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番外編
ロックな男 5
しおりを挟む今日の授業を終えたヒューイは、自分の机で会議の準備をしていた。
新しい研修生がやってくるたびに、教官たちは同じようなことを毎度毎度繰り返して教えているが、十年前、二十年前とまったく同じ教育をしているわけではない。
研修生が学んで巣立っていくように、教官たちも彼らから何かを得ていかなくてはならないのだ。冒険する時もあれば、迷走する時もあるが、この国の騎士教育は少しずつ進化しているはずだ。
もちろんこれから行われる会議も、ただ互いの状況を報告し合うだけではなく、中身の詰まったものにしなくてはいけない。
ヒューイは手元の紙に、会議で報告、提案すべきこと、流れによっては発言すべきこと、ほかの教官たちに確認しておくこと等を次々とメモしていく。
そして会議が終わったあとは、港の倉庫エリアまでヘザーを迎えに行く予定である。会議が終了するであろう時間に見当をつけるため、ヒューイは胸ポケットから懐中時計をひっぱり出した。
「…………。」
仕事に集中するよう努めていたはずだが、ヘザーのことを考えた途端、ファーガスとのことも思い出してしまい、胸の中がモヤモヤしてきた。
『あの闊達なヘザーが男の機嫌窺って生きてるなんて、痛々しくて』
『あなたに惚れてるうちはヘザーは気づかないでしょうね。自分が支配や管理をされていることに』
そんなことはない。自分はヘザーに機嫌をとって欲しいわけではないし、彼女を支配や管理しているつもりもない。
以前、結婚の話を進めるためにヘザーに退職するよう迫ったことがあった。そこで意見の衝突が起きて、ヒューイは自分の行いが横暴だったことに気がついた。それこそ、彼女を支配や管理してしまうところだった。でも、話し合って、互いに譲歩と納得をして、今のかたちになった……ヒューイはそう思っている。
そしてヘザーはこれまでの生き方を大きく変えてくれた。王女付きの近衛騎士を務めていたのだから、上流階級の人間を彼女は知っている。飽く迄も「外側から見た」上流階級の人間を。でも、自分自身がそこに踏み込むとなれば、やはり勝手は違う。
ウィルクス夫人の指導や、ある程度の学習、制限が必要になってくるのだ。
「……だが、それも言い換えれば、支配や管理になるのだろうか……」
ヘザーが適応できているかどうか、注意を払って見守っているつもりだ。しかしヒューイと会う時のヘザーはいつもニコニコしていて、無理をしているようにも思えなかった。
ニコニコしているヘザーのことを思い浮かべたら、昨夜のヘザーのことも思い出した。ヘザーを取られまいと必死になっているヒューイを見て、ニヤニヤしていた彼女のことを。
「…………。」
ここで、ちょっとイラっとしたヒューイだ。
芝居や小説でああいう状況になると、ヒロインは涙をこぼして「お願いだからもうやめて」と懇願するものであるが……悦に入った顔で見ているとは、なんという厚かましさだ。しかも、仕方なく口にしたらしい「やめて」には、やっぱり感情がこもっていなかった。
でも、泣きながら「やめて」というヘザーは、ヒューイにはまったく想像がつかないのも事実だ。彼女はどんな時でも明るくて前向きで、修羅場や悲壮感を吹き飛ばしてしまえるタフさがある。
物事を悪いほうに考えることの多いヒューイとは真逆の性質だが、だからこそ、彼女に惹かれたのだと思う。
自分はヘザーを支配したいわけではない。
「……だが、」
だが、独占はしたいと思っている。
ファーガスのことだが、彼には口でどんなに説明しても、わかってはもらえないだろう。結婚式を挙げたあとも、ヘザーがヒューイの元でずっと幸せに暮らしているのだと知ってもらえれば、彼の態度は和らぐかもしれない。
今の二人を祝福してもらえないのは残念だが、それも時間が解決してくれるだろう。
「……そろそろ、会議室へ行かねば」
深呼吸して気持ちを入れ替え、ヒューイは立ち上がった。その時、部屋の外がやけに騒がしくなった。
何かあったようだ。そちらへ行ってみようかと思っていると、扉が開いて教官長が入ってくる。
彼は部屋の中を見渡し、そこにいた教官たちに告げた。
「いま、城下で事件があったと連絡が入った。一般人が巻き込まれているらしい」
室内は騒然となり、皆が疑問を投げかける。
「どういう事件なんですか?」
「城下のどの辺ですか?」
「犯人の身元はわかっているんですか?」
「巻き込まれた人の数は?」
教官長は皆に聞こえるよう大きな声で答える。
「この前捕まった窃盗団を覚えているかい」
教官たちは頷いた。ヒューイも覚えている。逃亡を続けているメンバーもいるから、住民たちに注意を促すことになり、ヘザーのところへチラシを持って行った。
「その残りのメンバーが、港の倉庫に立てこもって、窃盗団の頭目を解放するように訴えているらしいんだよ」
「……!!」
ヒューイは絶句したが、教官たちはまた疑問を口にする。
「……港の倉庫?」
「巻き込まれた一般人って、倉庫で働いている人たちですか?」
「いや、私もよくわからないけれど、今夜、港の倉庫で催し物があると聞いているよ。そのお客さんたちが、人質になっているみたいだ」
「え? 倉庫で……? 何のイベントですか?」
倉庫と催し物が繋がらず、ますます疑問に思った教官たちが多いようだ。ああいったイベントは音楽ホールやダンスホールを借りてやる訳にもいかないから、きっと倉庫みたいな場所がちょうど良いのだろう。
「とにかく、今日の会議は中止だ。続報を待つことにしよう」
教官長が会議の中止を決定する。こういった事件の折に出向くのは普段から城下を巡回している騎士たち、それから戦闘や救出活動の経験が多い騎士団だ。場所が港なので、海軍の港湾警備隊も出動しているだろう。新人教育課の出る幕ではないが、状況によっては現場に駆けつけてほかの騎士団の補助に入ることもあるので、のん気に会議をしている場合でもなかった。
部屋にいた教官たちは自分の机に戻ったり、非番や休憩中の者に伝えるために食堂や宿舎のほうへと向かっていった。
ヒューイはその場に立ち尽くし、頭の中で、いまの話を纏めようと試みていた。
逃亡していた窃盗団のメンバーが、港の倉庫に立てこもって、すでに捕まっている頭目を解放するように訴えている。港の倉庫には、今夜の催し物のために人が集まっており、彼らが人質となっているらしい……これはやはり、ヘザーが参加している「ふぇす」のことだと考えていいだろう。
そこで顔をあげ、教官長に告げた。
「教官長。状況を把握するためにも、現場へ行ってみたいのですがよろしいですか」
「え? ああ。そうだね。又聞きの又聞きくらいの情報だから、私も何が起こっているのかよくわからないんだよ。バークレイ君が現場に行って、見聞きしたことを改めて報告してくれると助かるよ」
「ありがとうございます。では、行ってまいります」
婚約者が巻き込まれているかもしれないと言っても、現場へ向かう許可は下りただろう。しかし、教官長やほかの多くの教官たちに「ふぇす」をわかりやすく説明できる自信がない。そういった説明に時間を取られるくらいなら「現場を見に行きたい」と要望を告げたほうがずっといい気がした。
まずは、現場にいる騎士たちに事情を聞いて状況を把握したら、ヘザーと、ついでにファーガスがどこにいるのか探さなくては。
倉庫の周囲には大勢の人間が集まっており、騎士たちが彼らに解散して港を離れるように叫んで回っている。
「ここは危険だ! 解散しろ!」
「冗談じゃねえよ、こっちはフェスのためにルルザから出てきてるんだよ!」
「そうだぞ! チケットだってタダじゃねえんだからな!」
集まっている人間は単なる野次馬ではなく、「ふぇす」を観にやってきた客らしい。会場に入れなくなったことで文句を言っているようだ。
ヒューイは周囲にいる騎士の中から、見知った顔を見つけた。かつて自分が指導していた騎士である。
「おい、ブレムナー君! ちょっといいかね?」
「あっ、これはバークレイ教官! お久しぶりです!」
ケヴィン・ブレムナーはそこそこの成績で研修期間を終え、海軍の港湾警備隊に配属されていた。彼は今にも暴徒化しそうな客たちをなだめている最中だったから話しかけるのは気が引けたが、こちらにも余裕がないので仕方がない。
「窃盗団が人質を取っているというのは本当かね? 一般人が巻き込まれていると聞いたのだが」
「ああ、はい。開演前だったのが幸いでした……あっ、幸いとか言っちゃまずいんですけど、でも、倉庫の中にいるお客さんはそれほど多くないみたいなんです」
「なるほど。賊が乗っ取ったのは、開演前か」
ヒューイは周囲の客らしき群衆をざっと観察した。騎士の指示に従って素直にここを離れた者もいるかもしれないが、それでもかなりの人数がいる。
そこで不思議に思った。この群衆がすべて倉庫に入ったあとに倉庫を乗っ取れば、もっと多くの人間を人質にできたはずだ。少し待てばいいだけなのに、賊はなぜそれをしなかったのだろう。
そんな疑問を口にすると、ブレムナーも頷いた。
「はい。これは推測ですが……犯人の人数が少ないのではないかと。あるいは、それほど武器が充実していないか」
賊側に、来場したすべての客を人質にとれるだけの人員や装備がないから、客の少ない、早い時間に乗っ取ったのではないかという話だった。
ブレムナーの話が真実ならばこちらにとって都合の良い情報だが、だからと言って安心はできない。それに、まだ気になることはある。
「犯人は、客のふりをして入り込み、会場を乗っ取ったということだろう? この『ふぇす』のチケットの購入は抽選制だと聞いているが、犯人はどうやってチケットを手に入れたのだ?」
「バークレイ教官、お詳しいですね! もしかして、こういうのお好きなんですか!?」
「いやそんなことはない、たまたま耳にしただけだ」
めちゃくちゃ早口で答えてしまったが、有難いことにブレムナーはそれで納得したようだった。彼は続ける。
「抽選制ってことは、人気があるってことでしょう? つまり、転売も盛んなんですよ」
ブレムナーが言うには、抽選に漏れた人が、当たった人から高値でチケットを購入することがあるらしい。端から転売するつもりで、興味がなくても申し込む人間がいるのだとか。
「なるほど。金に糸目をつけなければ、チケットは手に入る……チケット一枚で、三人まで入場可能だったはずだな?」
「バークレイ教官! お詳しいですね! やっぱりこういうの、」
「いやそんなことはない、たまたま耳にしただけだ」
慌てて言い添えて、またごまかす。
ヒューイはブレムナーに礼を言うと、自分は倉庫を遠巻きに見ながら、周辺をぐるりと歩いた。
このイベントの会場となっているのは第三、第四、第五倉庫。これらの三つは連絡通路で繋がっており、外に出ずとも行き来ができるようだ。ちなみに第一倉庫と第二倉庫は同じ並びにあるものの独立した建物になっており、ほかの倉庫と中での往来はできない造りだった。
占拠されているそれぞれの倉庫の入り口と裏口で、クロスボウを抱えて「早くうちのボスを連れて来い」と叫んでいる賊が二、三人ずついる。彼らは倉庫に近づこうとしている騎士がいると、クロスボウでそこに狙いを定め「近づくな」と怒鳴っていた。
人数は少ないのかもしれないが、遠隔攻撃用の武器を持っているのは大きい。何人か犠牲になるのを覚悟して大勢で突っ込むという作戦もあるが、中の様子がわからなければそれも難しいだろう。外で何かが起きたとわかった途端、中にいる賊は人質を傷つけるかもしれないのだから。
それに倉庫の外には未だに暴徒化しそうな客たちが残っている。騎士と賊との間で衝突が起きたときに、彼らが巻き添えにならないとも限らない。
ヒューイは倉庫の入り口側に戻ってくると、今度は群衆を眺めた。
ヘザーは「グッズが見たいから早く行こう」と言っていた。それに、ヘザーとファーガス、二人が揃っていたらものすごく目立つはずだ。やはり彼女は倉庫の中にいるのではないだろうか。
その時、さらなる騒ぎが起こった。
会場に入れなかった客たちがいるのは、海と倉庫入り口の間のちょっとした広場になっている場所だ。普段は、船に積み込む荷物が置いてあったり、倉庫と船を結ぶ通路の役割を果たしている。
つまり倉庫正面の先は広場と海になっているのだが、そこに海軍の大きな船が現れたのだ。帆船は側面をこちらに向けた状態で、船体からはいくつもの砲身が突き出している。
帆船の大砲は、広場に狙いを定めているように見えた。
海上での砲撃戦は命中率がかなり低いため、大砲を積まない船も多いと聞いているが、これは絶対に広場のどこかに着弾する。
客たちにもそれがわかったのか、彼らは悲鳴をあげながら散っていった。
もちろん、海軍の船は実際に砲撃するつもりはなく「早々に解散しなければ砲撃する、かもしれない」という脅しだったのだろう。
倉庫前にいた客たちが逃げ出したのはいいのだが、これでは賊側も刺激されてしまう。もっと穏便な方法はなかったものかと考えながら、ヒューイは混乱に乗じて第二倉庫に向かった。
第二倉庫は会場ではないが、隣に会場の一部である第三倉庫がある。どうにかして第三倉庫へ近づけるのではないかと考えてのことだった。
今日の催し物のために倉庫を三つも提供してしまったためか、そのしわ寄せは第二倉庫にやって来ていた。
船から運び出した荷物と、船へ積み込む荷物を持った男たちが、忙しく走り回っている。すぐ近くで事件が起きているわけだが、彼らはそれどころではないようだった。おそらく第一倉庫も似たような状況なのだろう。
ヒューイもまた、彼らにお構いなしで第二倉庫の中を歩いた。自分の身長よりも高く積まれた木箱のある薄暗い通路へ出ると、一番奥に扉があるのがわかった。扉には小さなガラス窓がついていて、それが外の夕闇の色を映していたからだ。
ガラス窓から外を覗くと、隣の第三倉庫の側面が見えた。
この扉の存在を外の騎士たちに知らせに行くべきかと思ったが、ヒューイがここに来た一番の目的はヘザーの無事を確認することだ。このまま個人行動していたほうが色々とやりやすいだろう。
ヒューイは扉を開けて外に出る。扉のすぐ近くには、シートを被せた何かの荷物が置いてあったので、そこに身を隠しつつ、第三倉庫の様子を窺う。その側面には、ヒューイがたった今使ったものと同じような扉がある。人ひとりがやっと通れるくらいの小さな扉だ。荷物を持って出入りするのではなく、従業員が行き来するための通用口なのだろう。
すると、口元をスカーフで隠し、長い棒を肩に担ぐようにしてうろついている男がいる。彼は、第三倉庫の側面を行ったり来たりして通用口を見張っているようだった。
「…………ふむ、」
ヒューイは考えた。賊の武器は長い棒のみ。刃物を隠し持っている可能性はあるが、こちらには騎士剣がある。ヒューイだけでもなんとかできそうだ。
ヒューイはタイミングを見計らい、男が一番近くまで来た瞬間、荷物の陰から飛び出した。
「えっ? お、おい! 騎士がいるぞ……ぐはっ」
男は棒で襲い掛かってくることはなかったが、仲間を呼ぼうとしたのでヒューイは素早く剣の鞘で彼を引っ叩いた。さらに棒を奪ってもう一度殴りつけ、ぐったりさせたところで、その身体を自分が潜んでいた物陰に引きずって行く。
やっていることが悪党そのもののような気がしたが、一人でできることには限界があるのだから仕方がない。
「おい! 仲間は何人いる?」
「う、ううーん……」
「おい!! 返事をしたまえ!」
「…………。」
賊から情報を聞き出そうとしたが、彼はそのまま気を失ってしまった。
「くそ、やり過ぎたか……」
そう呟いて、自分の姿を見下ろした。どこからどう見ても騎士である。この賊がヒューイを一目見て、仲間を呼ぼうとしたのも頷ける。
そこで、賊が気を失っているうちに服を拝借することを思いついた。そうすれば、第三倉庫への侵入が容易くなるのではないだろうか。
「む……ダメだな……」
いい考えに思えたのだが、賊はヒューイよりも頭一つぶんは背が低い。手足の長さや肩幅もまるで違った。自分にこの賊の服を着ることはできない……試してみなくてもそれがわかった。
では、第二倉庫に戻って、荷運びしている男と服を交換するのはどうだろうか。少なくとも、一般人には見える。騎士の格好のままこの辺をうろつくよりはいい気がした。
その時、第二倉庫の扉が開いた音がした。従業員が出てきてしまったのだろうか。
危ないからこっちに来るなと告げようとしてヒューイは顔をあげ、そして息をのんだ。
毒々しいメイクに水色と白の髪の毛をした、すごい格好の男が立っていたからである。彼は上下が繋がった黒い革のスーツを身につけている。そのスーツの前面には人体模型のように白い骨が描いてあった。鮮やかな青いマントを羽織っているから、黒地に白い骨が良く映えて見える。
さらに男は黒い革のマスクをつけていて顔の下半分が隠れており、一見すると賊に見えるのだが、でも、違う。
ヒューイはこの男を見たことがある。
楽器店のポスターで。
「き、君は……沈黙の、沈黙の……」
ヘザーから聞いた。彼らの楽団名「デッドマンズ・カオス」は覚えている。個々のメンバーもかなり物騒な名前だったはずだ。
男はヒューイの言葉を待つようにして、瞬きもせずこちらを見つめている。ヒューイは早く答えを言わなくてはと焦った。
「沈黙の、処刑人……?」
「墓守っす。『沈黙の墓守』」
「む。」
外した。ちょっと悔しい。
男はマスクの中でぼそぼそと喋る。
「あの、俺、喋らない設定なんで。俺が喋ったこと人に言わないでもらえます?」
「う、うむ……」
そういえばそんな話だった。彼は演奏に徹していて、コーラスにも参加せず客の前でも喋ったことがない。だから芸名に「沈黙」がつくのではないかとヘザーが推測していた。
「と、とにかく、君は『ふぇす』の出演者なのだろう? 騒ぎのことは知っているかね? ここにいるのは危険だから、避難していたまえ」
「……いや、けど……楽器が……」
「沈黙の墓守」は低い声で続ける。彼はほかのメンバーよりも早めに会場入りして、楽屋で調弦を行ったり楽譜の確認をしたりしていたようだ。そして外にある手洗い場へ行って戻ってきたら、賊に占拠されていて倉庫には入れなくなっていた。そういうことらしい。
「楽屋にリュート置いたままなんっすよ。あれを取りに行かないと……」
「なっ……あちらの倉庫の中には賊がうろついているんだぞ!? 君は命よりも楽器が大事だというのか?」
「そっす」
「な、なんだと!?」
「俺がいま、ここにこうしているのは、楽器があったからっす。俺はあれでメシ食ってるんっすよ」
「…………。」
命よりも楽器が大事だと答えられた瞬間は「この男は馬鹿なのではないか」と呆れかけた。しかし、音楽で食べている彼らにとって楽器を失うということは、騎士が剣を手放すようなものなのだ。そして騎士が自分の命よりも名誉を重んじるように、彼らもまた楽器を重んじている。そういうことなのだ。
「ふむ。『沈黙の墓守』殿。君の気持ちはわかった」
そしてヒューイは重大なことに気がついていた。
第二倉庫へ侵入して、中をうろついても不自然ではない服装。
いま、自分の目の前にあるではないか。
「君のその髪の毛だが……自毛ではないな?」
はじめは染めているのかと思ったが、自前の髪の毛にしてはどうも流れや艶が不自然だ。
「沈黙の墓守」は、なぜこのタイミングでそんな質問をされたのか不思議に思ったに違いないが、「そっす」と言って髪の毛を引っ張る。すると、被っていた水色と白のかつらがずるりと動く。それを見たヒューイは力強く頷いた。
彼のメイク──顔を真っ白にしていて、目の周りを黒く塗っている──まで真似をする時間はないが、顔の下半分は隠れるから問題はないだろう。
「では、『沈黙の墓守』殿。僕と衣装を交換してくれ。君の楽器は僕が取り戻すと約束しよう」
「……え?」
ヒューイは上着を脱ぎながら答えた。
「僕にも、自分の命より大切なものがある!」
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