姉王女曰く、弟王子がマジでやべーやつだった

ルーシャオ

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第1話 悲劇の始まりはどこ?

 これはサナティカという王国で起きた出来事だ。

 ときは、前国王が崩御し、まもなく。

 レオカディア・ニコリッツァ王女が、王位を簒奪しようと空の玉座に座ろうとした弟王子ネストラスの首を、隠し持っていたナイフで切り裂いた。そのとき、彼女は言った。

「愚かな。これより、お前の名も、存在も、死体も、この世にいたという痕跡のすべてを消し去ってやる!」

 そのあまりにも激しい怒りに、その場にいた王女の護衛たちも、弟王子の家臣たちも、震え上がったという。

 レオカディア王女はすぐさまサナティカ王国の王位に就き、弟王子に味方した者たちへ国への忠誠を誓うならば無罪放免であると言い渡した。つまり、弟王子に忠誠を誓っていなかったのならば、次期国王の自分ではなく国へ忠誠を誓うことで今後も今までどおり生きてよい、としたのだ。寛大な処置にほぼ全員が頭を下げ、誰も彼もが亡き弟王子を見捨てた。

 次に、レオカディア王女は弟王子の名を、すべての書物から消し去るよう命じた。死体は焼いて灰を海に捨てるように、家財一式も破壊して燃やし、所持していた金銀の装飾品までも溶かしてしまうようにと徹底を図った。王家に伝わる家系図にも、寺院の墓跡にも、レオカディア王女の弟王子たる者の名どころかその存在までもが抹消されていった。

 国王の座に就いてからは、なお苛烈に存在を消し去るよう命じた。その代わり、レオカディアは繁栄を約束し、サナティカ王国の最盛期を生んだ母となり、家臣どころか国民までもが女王を讃え——即位から二、三十年と経てば、その弟がいたことなどすっかり忘れ去っていった。



 すべては、の思い描いたとおりになりつつあった。



☆☆☆☆☆☆




 誰かが、レオ姉、と私を呼んでいた。

 すると、別の誰かが、レオ、と優しく私の名を呼んだ。

 私はついに降参して、しっかり閉じていた両のまぶたを開く。

 潮風の注ぎこむ自室のテラスのソファで、午睡のうたた寝から目覚めてみれば、侍女が入室を許したのか二人の青年が私の顔を覗き込んでいた。

 私はちょっと不機嫌になる。

「どうしてそういうことをするの? いい歳をして、あなたたちはレディの扱いがなっていないわ」

 クッションだらけのソファからのろりと起き上がると、青髪の青年トリフィスが謝る。

「ごめんよ、つい。ネスと部屋の前で鉢合わせして、一緒に寝顔を見物しようという話になってしまってね」
「ネス?」

 私はじろりと、もう一人を睨みつける。

 私と同じ金髪で、髪の毛の先端だけが明るい茶色をしている年下の青年、ネス——ネストラスが観念したらしく謝罪の言葉を口にしつつ、余計なことを言う。

「ごめんごめん。レオ姉の寝顔は国宝級の美しさだから、婚約者と弟特権でじっくり拝ませてもらおうと思って。どんな聖女や姫君の肖像画よりも綺麗だよ、夕日を浴びた長くて細い髪なんて本当に」
「結構よ、弟に容姿を褒められたって嬉しくないわ」
「じゃあ、やっぱりトリフィス婚約者がいい?」
「それは」

 私は口をつぐむ。一方で、トリフィスは伸ばしている青髪を掻き上げ、照れ臭そうにしていた。

 青髪の青年は、隣国の宰相の一人息子、トリフィス・トリファイナだ。宰相の子とはいえ、今の隣国の王に子はおらず、従弟筋の王族である宰相の子であれば王位継承権を持つため、まだ時間があるもののおそらく次期国王になるだろうと見られていた。

「……もう。トリフィス、間に受けなくていいわ。ネスはいつもこんな調子だから」

 私は気遣ったつもりだったが、少し見当違いだったらしい。トリフィスはわざとらしく咳払いをしてから、こう言った。

「いや、それはほら」
「何?」
「僕は、ほら、女王になる君に気後れして、満足に褒めてあげられないからね。ネスはそのきっかけを作ってくれているんだよ」

 トリフィスはまだ照れ臭さを隠し通せていないが、ネスにはそういう企みがあったようだ。姉と婚約者の仲を取り持とうなんてことを考えそうな、子どもっぽい弟ネスに目をやれば、満足げにこちらを眺めている。

「そ……そう、だとしても、別にかまわないのに」
「大丈夫、美辞麗句は言えなくてもトリフィスはレオ姉にだからさ」

 お前が言うか。

 私は枕代わりにしていたクッションを握り、ネスへぶん投げた。ネスはひきつった顔をして間一髪避け、後ずさる。どうやら、トリフィスと違って照れ隠しに顔を強張らせた私が怖かったらしく、怯えた目をしていた。

「ネス! 避けるな!」
「避けるよ!? 待って待って、助けてトリフィス!」

 ネスはトリフィスの背に隠れるも、ほとんど同じ身長と体格なのだから守りきれはせず、私の拳がむんずとネスの首根っこを掴んだ。トリフィスが「まあまあ」と仲裁に入ってくる。

 それが日常。割と他愛のない、それでいてかけがえのない、家族の時間だった。

 私はサナティカ王国第一王女、レオカディア・ニコリッツァ。レオ獅子だなんて名前をつけられたせいか、負けず嫌いな生来の性格のせいか、王位継承レースでは他の王族の男性陣を圧倒してすでに次期女王と内定し、王太子ならぬ王太女クラウン・プリンセスだ。

 私とトリフィスはいずれサナティカ王国と隣国が合併する前の地均しの一環として婚約し、一つの国としてまとめ上げることを共通の使命としている。隣国の王は、すでに過去の防衛戦争や飢饉で疲弊した自国のために繁栄を謳歌するサナティカ王国の庇護を受けたいが、一応は対等な王同士の円満な合併にしておきたい、とのことで、サナティカ王国も簒奪者と罵られないためにも隣国へ一定の敬意を払い、同意の上で一つの国となるのだとしている。

 それはいいのだ。私とて王位を継ぐ身だから、政治的配慮くらい朝飯前だ。

 だが、隣国の王位継承者たるトリフィスは、朴訥としてはいるもののなかなかの男前だった。それに、いずれ王になる可能性からか幼い頃から教養や礼儀作法を仕込まれており、立ち居振る舞いは王族にも引けを取らないレベルだ。私の王たる考えを理解してくれる、数少ない理解者として、サナティカ王国にやってきてからすぐに打ち解けたほどだ。

 そのトリフィスと仲良くなったのは、私だけではない。私の弟のネストラスも、年齢の近い友人としていつも一緒に王都のあちこちを巡っている。

 私は王位の継承、トリフィスとの結婚、それから両王国の合併に備えて、女王となるべく日々忙しくしている——。

 それから幾年、私は悲劇に遭遇する。

 最愛の人トリフィスが、惨殺されたのだ。
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