精霊使いと踊りと私と。

ルーシャオ

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第十三話

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 まるで『記憶』がリクエストするように、語りかけてくる。

「ねえ、村娘ジゼルの踊りはできる? 小さいころからあれだけ練習したんだもの。役は取れなかったけど、できるはずよ」
「分かったわ。踊ってみる」

 私はそう独り言を呟いて、制服の長いくるぶし丈のスカートの裾をつまみ上げる。

 ポン、と私はつま先で跳ねる。スカートのひるがえりさえも表現のうちだ、軽やかに舞うように見せるためには、くるぶし丈のスカートもふんわりと舞うように、私は四肢を広げて回る。回る。回る。

 『ジゼル』という演目において、主役である村娘ジゼルが大好きな踊りを披露する喜び、それは今の私なら理解できてしまう。

「見て見て、こんなに踊れるのよ! 普段はできないけれど、今なら全力を出すわ!」

 そんな感情が、指先やつま先にまでほとばしるようだった。長時間のつま先立ちポワントはまだ無理だが、それならばとより素早く、躍動感を出せばいい。

 たった一分踊るだけでも、足が痛い。当然だ、私はまったく鍛えていなかったのだから。

 両腕が、両足が、緩急をつけて交差し離れるくらいできる。それどころか、大きなジャンプグラン・ジュテができなくたって、回転ピルエットはできる。

 それができれば——村娘ジゼルの最後の見せ場は踊れる。

 そう思っていた矢先、教室の扉が勢いよく開かれ、私の動きは止まる。

 セセリアが目を剥いて、金髪のおさげを置いていくほど駆けてきて、驚く私の両肩をがっしり掴んだ。

「あんた、まさか、こんなにすごい踊り手だったなんて……びっくりさせないでよ! すごかった! 何で今まで踊らなかったのよ!」

 どうやら、セセリアはカーテンの隙間から私の踊りを見ていたようだ。教室に入る前に踊りを目にしてしまい、いても立ってもいられず乱入してきた、そんなところだろう。

 興奮に頬を赤くしているセセリアの目は、素晴らしいものを見たと訴えるように輝いていた。その評価が私は嬉しくて、こう答える。

主役プリマになりたかったの」
「え?」
「何でもない。えっと、ごめんなさい。セセリア、ここでのことは秘密にしてほしいの」
「それはいいけど、本当にフェネラ先生に言わなくていいの? 課題だって、朝飯前でしょ?」
「うん、言わないで。私の踊りは、そういうものじゃないから」

 そう、バレエは舞踏会で男女で踊るようなものではない。それも理由の一つではあるが、私はこの『踊り』はセセリアのような芸術に慣れた人々以外にどう映るかを恐れていた。

 踊り子、という言葉は長い間、蔑称に近かった。それは歴史が、あるいは今のイスウィン王国の常識がそう言っている。煽情的な踊りでおひねりをもらうような、身分の低い者がやること。そういう先入観があることは確かだからだ。

 だから、いかに芸術の枠内にある踊りと認識してもらうか、それはまた踊りの技術とは別問題なのだ。

 とはいえ、セセリアという観衆に私の踊りが認めてもらうことはできて、一つ問題はクリアした。それは素直に喜ばしかった。

「見にきてくれてありがとう。教室を片付けていくから、先に帰っていて」
「分かった! 他の人には言わないから、安心してちょうだい!」

 セセリアは胸を張ってそう言って、帰っていく。私に大きな安堵を与えてくれた友達は、きっと約束を守ってくれるだろう。

 と、教室の片付けをする前に、やるべきことがある。
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