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第十六話 基本的にコルムの認識は甘い件
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そのころ、アイギナ村。
夕方になっても帰らないカツキを心配して、アスベルとルネはコルムのもとを訪ねていた。
「は? カツキが隣村に?」
コルムの家は、ログハウスの建築手法と漆喰壁に焦げ木の筋交いという伝統建築で増改築してきたらしく、大家族全員分の部屋や納屋を備えた大きな家だった。
コルムが玄関に立ち、その後ろにクリーム色の小さな狼たちがわちゃわちゃと遊んでいる。コルムの兄や姉たちの子で、何とも微笑ましくもふもふである。
しかし、それどころではない。
アスベルとルネは難しい顔を見合わせていた。コルムは不安になり、狼狽える。
「ま、まずかったですか? ラスは幼馴染なので大丈夫かと思って」
「しかも獣人の村? 大丈夫なの?」
「……まずいかもな」
「ええ!? ど、どうして」
アスベルの神妙な顔の意味が分からないコルムへ、ルネが親切にも教える。
「あなた、知らないの? 獣人は肉食系で有名でしょう? 何も知らない異性が連れていかれて、無傷で家に帰してもらえると思う?」
ぽかん、とコルムは開いた口が塞がらない。
コルムたち人狼は人に混じって暮らせるほど温厚な種族だ。満月の日を除けば、農耕もできるし狼というより知性の高い牧羊犬のような働きをするし、家族思いで愛情深いことでも知られている。
ところが、獣人は基本的に単一種族の村しか作らず、他の種族とはともに暮らさない。交流くらいはあるが、基本的に彼らは山奥で家畜を飼って暮らす。縄張り意識が強く、本来は獰猛で特に繁殖期は気性が荒いため、番の相手を殺すこともあるほどだ。それはつまり、同族でも殺し合いをするために、もっぱら数を減らしてきているということだが——最近は意外と他種族との婚姻も進んでいるため、地域ごとに混血の特徴が出ていることもある。
魔物研究者でもあり、知識人でもあるルネの説明を受けて、コルムは顔を赤らめたり怯えたりと忙しい。
「そそそれはつまり!」
アスベルはその先の言葉を待たない。目配せをしたルネとともに踵を返し、馬を取りに戻ろうとする。
「こうしちゃいられない! 行くぞ!」
「ええ、よくってよ!」
「うわあああ、俺も行きますー!」
こうしてカツキの身を案じた三人は、夕日が沈む中、全速力でレストナ村へと向かった。
だんだんと草木が減っていく谷と峠を越え、崖が間近に迫る岩場の狭い道に入ったころにはとっくに夜となっており、身軽なコルムが先頭を走り、アスベルとルネが馬に乗って続く。
「早く、早く!」
「ちょっと待て! 崖がやばい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎつつも、彼らはとにかく急ぐ。
「くそ、何だこの道! もうちょっと整備しとけ!」
「仕方ないわ。獣人たちは縄張り争いが激しい、他の同族にこんな土地へ追いやられたんでしょう」
「らしいよ! ずっと昔、北の村との争いに負けてこっちに移ってきたってラスが言ってた!」
「だったらもっと暮らしやすくしろよ!」
「いえ、それはできないわ」
貴族らしく訓練を受けた見事な手綱捌きで馬を進めながら、ルネは語る。
「言ったでしょう、獣人は縄張り意識が強いの。たとえ会話ができて、交流があるからと言って、殺されない保証はどこにもない。あまりにも純血の獣人は気性が荒すぎて、過去に何度も大陸各国で討伐令が出されているほどよ」
「魔物でもないのにか! やばいな、それ」
「特に彼らが危ないのは繁殖期、ちょうど今頃よ。興奮しすぎて些細なきっかけで番の相手を殺すから、予備を何人も誘拐してきて、生きながらえた相手に子を産ませる習慣がある部族さえあるのよ」
あまりもおぞましいルネの語り口に、コルムもアスベルもまったくもって内心穏やかではない。内容が事実かどうかではなく、まずルネの迫真の口調が恐怖を膨らませてくるのだ。
ぷるぷる首を振りながら、コルムはラスナイトを庇う。
「あのラスがそんなことはしないと思うけど……様子だっておかしくなかったし、普通に」
コルムの中では、幼馴染のラスナイトはルネの語るような獣人の獰猛さとは縁遠い、可憐で穏やかな性格だった。今まで喧嘩だって一度もしたことはない、それどころか彼女が声を荒げるところさえ、コルムは見たことがない。
そのコルムの戸惑いを、ルネはあっさりと吹っ飛ばす。
「そのラスって子はいくつ?」
「俺と同じくらいだよ」
「そう。なら急がなきゃね」
「え?」
「年齢的に今まで繁殖期を迎えていなかった、ってことじゃないの?」
思わずコルムは目が点になる。
ラスナイトは人間で言えばそろそろ結婚も可能な年齢だ。それはコルムも同じだが、満月の日と同じくらい落ち着きがなくなるのでは、とコルムは考えた。もちろん、実際はそんな可愛らしいものではないが、純朴なコルムにそれ以上は想像できない。
とりあえず、コルムの想像の中では、カツキがラスナイトに捕まって囚われのお姫様になっている。
「ぎゃーーーー!!!」
「あっ、ちょっ、こら! 置いてくな!」
クリーム色の狼は岩場の道を疾駆する。
自分のせいで友人に何かあったらと思うと、コルムは居ても立っても居られなくなった。
□□□□□□□□□□
コルムは迷いなく、ラスナイトの家である石積みの小屋へと突入する。
「カツキぃいーーーーー!」
開きっぱなしの扉を鼻先でブンと押し開け、着地した瞬間、コルムの目の前にはラスナイトが四つの足を折って毛織物の絨毯の上に座っていた。
きょとんとしたラスナイトは、手にしたナイフを下ろす。
「わ、びっくりした。どうしたの、コルム。何かあった?」
「え? あれ、ラス?」
いつもと変わらないラスナイトの姿を捉えたコルムだったが、鋭い嗅覚はすぐさまラスナイトの手元にある木のまな板と血が付いたナイフ、その上にある肉塊、肉を削がれた骨へと向かう。
それは長い骨だった。まるで人間の大腿骨のようで、ラスナイトが切り分けた筋も部屋の中心にある簡単な焚き火ストーブのそばに積まれていた。
ざっと、大きさ的には人間一人分はあるだろうか。
最悪の想像が瞬時にコルムの脳裏をよぎり、叫んだ。
「骨ーーーーー!?」
クリーム色の狼の三角の耳は後ろに折れ、長い尻尾はすっかり丸まってしまい、本来大地をどこまでも駆ける立派な四肢はぷるぷる震えていた。
「お、俺が止めなかったばっかりにカツキがこんな姿に……!?」
「え? ちょっとコルム、何の話?」
震えるコルムの後ろから、アスベルとルネが入ってきた。
「先走るな、馬鹿! まったく。無事だったか、カツキ」
え、とコルムは声を上げ、アスベルの視線の先を見た。
小屋の奥には、牧草や樽、おそらく食糧が山積みにされていた。そこに、背中を丸めたカツキの姿があったのだ。
カツキは時折動いているし、そもそもすり鉢や石臼を引く音が聞こえる。何をしているのかは分からないが、少なくとも無事、生きている。
安堵したものの状況についていけず呆けているコルムへ、ラスナイトはそっと答える。
「えっと、カツキはね、ずっとあの調子で……穀物と牧草の配合を考えてくれてるの」
コルムの顔には、思いっきり「何のことそれ?」と書いてある。
すると、ルネがラスナイトを見て、不思議そうにしていた。
「あら? あなた、人馬?」
「父がそうです。母は獣人で」
「そうなの。夜分突然に失礼したわ、私はルネよ、こっちがアスベル。カツキの保護者のようなもので、心配して迎えにきたの」
そこでようやく、ラスナイトは来客の事情を理解したようで、布巾で慌てて手を拭いていた。どうやら、目の前の肉塊や骨は解体した牛のもので、ストーブの上にある煮立った鍋へ今から放り込むようだった。
当然、カツキはラスナイトに襲われてもいないし、食べられてもいない。
それが分かっても呆けたコルム、不可解な顔のアスベル、唯一状況に納得しているルネ。
アスベルはルネへ説明を要求する。散々脅された緊急事態とはなっていない、と非難がましい目を向けて。
「おい、どういうことだよルネさんよ」
「だから言ったでしょう、獣人も多種族との婚姻が進んでいるって。とはいえ、希少な人馬との混血は初めて見聞きしたわ」
「そうですか? ……そうかもしれませんね。父の故郷はずっと西で、旅をしてここに落ち着いたことしか知りませんけど」
ラスナイトの態度は、至って穏和そのものだ。彼女は獣人ではあるが、同時に人馬でもある。
大陸でも珍しい人馬は、少なくともヴィセア王国にはいない。ごく一般的な常識を持つルネの認識ではそうだったが、辺鄙なこの土地には旅をしてきた人馬がいたようだ。本来二足歩行の獣人とは違って四足歩行の人馬は穏やかで知的、芸術や音楽を好み、ときに歴史上教え導く師としての非凡な才能を発揮する者もいたほどだ。
どうやら、ラスナイトは人馬である父の血が濃いらしく、類稀な美貌と穏和な性格をしている。まさかカツキを襲って食べたりはしないだろう、というコルムの当初の印象どおりであり、ここには繁殖期に入って獰猛な本能剥き出しの獣人はいなかった。
そう、いないはずだ。
だが、コルムは何となく不安を覚えた。
「ねえ、ラス。久しぶりにこの村に来たけどさ……なんか、人が少なくない?」
言われて初めて、アスベルとルネは窓から村の様子を窺った。
篝火こそ家の前に焚かれているが、それだけだ。コルムが騒がしくしたにもかかわらず他の村人が出てくる様子もなく、それどころか生活音がしない。普通、夜とはいえ村人の食事や後片付けの音くらいはするし、レストナ村は山の上で涼しく静かな環境だから聞こえないはずもない。
ラスナイトは観念したように、目を伏せてこう言った。
「うん。獣人って血気盛んな人が多かったから……動ける人はみんな、北の村と戦って死んでしまったの」
その場にいた誰もが、固唾を呑む。
小屋の奥にいたカツキは、その話をすでに聞いていた。グッと歯を噛み締め、何も言わずに飼料の配合に集中し、何かを考えていた。
夕方になっても帰らないカツキを心配して、アスベルとルネはコルムのもとを訪ねていた。
「は? カツキが隣村に?」
コルムの家は、ログハウスの建築手法と漆喰壁に焦げ木の筋交いという伝統建築で増改築してきたらしく、大家族全員分の部屋や納屋を備えた大きな家だった。
コルムが玄関に立ち、その後ろにクリーム色の小さな狼たちがわちゃわちゃと遊んでいる。コルムの兄や姉たちの子で、何とも微笑ましくもふもふである。
しかし、それどころではない。
アスベルとルネは難しい顔を見合わせていた。コルムは不安になり、狼狽える。
「ま、まずかったですか? ラスは幼馴染なので大丈夫かと思って」
「しかも獣人の村? 大丈夫なの?」
「……まずいかもな」
「ええ!? ど、どうして」
アスベルの神妙な顔の意味が分からないコルムへ、ルネが親切にも教える。
「あなた、知らないの? 獣人は肉食系で有名でしょう? 何も知らない異性が連れていかれて、無傷で家に帰してもらえると思う?」
ぽかん、とコルムは開いた口が塞がらない。
コルムたち人狼は人に混じって暮らせるほど温厚な種族だ。満月の日を除けば、農耕もできるし狼というより知性の高い牧羊犬のような働きをするし、家族思いで愛情深いことでも知られている。
ところが、獣人は基本的に単一種族の村しか作らず、他の種族とはともに暮らさない。交流くらいはあるが、基本的に彼らは山奥で家畜を飼って暮らす。縄張り意識が強く、本来は獰猛で特に繁殖期は気性が荒いため、番の相手を殺すこともあるほどだ。それはつまり、同族でも殺し合いをするために、もっぱら数を減らしてきているということだが——最近は意外と他種族との婚姻も進んでいるため、地域ごとに混血の特徴が出ていることもある。
魔物研究者でもあり、知識人でもあるルネの説明を受けて、コルムは顔を赤らめたり怯えたりと忙しい。
「そそそれはつまり!」
アスベルはその先の言葉を待たない。目配せをしたルネとともに踵を返し、馬を取りに戻ろうとする。
「こうしちゃいられない! 行くぞ!」
「ええ、よくってよ!」
「うわあああ、俺も行きますー!」
こうしてカツキの身を案じた三人は、夕日が沈む中、全速力でレストナ村へと向かった。
だんだんと草木が減っていく谷と峠を越え、崖が間近に迫る岩場の狭い道に入ったころにはとっくに夜となっており、身軽なコルムが先頭を走り、アスベルとルネが馬に乗って続く。
「早く、早く!」
「ちょっと待て! 崖がやばい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎつつも、彼らはとにかく急ぐ。
「くそ、何だこの道! もうちょっと整備しとけ!」
「仕方ないわ。獣人たちは縄張り争いが激しい、他の同族にこんな土地へ追いやられたんでしょう」
「らしいよ! ずっと昔、北の村との争いに負けてこっちに移ってきたってラスが言ってた!」
「だったらもっと暮らしやすくしろよ!」
「いえ、それはできないわ」
貴族らしく訓練を受けた見事な手綱捌きで馬を進めながら、ルネは語る。
「言ったでしょう、獣人は縄張り意識が強いの。たとえ会話ができて、交流があるからと言って、殺されない保証はどこにもない。あまりにも純血の獣人は気性が荒すぎて、過去に何度も大陸各国で討伐令が出されているほどよ」
「魔物でもないのにか! やばいな、それ」
「特に彼らが危ないのは繁殖期、ちょうど今頃よ。興奮しすぎて些細なきっかけで番の相手を殺すから、予備を何人も誘拐してきて、生きながらえた相手に子を産ませる習慣がある部族さえあるのよ」
あまりもおぞましいルネの語り口に、コルムもアスベルもまったくもって内心穏やかではない。内容が事実かどうかではなく、まずルネの迫真の口調が恐怖を膨らませてくるのだ。
ぷるぷる首を振りながら、コルムはラスナイトを庇う。
「あのラスがそんなことはしないと思うけど……様子だっておかしくなかったし、普通に」
コルムの中では、幼馴染のラスナイトはルネの語るような獣人の獰猛さとは縁遠い、可憐で穏やかな性格だった。今まで喧嘩だって一度もしたことはない、それどころか彼女が声を荒げるところさえ、コルムは見たことがない。
そのコルムの戸惑いを、ルネはあっさりと吹っ飛ばす。
「そのラスって子はいくつ?」
「俺と同じくらいだよ」
「そう。なら急がなきゃね」
「え?」
「年齢的に今まで繁殖期を迎えていなかった、ってことじゃないの?」
思わずコルムは目が点になる。
ラスナイトは人間で言えばそろそろ結婚も可能な年齢だ。それはコルムも同じだが、満月の日と同じくらい落ち着きがなくなるのでは、とコルムは考えた。もちろん、実際はそんな可愛らしいものではないが、純朴なコルムにそれ以上は想像できない。
とりあえず、コルムの想像の中では、カツキがラスナイトに捕まって囚われのお姫様になっている。
「ぎゃーーーー!!!」
「あっ、ちょっ、こら! 置いてくな!」
クリーム色の狼は岩場の道を疾駆する。
自分のせいで友人に何かあったらと思うと、コルムは居ても立っても居られなくなった。
□□□□□□□□□□
コルムは迷いなく、ラスナイトの家である石積みの小屋へと突入する。
「カツキぃいーーーーー!」
開きっぱなしの扉を鼻先でブンと押し開け、着地した瞬間、コルムの目の前にはラスナイトが四つの足を折って毛織物の絨毯の上に座っていた。
きょとんとしたラスナイトは、手にしたナイフを下ろす。
「わ、びっくりした。どうしたの、コルム。何かあった?」
「え? あれ、ラス?」
いつもと変わらないラスナイトの姿を捉えたコルムだったが、鋭い嗅覚はすぐさまラスナイトの手元にある木のまな板と血が付いたナイフ、その上にある肉塊、肉を削がれた骨へと向かう。
それは長い骨だった。まるで人間の大腿骨のようで、ラスナイトが切り分けた筋も部屋の中心にある簡単な焚き火ストーブのそばに積まれていた。
ざっと、大きさ的には人間一人分はあるだろうか。
最悪の想像が瞬時にコルムの脳裏をよぎり、叫んだ。
「骨ーーーーー!?」
クリーム色の狼の三角の耳は後ろに折れ、長い尻尾はすっかり丸まってしまい、本来大地をどこまでも駆ける立派な四肢はぷるぷる震えていた。
「お、俺が止めなかったばっかりにカツキがこんな姿に……!?」
「え? ちょっとコルム、何の話?」
震えるコルムの後ろから、アスベルとルネが入ってきた。
「先走るな、馬鹿! まったく。無事だったか、カツキ」
え、とコルムは声を上げ、アスベルの視線の先を見た。
小屋の奥には、牧草や樽、おそらく食糧が山積みにされていた。そこに、背中を丸めたカツキの姿があったのだ。
カツキは時折動いているし、そもそもすり鉢や石臼を引く音が聞こえる。何をしているのかは分からないが、少なくとも無事、生きている。
安堵したものの状況についていけず呆けているコルムへ、ラスナイトはそっと答える。
「えっと、カツキはね、ずっとあの調子で……穀物と牧草の配合を考えてくれてるの」
コルムの顔には、思いっきり「何のことそれ?」と書いてある。
すると、ルネがラスナイトを見て、不思議そうにしていた。
「あら? あなた、人馬?」
「父がそうです。母は獣人で」
「そうなの。夜分突然に失礼したわ、私はルネよ、こっちがアスベル。カツキの保護者のようなもので、心配して迎えにきたの」
そこでようやく、ラスナイトは来客の事情を理解したようで、布巾で慌てて手を拭いていた。どうやら、目の前の肉塊や骨は解体した牛のもので、ストーブの上にある煮立った鍋へ今から放り込むようだった。
当然、カツキはラスナイトに襲われてもいないし、食べられてもいない。
それが分かっても呆けたコルム、不可解な顔のアスベル、唯一状況に納得しているルネ。
アスベルはルネへ説明を要求する。散々脅された緊急事態とはなっていない、と非難がましい目を向けて。
「おい、どういうことだよルネさんよ」
「だから言ったでしょう、獣人も多種族との婚姻が進んでいるって。とはいえ、希少な人馬との混血は初めて見聞きしたわ」
「そうですか? ……そうかもしれませんね。父の故郷はずっと西で、旅をしてここに落ち着いたことしか知りませんけど」
ラスナイトの態度は、至って穏和そのものだ。彼女は獣人ではあるが、同時に人馬でもある。
大陸でも珍しい人馬は、少なくともヴィセア王国にはいない。ごく一般的な常識を持つルネの認識ではそうだったが、辺鄙なこの土地には旅をしてきた人馬がいたようだ。本来二足歩行の獣人とは違って四足歩行の人馬は穏やかで知的、芸術や音楽を好み、ときに歴史上教え導く師としての非凡な才能を発揮する者もいたほどだ。
どうやら、ラスナイトは人馬である父の血が濃いらしく、類稀な美貌と穏和な性格をしている。まさかカツキを襲って食べたりはしないだろう、というコルムの当初の印象どおりであり、ここには繁殖期に入って獰猛な本能剥き出しの獣人はいなかった。
そう、いないはずだ。
だが、コルムは何となく不安を覚えた。
「ねえ、ラス。久しぶりにこの村に来たけどさ……なんか、人が少なくない?」
言われて初めて、アスベルとルネは窓から村の様子を窺った。
篝火こそ家の前に焚かれているが、それだけだ。コルムが騒がしくしたにもかかわらず他の村人が出てくる様子もなく、それどころか生活音がしない。普通、夜とはいえ村人の食事や後片付けの音くらいはするし、レストナ村は山の上で涼しく静かな環境だから聞こえないはずもない。
ラスナイトは観念したように、目を伏せてこう言った。
「うん。獣人って血気盛んな人が多かったから……動ける人はみんな、北の村と戦って死んでしまったの」
その場にいた誰もが、固唾を呑む。
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