アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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3.塩と酒と神へ捧げる供物


儀式までは自由に過ごしていて構わないと言われ、通されたのは歴代の神子が過ごしていた部屋だった。徹底して黒と灰色で整えられた室内は、清潔だが全体的に暗い印象でただでさえ低い気分が落ち込んだ。
黒を高貴な色だと言っていたが、これほどだと思考放棄で黒さえ使っておけば良いと思っているのではないかど疑いたくなる。

部屋には人が通れない程度の大きさの細長い窓が三つ。そこから見える空は暗く今が夜だとわかる。俺が仕事を終えたのが十時頃。どのくらい気を失っていたかは分からないが、流石に丸一日経っていると言うことはないだろう。

「時計あるじゃん」

ベッドの横に備えられた机の上には小ぶりな時計が一つ置かれていた。監禁場所には時計がないイメージだったので、俺は僅かに安心する。

時計の針は一時を指していた。驚く事にあれから三時間しか経っていないらしい。コーニーリアスと話していた時間を鑑みると、会社からこの場所はそう離れていないかもしれない。
市内にこれほど目立つ建物があった記憶は無いが、俺が知らないだけかも知れない。

気持ちが僅かに上を向いた俺は、部屋の捜索をする事にする。まずサイズ的に窓から逃げる事は出来ない。唯一の扉は鍵が閉まっている。室内に置かれているのは、ベッド、サイドテーブルに、小さい本棚、あとはクローゼットくらいだ。
クローゼットの中身は殆ど空で、俺が今纏っている祭服と同じものが三着ハンガーに掛けられているだけだった。次に本棚に手を伸ばし、適当な本を一冊選ぶ。

「これは、日記か?」

洋書のような外見とは裏腹に、書かれているのは日本語だ。

ーー月ーー日。
風呂に入っていると、急に水かさが増して意識を失った。気がつくと黒いローブを着た奴らに囲まれてて、俺が神子だと言われた。意味がわからない。悪い夢みたいだ。閉じ込められた部屋の本棚に、俺と同じ境遇のやつらの日記が残っていた。俺も同じように書く事にする。

ーー月ーー日。
一日経ったけど夢じゃ無かった。昨日と同じ黒いローブの奴に、この世界のこととか神子の話を聞いた。とてもじゃないが異世界なんて信じられない。この後儀式をすると言われた。やりたくない。早く誰でも良いから助けてくれ。

「・・・あれ、」

書かれている内容は、それから日付が三日ほど飛んでいる。

ーー月ーー日。
ここは本当に異世界らしい。俺が神子をやらないと、人が死ぬ。ここにいる全員、いかれてる。

人が死ぬ。
現実味を帯びないその単語に、ここに来てから止まらない悪寒がいっそう酷くなる。一度日記を閉じると、耐えるようにその場へしゃがみ込む。
最初から分かっていた事だが、ここにいる人間はおかしい。

「・・・待て、それならどうして奴らはこれを処分しないんだ」

本当にこの日記を書いたのが過去に攫われた神子なら、ここに書かれた内容は奴らにとって都合が悪いはず。

「脅してるのか。俺が逃げれば他の誰かが犠牲になると」

それくらいしか、日記を残しておくメリットが思い浮かばない。



ーーーコンコン。

「!」

不意に扉をノックされ、手にしていた日記を急いで元の場所へ戻す。鍵が外される音がした後ゆっくり開かれた扉の先には、肘に籠を下げ、鍵と燭台を持つコーニーリアスが立っていた。

「神子様、それでは儀式の間へ向かいましょう」

正直ついて行きたくない。
全くと言って気は進まないが日記を読んだ事もあり、先程以上にコーニーリアスに対する恐怖心は増していた。

「・・・ああ」

俺は力無く返事をすると大人しく奴の後ろをついて行く。逃げ道を視線で探しながら進むが、俺の後ろには、先程扉の前に控えていた黒い鎧の騎士がついて来ている。
鎧の色が違うので、先程俺を助けたヴィクターと呼ばれた男とは別人だろう。なおさら不審な動きは取れない。



一番奥まった場所に、儀式の間はあった。黒い木製の扉に、草花と星と月、そして太陽の絵が彫られている。
コーニーリアスがたくさんの鍵が付いた輪をじゃらりと鳴らすと、一番大きいサイズの鍵を扉の鍵穴へと差し込んだ。

ガチャリと鈍い音が響き、ゆっくりと扉が開く。

コーニーリアスは室内に設置されている燭台のすべての蝋燭へ順番に火を灯すと、最奥の祭壇らしき場所へ進んだ。黒い鎧の騎士は扉の外で待機しているらしい。

「神子様、こちらへ」

祭壇の前に立つコーニーリアスに呼ばれ、俺は警戒しながら部屋の奥へ向かう。祭壇の前には、やや低い位置に台座が設置されていた。材質は黒い石のようで、僅かに光沢がある。記憶の中で一番イメージに近いのは墓石だった。

コーニーリアスは肘に下げていた籠から三つの杯を取り出すと、台座に並べ左に透明な液体、右に白い粉のような物を盛った。香りで液体は酒だと分かる。

「これは?」
「純度の高い酒と塩です」
「・・・中央の杯には何を」
「神子様より、供物を捧げていただきます。詳しい手順は前の石板に書かれてございます。儀式は神と神子だけの神聖な行為。私はこの場には居れませんので失礼します」

そう言うと、コーニーリアスは俺を一人部屋に残し廊下へ出て行った。

しん、と静まり返った窓一つない室内には、風の音さえ存在しない。聞こえるはずのない蝋燭の火の揺らめきの音さえ聞こえてきそうな程だった。

「石板、と言っていたな」

ごくりと唾を飲み込めば、喉の渇きが多少癒えたように感じる。
探すまでもなく、石板は杯を置く台座の前に立てられている。

「日本語だ」

膝をついて石板に目を向けると、彫られている文字は日本語だと分かる。外国語では無かった事に安堵し、俺は書かれた内容に目を通す。



「ーーーふざけるなよ!」

俺は怒りの感情に任せ、石板を殴りつける。

石板に彫られた内容は要約すると、供物とは神子の精液である。神に祈り、午前二時丁度の時間に杯へ捧げなければならない。さもなければ奇跡を起こす事は叶わず。

「儀式が成功すれば、杯は空となり成功したものと見做される・・・」

やっぱり邪教じゃねえか。
エロ同人みたいな内容をクソ真面目に書きやがって。
付き合ってられるか。どうせ神子の奇跡なんて起きない。それなら儀式をしようと変わらない。どのみちこの場には俺しかいないし、部屋の外にいるコーニーリアスにも騎士にも、俺が儀式を全うしたかなんて知る由もない。
杯の中身は適当にその辺りへ捨てておけば良い。酒はそのうち乾くし塩だってまいてしまえば気付かれないだろう。




俺は暫くの時間を部屋で過ごすと、適当なタイミングで立ち上がり扉を内側から強く叩いた。

「神子様?」
「この部屋から出る」
「儀式は終えましたか?」
「・・・気になるならその目で確かめれば良い」

扉越しの所為で篭って聞こえるコーニーリアスの問いに俺は否定も肯定もせず、ギィッと音を立て開かれた扉から廊下へ出る。

「いえ、その必要はありません。部屋に戻りましょう」
「あ、ああ」

コーニーリアスの反応にやや拍子抜けしながら、さっさと歩き出す後ろ姿へついて行く。どこか妙な胸騒ぎがするのを見て見ぬふりをして。





部屋に戻った後、再び扉の鍵は施錠された。鍵を持たない以上、再びこの扉が開くまで俺にできる事は何もない。
精々思考をまとめる事くらいか。
俺は靴を脱ぎ捨てベッドに腰掛けると、あぐらをかいて目を閉じる。

この場所へ来てから俺が足を運んだのは、最初の召喚の間、白い壁と瓶しかない神子用のトイレ、そして共用トイレ。
あとは今いる神子の部屋と儀式の間だ。逃げ出した時走った感じでは、建物はコの字型になっている。一番端に階段があり、コの字を進み突き当たりに儀式の間、その手前に召喚の間。
神子用のトイレを挟み、今いるこの部屋がある。共用トイレは階段のすぐそばにあった。

窓のない部屋が殆どで、見た限り部屋の中に窓があるのはこの場所だけ。それも開閉は出来ても、とても人の通れる大きさじゃない。
あとは廊下のはめ殺しの窓くらいだ。

窓の外から見える建物の広さから、ローブの男たちもここに住んでいるのかもしれない。こんな息苦しい建物に住んでるから、変な宗教団体が余計おかしくなるんだ。

「早く帰りたいな・・・」

目を開くと俺はベッドへ仰向けに寝転んだ。見慣れない天井をぼうっと眺めていると、いつしか睡魔が襲って来て目蓋を閉じていた。







ゴンゴン、と扉を叩く音で目が覚める。

「神子様、お目覚め下さい」
「ん、んー」

うるさい。目覚ましはまだ鳴ってないし、体感的にまだ六時くらいだ。七時に起きれば電車には間に合う。

ーーー違う。

はっと目を開けば、趣味の悪い黒と灰色の室内が朝日に照らされていた。変な宗教団体に攫われ、昨日はベッドに横になったまま呑気に朝まで眠っていたのか。自分の危機感の無さを悔やみながら、それと同時に疲れていたのだからしょうがないと言う考えが頭をよぎる。

ガチャリと鍵が開けられ、こちらが許可する前に扉が開かれる。
たった一日で見慣れたコーニーリアスの姿にうんざりとしながら、俺は促されるまま身なりを整え部屋を出た。

「けほ、」
「風邪ですか?」
「いや、大丈夫だ」

ここに連れて来られてから、水一滴口にしていない。乾燥した喉を指で摩りながら大人しくコーニーリアスの後ろをついて行く。

「え、」
「どうされました?」
「いや何でもない」

行き先は予想外にも、俺が昨日逃げようとした階段を下りた先だった。
二階はことごとく黒や灰色で壁や床が統一されていたのに、一階は明るい普通の造りになっていた。壁紙には普通に淡い色の幾何学模様が施されているし、床に使われている石も淡いクリーム色だ。もしかして黒が使われているのは俺が過ごす空間だけなのかもしれない。

さらに外へ続く扉を開けば、昨夜二階の窓から見下ろしていた庭がふわりと視界に広がる。

「・・・きれいだ」

この状況でそんな感想が出るのが悔しいくらい、庭は綺麗に整えられていた。鮮やかな花が咲き誇り、緑の木々は目に優しい。奥に見えるのはガゼボだろうか。柔らかな木製の椅子と机が、この空間にうまく馴染んでいる。

「気に入っていただけたようで何よりです。先代の神子様は特に花を好んでおられて、それ以来特に庭造りには力が入れられるようになりまして」

そう言いながらもコーニーリアスの歩くスピードは緩まない。予想はしていたが、俺に庭を眺めさせる為に部屋から連れ出したわけではないようだ。


コーニーリアスが漸く歩みを止めたのは、鐘が取り付けられた白いレンガ造りの建物だった。

「今から神子様の奇跡を振るっていただきます」

フードを被り直したコーニーリアスは徐にこちらへ振り向くと、口元に笑みを浮かべこう言った。
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