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第三章 逃走、泡沫の平穏
取り戻した音
しおりを挟む暖かな光が眩しくて、僕は目を細めた。
『………??』
目を覚まして最初に見たのは、チェリーブラウンの可愛らしい天井だった。背中は包み込む柔らかな布団。ふわふわの毛布で身体は温かい。
微睡んだ身体を何とか起こすと、部屋の風景に余計に困惑した。壁紙は淡いピンク色。乙女チックなのに、チェリーブラウンの家具たちが落ち着いた雰囲気を出している。
クマと猫のぬいぐるみに、レースカーテンが、赤いリボンで括られ可愛らしい。丸みを帯びた窓からは、ポカポカとした陽が差している。
……どこ?
今まで監禁されていた部屋とは、まるで雰囲気が違う。人の生活している様子が、確かに見える部屋だ。なんだか落ち着かない。
「キュイ!」
少し高い鳴き声と共に、黒色のモフ体が僕の手の平にすり寄った。ベッドに置いていた手が、モフンっとした感触に覆われた。
なんとも覚えのある温かさに、ほっとする。
『エスト……。他の皆は?』
エストを胸に抱えながら問いかける。最後に見た映像が鮮明に頭に蘇った。ラディウス国の大勢の刺客に囲まれ、襲われそうになった。
ライと、シエル、ステラと一緒に、眩しい光に包まれたところまでは覚えている。
あれから、シエルとステラは?……ライは?
皆、無事なの?
僕は焦燥にかられて、ベッドから降りようとした。1人でいると、どうしても途端に不安になる。早く、皆の無事を確認したい。
頭の中で焦りが募る中、小鳥の形をしたステンドグラスの付いたドアが、キィーと音を立てて開いた。
「あら、目が覚めたのね。」
女性的な言葉遣いに、どこか引っ掛かりのある声が聞こえた。
ドアを開けて入って来たのは、とても妖艶で優美な人。すらりとした身体に、身長は2メートル以上はあるだろうか。藤色の髪は緩く三つ編みにして優美に流していた。
アメジストの美しい瞳が、僕を見て細められた。
「……本当に黒髪黒目なのねー。私はカレン。よろしくね?」
ずいっと僕に顔を近づけてきたカレンに、僕は反射的にビクッと身体が跳ねる。ベッドの上で、エストをぎゅっとしながら後退った。
自分でも無意識のうちに、両手を抱くようにして震える。3人以外の知らない人に、僕は内心怯えた。
「……あらあら。怖がらせちゃったかしら?……待ってて、今レイルを呼んでくるわ。」
黒色のワンピースのスリットから、すらりとした足を見せて、カレンは部屋を後にした。ライの本名が聞けただけで、僕は自然と詰めていた息を吐き出す。全身の震えが止まる。
良かった。ライは無事なんだ……。
カレンはきっと僕たちを助けてくれた、善良な人だ。それなのに、随分と失礼な態度をとってしまった。人間不振が強くなった自身に、自分でも落ち込んでしまう。
あとで、カレンには謝らないと。
しばらくすると、ドアが再び開いた。そこには、僕が見たかった色を纏う、美しい人が現れる。
「……サエ、身体は何ともないか?」
「……らぁっ!…けほっ、ごほっ!」
話そうとしたところで、喉で空気が空回りする。乾いて苦しくなって激しく咽せた。
「ああ、ほら。無理しないの。……これをお飲みなさい。」
サイドテーブルから、カレンがガラスの水差しを手に取る。透明な液体の中に、緑色の飴玉みたいなものが入っている。コップにその液体をいれたあとに、緑色の飴玉も、こぽんっ、と入れる。
「喉を潤す薬の入った水よ。話しやすくなると思うわ。」
咳き込んで涙目になっている僕の顔を、心配そうに見ながら、ライは背中を擦ってくれた。カレンからコップをなんとか両手で受け取り、水を一口飲んだ。
スゥーとした清涼感とトロリとした甘みを感じる。ヒリヒリと痛んでいた喉の痛みが、徐々に収まっていく。カレンは僕にコップの中身を全て飲みきるようにと促した。
僕は、双子の安否も心配で早く飲みきろうと焦る。僕が不安な顔をしていたのだろう。僕の背中を擦りながら、ライが落ち着いた口調で教えてくれた。
「……大丈夫だ。双子も無事だ。今は別の部屋で眠っている。だから、ゆっくり落ち着いて飲め。」
双子が無事で良かった。ほっとして息を吐きながら、コップの水を飲み干す。
「ありがとう。ライ。」
僕のお礼の言葉に、ライはルビー色の瞳を見開いた。
「……サエ、声が出るようになったんだな。」
「っ!!」
ライに言われて、初めて自分の声が音として出ていることに、ようやく気が付いた。
「首輪の装飾を壊したから、声を取り戻せたんだな。まだ、完全に取ることは出来なかったが……。」
ライはそっと、僕の首もとに右手を寄せた。そこにはまだ、首をぐるりと囲う首輪の感触が残っていた。僕は首に回された手に、両手を重ねる。
すまなそうに、苦しげな表情をするライを見つめた。
「……声が出るだけで……。取り戻せただけで、すごく嬉しい。」
今は自分自身の声で、こうやって、ライに想いを伝えられる。言葉が音として伝わることに、僕の心が底から震えるほど歓喜した。
それほどまでに、声を失ったことは、
僕にとって辛かった。
スルリと、近くで衣擦れの音が聞こえた。そっと包み込むように、背中にライの両腕が回される。鍛えられた胸の中に、僕は収まっていた。暖かい体温と、心地よい胸の鼓動がじんわりと伝わる。
「……お前の声は、念話より少し高いんだな。」
頭上から、ライの低く心地よい声が聞こえた。
僕はこの世界に来てから、泣き虫になってしまった。嗚咽を漏らす僕を、ライは何も言わずに抱き締めてくれた。
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