異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ

文字の大きさ
23 / 36

第二十三話 状況整理したい件

しおりを挟む
 薄暗くなってきた空の下、ログハウスに辿り着くと夕食を作っているいい匂いが道にまで漂ってきていた。ラスナイトが夕食の支度をして待っているのだ。

 ログハウスの中に入れば、窓を開けているにもかかわらず、香草とともに肉がオーブンの中で焼ける匂いが充満していた。食べ盛りの男子中学生にはとても食欲をそそる、肉から染み出した脂がしきりに弾ける音までして何ともたまらない。

「はぁい、ラスちゃん。元気?」
「はい! お帰りなさい、二人とも。ルネ様も夕食はいかがですか?」
「そうね、いただこうかしら。頼むわ」
「お任せください!」

 ラスナイトはうきうきした足取りで、意外と小回りのきく馬の下半身を中心に動き回り、テキパキと働いていた。作り置きのお茶のポットとコップを手に、カツキとルネは邪魔にならないよう奥の部屋に場所を移し、ベッドや小さなスツールに腰掛けて、『大事な話』を始めた。

「まず、いい報告から話すわ。あなたの提案で、王国全土に広がっていた『M-エム・Originオリジン』を含む紫の石の無力化はほぼ実行され、成果を上げているわ。危機は未然に防がれ、これで謎の病や不作が襲うことはないでしょう。それに、このことは魔王が企んだのかもしれない、と当然疑う声は出たけれど、証拠はないわ。実際に話して確かめるまで、そこは不明よ」

 カツキは胸を撫で下ろした。両手を挙げて喜ぶまでは行かずとも、予想される被害を全面回避できたことは大きな収穫だ。

「それと、肥料を与えた作物に関しては順調に生育しているそうよ。私は農業の専門家ではないから具体的な話は分からないけれど、普段よりはいい傾向にあると理解してかまわない、と報告を受けているわ。まあ、あなたのところみたいに一日で収穫できるようになったりはしていないと思うけれど」
「うんまあ、『農耕神クエビコの手』から離れてるからそれはないと思う。でも、順調そうでよかった」
「ええ、そうね。さて、もう一つ、いい報告はあるけれど……同時に悪い報告でもあるわ。例の、魔物避けミントの実験についてよ」
「どうだった?」
「植えてすぐに魔物が退散したことは確実。でも、ミントの繁殖力がとんでもなくて、この地図で言うと」

 ルネはポケットから一枚の紙を取り出した。何も書かれていない、しかしすぐにルネは菱形を描き、西に当たる左に適当な円形を、菱形内部の左寄りのところに小さく丸印を入れた。即席の大陸地図の完成だ。

「ここ、大陸西半分の交通の要衝である都市付近に植えさせたんだけれど、ここを起点に恐ろしい速さで南北に流れる川の沿岸にミントが増殖しているわ。大陸を分断する勢いよ」

 そう言って、ルネは丸印の右側に、大陸を縦断する線を描き足した。

 それは川で、まさしく大陸を縦に走る一本の線なのだが——ルネがその周囲一センチに細かく斜線を引いていったことで、やっとカツキはその意味を理解した。

「あ、ということは! ここに、魔物が入らなくて、人間も入りづらい緩衝地帯ができたってことか!」
「そういうこと。これで一安心、実験の域を超えたものの、結果オーライよ。現状、ミントの縦断地帯ができてから、人類生存圏で魔物の襲撃による死者は報告されていないわ。越えた人間までは流石に面倒は見切れないから放っておくとして」

 何とも凄まじい話である。魔物避けのミントは『農耕神クエビコの手』によって最適な肥料を作り、一緒に植えるよう指示を出していたのだが、大陸を縦断するほど増殖していくとはカツキも予想外だった。せいぜい魔物が近づかなくなることが確認できれば、とカツキは思っていたのに、植えた場所近くに大陸を縦断する大河があったせいか思わぬ嬉しい誤算だ。

 魔物避けのミントは期せずして人類の安全地帯を作り出したということだが、おそらく魔物どころか人間も臭くて近寄れないだろうことはカツキも予想がつく。アイギナ村中の道を覆うほど増えただけで爽快を通り越して鼻が曲がる臭さだったのだから、川に沿ってびっしり生えたミントの大草原など想像するだけでカツキは吐きそうになっていた。

 まさに『ミントテロ』、敵も味方も寄り付けなくなるほどの効果を上げたのだ。

 そしてこのときのカツキはまだ知らない。ミントは近縁種との異種交配が可能で、どんどん雑種が増えていく。臭いも混ざり合って、雑草となったミントはもはやただ臭いだけの草だ。精油など作ることさえできないし、焼き払ってもまた生えてくる尋常でない生命力を誇るため、今後百年以上、人類は西方の大穀倉地帯への道を閉ざす『緑の緩衝地帯グリーンベルト』を根絶することができないだろう。人間の業とは、ときに自らへ手厳しく返ってくるのである。

「で、ここからが悪い報告。魔王側との交渉チャンネルが見つからないのよ……」
「そもそもどうやって見つけるつもりだったの?」
「堂上リオっていうあなたと同じ英雄の一人がいるでしょう? 彼の仲間に、隠密行動の祝福ギフトを持つ子がいるらしくて」
「らしい?」
「リオが頑なに名前を明かさないのよ。誰がそうなのか、私たち側では判別できないわ。賢いわね、あの子。仲間が利用されないよう、自分を窓口にして守っているのよ。その祝福ギフトを利用して、リオが率いる小規模な英雄一行は西にある魔王の住む島、イルストリアへ秘密裏に上陸したの。そうして、土や植物だけじゃなく、情報を持ち帰ってきたわ。判明したのは……現状、イルストリア沿岸部には街も畑も何もない、見渡すかぎり未開の原野が広がっているだけの大地だということくらいよ」

 つらつらつら、とルネが澱みなく喋る。頭がいい人間特有の早口で、一度では理解しきれないカツキは、自分の中で何度か咀嚼しつつ、その内容をようやく把握したあと自然と口から疑問が湧いて出た。

「魔王って何者……?」

 この世界の人々は魔王の和平交渉に応じず、殺されるか殺すかの泥沼戦争へ突入した。魔王は魔物を侵攻に使って大陸の西半分をすでに占領している。リオは魔王へ適性のある作物を贈って交渉材料にしようとした。

 ここまでの情報で、確実に分かることはただ一つ。

 人類と魔王は、言語は通じているが、和平には至らず敵対していた。

 では、その根本的な原因解消と、これから和平に至れるかどうかの話し合い、これは解決できることだろうか?

 ルネは重々しく、こう言った。

「魔王というのも、あくまで人間側からの蔑称でしかないわ。本来はイルストリアの神の血を受け継いだだもの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...