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二
しおりを挟む俺、花坂正義は一つ上の先輩である柚木弥生さんに好意を寄せている。
きっかけは新入社員の頃、俺と一つしか変わらないのに堂々と取引先と話す姿に憧れた所からだ。憧れが恋心に変わったのは、取引先との食事の席だった。よくある話だが、あまりアルコールが強く無い俺が先方に強い酒を飲むように強要されたのだ。
最近はアルハラと言う言葉も広まってきてはいるが、どうしても年配の方が相手だとその辺りの意識が薄い人もいる。何より営業職と酒の席は切っても切れないものだと言う認識が甘かったのかもしれない。
そんな時柚木さんが先方の持つグラスを奪うと、それを一気に飲み干した。その飲みっぷりを先方が気に入り、取引先との関係は今も良好だ。
庇われて好きになるなんて良くある話かもしれない。それでも思いを自覚した途端、これまで以上に柚木さんが魅力的に見えて仕方なかった。
何ならコンビニで買ったカレーにスプーンが付いていなかったからと箸で食べる姿すら可愛く見えた。
部署が変わってからも、営業部と生産管理部は同じフロアにあるのでその姿を毎日見ることが出来る。柚木さんの姿を見るたび思いは募っていった。
しかし女子社員によると柚木さんは今はフリーだが過去に彼女がいたらしく、男の俺に思いを寄せられても困らせてしまうだろう。
自分の感情に苦しみながら、寝る前にSNSを眺めていたある日。俺の住む家の近くに、縁結びの神社があると知った。
酒の勢いと言うのは恐ろしいものだ。ビール一缶開けただけだが元々弱い俺は十分に酔っていた。寝巻きのジャージ姿で、夜の10時にも関わらずその神社へ向かっていた。神社と言うが、イメージしていたものとは程遠くかなり規模の小さいものだった。これなら俺の借りているワンルームの方が広いかもしれない。
俺はふらふらと酔った足取りで奥へ進むと、小さな賽銭箱の前へ立った。その時漸く財布を部屋に忘れてきた事に気が付いた。ついでに鍵も家に置いてきた。オートロックでは無い事が幸いだが、もしこの隙に泥棒にでも入られたら洒落にならない。
早く戻ろう。
そう思ったが折角足を運んだのだからとポケットを漁った。指先に触れる固い感触に、そういえば先日コンビニに寄った際釣り銭を入れたのだと思い出す。俺は賽銭箱に数十円を投げると、控えめに柏手を打つ。
「柚木さんと付き合えますように」
家に帰ると、出る前と特に変わらない部屋にほっと息を吐く。今度からは酔っていても鍵は絶対かけようと心に誓った。
そしてその翌日、昼休憩中にトイレへ立った時、自分のちんこが無くなっている事に気がついた。
「!!!」
その時思い浮かんだのは、昨夜の事だった。痛みも脈絡もなく体の一部が失われるなんて超常現象以外の何者でも無い。まさか賽銭箱に入れた金額が少なかったからか?
いや、そんな訳はない。
縁結びなんてとんでも無い。これじゃ祟りじゃないか。
その後俺はまともに仕事が手につかずミスを連発し、柚木さんにで迷惑を掛けてしまった。
柚木さんは気にするなと言ってくれたが、申し訳なさで埋まりたくなる。しかも一晩経っても俺の股間は元に戻る気配も無い。
ちんこが家出したなんて、誰にも相談出来ないだろう。
その日も結局仕事で失敗し、退勤出来たのは12時近くだった。いつもは厳しい上司も、俺の様子があまりにもおかしいからと心配される始末だ。
俺は疲労に悲鳴をあげる身体を叱咤しながら帰路を歩いた。
その途中だった。ガードレールを背に座り込む柚木さんを見かけたのは。
今日は確か得意先でプレゼンをした後は直帰の予定だったはずだ。俺は小走りで近付くと、驚かせないようそっと声を掛けた。
「柚木さん、体調が悪いんですか?」
「・・・花坂か、あー、ちょっと悪酔いしたみたいで」
深夜でも明るいコンビニのおかげで、柚木さんの顔色の悪さは割とはっきり分かる。確か今日の得意先は、俺を庇って酒を一気飲みした時気に入られた会社だ。
柚木さんからはアルコールの匂いが香ってくる為、プレゼン後会食をしたのだろう。でも酒に強いはずの柚木さんがこんな風になるなんて余程大量に飲まされたのだろうか。
「ちょっとここの所寝不足続いたから、それが良くなかったみたいで」
「柚木さん、立てますか?家まで送ります。タクシー拾いましょう」
確か柚木さんは俺と同じく一人暮らしだったはずだ。意識ははっきりしているようだけどこんな状態で一人にするのは心配だし、許されるなら部屋まで送り届けたい。
「タクシーは大丈夫・・・俺ん家そこのマンションだから」
俺はスマホを取り出しタクシー会社の電話番号を調べるが、柚木さんは軽く手を振ると苦しそうな声でそう言った。
そこと言うだけあり、柚木さんの言うマンションは大きめの横断歩道を挟んだすぐ近くだった。何の変哲もない細身の七階建てマンションだ。
意外にも俺の借りてるマンションとそう遠くない距離だった。
こんな近い場所でも帰れなくなるくらい体調が悪いと言う事だろう。俺とこうして会話するのさえ辛い筈だ。
「それにお前と話してたら、気分もちょっと良くなってきたよ。明日もまだあるし、先に帰りな」
「えっ、帰りませんよ!こんな状態の柚木さん放っておけるほど薄情じゃありません。動けそうなら、ほら肩を貸しますから」
「・・・悪いな」
よろよろと立ち上がる柚木さんの腕を取ると、自分の肩へ回し身体を支える。
柚木さんの体格は特別華奢と言うわけじゃないが、俺のガタイが良いので割と余裕を持って支える事が出来る。
学生時代部活で鍛えた甲斐があったと言うものだ。
体調が少し回復したと言うのも嘘ではないらしい。マンションのエレベーター内で見た柚木さんの顔色は先程より大分マシなものになっている。それでも青白い事に変わりはないが。
「何階ですか?」
「あー、5階。悪いな、面倒見させて」
「5階でさね。面倒なんてとんでも無い」
体調が悪いのにあまり話しかけるのも良くないだろうか。それとも何か話していた方が気がまぎれるだろうか。そう考えているうちに、ふ、と思い出したように柚木さんが小さく声を上げた。
「そう言えばお前、何悩んでんの」
「えっ」
「昨日かららしく無いミス連発してるし、今日なんか眉間に皺すっごい寄ってただろ」
そう言われ自分の失敗を見られていた羞恥心と、気に掛けてくれたと言う喜びが同時に押し寄せる。そして最後に、悩みの種が誰かにそんだん出来る内容では無い事へ思い至る。
「ははっ、赤くなったり青くなったり忙しい奴だな」
「いや、あははっ」
「いいよ、無理に聞き出したりしないから。でも花坂って悩みとか溜め込むタイプだろ、爆発する前に誰かに相談しろよ。俺じゃなくても良いからさ」
その言葉に、心がきゅっと締め付けられる。ちんこが股間から家出したと言うとんでもない悩みじゃなければ間違いなく速攻で相談していた。
この流れで実はと打ち明けるにはあまりにも非現実的だろう。
言えない。
こんなにも優しくふんわり母性(この場合は父性だろうか)と慈愛に満ちた笑みを向けられながら、答えるに相応しい悩みを俺は持たない。事実を打ち明けてその優しい表情が冷たく蔑んだものに変わるのが恐ろしい。
そんなツンツンな柚木さんも本音ではアリとか思っていても、今後のことを考えるとそんな勇気はない。
いやしかし相談して良いと言ってくれているわけで、真剣な悩みである事に変わりは無いのだからむしろ打ち明けるのが正しいように思えてくる。
「柚木さん、実は」
「あ、5階着いたぞ」
チン、と到着を知らせるエレベーターの音にはっと我に帰る。
危ない、言わなくて良かった。柚木さんとの今後の関係に罅を入れるわけにはいかない。俺の股間事情なんて柚木さんには関係の無い事だ。
「あ、やばっ吐き気の波がきっぷ、きてる、鍵開けてくれ」
「えっちょ待ってくださいすぐ開けるんで」
エレベーターが止まった時の浮遊感が良くなかったのだろうか。急激に吐き気を催した柚木さんを急いで部屋の前まで連れて行き、半ば奪うように受け取った鞄から鍵を漁り鍵穴へ差し込む。
ガチャリと解錠音が鳴ると同時に、柚木さんは無理矢理靴を脱ぎ捨てるとトイレへと駆け込んで行く。
その後ろ姿を見送りながら俺は部屋の扉を閉めると、脱ぎ捨てられた靴を揃え部屋に上がる。こんな時になんだが、好きな相手の部屋へ合法的に入る事が出来るのだ。内心浮かれる部分もある。
柚木さんの事だから部屋は温もりのあるシンプルな雰囲気で統一しているのでは無いか。
俺は賃貸らしい一口コンロのあるキッチンでコップへ水を入れると、トイレの扉越しに声をかける。
「柚木さん、水飲まれますか?」
「あー、口ゆすいでから貰うわ。机に置いておいて」
確かに嘔吐した後の口ですぐに水を飲むのは気になるだろう。俺は狭い廊下を進み部屋の扉を開ける。ローテーブルにテレビ、ソファとイメージ通り最低限の家具だけがありすっきりと整えられた部屋だ。
テーブルは一つしかないので水はそこに置いておけば良いだろう。
ーーーガコンッ。
「あ、やべ何か蹴った」
整頓された室内の様子で、床に物が置かれているとは思わなかった。蹴った感じは軽かったが、その拍子に何かが転がり派手な金属音を立てる。
まさか壊れるようなものじゃ無いだろうな。
フローリングの床に転がっていたのはバケツとボウルだった。
こんなものが何故床に置かれていたのだろうか。
「は?」
何気なく向けた視線の先には、非常に見覚えのある、俺のちんこに良く似たものが床から生えていた。
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