愚者の聖域

Canaan

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番外編

斜陽の先に見えたもの

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※※※
前日譚。グレンがヒューイのもとを離れようと決意するに至ったエピソード。
※※※




 騎士になったばかりのグレン・バークレイは、王都警備隊というところに配属されていた。
 王都全域をぐるりと囲む大規模な城壁。そこには何ヵ所か門が設けられており、王都へ出入りする人間の審査が行われる。彼らの目的や所持品を調べたり、手配犯の人相書きと照らし合わせたりして、犯罪者をとらえたり悪行を未然に防ぐのが大きな仕事だ。
 だがもう一つ重要な仕事もある。門にはたくさんの人たちが並ぶが、貴族を待たせてはいけない。紋章のついた馬車は貴族専用の出入り口に案内しなくてはいけないのだ。
 そのため、この国で使われている貴族の紋章──それから周辺国の貴族の紋章──はすべて記憶しておかなくてはいけなかった。
 もちろん記憶できずに手間取る者も少なくなかった。相手の貴族を怒らせてしまったり、要人に失礼を働いたりした場合は始末書を書かされる。ずっと昔には、騎士の身分を剥奪された者もいたと聞いている。
 任務自体は退屈で単調なのに、恐ろしく気を遣う。それが王都警備隊の門番の仕事であった。
 しかしグレンはこれをそつなくこなした。一般市民や商人の出入りは念入りに、しかしできるだけ迅速にチェックしていたし、貴族相手にも丁寧でスムーズな案内を心掛けていた。

 国賓級の要人を案内した時に「グレンの対応が非常に優れていた」と口添えがあったらしい。おかげで、グレンは配属されてわずか半年で二度表彰された。
「おめでとう、グレン。素晴らしいではないか」
 二つ目のメダルと記念盾を見せると、ヒューイはグレンの肩に手を置いて、そう言ってくれた。ヒューイも新人の頃は城壁の門番に配属されていたが、二度表彰されるまでに九ヶ月──それでもとびぬけた成績ではある──かかったらしい。
 憧れである従兄のヒューイに大人の男として認めてもらった気がして、本当に嬉しかった。ようやくヒューイと同じ舞台に上がれたのだと思った。あとは彼の背中を見失わないよう、全力で追いかけるつもりでもあった。

 大抵の新人騎士は最初に配属されたところで数年を過ごす。しかし、グレンには一年半ほどで転属の話が舞い込んだ。いわゆる栄転だった。
 グレンの配属は王宮内の図書館になった。やることは普通の図書館の司書と変わらない。しかし王宮図書館に出入りできるのは、王族と、貴族たちだけである。「ここでコネクションをつくり、将来に備えよ」という、上からの暗黙のメッセージでもあった。
「おめでとう、グレン。素晴らしいではないか」
 ヒューイはそう言って、グレンの肩を叩いた。彼もまた最初の配属先から二年経たずに、王宮図書館での任務に就くという過去があったのだ。
「しっかりと任務をこなしたまえ。君ならばすぐに司令部から声がかかるだろう」
 司令部……フェルビア王国軍は数多の騎士団や騎士隊から構成されているが、司令部はその数多の騎士団を取りまとめるところである。人事や経理、そして新人教育等、軍全体の維持と管理を行っている。ここに配属されれば騎士としての地位はぐんと上がる。
「君に追い越されないよう、僕も気を引き締めねばな」
 ヒューイはグレンより十四も年上で、新人教育担当として数え切れないほどの実績を作っている。ここ最近では、ヒューイに爵位が授与されるのではないかという噂もあった。
 そんなヒューイを追い越せるわけなどないのだが、彼に褒めてもらったことがとても誇らしかった。
「ヒューイに置いていかれないよう、頑張るよ」
 グレンはそう答えた。この先もずっとずっと、彼の背中を追いかけていくつもりだったのだ。その時は。

 それから少しして、ヒューイに爵位が与えられるという話は現実のものとなった。グレンは自分のことみたいに嬉しく思った。初めて出会った頃からヒューイは言っていたのだ。「自分はこの国でのし上がっていく。そのためにも爵位が欲しい」と。
 彼はヘザーと結婚したあたりから、そういった野心を口に出すことは無くなっていたのだが、職務に励む姿は変わらずカッコよかったし、言葉にしないだけなのだとグレンは思っていた。ヒューイの中には、常に強い出世欲があるに違いないのだと。

 しかし、グレンの考えは間違いだったとすぐに気づかされた。いや、ヒューイに出世欲があるのは確かなことかもしれない。だが、彼の一番大切なものは、身分や地位というものではなくなっていたのだ。

 その発端は、爵位を受け取ったヒューイを祝うための席で、誰かが言ったセリフだ。
「いやあ、それにしてもめでたい! 爵位が貰えるのは、君の人生で最高の出来事になるのだろうな!」
 周囲のものも同調してうんうんと頷いていた。
 それはそうだろうと、祝いの席に参加していたグレンも思った。戦場で功績をあげたわけではないのに爵位を受け取れるものはそうそういない。だがヒューイが騎士教育に力を入れ、自分の仕事と真摯に向き合っていたのは誰もが知っている。彼の行いが認められる時がようやくやってきたのだ。皆が納得したし、喜びもした。これを最高の出来事と呼ばなければ、なんと呼ぶのだろう。
 そしてヒューイはその祝いの言葉を、いったん受け止めはした。受止めはしたが、彼は言葉を続けた。
「最高、か……そうだな。それも間違いではあるまい。だが、」
 皆彼の言葉に耳を傾け、賑やかだった席は一瞬しんと静まり返った。

「僕の生涯最高の出来事は、ヘザーというよき伴侶を得たことだろう。精神の充実が此度の栄誉に繋がったのだと、僕は考えている。もちろん、君たちをはじめ周囲にも存分に助けられ……」

 場はまだ静まり返っていた。皆、ヒューイの言葉の意味を頭の中で反芻していたのだ。今、お堅い教官が「ヘザーと結婚できて最高にハッピー」というようなことを言わなかったか……? と。
 空気が変わったのをヒューイが察したらしく、彼は言葉を切って顔を上げた。途端、どっと歓声が巻き起こる。
「おいおい、そんなに奥さんのこと好きだったのか!?」
「いやあ、あてられちゃったねえ」
「教官って奥さんとラブラブなんですね! 俺も早く好い人みつけたいなあ」
 そんな風に囃し立てられて、ヒューイは自分が口を滑らせたことにようやく気付いたようだった。照れ隠しのように手元のワイングラスをあおり、次に受け取ったウイスキーのグラスも急いで空けた。

 グレンはその様子を黙って見ていた。
 ヒューイが恋愛結婚をしたことは重々承知しているし、それでよかったとも思っている。それに、最高の伴侶を得たことで私生活が充実し、よって仕事が捗る……というのも納得できる気がした。
 だから、この時のグレンはどちらかと言えばヒューイの味方であった。「ぼくのヒーローをそんなにいじらないでほしい」とさえ周囲に対して思ったのだ。

「あっ、俺、教官と奥さんの馴れ初め聞きたいでーす!」
「俺も俺も!」
「なっ……僕はそのようなつもりで言ったのでは……」
「またまた~!」
 若い騎士たちにヘザーとの恋の話をねだられたヒューイは、また手元のグラスをあおる。「ヒューイをからかうのは、もうやめてよ」と言いたかったが、この席で一番下っ端であるグレンにはどうすることもできなかった。
 俯きつつ話が変わるのを待っていたグレンだったが、気がついた時には、テーブルに突っ伏すヒューイの姿があった。耳はもちろん、首も──おそらく顔全体も──真っ赤になっていた。からかわれる度に口にグラスを運んでいたから、酔っ払ってしまったのだ。
 ヒューイのそんな姿を目にしたのは初めてのことで、この時のグレンはちょっとばかりショックを受けた。
 宴会がおひらきになると、ヒューイは何とか自力で立ち上がったが、歩くたびにふらついて、テーブルや椅子にガンガンぶつかった。ヒューイの同期で親友でもあるベネディクトが彼を支え、「俺がヒューイを家まで送っていく」と言った。
 いつも自分を厳しく律しているヒューイのこんな姿は見たくなかった。だからグレンは、今夜のヒューイを見なかったことにした。忘れてしまおうと思ったのだ。

 でも、あんな様子で引きあげて行ったヒューイのことが、やっぱり心配だった。
 翌日の昼休み、グレンはヒューイのいる司令部を訪ねる。扉の所から中を覗くと、いつものようにビシッとしたヒューイがいて、ベネディクトと何かを話していた。
 元気そうなヒューイの姿を確認したグレンはホッとした。よかった。ヒューイ・バークレイに限って二日酔いなどあるわけがない。昨夜のアレはやはり夢か幻だったのではないだろうか。あのヒューイ・バークレイに限って、あるわけがないのだ。カッコ悪かったり、人間臭かったり、飲み過ぎてつぶれたりするなんてことは……。
 踵を返そうとした時、ちょうどヒューイの声が大きくなった。
「ベネディクト! 君は……君はヘザーに喋ったな!?」
「え? 何を?」
「僕が、僕が……その、昨夜……」
「え~? 何? 俺が何を喋ったって?」
 ヒューイが言葉に詰まると、ベネディクトは耳に手を当てて、煽るような態度をとる。
「ああ、ああ、アレね! お前の人生最高の出来事は……むぐっ」
「ま、まま待て! 黙れ!!」
 ヒューイがベネディクトの口を押さえた時、部屋の中でどっと笑いが起きた。部屋にいる約半数の者が昨夜の宴会に参加していたし、参加していなかった者も「みやげ話」を耳にしていたらしい。

 やはり、昨夜のアレは現実だった。
 それから、昨夜はヒューイを庇いたい気持ちになったグレンだが、今日は違った。いじられ、笑われている彼を見るのがつらいというのは一緒だ。ただ、ヒューイを思いやるではなく、悲しくなったのだ。自分自身の心が。
 グレンは今度こそ司令部を後にした。

 バークレイ家の夕食に呼ばれたのは、それから数日後のことだ。
 グレンが訪ねると、ヘザーが玄関まで迎えにやってきた。
「わあ、グレン。よく来たね! でもね、ヒューイがまだ帰ってきてないの。こっちの部屋でちょっと、待っててもらえる?」
「……うん」
「ごめんねえ、おなかすいてるでしょ?」
「ぼくは平気だよ……あの、ヘザー姉さん……」
「ん?」
 ヘザーはいつにも増してゴキゲンに見えた。
「こないだ、宴会でヒューイが飲み過ぎたみたいなんだけど……大丈夫だった?」
「あはは! 心配かけちゃってごめーん。ベネディクト殿が送ってくれたから良かったんだけど……私も酔っ払ったヒューイなんて初めて見たからびっくり! ……ウフッ」
「……。」
 最後の「ウフッ」とは、いったい何を意味するのだろう。酔っ払ったヒューイを思い出したのだろうか、それとも、ベネディクトの喋ったことを思い出しているのだろうか。

 リビングにあたる場所で伯父のレジナルドとチェスをしながら全員が集合するのを待っていると、使用人がヒューイの帰宅を告げた。
 途端、ヘザーがぱっと顔を輝かせて立ち上がり、急ぎ足で玄関まで出ていった。続いて、
「きゃ~ん! おかえりーい!! あいたかったぁ~ん」
 やたらと甘ったるいヘザーの声が聞こえてきた。
 ヘザーは、いつもあんな風に熱烈にヒューイを出迎えるのだろうか……?
 動かそうとして手に取ったばかりのルークの駒を、うっかり落としてしまったグレンだ。すると、伯父が身を乗り出してきて、小声で教えてくれた。
「あの二人、とても仲が良いだろう? もともとそうだったけどね、最近特に新婚さんみたいなんだよ。子供たちに手がかからなくなってきたからかな?」
 ヒューイの長男のアレクは、とてもしっかりしていて、大人びた子供だ。そして、次男のクリフは……ちょっと落ち着きが足りないし手がかからない訳ではないが、でも話せばわかるような年齢になってきた。
 でも、最近特にいちゃついているというのは、子供たちが成長してきたからではないと、グレンは思う。
 ヒューイの、人生最高の出来事というやつをヘザーが知ってしまったからだ。
 妻からの熱烈な出迎えにヒューイがどう応えているのか、グレンのいる場所からは窺えないし、できれば知らずにいたい。見えなくてよかったと思った。

 そして案の定というべきか、ほどなくして報告を受けた。
 ヘザーが、三人目を身ごもったようだという話を。
 喜ぶべき話であったのに、グレンは複雑な気持ちになった。
 でも、ヒューイは一人っ子だし、彼が結婚しなければバークレイ本家の血は途絶えていた。だから一族が増えるのは喜ばしい話であるはずなのだ。そういう葛藤をしている間に、ヘザーが三人目を産んだ。
 グレンだけでなく、皆がなんとなく男の子だと予想していたが、それは外れていた。
 エイミーは、ヒューイとヘザーの間に生まれた初めての女の子であったのだ。

 ヒューイは慌てふためきながらも、エイミーに夢中だった。
 彼が娘に夢中になればなるほど、グレンの心は沈んでいった。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。そう考えずにはいられなかった。



***



 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「お兄さん、これ、プレゼントですよね」
 眩しくてたまらなかったはずのヒューイが、今はもう……。
「お兄さん?」
「えっ」
 おもちゃ屋の店員は、訝し気にグレンを見つめている。
「ごめんなさい、聞いてなかった……何ですか?」
「いえ、これ、ね。プレゼントですよね」
 店員は、大きな白い犬のぬいぐるみを見下ろした。グレンが売り場から持って来てカウンターに置いたものだ。
「ああ、はい。プレゼントです」
「じゃ、リボンおかけしますね」
「……はい」

 今日は、エイミーの一歳の誕生日だった。
 エイミー本人は何もわかっちゃいないだろうに、両親と祖父が張り切って作ったであろう招待状が届いたものだから、参加せざるを得ない。
 会計を済ませ、リボンを掛けたぬいぐるみを抱えてグレンはおもちゃ屋を後にした。



「グレン、いらっしゃい! 今日は来てくれてありがとう!」
 バークレイ邸に到着すると、ヘザーがやってきてグレンを出迎える。グレンは、ヘザーの頭の上に乗ったものを見た。
「ヘザー姉さん、それ……」
「これ? 今日のためにみんなで作ったの!」
 彼女はパーティー用の三角帽子をかぶっていたのである。ヘザーのあとからやって来た、次男のクリフも同じものをかぶっていた。
「はい、これ。グレン兄ちゃんのぶん!」
 クリフは手に持っていた別の帽子をグレンに渡してきた。ヘザーの言ったとおり手作りなのだろう。本体は丈夫な紙でできており、そこに金や銀の紙で作った大小の星が散りばめてある。なかなかにおめでたいデザインだ。しかし。
「え? え……ぼくのぶん……?」
 もしかして、これをかぶれと言うのだろうか。何もわかっちゃいないであろうエイミーのために、こんなにアタマの悪そうな恰好をしなくてはいけないのだろうか?
 戸惑いつつヘザーとクリフの頭を見比べていると、やはり同じ帽子をかぶったアレクが姿を現した。ただ、彼はなんだか諦めたような表情をしている。
「ぼくは道化に徹する覚悟ができたよ。今夜だけ辛抱すれば、丸く収まるみたいだからね」
 アレクはぼそっと大人びたセリフを吐くと、肩を竦めて首を振った。なかなかに生意気な少年である。
 しかし一回り以上年下のアレクがそんな覚悟をしたのなら、やはりグレンも恥ずかしい帽子を被らなくてはいけないのだろう。それが大人というものだ。
 グレンは無言で帽子を頭に乗せ、顎紐を結んだ。

 食堂に入ると、すでに皆が揃っていた。
「よく来たね、グレン。さあ、君の席はここだよ」
 パーティー帽をかぶったレジナルドが食堂の入り口までやってきて、グレンを席まで案内する。なんと、ウィルクス夫人までもがふざけた帽子をかぶって着席していた。
 テーブルを見ると、エイミー──主役だからだろうか、彼女は三角帽子ではなく手作りの王冠を頭に乗せている──の真ん前に一本だけロウソクを立てた大きなケーキがあった。もちろんケーキ以外にも、贅を尽くしたごちそうが並んでいた。

「グレン! 来てくれたのか。エイミーのために、すまんな」
「う、うん……」
 ヒューイがいるのは知っていた。でも、グレンは敢えて見ないようにしていたのだ。彼の頭の上にも三角の帽子が乗っていたからだ。
「忙しい中、時間を作ってもらって悪かったな。でも、エイミーも喜んでいるぞ」
 エイミーはわかっちゃいないと思うが、そう言いながら近くに来られてはヒューイを見ないわけにはいかない。
「あの、これ……エイミーに、プレゼント……」
 彼の帽子が目に入らないように視線を微調整しつつぬいぐるみを渡す。バークレイ家で飼っている犬のラッキーにそっくりなぬいぐるみを見て、ヒューイは弾んだ声を出した。
「おお、ラッキーにそっくりだ! グレン、ありがとう! エイミー、ほら、グレン兄さんがラッキーを連れて来てくれたぞ!」
 ぬいぐるみを抱えたヒューイは、いそいそと娘のところへ行って床に両膝をついた。そしてエイミーにぬいぐるみを差し出すようにしてよく見せている。アホみたいな帽子をかぶって、嬉しそうに。
 グレンは俯いた。
 彼のことが、アレクの言う「道化」にしか見えなくなったからだ。

 ヒューイには幸せでいてほしいけれど、今みたいな彼を見たいわけじゃなかった。
 ヒューイみたいになりたいと、勉強も運動も頑張ってきたつもりだ。
 でも、今のヒューイみたいになるために、グレンは頑張ってきた訳じゃない。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。

 グレンはヒューイを見ないように俯いたまま時間が過ぎるのを待とうとしたが、
「エイミー、ロウソクを消せるか? ほら、『ふー』だぞ、『ふー』。……できるか?」
 ヒューイの口から聞くに堪えないオノマトペが発せられ、耳栓を持ってくるべきだったと後悔した。



 バークレイ邸で悲しくて苦しい時間を過ごし、兵舎に戻ったグレンは、掲示板に新しいチラシが貼ってあることに気づく。
 夕刻にここを出る時は無かったものだから、貼り出して間もないお知らせだ。

 ”「ルルザ聖騎士団」団員募集のおしらせ”

 その文字が目に入り、グレンはぎくりとして足を止めた。
 ルルザ聖騎士団。いわゆるエリートの集まりだ。もっと上に行きたいと願う騎士ならば、誰もが憧れる騎士団である。
 団員の募集は滅多に無いうえ、入団試験の倍率はひどく高いと聞いている。実際、騎士になって初めて団員募集の知らせを目にしたグレンだった。

 目を凝らし、詳細をよく読んだ。特に、受験資格の要項を。そして自分に受験資格があると分かると、グレンにしては珍しく気がはやりだした。
 ルルザ……グレンが十一歳までを過ごした街だ。もしも試験に合格したら、グレンは王都を離れることになる。それを考えるとすこし淋しくなったが、一瞬の間をおいて、パーティー帽をかぶってぬいぐるみを手にし、「ふー」とか言っているヒューイの落ちぶれた姿が思い浮かんで、躊躇は無くなった。

 もうあんなヒューイを見ていたくない。
 自分が憧れてやまなかった、野心に満ち溢れてギラギラしているヒューイをそのままにしておきたい。誰よりもカッコよかった、昔のヒューイの姿をそのままに。

 グレンはひとり頷くと、もう一度募集要項を確認した。



(番外編:斜陽の先に見えたもの 了)


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