老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ

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最終話 白い結婚と愛のかたち

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 秋の訪れとともに、一人の老人が息を引き取りました。

 ラポール伯爵ニコストラト・ユ・エリアンギリ。三十五年前の戦争でいくつもの勲章を授かり、国内有数の豊かさを誇るラポール伯爵領を治めた、実質的に最後のラポール伯爵です。

 彼の訃報を取り上げた新聞では、誇りと栄誉を保ったまま亡くなった最後の貴族、と称されていました。以後、この国に彼のような貴族らしい貴族は生まれないだろう、とさえ書かれ、大勢のラポール伯爵領の著名人による追悼文も追って出されつづけました。

 私のよく知る人が、こんなにも死を惜しまれるなんて、いささか現実味がありません。

 でも、あの人が死んだのは現実で、年配の執事長を筆頭に、駆けつけた子息たちによって粛々と葬儀の準備が済まされました。

 私はただ、呆然としていただけのような気もします。

 弔問に訪れる人々と会い、弔花を受け取り、今後についての話をして——その繰り返しが数日続いたあと、教会での簡素な葬儀が執り行われました。

 ラポール伯爵家代々の墓地に棺が納められたあと、一人、また一人と彼の墓の前を去っていきます。

 ラポール伯爵の墓の前で、喪服姿の私はしばし、独りで立ち尽くしていました。

 ずっと身構えていたことが起きて、現実は時代の流れと同じくつつがなく流れていきます。

 だから、もう行かなくては。

 『ラポール伯爵夫人』となった私をここまで成長させてくれたのは、ラポール伯爵です。彼が根気強く、慈悲深く、愛情深く接してくれたからこそ、私はここにいます。

 これからも、『ラポール伯爵夫人』だった私は、歩いていけるのです。

 背後から土道を踏み締める足音が聞こえ、特徴あるハスキーボイスが私を呼びます。

「アルビナ様。そろそろ屋敷へ戻りましょう」

 髪を短く切ったフィーが、私の肩に黒いケープをかけました。ここからさほど離れていないとはいえ、わざわざ屋敷から持ってきてくれたのでしょう。

 私は振り返らず、こう言いました。

「明日から、また忙しくなるわ。フィー」
「はい。ベルナール様もラルフ様も、今夜中に発つとのことです。あとは任せる、とおっしゃっていました」
「ええ。何だか、少しも休まらないままここまで来た気がするわ」

 秋の晴れ渡る空は少し寂しく感じます。夏に比べて太陽は弱まり、鳥たちが南へ去っていき、このあたりは徐々に静かになっていくのです。

 だけど、春になれば新たな芽吹きがあり、未来を担う次の世代が生まれてきます。

 私だって、『ラポール伯爵夫人』という公的な称号は返上しても、ただのアルビナとしてやることはたくさんあるのです。

 すっかり美しく長い髪が切り落とされても、フィーの美貌は変わることはありません。むしろ、髪が短くなったことでより精悍に、私とラポール伯爵とのさまざまな経験を経て一層立派な顔つきになりました。

 一方で、私の髪は伸びつづけ、そろそろ誰かの手を借りないと手入れもままなりません。

「これからは『ラポール伯爵夫人』ではなくなるし……髪の手入れ、お願いできる?」

 フィーは私の横に来て、「承知しました」と答えたのみです。

 でも、フィーはきっと、そばにいるかぎり私の髪の手入れを続けてくれるでしょう。もし将来、フィルフィリシアの姓がアルビナの後ろについても、つかなくても。

 誰に何と言われても、私はそういう愛し方を貫けます。ラポール伯爵が、私にそのための自信と信頼を育ててくれたから。

 こうして、私と老伯爵の 『白いマリアージュ結婚・ブラン』は終わりを告げ、かけがえのない愛の思い出となったのでした。


(了)
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