異世界で魔道具にされた僕は、暗殺者に愛される

雨月 良夜

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第四章 過去と現実

楽譜、歌

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「__、___♪、___♩」


泉のほとりには、僕以外にもう一人。
美しく大きな蒼色の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。美しくも儚げな女性が、泉のほとりに立っていた


女性の頬を伝っていた涙が、顎先まですぅーと落ちる。顎先から落ちた雫は、泉の中へピチャっという小さな音を立てて波紋を広げた。

静かな水面がほんのわずかに揺れて、すぐに静寂に戻る。


ここには、僕と女性の二人だけ。
隣にいたはずのレイルの姿は、どこにもない。


ゆっくりと女性が僕へ顔を向ける。背中まである金糸の髪が、ふわりと揺れた。


「……こんにちわ。サエ。」

たおやかで、落ち着きのある女性の声が、僕の名前を呼ぶ。

初めて出会うはずなのに、どうして僕の名前を知っているんだろう?


「……こんにちは。あなたは……?」

「……私はセレーネ。サエ、私の楽譜を見つけてくれて、ありがとう。」


セレーネと言った女性の言葉の意味が分からず、僕は思わず首を傾げてしまった。


「……楽譜?」

セレーネは僕の様子がおかしかったのか、クスクスと微笑む。


「貴方が手に持っているその本は、私が書いた楽譜なの。……聖魔術を操れる人が本に触れると、魔力で文字が現れるように細工をしたのよ。」


今までは聖魔術を操れる人がいなかったのだと、セレーネは言った。素質のある人はいたけど、最終的には精霊に愛される存在でなければならなかったという。


「聖魔術はね、精霊の力を借りる魔術。」


セレーネはそう言うと、もう一度美しい音色を口から紡いだ。

ピンポン玉ほどの白銀の光が、セレーネを包み込むようにして周りに集まってくる。そのふわりと浮かぶ光が、精霊たちだとセレーナが説明してくれた。


僕の頭上からも、綿雪のように白銀色の光が降ってくる。僕の目線でピタッと止まった光は、跳ねるように上下にふわふわと動き出した。


「__♯、__♭__♫__!!___♪♪」


やっと話せた!!嬉しい!


「っ!!」

小さな子供のように、高くて可愛らしい声が僕の耳に届く。その声は確かに、目の前を飛んでいる精霊から聞こえた。


「うふふっ。聞こえた?」

僕の驚いた様子に、セレーナは悪戯が成功した子供のように、クスクスと笑った。そうやって微笑むと、美しさの中に可愛らしさがひょっこりと顔を出して、とても魅力的に見える。


「……サエは凄いわ。音がなくても、祈りだけで精霊たちが力を貸してくれた。精霊たちに好かれている証拠よ。」

あの白銀色の花と蝶の不思議な魔法。あれは聖魔術で、確かに呪いに抗う術だったのだという。本来は音がないと、精霊たちは反応してくれないのだそうだ。


首輪によって声が出なかった僕は、心の中で祈ることしか出来なかった。その祈りと心の声に、精霊たちは反応して力を与えてくれていたらしい。


僕は、セレーネに会うまで、精霊たちの存在を全く認識できなかったのに……。精霊たちは、ずっと僕のことを見守ってくれていたようだ。


「……でも、祈りだけでは呪いは消せない。音が、聖魔術を完成させる。」


歌のように聞こえる言葉は、自然界の魔力を操るための音。
空気を震わせて、大地に訴えかけ、空へと祈りを捧げる歌。


「精霊たちに呼びかける音が、その楽譜に書いてあるの。」


僕の手の中で、楽譜が独りでに動き出す。パラパラと軽い音を立てて素早く開くと、赤茶けたインクで紙面を彩った。


紙面の枠には花と蝶、鳥など自然の美しい模様が描かれ、中央には譜面だろうか?音符のような丸い記号が、川の水が流れるように流麗に書いてあった。


その一つを、僕は何とはなしに口ずさんだ。

初めて見る美しい記号に、初めて見る譜面。
それでも、それらの意味する言葉と音が、いつの間にか頭の中に浸透してきた。


「___♮」


僕の口ずさんだ音に、僕の周りにいた精霊たちが一気に空中で飛び跳ねた。もっと聞かせて!と精霊たちのせがむ声が聞こえる。


「そう!とっても上手よ。」

セレーナはそう言うと、本を持っていた僕の手に自分の手を重ねた。


羽根のように軽い感触の手だ。温かな体温を感じなければ、触れられていることさえ幻のように感じた。


「私と一緒に練習しましょう?……大丈夫。ここは私たち以外には、誰もいないわ。…ふふっ。歌声を聞かれることを、恥ずかしがらなくても平気よ。」


コポコポと湧き出る水の心地よい音。精霊たちの楽し気な声。
サワサワと風に靡く下草の音は、遠くまで響いて寄せては帰ってくる。


全てが心地よくて、微睡みのように優しい。
何よりも空間自体が澄んでいて、とても美しい。


それなのに。
なんでこんなにも、哀しいのだろう。


ここに来たことなど、僕は一度としてない。
でも、なぜかとても懐かしくて、愛しくて。

そして、心臓を凍てつかれたように、
辛く、切なく、哀しくなる。


「サエはとっても歌が上手よ!私なんて、音痴だったからたくさん練習したわ。……さあ、いっぱい歌うわよ!」


セレーナが歌うと、僕も歌う。

時折、指摘を受けながらも。
僕は美しい幻想的な世界で、幻のように儚い女性と共に、音を紡いだ。




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