嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan

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番外編

君のためにできること(物理) 7

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 ヒューイの思った通り、犯人は金持ちの道楽息子たちであった。
 主犯の青年は、家から持ち出したペンダントを売って遊ぶ金にしたが、後になってそれが代々家に伝わるものだったと知る。
 さらに母親が主催する夜会で、彼女はそれを身につける予定なのだとも。
 一点ものの古い品で、同じものは二つとない。その夜会までに売ったペンダントを取り返さなくてはならなかった。慌てた青年は仲間に協力を頼み、それで今回の事件が起きた。

 シンシアはオリヴィエに、オリヴィエは青年の母親にペンダントを返したが、青年の両親からはかなり大きな金額が支払われたらしい。

 ウィルクス夫人はヘザーが戻ってこないことに非常に腹を立てていたが、王宮騎士から事の次第──ヒューイが何かの事件に巻き込まれていなくなり、ヘザーが後を追って都を出たこと──を知らされ、卒倒しそうになったようだ。
 だが一足先に王都へ戻ったオリヴィエたちが、上手く説明してくれた。
 ヘザーの助力がなくてはこの事件は解決しなかった、彼女を誇りに思うべきだと。

 さらに夫人は、ヘザーがヒューイと外泊したことについても何か言いたそうにしていたが、王宮騎士が住まいにやって来て、ヘザーにメダルが授与されることを伝えると、さすがに口を噤んだ。
 ヘザーは事件の解決に尽力したのだ。立派な行いである。なんと名誉のメダルまで貰えるらしい。それを「ふしだらな真似をしたのではないでしょうね」と邪推するのは良くないと、彼女なりに考えたらしかった。



 報告書を纏めて上に提出すれば、今回の件に終止符を打てる。
 ヒューイはベネディクトとその作業を行っていた。

「しかしさあ、もうちょっと迅速に動ける騎士団があった方がいいよなあ」
「……それは僕も感じた」
 フェルビア王国軍は大きな組織だが、いや、大きな組織だからこそ何かの許可を得るときに手間がかかる。
 ヘザーとシンシアが動いてくれなかったら、ヒューイたちを乗せた馬車はマドルカスの街に入っていて、解決までに時間がかかっただろう。
 もっと身軽に、臨機応変に動ける騎士団を作っても良いのではないかと、書類の備考欄に書き加える。

 その時、ベネディクトが自分をじっと見ていることに気がついた。
 嫌な予感がした。

「で? マドルカスではヘザーと熱い夜を過ごしちゃったわけ?」
「……。」
 やっぱりきたか。
 ヒューイは歯を食いしばった。
「なあ、なあ。ずっと一緒だったんだろ? ヤった? ヤった?」
「……緊急事態だったんだぞ」
 あの夜は、やってはいない。身体を繋げるに近い行為はしたが、やってはいない。だから嘘は言っていない。

 だがベネディクトはしつこかった。
「けど、おっぱい触るぐらいはしただろ?」
「……答える必要はない」
「じゃあ、チューは? チュー」
「……していない!」
 嘘である。
 はじめのうちこそ、なるべく嘘はつかないようにかわしていた訳だが、あまりのしつこさに次第にどうでもよくなってきた。

「またまた~。いいじゃん、ほんとのこと教えてくれよー。なあ、なあ!」
 彼はヒューイの頭に腕を回してがしっと引き寄せると、もう片方の手でげんこつを作り、こめかみのあたりをぐりぐりして寄越す。
「うっ……おい、ベネディクト、いい加減にしたまえ!」
 その時、
「失礼します。お茶を……キャッ」
 先ほど頼んでいたお茶が出来上がったらしい。メイドが二人やってきたが、二人の様子を目にした途端に悲鳴をあげた。

「あ……ああ。こちらに運んでくれたまえ」
「は、はい……」
 メイド二人は顔を真っ赤にし、ぎくしゃくした様子でお茶の用意をしている。動揺しているのか、茶器が無駄にガチャガチャと音を立てた。
 ……学生のようなじゃれ合いを見られてしまったものだ。非常に気まずい。

 彼女らはそそくさと部屋を出て行ったが、扉が閉まった瞬間、廊下から声がした。
「やっぱり『原点』よねー!!」
 ……と。その後に楽しそうな笑い声も続く。そして軽やかに遠ざかっていく足音が。

 ベネディクトはしばらくの間閉まった扉を見つめていたが、やがてこちらを振り向いた。
「……原点って、なんだ?」
「さあ?」
「しかしさあ、あの二人……ケンカしてなかったっけ? 仲直りしたんだな」
 そういえば、以前険悪な雰囲気のメイドがお茶を持ってきたことがあった。あれが今の二人だったか。
「そうみたいだな」

 メイド二人の間に何があったのか、ヒューイたちには分からない。
 慣れ合いを良しとはしないが、ケンカするよりは仲の良い方がいいだろう。



 さて。今日はとある夫妻の屋敷でパーティーが行われる。
 提出する書類を仕上げたら帰宅して着替え、ヘザーを迎えに行かなくては。


*


 ヒューイと参加したパーティーは、思っていたよりもたくさんの招待客がいた。
 屋敷も広くて、少しでも気を抜いたら迷ってしまいそうだ。
 というのも、

「ヘザー様! それで? それでどうなったの?」
「悪者の馬車に追いついた後は、どうしたの?」

 捕物劇の噂を耳にした人たちが、直接話を聞きに来るのだ。ヘザーはあっという間に囲まれ、ここで立ち話は通行人の邪魔だから……などとちょっと場所を変えているうちに、気が付くと階段の下にいたりテラスにいたりで、常に移動している。

 また、オリヴィエのルートから話を仕入れた人たちは大きな誤解もしていた。
「馬に曲乗りして、悪者の馬車に飛び移ったのですって?」
「悪者をやっつけた後は、婚約者をお姫様抱っこで助け出したのでしょう?」
 オリヴィエは多少話を盛ったのかもしれないが、それが人から人へ伝わっていくうちにとんでもないことになったようだ。
 ヘザーは話を訂正しつつ、いろいろな人たちと打ち解けていく。

 ヘザーを遠巻きに見てひそひそ話をしている人は変わらずいたし、こちらの出自を小馬鹿にしたような目で話をしに来る人も、やはりいた。
 だが気さくに話しかけてくれる人は、これまでよりずっと多くなった。

 話を聞きに来るのはレディたちだけでない。
「キャシディさん。君は闘技場の剣士だったんだって?」
「メダルを貰うそうだね。授与式はあるの? 貰ったら是非見せてよ!」
「ヘザーさん、今度ぼくと手合わせしてくれないかい?」
 追跡劇に剣戟、名誉のメダルまで貰うとなると、こういう話は男性の方がより興味を示すようだ。

 幾人もとダンスを踊って、訊かれたことを喋って……繰り返しているうちに、さすがに疲れてきた。なんだか声も掠れてきている。
 ウィルクス夫人のところに避難してちょっと休みたいなと考えていると、後ろからヒューイがやってきた。

「ヘザー」
「あ、ヒューイ。今ね、ウィルクス夫人のところに……」
「来たまえ」
 彼はヘザーの肘に手を当てて歩き出したので、このままウィルクス夫人のところへ連れて行ってくれるのだと思った。
 だが彼は夫人のいるところとは別方向へと早足で歩いていく。
「ねえ。そっちじゃないよ」
「……。」
 ヒューイは無言だった。彼の感じが悪いのは元からであるが、今は非常に非常に感じが悪い。
「ねえってば、」
 何怒ってるのよ、そう続けようとしたとき、自分たちが外に向かっていることに気付く。



 ヒューイはヘザーを連れて庭に出ると、花壇を抜け、背の高い生け垣の隙間を抜け、小さな池の脇を通り過ぎて、片隅に設けられたガゼボへと誘った。
 そのガゼボの支柱にヘザーを押し付け、凄むように言う。
「僕が見るたびに、君は毎回違う男と踊っている……!」
「え?」
 ヘザーはようやく思い当たった。
 彼は怒っているのではない。へそを曲げまくっているのだと。

 婚約者同士で終始べったりしているのはよくない、それではヘザーに友人ができないとウィルクス夫人に言われ、今夜のヘザーは夫人のいる場所を拠点にして動いていた。
 だからこそヘザーに新しい知り合いがたくさん出来たわけだが、ヒューイはその様子をじりじりしながら見守っていたようだ。

「毎回違う人と踊るって言っても……」
 社交パーティーとは、そういうものではないのか。
「僕は、君が女性の知り合いを作るつもりだと聞いていたんだ。男たちに囲まれるなんて聞いていない!」
「だって、男の人は武勇伝みたいな話が好きだから……んんっ?」

 途端に情熱的で、執拗な口づけが始まった。
 ヘザーを支柱に押し付けながら、両手で頬を挟み、角度を変えて唇を食む。
 キスだけで「君は僕のものだ」と訴えているのがわかる。

 ああ、すごい。
 ヒューイの嫉妬、すごい。
 彼は一見すごく感じが悪いのに、どうしてこんなに情熱的なキスができるんだろう。

 私は貴方だけのもの。貴方だって、私だけのもの。
 そう伝えたくて、ヘザーも夢中でキスを返す。

 夜露に濡れた芝生が、甘い香りを放っている。
 その時、自分たちが夜の庭でいちゃついていることに気がついた。
 夢にまで見た夜の庭でのイチャイチャ……まさに今の自分たちのことではないか!

 濃厚な緑の香りに包まれながら、ヘザーはヒューイの首に腕を絡め、さらに身を寄せてキスを続けた。
 最高の夜だ……イエーイ!!



(番外編:君のためにできること(物理) 了)


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