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第十九話 ぼっちの受難な件
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カツキは間違いなく、中学校のクラスではぼっちだった。
親しい友人知人はおらず、常に一人で行動し、別段それを寂しいとも思わなかった。目立つこともなく、馬鹿にされるような趣味も言動もなく、ただ人畜無害な大人しく影の薄いクラスメイトと認識されていただろう。
そのカツキから見たクラスメイトは、小学校の延長上のような馬鹿騒ぎをする集団としか思えなかった。同じ小学校から持ち上がりで同じクラスになった友人グループはいくつかあり、運動部に入った体格に恵まれた男子や女子、化粧を覚えて流行りに乗る女子グループもいた。つまりはそう、ごく普通の中学一年生のクラスメイトたちだった。それゆえにカツキは仲良くなるきっかけがなく、無意識に距離を取っていた。生物科学部に入った理由の一つに、クラスメイトが誰もいないから、という消極的な事情もあった。
カツキとリオを含めたクラスメイトは、お互いに接点がない以上名前を記憶することさえ難しく、カツキが召喚された場から脱出した際にもほとんど誰もカツキについて語ることはできなかったはずだ。クラスに一人はいるぼっちとしか認識されていない。
だからカツキはクラスメイトに対し罪悪感があっても、ある程度で済んでいた。
ところが、堂上リオが現れたことで、カツキの考えは改められてしまった。
(……明らかに、魔物と戦ってきた雰囲気だ。上手く祝福が使えて、魔王を倒す勇者らしくなって、ついでに背も伸びたんだろうな。そこだけは羨ましいけど、僕に……そんな役はできない。みんなにはできても、僕は無理だ。あそこから逃げ出していてよかった、こんなみっともなさを晒してクラスメイトの中で生きていくなんて、拷問だった)
リオの姿を見るだけで、カツキには肥大化していく罪悪感から劣等感が芽生え、アイギナ村で少しは養っていた自己肯定感がどんどん減っていく。
リオは何をしにきたのだろうか。早く帰ってほしい、しかしそう言えるだけの勇気はカツキにはない。
カツキはログハウスの扉を開けて、リオを招き入れる。パンの残り香がまだあった。
アスベルはいない。水を汲みに行ったのだろうか。カツキはリオをテーブルにつかせ、台所に残っていたぬるいお茶をマグカップに注いで差し出す。
「これ、ぬるいけど……」
「助かる。ちょうど喉が渇いてたんだ」
リオはいい人そうな顔をして、お茶を飲んでいた。
そう思えてしまう自分に嫌気が差し、カツキは顔を背ける。斜め前の椅子に座って、話を切り出した。
「それで、どうしてここに? 僕は、戦うことは何もできないから、こっちで人の役に立とうと思って……」
「ん? いや、偶然だよ。マジで」
「偶然?」
「そうそう。ほら、魔物避けミントの実験、あれってカツキが言い出したんだろ?」
そういえば、とカツキは思い出した。ルネを通してルシウスへ、魔物避けミントの効果を魔物の生息地で試してほしい、と頼んでいたのだった。レストナ村の一件があり、すっかり忘れていた。
「もしかして、担当したのは」
「俺とナオとアリサだよ。いやぁ、すごかったな! アリサの祝福で魔物の巣に植えてきて、三日観察したんだ。そしたら一日目で魔物がさあっと逃げ出して、三日待ったけどもう帰ってこなかったし……一日終わっただけで周囲がミントだらけになってた。臭かったなー、あれ!」
からから笑うリオは、一端の青年の顔をして、もう中学一年生という印象はない。元々背が高かったのだろう、これからさらに成長の余地を残しているのだから呆れるほかない。
(ミントの実験結果をわざわざ教えに来たのか、それともまだ他の用件があるのか。もしくは……逃げ出した僕を笑いにきた可能性だってある。くそ、なんでルシウス大臣に僕の居場所について口止めしとかなかったんだ。後悔先に立たずだよ、もう!)
間違いなく、カツキの存在と居場所を教えたのはルシウスだろう。カツキが矢面に立たないよう配慮してくれているが、実験をこなしてくれた元クラスメイトにならと教えてしまったと思われる。
何を言われるのか、とビクビクしているカツキの様子をようやく察したのか、リオは頭を掻いて、妙なことを言いはじめた。
「あのさ、カツキ……お前ってさ、俺たちのこと、嫌いだよな」
言いづらそうに、しかしカツキが聞きたくなかった言葉を、リオは吐いた。
その真意が分からず、カツキはテーブルの下に隠した拳を握りしめる。
反論したっていい。そうだと言ったっていい。でも、躊躇われた。カツキだってむやみやたらと嫌われたいわけではない、だから置いてきたクラスメイトにも罪悪感があって困っているほどだ。
それでも、面と向かって責められるのかと思うと、逃げ出したい気持ちに駆られる。
雰囲気を見るに、この世界に適応して、求められる役割をこなしているであろうリオは、カツキを責める資格があるのかもしれない。だからこそ、嫌なのだ。
ところが、リオはどうも、そういうことを言いたいわけではなさそうだった。
「いや、当然だと思う。お前のこと逃げ出したぼっちだとか何とか、みんな好き放題悪口言っててさ」
「それは、本当のことだから」
「でも、お前はここで頑張ってんだろ。ミントだって作ってたし、他のこともやってるって聞いた。他人様の役に立つことを、それこそ俺たちより」
リオの言葉は尻すぼみになり、カツキの耳にはよく聞こえなかった。
カツキは、いまいちリオの言いたいことが分からなかった。人生を楽しんで、青春をしているような中学生たちに、ぼっちのカツキのあり方なんて理解できないだろうし、カツキも羨ましく思わなくもないが積極的にそうなりたいとも思わない。水と油のような関係性で、こうして平和的に対話することもどちらかが努力しなくては実現しないことだっただろう。今回はきっと、リオが努力し、譲歩した結果だ、とカツキは思っている。
ただ……リオは、まるで自分に言い聞かせるかのように、自分たちの行いの反省を口にした。
「俺たちは、はしゃぎすぎてた。川村たちが一度西に行って失敗したあと、城中で好き放題言われてさ。挽回するために、っていうか、馬鹿やらないために、みんなで考え直したんだ」
ふぅん、とカツキは相槌を打つ。
正直言って、カツキはリオたちの現状や立場をよく分かっていない。今説明されたことも、興味がないせいかそれともリオの言葉足らずのせいか、半分くらいしか頭に入ってきていない。
そこで、やっと聞き覚えのある名前が出て、カツキの耳も冴えてきた。
「そしたら、ルシウス大臣からお前のやってることを聞いて、戦いだけじゃない、できることをやればいいんだってみんな感心してたよ。あ、お前の名前は出てないし、ここにいることも俺しか知らないから大丈夫だぞ!」
「はは……みんな、僕の名前なんて憶えてないだろうしね」
「う、うん、まあ、そうだったな」
リオは嘘を吐けないたちなのかどうか、否定はしなかった。ともかく、自身の名前が憶えられていないようで何より、カツキはそこだけ聞いて安心する。
では、その名前も憶えていないぼっちに、リオは何を言いにきたのか。
答えは、すぐにリオの口から出てきた。
「頼む、カツキ。もっと俺たちに力を貸してくれ」
それは何となく予想はできていて、何となく嫌なことだった。
カツキは、拒否はしない。ただ、進んで協力もしたくなかった。
「そんなこと言われても、僕にできるのは魔物避けミントを作ることが精一杯だ。残りはまだあるから、全部持っていっていい。祝福で成長を早めているから、前より早く育つよ」
アイギナ村で起きたミントテロ事件を思い出せば、まあ魔物避けミントも効果はあるだろう。大陸西半分がミントだらけになるだろうが、致し方ない。
カツキはもうこれ以上、クラスメイトに会いたくなかった。会ったところで友好的な関係にはなれない、一度はクラスメイトを見捨てた身だからだ。たとえ暖かく迎えられるとしても、カツキは彼らのようには戦えない。アイギナ村にいて誰かの役に立つこと、それがカツキの役割であり、唯一できることだと信じている。
「それもそうなんだが、もう一つ重要なことがあって」
「重要?」
「そう! これ、何だと思う?」
リオはベルトから吊るしていた皮袋を二つ、テーブルの上に置こうとして躊躇い、カツキの椅子の隣にやってきて、床に置いて封を開けた。
カツキが反射的に覗き込むと、そこには——。
「西にある魔王のいる島の土とか岩、枯れてるけど植物だ。これを分析して」
リオはいい笑顔で、やっぱり妙なことを言った。
「めっちゃ育つ作物を作ってほしい!」
親しい友人知人はおらず、常に一人で行動し、別段それを寂しいとも思わなかった。目立つこともなく、馬鹿にされるような趣味も言動もなく、ただ人畜無害な大人しく影の薄いクラスメイトと認識されていただろう。
そのカツキから見たクラスメイトは、小学校の延長上のような馬鹿騒ぎをする集団としか思えなかった。同じ小学校から持ち上がりで同じクラスになった友人グループはいくつかあり、運動部に入った体格に恵まれた男子や女子、化粧を覚えて流行りに乗る女子グループもいた。つまりはそう、ごく普通の中学一年生のクラスメイトたちだった。それゆえにカツキは仲良くなるきっかけがなく、無意識に距離を取っていた。生物科学部に入った理由の一つに、クラスメイトが誰もいないから、という消極的な事情もあった。
カツキとリオを含めたクラスメイトは、お互いに接点がない以上名前を記憶することさえ難しく、カツキが召喚された場から脱出した際にもほとんど誰もカツキについて語ることはできなかったはずだ。クラスに一人はいるぼっちとしか認識されていない。
だからカツキはクラスメイトに対し罪悪感があっても、ある程度で済んでいた。
ところが、堂上リオが現れたことで、カツキの考えは改められてしまった。
(……明らかに、魔物と戦ってきた雰囲気だ。上手く祝福が使えて、魔王を倒す勇者らしくなって、ついでに背も伸びたんだろうな。そこだけは羨ましいけど、僕に……そんな役はできない。みんなにはできても、僕は無理だ。あそこから逃げ出していてよかった、こんなみっともなさを晒してクラスメイトの中で生きていくなんて、拷問だった)
リオの姿を見るだけで、カツキには肥大化していく罪悪感から劣等感が芽生え、アイギナ村で少しは養っていた自己肯定感がどんどん減っていく。
リオは何をしにきたのだろうか。早く帰ってほしい、しかしそう言えるだけの勇気はカツキにはない。
カツキはログハウスの扉を開けて、リオを招き入れる。パンの残り香がまだあった。
アスベルはいない。水を汲みに行ったのだろうか。カツキはリオをテーブルにつかせ、台所に残っていたぬるいお茶をマグカップに注いで差し出す。
「これ、ぬるいけど……」
「助かる。ちょうど喉が渇いてたんだ」
リオはいい人そうな顔をして、お茶を飲んでいた。
そう思えてしまう自分に嫌気が差し、カツキは顔を背ける。斜め前の椅子に座って、話を切り出した。
「それで、どうしてここに? 僕は、戦うことは何もできないから、こっちで人の役に立とうと思って……」
「ん? いや、偶然だよ。マジで」
「偶然?」
「そうそう。ほら、魔物避けミントの実験、あれってカツキが言い出したんだろ?」
そういえば、とカツキは思い出した。ルネを通してルシウスへ、魔物避けミントの効果を魔物の生息地で試してほしい、と頼んでいたのだった。レストナ村の一件があり、すっかり忘れていた。
「もしかして、担当したのは」
「俺とナオとアリサだよ。いやぁ、すごかったな! アリサの祝福で魔物の巣に植えてきて、三日観察したんだ。そしたら一日目で魔物がさあっと逃げ出して、三日待ったけどもう帰ってこなかったし……一日終わっただけで周囲がミントだらけになってた。臭かったなー、あれ!」
からから笑うリオは、一端の青年の顔をして、もう中学一年生という印象はない。元々背が高かったのだろう、これからさらに成長の余地を残しているのだから呆れるほかない。
(ミントの実験結果をわざわざ教えに来たのか、それともまだ他の用件があるのか。もしくは……逃げ出した僕を笑いにきた可能性だってある。くそ、なんでルシウス大臣に僕の居場所について口止めしとかなかったんだ。後悔先に立たずだよ、もう!)
間違いなく、カツキの存在と居場所を教えたのはルシウスだろう。カツキが矢面に立たないよう配慮してくれているが、実験をこなしてくれた元クラスメイトにならと教えてしまったと思われる。
何を言われるのか、とビクビクしているカツキの様子をようやく察したのか、リオは頭を掻いて、妙なことを言いはじめた。
「あのさ、カツキ……お前ってさ、俺たちのこと、嫌いだよな」
言いづらそうに、しかしカツキが聞きたくなかった言葉を、リオは吐いた。
その真意が分からず、カツキはテーブルの下に隠した拳を握りしめる。
反論したっていい。そうだと言ったっていい。でも、躊躇われた。カツキだってむやみやたらと嫌われたいわけではない、だから置いてきたクラスメイトにも罪悪感があって困っているほどだ。
それでも、面と向かって責められるのかと思うと、逃げ出したい気持ちに駆られる。
雰囲気を見るに、この世界に適応して、求められる役割をこなしているであろうリオは、カツキを責める資格があるのかもしれない。だからこそ、嫌なのだ。
ところが、リオはどうも、そういうことを言いたいわけではなさそうだった。
「いや、当然だと思う。お前のこと逃げ出したぼっちだとか何とか、みんな好き放題悪口言っててさ」
「それは、本当のことだから」
「でも、お前はここで頑張ってんだろ。ミントだって作ってたし、他のこともやってるって聞いた。他人様の役に立つことを、それこそ俺たちより」
リオの言葉は尻すぼみになり、カツキの耳にはよく聞こえなかった。
カツキは、いまいちリオの言いたいことが分からなかった。人生を楽しんで、青春をしているような中学生たちに、ぼっちのカツキのあり方なんて理解できないだろうし、カツキも羨ましく思わなくもないが積極的にそうなりたいとも思わない。水と油のような関係性で、こうして平和的に対話することもどちらかが努力しなくては実現しないことだっただろう。今回はきっと、リオが努力し、譲歩した結果だ、とカツキは思っている。
ただ……リオは、まるで自分に言い聞かせるかのように、自分たちの行いの反省を口にした。
「俺たちは、はしゃぎすぎてた。川村たちが一度西に行って失敗したあと、城中で好き放題言われてさ。挽回するために、っていうか、馬鹿やらないために、みんなで考え直したんだ」
ふぅん、とカツキは相槌を打つ。
正直言って、カツキはリオたちの現状や立場をよく分かっていない。今説明されたことも、興味がないせいかそれともリオの言葉足らずのせいか、半分くらいしか頭に入ってきていない。
そこで、やっと聞き覚えのある名前が出て、カツキの耳も冴えてきた。
「そしたら、ルシウス大臣からお前のやってることを聞いて、戦いだけじゃない、できることをやればいいんだってみんな感心してたよ。あ、お前の名前は出てないし、ここにいることも俺しか知らないから大丈夫だぞ!」
「はは……みんな、僕の名前なんて憶えてないだろうしね」
「う、うん、まあ、そうだったな」
リオは嘘を吐けないたちなのかどうか、否定はしなかった。ともかく、自身の名前が憶えられていないようで何より、カツキはそこだけ聞いて安心する。
では、その名前も憶えていないぼっちに、リオは何を言いにきたのか。
答えは、すぐにリオの口から出てきた。
「頼む、カツキ。もっと俺たちに力を貸してくれ」
それは何となく予想はできていて、何となく嫌なことだった。
カツキは、拒否はしない。ただ、進んで協力もしたくなかった。
「そんなこと言われても、僕にできるのは魔物避けミントを作ることが精一杯だ。残りはまだあるから、全部持っていっていい。祝福で成長を早めているから、前より早く育つよ」
アイギナ村で起きたミントテロ事件を思い出せば、まあ魔物避けミントも効果はあるだろう。大陸西半分がミントだらけになるだろうが、致し方ない。
カツキはもうこれ以上、クラスメイトに会いたくなかった。会ったところで友好的な関係にはなれない、一度はクラスメイトを見捨てた身だからだ。たとえ暖かく迎えられるとしても、カツキは彼らのようには戦えない。アイギナ村にいて誰かの役に立つこと、それがカツキの役割であり、唯一できることだと信じている。
「それもそうなんだが、もう一つ重要なことがあって」
「重要?」
「そう! これ、何だと思う?」
リオはベルトから吊るしていた皮袋を二つ、テーブルの上に置こうとして躊躇い、カツキの椅子の隣にやってきて、床に置いて封を開けた。
カツキが反射的に覗き込むと、そこには——。
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