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第二十六話 むかしむかしの疑問の件
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「たとえばねぇ、人狼の始まりの話はこんな感じだよ」
あるとき、雌狼の精霊が人間に恋をしました。
精霊を祀る狼の部族の皆は反対します。「人間なんて禿げてるし弱いし狩りも下手だ、あなたにふさわしくない」と。
しかし、雌狼の精霊は神に問いました。
「私は間違っているのか?」
その答えは、難しいものでした。
「違うもの、弱いものを淘汰していった先には、何が残るだろうか。己のみを考えるよりも、他者を考える機会に恵まれたものは、きっと尊い。成功や持続、それに伴う栄誉よりも、諦めずに試行錯誤に挑戦することこそ価値がある。岩がそこにあるのは耐え忍んだからであり、そこにいる利益を求めたからではないのだ」
神は雌狼の精霊を人間と同じ体にしてあげました。
雌狼の精霊はルプシアという名前を得て、人狼の祖先となりました。
やがてルプシアは神の子孫に仕え、乳母の役割もこなすようになりました。ルプシアが乳を与えた子は例外なく立派な人物に育ったため、人狼の乳母に育てられた子は丈夫で長生きする、と言い伝えられています。
「俺の祖母さんも母さんも、昔の領主様とかお金持ちの家に雇われて乳母をやってたことあるよ。そういうときはしょっちゅういい肉をもらえるんだ、すっごい美味しいの!」
「へー。今度、アイギナ村でもいい肉の生産に頑張ってみようかな」
「やってやって! お肉! お肉!」
「それで、続きは?」
「あ、うん、続きはね……」
あるとき、神は死に、子孫は追われて大陸を去りました。
神の恩恵を受けたものたちは嘆き悲しみます。守れなかった己の無力を、神を捨てた人類たちの傲慢を。それからというもの、大陸に残る神の威光は弱まり、新たな種族を生み出すことはなくなりました。
ところが、神の子孫の一人が、大陸に戻ってきてこう呼びかけました。
「変化を恐れる権力者たちは私を疎むが、あらゆるものは千変万化、進化し、流転していくもの。私は変化を与える」
のちに彼女は各国の王たちに『魔王』と名付けられ、彼女に従うものとそうでないものたちの戦いが始まりました。長く続いた戦いの末、ついには魔王は敗れ、姿を消しました。ところが、すでに大陸は彼女の与えたとおりの変化に見舞われ、幾度もの変革と改革の末に国々の滅亡と勃興を迎え、新たな時代に入ったのです。
それからというもの、時代の節目には必ず魔王が大陸へやってきて、人類と戦い、革命的な衝動を与えて去っていきます。
「これ、何年くらいの間隔で大陸に魔王が攻めてくるんだ?」
「えーと、確か早くて数百年、遅くても千年くらいだって祖父さんが言ってたよ」
「ふーん……魔王は何度負けても来るんだな」
「そうだね。あれ、何でだろう?」
「何か目的があって来るんだよな。人類をごちゃ混ぜにして帰るって愉快犯じみてるけど」
「何でだろうねぇ……あ、そうそう。その魔王の侵攻に対抗するために、人類側は異世界から英雄を召喚する方法を作ったんだけど、内容は極秘だから分かんない」
「へー」
「それでね、魔王は人類の中で味方を募ったり、魔物を引き連れてきたりしてて、すっごく恐ろしくて強いんだって! 伝説では一夜で砂漠の国を滅ぼしたり、摩訶不思議な魔法を使ったり、怖いねぇ!」
(多分、ものすごく尾ひれがついて眉唾だろうけどコルムは信じてるから言わないでおこう)
魔王が残していった魔物は、大陸各地で災いをもたらしました。
たとえばスライムが大量に川に積み上がってダムを作っていたり、マンドラゴラが増殖して手がつけられなくなっていたり、それはもう人類の生活に大きな被害を与えていきました。
他方で、こんなこともありました。ロック鳥という大きな大きな鳥が一羽現れ、それを弓の名人が撃ち落とすと、一つの都市の住民全員の一年分の食料が得られたと言います。
人類も一枚岩ではありません。粗暴さから虐げられることの多い獣人たちは魔王を信奉して人々を襲うことも多々あり、人類は彼らを手懐けることに苦心しました。中立的な立場を取る人魚、歌鳥たちは魔王の伝説を歌い語り継ぎ、知的な人馬たちは魔王への対抗手段を編み出して人々へ教えました。
人類はふと考えます。
「なぜ魔王は大陸にやってくるのだろう」
その問いは未だ答えがなく、魔王は大陸に住む人類の敵として認識されるほかありません。
未だ残る神の威光が人類に祝福を与え、人類は神が味方しているのだと思っています。ならばなぜ、魔王は祖先である神の味方に刃向かうのでしょう。
それとも、その考えさえも間違っているのでしょうか。
謎は尽きません。
「これでおしまい!」
「え、終わり?」
「うん。俺が知ってるのはここまで。祖父さんから聞いた分だけだよ。他は……エーバ村長ならもっと知ってるかも、トロルだから長寿だし」
「いや、そこまではしなくていいや。まあ、コルムのおかげで何となく分かったし」
カツキは寝転んでいるコルムの頭をぐりぐりと撫でる。
コルムは気持ちよさそうに目を閉じ、自分の仕事を果たしたのだとばかりに満足そうだ。
コルムの語った昔話は奇妙だった。なぜか大陸にやってくる魔王、神は死んで神の威光だけが残る大陸、一枚岩ではない人類。不思議といえば不思議で、この世界がそういうものなのだと言われればそれで納得するしかない話でもある。
それらはともかく、目下カツキが頭を悩ませている問題は、魔王と話が通じるか、ただそれだけだ。聞くかぎりでは人類と和平交渉したという話はないが、果たして今の魔王は今も話し合いをする気があるのだろうか。それはカツキも分からない、ルネの成果報告を待つしかなかった。
はるか西の島イルストリアで、魔王は何をして、何を考え、何を夢見ているのだろう。
カツキがそれを考えているのとほぼ同時刻。
ちょうどその手がかりをイルストリアへ潜入していたアリサが持ち帰り、リオが難しい顔をしてアイギナ村への出立準備を進めていた。
あるとき、雌狼の精霊が人間に恋をしました。
精霊を祀る狼の部族の皆は反対します。「人間なんて禿げてるし弱いし狩りも下手だ、あなたにふさわしくない」と。
しかし、雌狼の精霊は神に問いました。
「私は間違っているのか?」
その答えは、難しいものでした。
「違うもの、弱いものを淘汰していった先には、何が残るだろうか。己のみを考えるよりも、他者を考える機会に恵まれたものは、きっと尊い。成功や持続、それに伴う栄誉よりも、諦めずに試行錯誤に挑戦することこそ価値がある。岩がそこにあるのは耐え忍んだからであり、そこにいる利益を求めたからではないのだ」
神は雌狼の精霊を人間と同じ体にしてあげました。
雌狼の精霊はルプシアという名前を得て、人狼の祖先となりました。
やがてルプシアは神の子孫に仕え、乳母の役割もこなすようになりました。ルプシアが乳を与えた子は例外なく立派な人物に育ったため、人狼の乳母に育てられた子は丈夫で長生きする、と言い伝えられています。
「俺の祖母さんも母さんも、昔の領主様とかお金持ちの家に雇われて乳母をやってたことあるよ。そういうときはしょっちゅういい肉をもらえるんだ、すっごい美味しいの!」
「へー。今度、アイギナ村でもいい肉の生産に頑張ってみようかな」
「やってやって! お肉! お肉!」
「それで、続きは?」
「あ、うん、続きはね……」
あるとき、神は死に、子孫は追われて大陸を去りました。
神の恩恵を受けたものたちは嘆き悲しみます。守れなかった己の無力を、神を捨てた人類たちの傲慢を。それからというもの、大陸に残る神の威光は弱まり、新たな種族を生み出すことはなくなりました。
ところが、神の子孫の一人が、大陸に戻ってきてこう呼びかけました。
「変化を恐れる権力者たちは私を疎むが、あらゆるものは千変万化、進化し、流転していくもの。私は変化を与える」
のちに彼女は各国の王たちに『魔王』と名付けられ、彼女に従うものとそうでないものたちの戦いが始まりました。長く続いた戦いの末、ついには魔王は敗れ、姿を消しました。ところが、すでに大陸は彼女の与えたとおりの変化に見舞われ、幾度もの変革と改革の末に国々の滅亡と勃興を迎え、新たな時代に入ったのです。
それからというもの、時代の節目には必ず魔王が大陸へやってきて、人類と戦い、革命的な衝動を与えて去っていきます。
「これ、何年くらいの間隔で大陸に魔王が攻めてくるんだ?」
「えーと、確か早くて数百年、遅くても千年くらいだって祖父さんが言ってたよ」
「ふーん……魔王は何度負けても来るんだな」
「そうだね。あれ、何でだろう?」
「何か目的があって来るんだよな。人類をごちゃ混ぜにして帰るって愉快犯じみてるけど」
「何でだろうねぇ……あ、そうそう。その魔王の侵攻に対抗するために、人類側は異世界から英雄を召喚する方法を作ったんだけど、内容は極秘だから分かんない」
「へー」
「それでね、魔王は人類の中で味方を募ったり、魔物を引き連れてきたりしてて、すっごく恐ろしくて強いんだって! 伝説では一夜で砂漠の国を滅ぼしたり、摩訶不思議な魔法を使ったり、怖いねぇ!」
(多分、ものすごく尾ひれがついて眉唾だろうけどコルムは信じてるから言わないでおこう)
魔王が残していった魔物は、大陸各地で災いをもたらしました。
たとえばスライムが大量に川に積み上がってダムを作っていたり、マンドラゴラが増殖して手がつけられなくなっていたり、それはもう人類の生活に大きな被害を与えていきました。
他方で、こんなこともありました。ロック鳥という大きな大きな鳥が一羽現れ、それを弓の名人が撃ち落とすと、一つの都市の住民全員の一年分の食料が得られたと言います。
人類も一枚岩ではありません。粗暴さから虐げられることの多い獣人たちは魔王を信奉して人々を襲うことも多々あり、人類は彼らを手懐けることに苦心しました。中立的な立場を取る人魚、歌鳥たちは魔王の伝説を歌い語り継ぎ、知的な人馬たちは魔王への対抗手段を編み出して人々へ教えました。
人類はふと考えます。
「なぜ魔王は大陸にやってくるのだろう」
その問いは未だ答えがなく、魔王は大陸に住む人類の敵として認識されるほかありません。
未だ残る神の威光が人類に祝福を与え、人類は神が味方しているのだと思っています。ならばなぜ、魔王は祖先である神の味方に刃向かうのでしょう。
それとも、その考えさえも間違っているのでしょうか。
謎は尽きません。
「これでおしまい!」
「え、終わり?」
「うん。俺が知ってるのはここまで。祖父さんから聞いた分だけだよ。他は……エーバ村長ならもっと知ってるかも、トロルだから長寿だし」
「いや、そこまではしなくていいや。まあ、コルムのおかげで何となく分かったし」
カツキは寝転んでいるコルムの頭をぐりぐりと撫でる。
コルムは気持ちよさそうに目を閉じ、自分の仕事を果たしたのだとばかりに満足そうだ。
コルムの語った昔話は奇妙だった。なぜか大陸にやってくる魔王、神は死んで神の威光だけが残る大陸、一枚岩ではない人類。不思議といえば不思議で、この世界がそういうものなのだと言われればそれで納得するしかない話でもある。
それらはともかく、目下カツキが頭を悩ませている問題は、魔王と話が通じるか、ただそれだけだ。聞くかぎりでは人類と和平交渉したという話はないが、果たして今の魔王は今も話し合いをする気があるのだろうか。それはカツキも分からない、ルネの成果報告を待つしかなかった。
はるか西の島イルストリアで、魔王は何をして、何を考え、何を夢見ているのだろう。
カツキがそれを考えているのとほぼ同時刻。
ちょうどその手がかりをイルストリアへ潜入していたアリサが持ち帰り、リオが難しい顔をしてアイギナ村への出立準備を進めていた。
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