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第二十八話
ウラノス公国では、公女ポリーナを隣国の舞踏会へ送り出す準備に追われていた。
周辺国貴族たちの集まる盛大な舞踏会は三日三晩行われ、普段目にかかることのないような高位貴族もここぞとばかりに子女をお披露目する。当然、ウラノス公も目に入れても痛くないほど可愛がっているポリーナの良縁を求めて、ポリーナは華やかな社交界でスポットライトを浴びる機会を求めて、もうすっかりエレーニのことは忘れ去っていた。ステュクス王国から必要があれば連絡が来るだろう、どうせエレーニは形式上の妻だから結婚式も派手にはすまい、そう思っているのだ。
そんなウラノス公国上層部の浮かれ具合に、騎士たちは明らかにやる気をなくしていた。
コーリャ青年もその一人だ。同僚と馬小屋前で座り込み、手持ち無沙汰に鞍を磨いていた。本当なら従騎士の仕事だが、その従騎士たちは三日前から休暇を取っている。城の上層部の浮かれ具合を見せると教育に悪い、と騎士団長がそう指示したのだ。
「何か……暇だな」
「ああ。隣国行きは俺たちの出番はないみたいだし、領内の警備はいつもどおりだしな」
「しかし、ポリーナ様はないよな。化粧は派手だわ田舎者丸出しのセンスだわ、貴族はあれがいいのか? 俺には分からん」
「そうだな」
コーリャ青年は思わずため息を吐いた。ポリーナのことはどうでもいい、コーリャ青年が気にかけているのはエレーニのことだ。
エレーニは結局、誰からも歓迎されず、さっさとステュクス王国へ送られてしまった。冷たいものだ、ウラノス公はまるで邪魔者を追い払うように娘を他国へ譲り渡した。人の親として、それでいいのか、とコーリャ青年も主君へ対し不満が募っていたのだ。
第一、騎士としては理解のない主君よりも、淑女たる姫にこそ忠誠を誓いたいものだ。別にコーリャ青年のわがままというわけではない、実際にウラノス公は騎士を優遇することもなく、軍事に理解が乏しい。十年前に隣国ガラニシアを見殺しにしたときも、騎士たちは戦意旺盛だったにもかかわらず、ウラノス公は飛び火を恐れて自国にこもったのだ。そんな主君に、命を懸けてまで尽くそう、という気にはなれない。当時を知らないコーリャ青年も、エレーニと出会ったことでウラノス公への忠誠がすっかり消滅してしまっていた。
このままではいけない。コーリャ青年は元々この国にはそれほど愛着もないから、この国にいたいとも思わなくなっている。騎士でなくとも、他国で身を立てることも考えはじめていた。エレーニの向かったステュクス王国はどうだろう、せめて少しでも守るべき姫の近くにいたい、そんなふうにも思う。
そこへ、急報が入ってきた。
騎士の一人が走ってきた。何事か、とコーリャ青年と同僚の騎士は立ち上がる。息咳切って走ってきた騎士は、叫ぶ。
「やってらんねぇよ! 俺はもう辞める! 何が見栄えのいい騎士をお供にするだ、馬鹿馬鹿しい!」
「おいおい、どうした。一から説明してくれ」
「ポリーナ様だよ! 姫らしく騎士を供にしたいから、顔のいい騎士を十人ばかし連れてこい、だとさ! そんなに連れていって何をするんだよ! 貴族連中に笑われるだけだ、毎晩騎士を寝床に入れて取っ替え引っ替えしている、だなんて噂されてな!」
その下品さはともかく、確かにそう噂されそうだ。口さがない貴族たちは下らない噂を好むものだ。そしてポリーナは激怒する、お前たちのせいでそんな噂を立てられたのだ、と。そのくらいの予想は誰だってつく。
コーリャ青年と同僚の騎士は、頭を抱えた。
「俺も辞めた。もういい、騎士団長に言ってくる。コーリャはどうする?」
問われてすぐに、コーリャ青年はエレーニの顔を思い浮かべた。ここにいては、騎士らしくあることもできず、守るべき姫からも遠ざかるだけだ。
コーリャ青年は決意する。
「俺も行く。もうこの国には付き合いきれない」
「よし。他の連中も誘ってこよう。しかし、どこに行くか」
「それなんだが、ステュクス王国はどうだ? エレーニ姫になら、忠誠を誓える」
コーリャ青年の提案に、騎士二人はすぐに納得した。ウラノス公に捨てられたかわいそうな姫、その噂はとっくに騎士団内に広まっている。
「なるほど、そうしよう。それなら裏切りとも言われないだろうさ」
こうして、ウラノス公国としては大変に不名誉な、騎士団大脱走が数日後に敢行されることとなる。
一騎士団、二百人を超える大所帯の彼らの行き先は——ステュクス王国だ。
周辺国貴族たちの集まる盛大な舞踏会は三日三晩行われ、普段目にかかることのないような高位貴族もここぞとばかりに子女をお披露目する。当然、ウラノス公も目に入れても痛くないほど可愛がっているポリーナの良縁を求めて、ポリーナは華やかな社交界でスポットライトを浴びる機会を求めて、もうすっかりエレーニのことは忘れ去っていた。ステュクス王国から必要があれば連絡が来るだろう、どうせエレーニは形式上の妻だから結婚式も派手にはすまい、そう思っているのだ。
そんなウラノス公国上層部の浮かれ具合に、騎士たちは明らかにやる気をなくしていた。
コーリャ青年もその一人だ。同僚と馬小屋前で座り込み、手持ち無沙汰に鞍を磨いていた。本当なら従騎士の仕事だが、その従騎士たちは三日前から休暇を取っている。城の上層部の浮かれ具合を見せると教育に悪い、と騎士団長がそう指示したのだ。
「何か……暇だな」
「ああ。隣国行きは俺たちの出番はないみたいだし、領内の警備はいつもどおりだしな」
「しかし、ポリーナ様はないよな。化粧は派手だわ田舎者丸出しのセンスだわ、貴族はあれがいいのか? 俺には分からん」
「そうだな」
コーリャ青年は思わずため息を吐いた。ポリーナのことはどうでもいい、コーリャ青年が気にかけているのはエレーニのことだ。
エレーニは結局、誰からも歓迎されず、さっさとステュクス王国へ送られてしまった。冷たいものだ、ウラノス公はまるで邪魔者を追い払うように娘を他国へ譲り渡した。人の親として、それでいいのか、とコーリャ青年も主君へ対し不満が募っていたのだ。
第一、騎士としては理解のない主君よりも、淑女たる姫にこそ忠誠を誓いたいものだ。別にコーリャ青年のわがままというわけではない、実際にウラノス公は騎士を優遇することもなく、軍事に理解が乏しい。十年前に隣国ガラニシアを見殺しにしたときも、騎士たちは戦意旺盛だったにもかかわらず、ウラノス公は飛び火を恐れて自国にこもったのだ。そんな主君に、命を懸けてまで尽くそう、という気にはなれない。当時を知らないコーリャ青年も、エレーニと出会ったことでウラノス公への忠誠がすっかり消滅してしまっていた。
このままではいけない。コーリャ青年は元々この国にはそれほど愛着もないから、この国にいたいとも思わなくなっている。騎士でなくとも、他国で身を立てることも考えはじめていた。エレーニの向かったステュクス王国はどうだろう、せめて少しでも守るべき姫の近くにいたい、そんなふうにも思う。
そこへ、急報が入ってきた。
騎士の一人が走ってきた。何事か、とコーリャ青年と同僚の騎士は立ち上がる。息咳切って走ってきた騎士は、叫ぶ。
「やってらんねぇよ! 俺はもう辞める! 何が見栄えのいい騎士をお供にするだ、馬鹿馬鹿しい!」
「おいおい、どうした。一から説明してくれ」
「ポリーナ様だよ! 姫らしく騎士を供にしたいから、顔のいい騎士を十人ばかし連れてこい、だとさ! そんなに連れていって何をするんだよ! 貴族連中に笑われるだけだ、毎晩騎士を寝床に入れて取っ替え引っ替えしている、だなんて噂されてな!」
その下品さはともかく、確かにそう噂されそうだ。口さがない貴族たちは下らない噂を好むものだ。そしてポリーナは激怒する、お前たちのせいでそんな噂を立てられたのだ、と。そのくらいの予想は誰だってつく。
コーリャ青年と同僚の騎士は、頭を抱えた。
「俺も辞めた。もういい、騎士団長に言ってくる。コーリャはどうする?」
問われてすぐに、コーリャ青年はエレーニの顔を思い浮かべた。ここにいては、騎士らしくあることもできず、守るべき姫からも遠ざかるだけだ。
コーリャ青年は決意する。
「俺も行く。もうこの国には付き合いきれない」
「よし。他の連中も誘ってこよう。しかし、どこに行くか」
「それなんだが、ステュクス王国はどうだ? エレーニ姫になら、忠誠を誓える」
コーリャ青年の提案に、騎士二人はすぐに納得した。ウラノス公に捨てられたかわいそうな姫、その噂はとっくに騎士団内に広まっている。
「なるほど、そうしよう。それなら裏切りとも言われないだろうさ」
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