子爵令嬢にとんでもないもの背負わせないでください

ルーシャオ

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第八話 共犯者たち

 アリアーヌの新しい居室から退出し、扉を閉めた瞬間、セサニア王国騎士団長ヴォルテア卿フィオリウスと、吸血鬼ヴェリシェレン王こと黒髪赤目の少年執事ラヘルからは笑みが消え去った。

 日中というのに一切の日光を遮断し、窓という窓を厚手のカーテンで覆い隠したこの小さな城砦じょうさいには、アリアーヌを含め三人しかいない。

 あの処刑ののち、フィオは手筈どおり、アリアーヌの死をさらにした。つまり、ヘルマン宰相たちやあの場にいた兵士や騎士たちにさえも、アリアーヌは本当に死んだと認識させたのだ。それもすべてラヘルの持ちかけた企みによるもので、セサニア王国に仕えるフィオは、祖国をあざむいたことになる。

 共犯関係にあるラヘルをこの城砦に留めているのも、フィオの提案だった。下手に移動して異種族からの侵攻に備えるセサニア王国を刺激するよりも、隠れて隙を見計らうほうがいいとの判断だ。セサニア王国の人々も、まさか騎士団長が偽装処刑を襲撃した本人である吸血鬼の王をかくまっているとは思わない。それに、この小さな城砦は、フィオの祖父であるヴォルテア卿よりもずっと以前から一族が所有してきたものだ。小さいながらも王都まで利便性のいい領地で、城砦内部も一族の長が別荘として使ってきたために、上流階級の屋敷としての居住性も確保されている。

 フィオは、幼馴染アリアーヌの死に意気消沈して休養を取った、ということにしてある。相手が吸血鬼の王であれば仕方ない、片思いの幼馴染が目の前で殺されたとあれば仕方がない……王宮の人々も、騎士団の部下たちも、ましてや市井の民たちもフィオへ同情するだろう。別荘である城砦に籠もり、悲しみを癒しているのだと悲劇的に語るに違いない。

 フィオとラヘルの計画は、当然そこまで計算に入れてのことだ。ここから先のことも、ある程度は考えてある。それを実現していくためには、まだまだ二人は共犯関係でいつづけなければならなかった。

「彼女を混乱させてしまったか。うぅむ、他に説明のしようがないのだがなぁ」

 ラヘルは少年の外見に似つかわしくない低音の声で、そうぼやいていた。

 ランプの明かりが点在する廊下を歩きながら、二人は冷静に、穏やかに対話する。たとえその会話の内容がどれほど物騒であっても、彼らの共犯関係は続かなければならないからだ。

 銀髪の青年の影が、ランプの光によって小刻みに揺れる。まるで、青年の複雑な感情を表しているようだ。

「ヴェリシェレン王、僕はあなたを敵と看做みなしている」
「そうだろうとも、私は君の祖父の仇だからね」
「だが、アリアーヌを救うためには協力するしかなかった。僕が生まれる前にあなたに殺された祖父のヴォルテア卿では、アリアーヌを救えないのだから」

 それはラヘルから伝え聞いたことだが、フィオは確信を持っていた。

 祖父ヴォルテア卿が生きていて、偽装処刑の場にいたのなら——ラヘルを仕留めるためにも、ヘルマン宰相の命令を実行するためにも、アリアーヌを殺害していただろう。セサニア王国に仕える誠実な騎士であれば、まずそうする。

 であれば、フィオとしても祖父ヴォルテア卿にいてもらっては困る。アリアーヌを助けるためならば、ラヘルに始末してもらっていたほうが都合がよかった。ゆえに、ラヘルからそのためにかつて祖父ヴォルテア卿を殺したのだ、と聞いて、フィオは何の抵抗もなく受け入れられた。

 魔法によって何度も時間を巻き戻し、アリアーヌを救うために奔走してきた吸血鬼の王と、フィオは目的が一致した。だから、フィオはラヘルの言葉の真偽を追及する必要はなく、ただアリアーヌの命を守る固い決意を抱く者として信用したにすぎない。

 それに——数えきれないほど失敗を繰り返してきたラヘルは、己の分をどこまでもわきまえていた。

「それは私も同じだ。私では、アリアーヌを幸せにできない。何度試しても同じだった、私ではだめなのだ。私以外の誰も、少なくとも彼女の紋章にかれるような輩では、最終的に誘惑に負けて彼女を食らってしまう。『豊穣の女神アンナプルナ』の紋章の力を取り込まんと、血肉としてしまう」

 所詮、ラヘルも吸血鬼であり、アリアーヌの背中にある『豊穣の女神アンナプルナ』の紋章の恩恵を本能的に獲得しようとしてしまう。人間から異種族とされる者たちも同じだ。ラヘル曰く、よほど強大な力と屈強な精神力を持ち合わせないかぎり、わずかでもあらがうことはできない、そうだ。

 フィオはそれを聞くたびに、異種族に対する嫌悪感が増し、どうしようもない怒りが湧いてくる。アリアーヌを何だと思っているのか、彼女とて望んでそんな紋章を得たわけではないのに、なぜ化け物どもに食われなければならない。そんな運命が待ち受けているならば、打破しなくてはならないのだと、吸血鬼の王の手を取った騎士は誓いを立てた。

 だが、その吸血鬼の王は、もはや少年の姿を取ることが精一杯であり、日光も克服していたはずなのに弱点に戻っている。

 フィオが何度も聞かされた話を、ラヘルは念押しのように語る。

「前にも言ったが……時間が巻き戻るたび、私はその時点の私を殺し、成り代わって、どうにかアリアーヌを救う手立てはないかと探し回ったものだ。それでも、私は運が悪い。最後の最後でようやく、君を引き当てた。何万回とサイコロを振って、望む目がようやく現れたのだ」

 ラヘルの声はどこか遠く、前を歩くフィオへ語っているはずなのに、独白のようにしか聞こえない。

「もう時間がない。私も老いた。力を使い果たした。吸血鬼の王などと名乗れぬほどに、どうにか生き延びているだけの老いぼれだ。執着だけでここまでやってきたようなものだ」

 フィオは軽く舌打ちする。

 弱気になったラヘルが、今更アリアーヌを救う計画から離脱するとは思えない。だが、年寄りの弱気は毒だ。そう思って立ち止まり、ラヘルへ発破をかけた。

「ヴェリシェレン王、最後まで彼女のそばにいろ。きっと彼女もそれを望むはずだ」

 たとえ憶えておらずとも。そう付け足して、それからフィオは、ふっと挑発的な笑みをこぼす。

「そう、ここでの使用人としてな!」
「……腹立たしい顔をするものだよ、マイナー」
「ふん、僕一人では手が回らないところだった。あなたが護衛として、使用人として彼女のそばにいるなら、僕も安心して騎士として振る舞える。彼女を守るためには、騎士を辞めるわけにはいかないんだ」
「ごもっともだが、彼女が受け入れるかどうか」
「何だ、弱気だな。王ともあろう者が」
「あいにく、使用人は初めての経験なものでね!」
「ふっ、ではその貴重な体験をさせてやろう。ほら、使用人部屋の鍵だ。明日から頼むぞ」

 フィオはズボンのポケットから鍵束を取り出し、ラヘルへ投げてよこした。不満たらたらの顔をした美少年がそれを受け取る。

 さらに、生きがいを与えてやろうとばかりに、フィオはこう締めくくった。

「言い忘れていたが、料理もだからな。彼女のために心を込めて作れよ」

 そのときのラヘルの顔は、整った顔も吸血鬼としての威厳も吹き飛ばされたかのような、驚愕と困惑とわずかな喜びの混ざった、何とも言えないさまになっていたが、それを直視したのはその場にいたフィオ一人だけだ。

 アリアーヌのための共犯者として、二人の関係は新たな段階に入る。ここから先は、互いが脱落しないように、と。
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