27 / 36
第二十七話 ぐうの音も出ない正論な件
しおりを挟む
深夜、城のとある執務室。
リオはその扉の前で、深呼吸をしていた。
この執務室の主人、その古株の大臣は、ただ一度の反対によって政権の中枢から遠ざけられた。しかし、王女派のつまづきと異世界から召喚された英雄たちの想定外の態勢立て直しによって、国王は古株の大臣を政権の中枢へ呼び戻し、事態の収集と政務の迅速かつ円滑な執行を命じた。
すると、古株の大臣はたちまち状況を改善していった。具体的には王女とその一派を異世界召喚術研究機関という名ばかりの組織に閉じ込め、英雄たちの待遇をガラリと刷新し、魔王専門対策部隊として軍部との連携を重視させる方針を取った。
色々とやり取りはして、協力できることはしてきたが——それぞれの祝福や能力の把握をしようとしたので、リオはこれを一旦拒否した。なぜなら、組織の一員とするならば、役に立たない人間を排除しかねないからだ。クラスメイトを分断させられる危険性を考慮し、リオは咄嗟にその古株の大臣からの要請を遮り、直接詳細な交渉をするためにここへ来た。
リオ自身、戦闘向きの祝福を持っているからこそ、クラスメイトたちのリーダー的存在となれている。だからこそ分かる、戦闘に役に立たない祝福持ちはここでは主導権を握れない。ナオやアリサの能力はリオが把握し、そのシナジーを最大限活かしているからこそであって、そこまで都合よく連携の取れる、役割分担が可能な祝福持ちばかりでもない。
たとえば空を飛べる祝福持ち、腕力が強くなる祝福持ちがいるが、どちらもそれ単独では大した戦力にはならない。それは、実際に祝福を使って本格的に戦ってみたリオたちだから分かることだ。下手すればヴィセア王国軍の内部はそういった祝福持ちの英雄を道具のように利用し、使い捨てにすることを厭わないかもしれない。そんなことはさせたくない、リオはただそう思っているだけなのだ。
無論、それが杞憂であればいいのだが、リオはすでに王女派が自分たちを一度は見限りかけたことを知っている。大人は狡猾で、子どもに言うことを聞けと言ってくるものだ。世話をしてやっているのだから、と恩着せがましく。
(だったら、文句を言われない成果を出さないといけない。俺たちが使える人材だと分からせて、自分たちの立ち位置をしっかりと確保しなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、いつ追い出されるか分かったもんじゃない。こんな異世界で、元の世界に帰る方法も分からないまま放り出されて、希望を持って生きていけるかってんだ……)
最近になって、ようやくクラスメイト全員が現状をきちんと認識し、祝福の確認とリオをヴィセア王国との交渉役にすることで合意した。今はリオが窓口になるから、他の大人たちに騙されないよう決して話しかけられても返事をしないこと。とにかく使い捨てにされる危険性を語り聞かせ、リオは今だけは大人しくしていてほしいとクラスメイトたちに頭を下げた。
これには、タイラたちも協力してくれた。リオは自分たちよりも現状をよく知っている、だから悪いようにはならないはずだ、と皆を説得してくれたのだ。一度は外に出て負けて帰ってきてからというもの、タイラたちは真面目に祝福の確認とその使い方の習熟に勤しむようになった。連携の重要性、そのためには皆で協力する必要があると、身に染みて分かったのだろう。今では忙しいリオたちに代わり、クラスメイトたちの相談役や仲裁役を買って出てくれている。
相手が古株の大臣であろうと、ここでリオがしてやられるわけにはいかない。皆の期待と人生を背負っているのだ、とリオは気合を入れ直し、執務室の扉をノックした。
「失礼します。堂上リオです、入ってもよろしいですか?」
扉の向こうからは、「どうぞ」と重々しい老人の声がした。リオは扉を開け、明々とランプをいくつも点けた執務室へ足を踏み入れた。
一人の老人が、執務机の前に立っていた。白い髭を蓄え、まるでサンタクロースのような風貌の、詰め襟の服を着た男性だ。杖を突き、リオを笑顔で出迎えた。
「よく来た、まあ座りたまえ。何せ不自由な身でね、夜は皆帰ってしまっているから、ここには出涸らしの茶しかないのは我慢してくれ」
「いえ、おかまいなく。ルシウス大臣閣下」
リオの畏まった返事に、ルシウスはにこりと微笑み返す。
「ところで、カツキとはどうだね? お互い、元気で安心したのではないかね」
「それは……」
「何も、恩を売るつもりはない。カツキには十分すぎるほど働いてもらっているのだ、そう——大多数の、タダ飯食らいの君たちとは違って」
ルシウスの声はごく平静な調子だった。嫌味を口にしたというより、事実を指摘したのだろう。
しかし、リオは強く反論する。
「そんな言い方はないでしょう。勝手に呼んでおいて、役に立たなければ見捨てるおつもりですか?」
「いいや。そもそも、役立てるも何も君たちはまだ手の内を明らかにしていない、祝福について報告があったのはたったの数人だ。まるで、祝福を隠して自分たちの値段を必要以上に釣り上げようとしている、と思われても致し方ないのではないかね?」
ルシウスの目は、笑っていなかった。笑顔の奥から、さっきからずっとリオを値踏みしていたのだ。
リオが返答に詰まった一瞬で、ルシウスは会話の手番を掻っ攫う。
「どこにいても同じだ。その能力を活かして、仕事をして衣食住を確保する。それができなければ、たとえ英雄であろうと子どもであろうと、進退窮まりつつある我々人類が養う理由にはならない」
リオはその扉の前で、深呼吸をしていた。
この執務室の主人、その古株の大臣は、ただ一度の反対によって政権の中枢から遠ざけられた。しかし、王女派のつまづきと異世界から召喚された英雄たちの想定外の態勢立て直しによって、国王は古株の大臣を政権の中枢へ呼び戻し、事態の収集と政務の迅速かつ円滑な執行を命じた。
すると、古株の大臣はたちまち状況を改善していった。具体的には王女とその一派を異世界召喚術研究機関という名ばかりの組織に閉じ込め、英雄たちの待遇をガラリと刷新し、魔王専門対策部隊として軍部との連携を重視させる方針を取った。
色々とやり取りはして、協力できることはしてきたが——それぞれの祝福や能力の把握をしようとしたので、リオはこれを一旦拒否した。なぜなら、組織の一員とするならば、役に立たない人間を排除しかねないからだ。クラスメイトを分断させられる危険性を考慮し、リオは咄嗟にその古株の大臣からの要請を遮り、直接詳細な交渉をするためにここへ来た。
リオ自身、戦闘向きの祝福を持っているからこそ、クラスメイトたちのリーダー的存在となれている。だからこそ分かる、戦闘に役に立たない祝福持ちはここでは主導権を握れない。ナオやアリサの能力はリオが把握し、そのシナジーを最大限活かしているからこそであって、そこまで都合よく連携の取れる、役割分担が可能な祝福持ちばかりでもない。
たとえば空を飛べる祝福持ち、腕力が強くなる祝福持ちがいるが、どちらもそれ単独では大した戦力にはならない。それは、実際に祝福を使って本格的に戦ってみたリオたちだから分かることだ。下手すればヴィセア王国軍の内部はそういった祝福持ちの英雄を道具のように利用し、使い捨てにすることを厭わないかもしれない。そんなことはさせたくない、リオはただそう思っているだけなのだ。
無論、それが杞憂であればいいのだが、リオはすでに王女派が自分たちを一度は見限りかけたことを知っている。大人は狡猾で、子どもに言うことを聞けと言ってくるものだ。世話をしてやっているのだから、と恩着せがましく。
(だったら、文句を言われない成果を出さないといけない。俺たちが使える人材だと分からせて、自分たちの立ち位置をしっかりと確保しなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、いつ追い出されるか分かったもんじゃない。こんな異世界で、元の世界に帰る方法も分からないまま放り出されて、希望を持って生きていけるかってんだ……)
最近になって、ようやくクラスメイト全員が現状をきちんと認識し、祝福の確認とリオをヴィセア王国との交渉役にすることで合意した。今はリオが窓口になるから、他の大人たちに騙されないよう決して話しかけられても返事をしないこと。とにかく使い捨てにされる危険性を語り聞かせ、リオは今だけは大人しくしていてほしいとクラスメイトたちに頭を下げた。
これには、タイラたちも協力してくれた。リオは自分たちよりも現状をよく知っている、だから悪いようにはならないはずだ、と皆を説得してくれたのだ。一度は外に出て負けて帰ってきてからというもの、タイラたちは真面目に祝福の確認とその使い方の習熟に勤しむようになった。連携の重要性、そのためには皆で協力する必要があると、身に染みて分かったのだろう。今では忙しいリオたちに代わり、クラスメイトたちの相談役や仲裁役を買って出てくれている。
相手が古株の大臣であろうと、ここでリオがしてやられるわけにはいかない。皆の期待と人生を背負っているのだ、とリオは気合を入れ直し、執務室の扉をノックした。
「失礼します。堂上リオです、入ってもよろしいですか?」
扉の向こうからは、「どうぞ」と重々しい老人の声がした。リオは扉を開け、明々とランプをいくつも点けた執務室へ足を踏み入れた。
一人の老人が、執務机の前に立っていた。白い髭を蓄え、まるでサンタクロースのような風貌の、詰め襟の服を着た男性だ。杖を突き、リオを笑顔で出迎えた。
「よく来た、まあ座りたまえ。何せ不自由な身でね、夜は皆帰ってしまっているから、ここには出涸らしの茶しかないのは我慢してくれ」
「いえ、おかまいなく。ルシウス大臣閣下」
リオの畏まった返事に、ルシウスはにこりと微笑み返す。
「ところで、カツキとはどうだね? お互い、元気で安心したのではないかね」
「それは……」
「何も、恩を売るつもりはない。カツキには十分すぎるほど働いてもらっているのだ、そう——大多数の、タダ飯食らいの君たちとは違って」
ルシウスの声はごく平静な調子だった。嫌味を口にしたというより、事実を指摘したのだろう。
しかし、リオは強く反論する。
「そんな言い方はないでしょう。勝手に呼んでおいて、役に立たなければ見捨てるおつもりですか?」
「いいや。そもそも、役立てるも何も君たちはまだ手の内を明らかにしていない、祝福について報告があったのはたったの数人だ。まるで、祝福を隠して自分たちの値段を必要以上に釣り上げようとしている、と思われても致し方ないのではないかね?」
ルシウスの目は、笑っていなかった。笑顔の奥から、さっきからずっとリオを値踏みしていたのだ。
リオが返答に詰まった一瞬で、ルシウスは会話の手番を掻っ攫う。
「どこにいても同じだ。その能力を活かして、仕事をして衣食住を確保する。それができなければ、たとえ英雄であろうと子どもであろうと、進退窮まりつつある我々人類が養う理由にはならない」
1
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる