5 / 6
第五話
馬車はゆっくりと進む。リュカが御者へ帰りは急がなくていいと言いつけて、それは話をする時間を設けるためだろうとメルヴィンは察した。
それでもしばらく黙ったままだったが、やっとリュカは口を開く。
「私は、女だ」
メルヴィンはそれを聞いてもみじろぎ一つしない。驚いていることには驚いている、しかし他人のことは言えない身分だからだ。その様子を見て、リュカは多少は舌が回りやすくなったようだ。
「本名はリュシエンヌ。リュカは男としての偽名。昔、病に倒れた祖父のために、父が長子は男だと偽ったんだ。そのほうが後継が生まれたと喜ばれたから」
リュカ——リュシエンヌは、苦笑する。つまらないことだ、と言いたげだった。
「祖父は病床にありながらもしばらくは生きて、それがずっと続いて、次第に私が女だと周囲へ言い出せなくなった。今も両親と一部の使用人や貴族以外は私が女だということを知らない。自由に振る舞っているのは、月のもので姿を見せなくなっても、あの王子は神出鬼没だから仕方ないで済ませるためだったんだよ」
どうやらすっかり、リュシエンヌはメルヴィンを女だと思っている。男として女性のデリケートな話題に反応することもできず、やはりメルヴィンは固まったままだ。
それが真剣に耳を傾けている、と好意的に受け止められていることは、メルヴィンは知らない。
「父と母は、それが申し訳なく思っているらしくてね。どうせ弟が国王になれば、私はどこかの貴族になって適当に生きられる……バラしたっていいくらい年月が経てば、自由になれる」
窓の外、どこか遠くを見て、リュシエンヌはそうつぶやいた。
リュシエンヌは、今は自由ではないのだ。リュカとして生きることは、彼女にとっては押し付けられたことで、ずっと自分を偽って演じてきた。そのつらさは、メルヴィンには理解できる。メルヴィンも幼いころからメラニーに成り代わって皇太子クリスティアンのそばにいたこともあるし、今もこうしてメラニーの代役を務めざるをえない状況にある。
ただ、リュシエンヌは、それでも結ばれないであろう婚約者を懸命に気遣っていた。
「すまないね。だから君とは結婚できない。それでもせめて楽しい思い出を作ってもらえればと思っていたんだが、上手く行かなかったようだ」
リュカの軽薄さも、口説き文句も、演技だ。堅苦しい空気を払って、異国にやってきた婚約者が場に親しめるようにとリュシエンヌによって配慮されたものだった。
それだけの厚意を向けられて、心苦しさが限界に達し、メルヴィンは黙っていることはできなかった。
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。君が悪いわけじゃない」
「そうではなくて」
「違うのかい?」
「……僕も、あなたを騙していたから」
メルヴィンは帽子を取る。鬘を固定していたピンを外し、やっと開放されたハニーブラウンの短髪を見せる。
「僕はメルヴィン。メラニーは僕の双子の姉だ」
衝撃の告白と、メルヴィンの頭を見たリュシエンヌは、開いた口が塞がらないとばかりに驚愕の表情を浮かべていた。普段ならしてやったりと思うところだが、メルヴィンは矢継ぎ早にこうなった事情を説明する。
姉のメラニーが皇太子クリスティアンと結婚するまでの代役を務めることになった経緯、そして帝国の殺伐とした内情。それを聞いたリュシエンヌは、顔を固くして、やがてこう言った。
「そんな事情が……」
「にわかには信じられないだろうけど」
「いや、弟の君が他国までやってきて代役をするほどなんだ。それだけメラニーには重大なことが起きているんだろう」
リュシエンヌの理解の早さは、自分の身に起きていた経験と重ね合わせてのことだろう。決して遊びではなくそこまでする逼迫した事情があるのだ、とリュシエンヌは真摯に受け止めていた。
リュシエンヌはため息を一つ吐いて、それからメルヴィンに向き直った。
「なあ、メルヴィン。私たちは似たもの同士かもしれないな」
「そうだね。初めてそんな人に会ったよ」
「私もだ。何だ、遠慮して損したな」
そう言う軽口も、あまり力がこもっていないし、笑いもしていない。
メルヴィンとリュシエンヌは、初めて互いの似通った秘密を知った。それゆえに、すぐに今後のことを考え、どうすることが最善か、理解してしまった。
それを口にしたのは、リュシエンヌだ。
「婚約は、メラニーが無事皇太子と結婚できてから解消しよう。それまでは偽りでも、私たちの関係は婚約者だ。共犯者、とも言えるかもしれないね」
互いのため、それがいいのだ。
メルヴィンは感謝する。
「ありがとう、リュシエンヌ。君のおかげでメラニーの名誉は保たれる」
リュシエンヌはにこりと微笑む。その意味が分からず、メルヴィンは首を傾げた。
リュシエンヌが身を乗り出す。
「なあメルヴィン、物は相談なんだが」
それでもしばらく黙ったままだったが、やっとリュカは口を開く。
「私は、女だ」
メルヴィンはそれを聞いてもみじろぎ一つしない。驚いていることには驚いている、しかし他人のことは言えない身分だからだ。その様子を見て、リュカは多少は舌が回りやすくなったようだ。
「本名はリュシエンヌ。リュカは男としての偽名。昔、病に倒れた祖父のために、父が長子は男だと偽ったんだ。そのほうが後継が生まれたと喜ばれたから」
リュカ——リュシエンヌは、苦笑する。つまらないことだ、と言いたげだった。
「祖父は病床にありながらもしばらくは生きて、それがずっと続いて、次第に私が女だと周囲へ言い出せなくなった。今も両親と一部の使用人や貴族以外は私が女だということを知らない。自由に振る舞っているのは、月のもので姿を見せなくなっても、あの王子は神出鬼没だから仕方ないで済ませるためだったんだよ」
どうやらすっかり、リュシエンヌはメルヴィンを女だと思っている。男として女性のデリケートな話題に反応することもできず、やはりメルヴィンは固まったままだ。
それが真剣に耳を傾けている、と好意的に受け止められていることは、メルヴィンは知らない。
「父と母は、それが申し訳なく思っているらしくてね。どうせ弟が国王になれば、私はどこかの貴族になって適当に生きられる……バラしたっていいくらい年月が経てば、自由になれる」
窓の外、どこか遠くを見て、リュシエンヌはそうつぶやいた。
リュシエンヌは、今は自由ではないのだ。リュカとして生きることは、彼女にとっては押し付けられたことで、ずっと自分を偽って演じてきた。そのつらさは、メルヴィンには理解できる。メルヴィンも幼いころからメラニーに成り代わって皇太子クリスティアンのそばにいたこともあるし、今もこうしてメラニーの代役を務めざるをえない状況にある。
ただ、リュシエンヌは、それでも結ばれないであろう婚約者を懸命に気遣っていた。
「すまないね。だから君とは結婚できない。それでもせめて楽しい思い出を作ってもらえればと思っていたんだが、上手く行かなかったようだ」
リュカの軽薄さも、口説き文句も、演技だ。堅苦しい空気を払って、異国にやってきた婚約者が場に親しめるようにとリュシエンヌによって配慮されたものだった。
それだけの厚意を向けられて、心苦しさが限界に達し、メルヴィンは黙っていることはできなかった。
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。君が悪いわけじゃない」
「そうではなくて」
「違うのかい?」
「……僕も、あなたを騙していたから」
メルヴィンは帽子を取る。鬘を固定していたピンを外し、やっと開放されたハニーブラウンの短髪を見せる。
「僕はメルヴィン。メラニーは僕の双子の姉だ」
衝撃の告白と、メルヴィンの頭を見たリュシエンヌは、開いた口が塞がらないとばかりに驚愕の表情を浮かべていた。普段ならしてやったりと思うところだが、メルヴィンは矢継ぎ早にこうなった事情を説明する。
姉のメラニーが皇太子クリスティアンと結婚するまでの代役を務めることになった経緯、そして帝国の殺伐とした内情。それを聞いたリュシエンヌは、顔を固くして、やがてこう言った。
「そんな事情が……」
「にわかには信じられないだろうけど」
「いや、弟の君が他国までやってきて代役をするほどなんだ。それだけメラニーには重大なことが起きているんだろう」
リュシエンヌの理解の早さは、自分の身に起きていた経験と重ね合わせてのことだろう。決して遊びではなくそこまでする逼迫した事情があるのだ、とリュシエンヌは真摯に受け止めていた。
リュシエンヌはため息を一つ吐いて、それからメルヴィンに向き直った。
「なあ、メルヴィン。私たちは似たもの同士かもしれないな」
「そうだね。初めてそんな人に会ったよ」
「私もだ。何だ、遠慮して損したな」
そう言う軽口も、あまり力がこもっていないし、笑いもしていない。
メルヴィンとリュシエンヌは、初めて互いの似通った秘密を知った。それゆえに、すぐに今後のことを考え、どうすることが最善か、理解してしまった。
それを口にしたのは、リュシエンヌだ。
「婚約は、メラニーが無事皇太子と結婚できてから解消しよう。それまでは偽りでも、私たちの関係は婚約者だ。共犯者、とも言えるかもしれないね」
互いのため、それがいいのだ。
メルヴィンは感謝する。
「ありがとう、リュシエンヌ。君のおかげでメラニーの名誉は保たれる」
リュシエンヌはにこりと微笑む。その意味が分からず、メルヴィンは首を傾げた。
リュシエンヌが身を乗り出す。
「なあメルヴィン、物は相談なんだが」
あなたにおすすめの小説
父が転勤中に突如現れた継母子に婚約者も家も王家!?も乗っ取られそうになったので、屋敷ごとさよならすることにしました。どうぞご勝手に。
青の雀
恋愛
何でも欲しがり屋の自称病弱な義妹は、公爵家当主の座も王子様の婚約者も狙う。と似たような話になる予定。ちょっと、違うけど、発想は同じ。
公爵令嬢のジュリアスティは、幼い時から精霊の申し子で、聖女様ではないか?と噂があった令嬢。
父が長期出張中に、なぜか新しい後妻と連れ子の娘が転がり込んできたのだ。
そして、継母と義姉妹はやりたい放題をして、王子様からも婚約破棄されてしまいます。
3人がお出かけした隙に、屋根裏部屋に閉じ込められたジュリアスティは、精霊の手を借り、使用人と屋敷ごと家出を試みます。
長期出張中の父の赴任先に、無事着くと聖女覚醒して、他国の王子様と幸せになるという話ができれば、イイなぁと思って書き始めます。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
今、目の前で娘が婚約破棄されていますが、夫が盛大にブチ切れているようです
シアノ
恋愛
「アンナレーナ・エリアルト公爵令嬢、僕は君との婚約を破棄する!」
卒業パーティーで王太子ソルタンからそう告げられたのは──わたくしの娘!?
娘のアンナレーナはとてもいい子で、婚約破棄されるような非などないはずだ。
しかし、ソルタンの意味ありげな視線が、何故かわたくしに向けられていて……。
婚約破棄されている令嬢のお母様視点。
サクッと読める短編です。細かいことは気にしない人向け。
過激なざまぁ描写はありません。因果応報レベルです。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
「お前との契約結婚は今日で終わりだ」と言った公爵が、離婚届の裏面を読んでいなかった件
歩人
ファンタジー
「この契約結婚は終わりだ。愛人を正妻にする」——フェリクス公爵は離婚届を叩きつけた。
契約結婚の書面を起草したのはクラーラだ。三年前、持参金の代わりに「事業の全権」を譲渡する条項を第十七条に入れた。フェリクスは最後まで読まなかった。
「ご署名ありがとうございます。では第十七条に基づき、公爵領の鉱山経営権、港湾管理権、穀物取引権は本日をもって私に移転いたします」
前世で企業法務を十二年やった女が、異世界の貴族に「契約書は最後まで読め」を教える。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。