あの人が……」
「ああ。あれが今回の獲物だ」
淡々としたレイの返事を聞きながら、演説をする男爵を見遣る。眩しい照明に、丸い脂ぎった顔が浮かんだ。
「皆様もご存じのとおり、この街は今、未曽有の厄災に襲われ、深き憂いを帯びている。……私も領民が苦しんでいる姿を見る度、心が苦しくてなりません……。この街が滅亡していく未来に、私は絶望で打ちひしがれ、嘆くばかりでした……」
男爵は目を伏せて、醜い顔を歪ませる。舞台俳優のような表情と仕草をする男を、イリスは冷めた気持ちで眺めていた。
(心を痛めている割に、平民には何もしてくれないじゃないか……)
演台で純白のハンカチで涙を拭く領主の男は、貴族が集う王族教会に多額の寄付をしている。精霊教会では有名な話だった。
『その心の一端でも、平民たちに分けてほしいものです……』
嘆く神官長、教会でやせ細った我が子を抱いて泣く親の姿が脳裡に浮かんで、イリスは震える拳を握った。
平民の治療は精霊教会に任せっきりで、援助の一つもない。夜会を彩る眩いほどの装飾品に、豪勢な料理の数々。
とてもじゃないが、領民を想う者の行動とは思えなかった。男爵が饒舌に語るのとは反対に、イリスの心には静かな怒りが湧いていた。
「しかし、神たちは私を見放さなかった。この窮地を救うものを、ついに私は作り出したのです!」
男爵は得意げに、手を2回打ち鳴らした。
乾いた音を合図に、一人のメイドが車椅子を押しながら演台の端から現す。
舞台の中央まで車椅子を移動させると、使用人は数歩下がって舞台の暗闇に消える。舞台に残された車いすの人影に、眩しい照明が集中した。
姿が露わになった瞬間、広間に小さな悲鳴とざわめきが広がっていく。
「なんて、痛ましい……」
「あんなに幼い子が、可哀そうに……」
車椅子に座っているのは、まだ幼さが目立つ少女だった。
純白の可愛らしいドレスに身を包み、顔にはウサギの形をした仮面をつけている。その純白と対照的に、剥き出しになっている彼女のか細い首と腕には、黒い曲線が幾重にも絡みついたような、痛々しい黒色の痣が浮かび上がっていた。
「このお方は、高貴なご令嬢でございます。流行り病にかかり、最初に精霊教会で劣悪な治療を施され、何度も再発し病魔に身体を蝕まれた。幼子が苦しむ姿は、可哀そうでなりません。……しかし、このような悲劇も今宵で終わりです」
男爵は力なく車椅子に座る少女へ近づくと、殊更笑みを深くして『大丈夫ですよ』と微笑んだ。少女は男爵に返事をする気力もないのだろう。頷くことも出来ず、ただ座っている。
かなりの重症で、人前に出られる様な容態ではない。
(……ひどい。まるで見世物じゃないか……)
イリスは侮蔑の眼差しで、得意げな顔をする男を仮面の下から睨みつけた。蛇のように粘着質な笑みと、わざとらしく弧を描く目には欲深さが浮かんでいる。
「男爵様、お持ちいたしました」
執事服を着た男が、赤い布に乗せた小瓶を恭しく両手で運び男爵に渡した。男爵は、広間に居る招待客全員に見せるように、小瓶を高々と掲げる。
男爵の掲げた小瓶の中で、赤い液体が揺れたのを見た瞬間、イリスの背中に気味の悪い悪寒が走った。
「こちらは私と王族教会が共同開発した、新しい感染症の特効薬でございます」
赤色の中に砂金のような小さな金の粒子が混ざった、不思議な液体を見た瞬間、イリスの左眼が一気に熱を帯び始める。
シャンデリアの光を浴びて、鮮やか過ぎる赤がイリスを釘付けにする。キンッ!と一際甲高い音が響いたかと思うと、イリスは激しい眩暈に襲われた。
「うっ……!」
突如頭に響いてきたのは、耳をつんざく悲鳴と断末魔。
絶望する子供の泣き叫ぶ声。忙しなく逃げる足音。
痛い、助けて。どうして。
理不尽な死を遂げた者たちの、魂からの悲痛な叫び。
直接触れていないせいなのか、もがき苦しむ声だけが聞こえてくる。まるで、この世の地獄のようだ。
____『走れ!』
『何としてでも、ここから出るんだ』
『お前だけでも……』
(あの液体は……、な、に……? この声は一体?)
身体に走る悪寒と、悪夢を無理矢理見させられているような恐怖を味わっている間も、イリスの左眼は男爵の行動から目が離せない。赤い液体の使い道を、イリスは必死に目で追っていた。
「……さあ、ご令嬢。この薬を飲んでください」
男爵は、小瓶の蓋を指で摘まんで引き抜いた。ガラスの擦れる小さな音が耳に届く。
小瓶を車椅子に座る令嬢の口元へと運ぶと、ゆっくりと中身を傾ける。小瓶の中を赤い液体が流れていくのを、イリスは食い入るように眺めていた。
( ___やめてくれ)
少女が小さな口を開いて、赤黒い液体が流れ込んでいく。小さな喉が上下に動いたが、上手く飲めなかったのか唇の端から赤い液体が零れ落ちる。
滑らかそうな少女の肌に赤い線を描き、か細い顎先から純白のドレスへ滴った。白いドレスに、血痕のような赤が滲んでいく。
やめろ。それは、同族の……!
なぜそんなことを考えたのか、イリス自身にも分からなかった。
咄嗟に出た思考と一緒に、男爵の行動を止めようと身体が動くのを、絡められた腕にぎゅっと止められる。
「っ?! ……やめっ___ 」
自分の制止を求める悲鳴は、広間に沸き立った驚愕の歓声にかき消された。
呪いに蝕まれていた少女の腕から、波が引くように黒色の痣が綺麗に消えていく。黒に染まった細い首元も本来の肌の色が露わになり、苦し気な呼吸も落ち着いているように見える。
やがてドレスから覗く全ての部分の痣が無くなると、そこかしこから賛辞と拍手が鳴り響いた。
「ご覧ください! このとおり、黒色の痣も綺麗になくなり、発熱もたちどころに治りました! もう数日も安静にしていれば完治することでしょう」
男爵は自分の功績を堂々と証明し、大きな腹がはち切れるほどに仰け反る。さらに広間には喝采が響き渡り、男爵と王族を称える声がこだまする。
イリスは人々の興奮した雰囲気の中で、一人だけ青ざめたまま車椅子に座る少女を見つめていた。
痣の消えた少女は、ただぼんやりと空を見つめながら使用人によって舞台袖へと引き上げていく。
「王族教会には、新薬研究へのご協力に感謝を。国王万歳!」
男爵の声に呼応して、「国王万歳!」と怒号にも似た喝采が広間に響き渡る。興奮渦巻く夜会の中で、イリスは青ざめた顔のまま立ち尽くしていた。
47
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
推しの恋を応援したかっただけなのに。
灰鷹
BL
異世界転生BL。騎士×転生者の王子。
フィアリス王国の第3王子であるエドワードは、王宮で開かれていた舞踏会で前世の推しである騎士と出会い、前世で好きだった恋愛ファンタジー小説の世界に転生していたことに気づく。小説の通りに推しが非業の死を遂げないよう、奮闘するエドワードであったが……。
攻め:カイン・ド・アルベール(騎士/20才)
受け:エドワード・リーヴェンス・グランディエール(第3王子/転生者/18才)
※ こちらはBLoveさんの短編コンテストに応募した作品を加筆修正したものです。後半は大幅に内容を変えているので、BLoveさんで既読の方にも楽しんでいただけたらいいなと思います。
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~
荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。
弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。
そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。
でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。
そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います!
・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね?
本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。
そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。
お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます!
2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。
2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・?
2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。
2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる