異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ

文字の大きさ
19 / 36

第十九話 ぼっちの受難な件

しおりを挟む
 カツキは間違いなく、中学校のクラスではぼっちだった。

 親しい友人知人はおらず、常に一人で行動し、別段それを寂しいとも思わなかった。目立つこともなく、馬鹿にされるような趣味も言動もなく、ただ人畜無害な大人しく影の薄いクラスメイトと認識されていただろう。

 そのカツキから見たクラスメイトは、小学校の延長上のような馬鹿騒ぎをする集団としか思えなかった。同じ小学校から持ち上がりで同じクラスになった友人グループはいくつかあり、運動部に入った体格に恵まれた男子や女子、化粧を覚えて流行りに乗る女子グループもいた。つまりはそう、ごく普通の中学一年生のクラスメイトたちだった。それゆえにカツキは仲良くなるきっかけがなく、無意識に距離を取っていた。生物科学部に入った理由の一つに、クラスメイトが誰もいないから、という消極的な事情もあった。

 カツキとリオを含めたクラスメイトは、お互いに接点がない以上名前を記憶することさえ難しく、カツキが召喚された場から脱出した際にもほとんど誰もカツキについて語ることはできなかったはずだ。クラスに一人はいるぼっちとしか認識されていない。

 だからカツキはクラスメイトに対し罪悪感があっても、ある程度で済んでいた。

 ところが、堂上リオが現れたことで、カツキの考えは改められてしまった。

(……明らかに、魔物と戦ってきた雰囲気だ。上手く祝福ギフトが使えて、魔王を倒す勇者らしくなって、ついでに背も伸びたんだろうな。そこだけは羨ましいけど、僕に……そんな役はできない。みんなにはできても、僕は無理だ。あそこから逃げ出していてよかった、こんなみっともなさを晒してクラスメイトの中で生きていくなんて、拷問だった)

 リオの姿を見るだけで、カツキには肥大化していく罪悪感から劣等感が芽生え、アイギナ村で少しは養っていた自己肯定感がどんどん減っていく。

 リオは何をしにきたのだろうか。早く帰ってほしい、しかしそう言えるだけの勇気はカツキにはない。

 カツキはログハウスの扉を開けて、リオを招き入れる。パンの残り香がまだあった。

 アスベルはいない。水を汲みに行ったのだろうか。カツキはリオをテーブルにつかせ、台所に残っていたぬるいお茶をマグカップに注いで差し出す。

「これ、ぬるいけど……」
「助かる。ちょうど喉が渇いてたんだ」

 リオはいい人そうな顔をして、お茶を飲んでいた。

 そう思えてしまう自分に嫌気が差し、カツキは顔を背ける。斜め前の椅子に座って、話を切り出した。

「それで、どうしてここに? 僕は、戦うことは何もできないから、こっちで人の役に立とうと思って……」
「ん? いや、偶然だよ。マジで」
「偶然?」
「そうそう。ほら、魔物避けミントの実験、あれってカツキが言い出したんだろ?」

 そういえば、とカツキは思い出した。ルネを通してルシウスへ、魔物避けミントの効果を魔物の生息地で試してほしい、と頼んでいたのだった。レストナ村の一件があり、すっかり忘れていた。

「もしかして、担当したのは」
「俺とナオとアリサだよ。いやぁ、すごかったな! アリサの祝福ギフトで魔物の巣に植えてきて、三日観察したんだ。そしたら一日目で魔物がさあっと逃げ出して、三日待ったけどもう帰ってこなかったし……一日終わっただけで周囲がミントだらけになってた。臭かったなー、あれ!」

 からから笑うリオは、一端の青年の顔をして、もう中学一年生という印象はない。元々背が高かったのだろう、これからさらに成長の余地を残しているのだから呆れるほかない。

(ミントの実験結果をわざわざ教えに来たのか、それともまだ他の用件があるのか。もしくは……逃げ出した僕を笑いにきた可能性だってある。くそ、なんでルシウス大臣に僕の居場所について口止めしとかなかったんだ。後悔先に立たずだよ、もう!)

 間違いなく、カツキの存在と居場所を教えたのはルシウスだろう。カツキが矢面に立たないよう配慮してくれているが、実験をこなしてくれた元クラスメイトにならと教えてしまったと思われる。

 何を言われるのか、とビクビクしているカツキの様子をようやく察したのか、リオは頭を掻いて、妙なことを言いはじめた。

「あのさ、カツキ……お前ってさ、俺たちのこと、嫌いだよな」

 言いづらそうに、しかしカツキが聞きたくなかった言葉を、リオは吐いた。

 その真意が分からず、カツキはテーブルの下に隠した拳を握りしめる。

 反論したっていい。そうだと言ったっていい。でも、躊躇われた。カツキだってむやみやたらと嫌われたいわけではない、だから置いてきたクラスメイトにも罪悪感があって困っているほどだ。

 それでも、面と向かって責められるのかと思うと、逃げ出したい気持ちに駆られる。

 雰囲気を見るに、この世界に適応して、求められる役割をこなしているであろうリオは、カツキを責める資格があるのかもしれない。だからこそ、嫌なのだ。

 ところが、リオはどうも、そういうことを言いたいわけではなさそうだった。

「いや、当然だと思う。お前のこと逃げ出したぼっちだとか何とか、みんな好き放題悪口言っててさ」
「それは、本当のことだから」
「でも、お前はここで頑張ってんだろ。ミントだって作ってたし、他のこともやってるって聞いた。他人様の役に立つことを、それこそ俺たちより」

 リオの言葉は尻すぼみになり、カツキの耳にはよく聞こえなかった。

 カツキは、いまいちリオの言いたいことが分からなかった。人生を楽しんで、青春をしているような中学生たちに、ぼっちのカツキのあり方なんて理解できないだろうし、カツキも羨ましく思わなくもないが積極的にそうなりたいとも思わない。水と油のような関係性で、こうして平和的に対話することもどちらかが努力しなくては実現しないことだっただろう。今回はきっと、リオが努力し、譲歩した結果だ、とカツキは思っている。

 ただ……リオは、まるで自分に言い聞かせるかのように、自分たちの行いの反省を口にした。

「俺たちは、はしゃぎすぎてた。川村たちが一度西に行って失敗したあと、城中で好き放題言われてさ。挽回するために、っていうか、馬鹿やらないために、みんなで考え直したんだ」

 ふぅん、とカツキは相槌を打つ。

 正直言って、カツキはリオたちの現状や立場をよく分かっていない。今説明されたことも、興味がないせいかそれともリオの言葉足らずのせいか、半分くらいしか頭に入ってきていない。

 そこで、やっと聞き覚えのある名前が出て、カツキの耳も冴えてきた。

「そしたら、ルシウス大臣からお前のやってることを聞いて、戦いだけじゃない、できることをやればいいんだってみんな感心してたよ。あ、お前の名前は出てないし、ここにいることも俺しか知らないから大丈夫だぞ!」
「はは……みんな、僕の名前なんて憶えてないだろうしね」
「う、うん、まあ、そうだったな」

 リオは嘘を吐けないたちなのかどうか、否定はしなかった。ともかく、自身の名前が憶えられていないようで何より、カツキはそこだけ聞いて安心する。

 では、その名前も憶えていないぼっちに、リオは何を言いにきたのか。

 答えは、すぐにリオの口から出てきた。

「頼む、カツキ。もっと俺たちに力を貸してくれ」

 それは何となく予想はできていて、何となく嫌なことだった。

 カツキは、拒否はしない。ただ、進んで協力もしたくなかった。

「そんなこと言われても、僕にできるのは魔物避けミントを作ることが精一杯だ。残りはまだあるから、全部持っていっていい。祝福ギフトで成長を早めているから、前より早く育つよ」

 アイギナ村で起きたミントテロ事件を思い出せば、まあ魔物避けミントも効果はあるだろう。大陸西半分がミントだらけになるだろうが、致し方ない。

 カツキはもうこれ以上、クラスメイトに会いたくなかった。会ったところで友好的な関係にはなれない、一度はクラスメイトを見捨てた身だからだ。たとえ暖かく迎えられるとしても、カツキは彼らのようには戦えない。アイギナ村にいて誰かの役に立つこと、それがカツキの役割であり、唯一できることだと信じている。

「それもそうなんだが、もう一つ重要なことがあって」
「重要?」
「そう! これ、何だと思う?」

 リオはベルトから吊るしていた皮袋を二つ、テーブルの上に置こうとして躊躇い、カツキの椅子の隣にやってきて、床に置いて封を開けた。

 カツキが反射的に覗き込むと、そこには——。

「西にある魔王のいる島の土とか岩、枯れてるけど植物だ。これを分析して」

 リオはいい笑顔で、やっぱり妙なことを言った。

「めっちゃ育つ作物を作ってほしい!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...