異世界に召喚されたぼっちはフェードアウトして農村に住み着く〜農耕神の手は救世主だった件〜

ルーシャオ

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第三十四話 嬉しいお礼はお風呂場な件

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 魔王の初来訪から数日後、すっかり探検家然とした格好になったアスベルが、アイギナ村のログハウスへと帰ってきた。

「帰ったぞ! 鳥のうんこ採ってきてやったぞー!」

 もうすぐ昼食の時間にさしかかるが、アスベルは気にせず半ばやけくそ気味に叫ぶ。海鳥が空を埋め尽くす沿岸の島々で鳥糞石グアノの採取に従事してきたのだ、もはや食事場所もアウトなワードも気にならない。アスベルはまた一つ大人になった——あるいは悟りに近づいていたが、誰も褒めてはくれないことだった。

 そのアスベルを出迎えたのは、ラスナイトの淹れる紅茶を口にしながら、優雅に書類を片付けるルネだ。アスベルの発言を無視して、しっしと手で追い払う仕草をする。

「ご苦労様。共同浴場がこないだできたから、入ってきてちょうだい」
「おい、遠回しに臭いって言ってないか?」
「言ってないし、こんな田舎でお湯たっぷり使い放題なのよ? いいから入ってきなさい、気に入るから」
「何だってそんな贅沢なことに?」
「カツキが温泉を掘り当てたのよ。すごいわねぇ、『農耕神クエビコの手』様々よ」
「マジで? すごいな農耕神! よし、どんなもんか確かめてくる」

 そのまま踵を返し、アスベルは風のように走っていった。

 ラスナイトが開けっぱなしの玄関の扉を閉めようとして、ルネが「いいから、空気の入れ替えしましょ」と引き留める。そう——アスベルはまあ臭くはないのだが、何となく気持ちの問題である。

 かっぽかっぽと戻ってくるラスナイトは、それならと窓も開けに動く。

「でも本当、あの共同浴場ってすっごくいいですよね。私用の深いお風呂も作ってもらっちゃって、有り難いです」
「そうね、いずれは他の種族もみんな不自由なく入れるよう拡張工事を考えているわ。まずは地下の湯量の調査をしないと、ってカツキが張り切っているし」

 ラスナイトが開け放した窓から、濃い緑の匂いを風が連れてくる。本来ならこの時期アイギナ村に吹く風はもっと乾いていたのだが、村の西側にできた温泉井戸から湧き出る豊富な熱湯が若干の湿り気を含ませていた。

 そう、カツキの『農耕神クエビコの手』は、本当に温泉を引き当てたのだ。ただし、その手段は本人曰く「何となく湿気ってたから調べたら熱水の水脈があった」という漠然としたもので、偶然の要素が強いのだろう、とルネはとりあえず納得している。

 ルネとて、もし言えないような事情があったのなら、そのうちカツキが言い出すまで黙っていよう、くらいの気構えはある。

 だが、カツキが言い出せなかったのは、そんなレベルのことではない。

「まさか魔王がお礼代わりに温泉水脈を当てて、ここ掘れわんわん役を僕がやったなんて言い出せないし……」

 つまりはそういうことである。一夜で築いた仮設共同浴場も実は魔王が建設した、とはカツキ以外誰も知らず、アイギナ村にはその点を不思議に思っても「まあいいか」と指摘しない暗黙のルールが一つ出来上がっていたのだった。





 村の集会所よりも広めのフロアに、木造屋根付きで床はタイル張り、大理石を浴槽に使った真新しい共同浴場ができたのは、ほんの二、三日前のことだ。

 男女別、現在アイギナ村にいる人類の種族に対応した複数の浴槽を備えた共同浴場は、屋根と壁の間に幅広の採光窓が一段作られており、開け放して湯気を逃がしていた。きちんと体を洗う場所と湯に浸かる場所は別々で、冷水の溜まった槽もある。ゆくゆくは改築工事をするから仮設であるらしいが、もう十分すぎるほど立派な共同浴場ができていた。都会と呼ばれる都市にもそうそうない贅沢な設備であり、普段は水浴びで済ませていたアイギナ村の住民たちは、おっかなびっくりお湯に浸かる体験を味わいつつある。

 脱衣所から全裸でやってきたアスベルが、目ざとく湯船に浸かる先客を見つけた。

「お、カツキ! 先に入ってたのか」

 湯気の中、湯船でだらけるカツキは完全にとろけていた。この世界にやってきて初めての温かい風呂だ、毎日のように入り浸っている。

 今日も理由をつけて二度目の入浴を堪能しているカツキは、久々の再会に目を細めた。

「おかえり、アスベル。周辺の調査で汚れたから、洗い流そうと思って」
「お前もよく働くなぁ。で、こいつは?」

 こいつ、とアスベルの動かした視線の先は、カツキの隣、タオルを頭に巻きつけた見知らぬ一人の少年へ向けられていた。湯船のへりに腰をかけ、少しのぼせたように手をうちわ代わりにしている。

 カツキはしれっと答える。

「友達」
「へぇ、コルム以外に暇な同年代のやつがいたのか」
「コルムはそこにいるよ」
「うお!? 倒れてるぞ!」
「大丈夫、タイルが冷たくて気持ちいいらしいよ」

 カツキが指差すには、冷水の浴槽のそばで人間の姿をしたコルムがうつ伏せになって倒れていた。クリーム色の耳と尻尾は力なく垂れているが、たまにころんと転がって浴槽から溢れる冷水をかぶりつつ体温調節をしている。すっかりご満悦である。

 ひととおり全身を新品の石鹸で洗ったアスベルが、大理石の積まれた浴槽に近づくと、ふと気付いた。

 湯船から、何か出ている。目を凝らすとやっと正体が判明した。

 それは、尻尾だ。硬そうな大きい鱗で覆われた、先細の赤い尻尾だった。

 カツキの新しい友人らしい一人の少年は、赤い鱗で覆われた尻尾を持つ何者か、だった。
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