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第六章 希《ねが》いのかなう夜
╰U╯ⅩⅩⅢ.哀しき罪人《つみびと》
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† † †
神殿の叛逆を収めた第一王子、リュートの即位が決まった。リュートの父親である現サウラ=ウル王は春を待たず譲位し、リュートが新国王となるのだ。
人々が新たな治世への期待に胸躍らせる頃、国家の大罪人が処刑された。
――元神官長、オカクナである。
その頃ミオリは、リュートに伴われとある人物を訪ねた。
「久しぶりね、カサハ」
罪人となったかつての女官長カサハは、監獄に拘禁されていた。石造りの冷たい牢は、聖都の冬にあっては体の芯まで冷え込むかのようだ。
ミオリは牢の格子越しにカサハと向き合い、声をかけた。
カサハの痩せた体は年相応にやつれて見えるが、かつての美しさの残り香も感じられる。
「――……」
カサハはミオリの言葉に返事を返さない。否、返せないのかもしれなかった。いつも仮面をつけたかのように無表情なカサハは、生の感情の遣り取りに慣れていない。
「わたしが生きていられるのは、あなたが神殿から連れ出して、あの邸に隠してくれたお陰だわ。……ありがとう、カサハ」
「――……」
やはりカサハは何も答えない。
邸でミオリがオカクナに襲われた夜、神殿に乗り込んだウォルフスたちにミオリの居場所を知らせたのは自ら投降したカサハだった。オカクナが邸に向かっていることも、カサハは正直に告げた。
そしてウォルフスたちが慌てて邸に駆けつけると、そこではオカクナがミオリを犯そうとしており、間一髪、ミオリはウォルフスに救われた。
ミオリもウォルフスを喚ぼうとしたが、お互い神殿に近い場所での召喚は叶わなかったのだ。
魔術師である淫魔兵の話によると、腐っても聖域ということなのか――あるいは直前までウォルフスに施されていた隠形魔術の影響なのかもしれなかった。
ともあれミオリは救出され、オカクナは捕らえられた。手柄をたてた形であるカサハだが、長い間オカクナに付き従ってきた罪は重い。
彼女は重刑を課せられ、聖都の外れにある監獄にて刑に服している。
「カサハ。わたし、淫魔王のウォルフスと結婚するの」
ミオリは反応のないカサハに向かって、なお語りかけた。
「あなたはけして許してくれないでしょうけど、それでもあなたに伝えたかった。だってあなたは……」
ミオリはそこで言葉を切った。そして、カサハの伏せた瞳を見つめて言った。
「あなたのこと、間違えて母さんって呼ぼうとしてしてしまったこと、何度もあるのよ」
「――……」
ミオリはじっとカサハの答えを待ったが、彼女はやはり何も答えなかった。
リュートがミオリを促し、カサハの牢の前から立ち去ろうとした、その時。
「……私は」
ミオリの背にかぼそい声がかかる。
ミオリが振り返ると、カサハの体はわずかに震えていた。ミオリはカサハを促すよう、小さく微笑んだ。
「私はあなたよりも幼い頃、オカクナに体を奪われました……」
カサハは両腕を掻き抱き、小さな声で語り始めた。震えているように見えるのは寒さか、それとも。
「幼かった私は彼の睦言に酔い痴れ――また甘美な閨事の虜となったのです。それからの私はオカクナの命ずるまま、彼の手足として生きてきました」
「……」
「私は、あなたよりずっと淫らで、穢れた女なのです。それが忌々しかった。物の道理がわかるようになってなお、彼から――オカクナから逃れられない。そんな自らへの苛立ちから、私は……っ」
カサハはようやく少し顔を上げる。その表情は、真っ青だった。
ミオリは安心させるように、彼女の名を呼んだ。
「カサハ」
「ごめんなさい、ミオリ様。あなたをけして私のようにはさせまいと思い、私はあなたに酷く当たったのです……」
カサハは頭を垂れ、ミオリに詫びた。
「もう――いいわ、カサハ。わたしはあなたを憎んではいないの」
ミオリは震えるカサハに視線を合わせ、そして言った。
「だからお願い。もう、自ら命を絶とうだなんてしないで」
「……!」
オカクナの処刑を知らされたカサハは、帯を解いて梁にかけ、首を吊った。
幸い看守に発見され大事には至らなかったが、それを知らされミオリは、こうしてカサハの元に駆けつけたのだ。
「……ご存じでしたか。でも、私にはもう、生きるよすががないのです」
ミオリは軽くくちびるを噛み締める。自らはサウラ=ウルを去ってゆく身だ。自分のために生きて、などとは言えない。
だけど、せめて。
「あなたが死んだらわたし、とても悲しむと思うの」
「ミオリ様……」
カサハがようやく顔を上げ、ミオリを真っ向から見つめた。
その瞳は赤く染まり、わずかに涙がにじんでいる。
「あなたがわたしを助けてくれたのも、そうではないの?」
「……っ」
カサハが息を呑む気配がした。ミオリは意を決して、彼女に自らの望みを告げる。
「お願いカサハ、最後にひとつだけ、わたしの我が儘をきいて。いっぱい我慢してきたんだもの……それくらい、許してくれるでしょう?」
ミオリもまたその瞳に涙を浮かべ、微笑んだ。
「……ミオリ、様……っ、私」
カサハは牢の向こうでついにくずおれた。蹲るカサハは、すすり泣きを漏らし始める。
ミオリはそんなカサハを見下ろし、最後に一言呟いた。
「わたし、信じてるから」
そしてリュートと共に、監獄を後にしたのだった。
神殿の叛逆を収めた第一王子、リュートの即位が決まった。リュートの父親である現サウラ=ウル王は春を待たず譲位し、リュートが新国王となるのだ。
人々が新たな治世への期待に胸躍らせる頃、国家の大罪人が処刑された。
――元神官長、オカクナである。
その頃ミオリは、リュートに伴われとある人物を訪ねた。
「久しぶりね、カサハ」
罪人となったかつての女官長カサハは、監獄に拘禁されていた。石造りの冷たい牢は、聖都の冬にあっては体の芯まで冷え込むかのようだ。
ミオリは牢の格子越しにカサハと向き合い、声をかけた。
カサハの痩せた体は年相応にやつれて見えるが、かつての美しさの残り香も感じられる。
「――……」
カサハはミオリの言葉に返事を返さない。否、返せないのかもしれなかった。いつも仮面をつけたかのように無表情なカサハは、生の感情の遣り取りに慣れていない。
「わたしが生きていられるのは、あなたが神殿から連れ出して、あの邸に隠してくれたお陰だわ。……ありがとう、カサハ」
「――……」
やはりカサハは何も答えない。
邸でミオリがオカクナに襲われた夜、神殿に乗り込んだウォルフスたちにミオリの居場所を知らせたのは自ら投降したカサハだった。オカクナが邸に向かっていることも、カサハは正直に告げた。
そしてウォルフスたちが慌てて邸に駆けつけると、そこではオカクナがミオリを犯そうとしており、間一髪、ミオリはウォルフスに救われた。
ミオリもウォルフスを喚ぼうとしたが、お互い神殿に近い場所での召喚は叶わなかったのだ。
魔術師である淫魔兵の話によると、腐っても聖域ということなのか――あるいは直前までウォルフスに施されていた隠形魔術の影響なのかもしれなかった。
ともあれミオリは救出され、オカクナは捕らえられた。手柄をたてた形であるカサハだが、長い間オカクナに付き従ってきた罪は重い。
彼女は重刑を課せられ、聖都の外れにある監獄にて刑に服している。
「カサハ。わたし、淫魔王のウォルフスと結婚するの」
ミオリは反応のないカサハに向かって、なお語りかけた。
「あなたはけして許してくれないでしょうけど、それでもあなたに伝えたかった。だってあなたは……」
ミオリはそこで言葉を切った。そして、カサハの伏せた瞳を見つめて言った。
「あなたのこと、間違えて母さんって呼ぼうとしてしてしまったこと、何度もあるのよ」
「――……」
ミオリはじっとカサハの答えを待ったが、彼女はやはり何も答えなかった。
リュートがミオリを促し、カサハの牢の前から立ち去ろうとした、その時。
「……私は」
ミオリの背にかぼそい声がかかる。
ミオリが振り返ると、カサハの体はわずかに震えていた。ミオリはカサハを促すよう、小さく微笑んだ。
「私はあなたよりも幼い頃、オカクナに体を奪われました……」
カサハは両腕を掻き抱き、小さな声で語り始めた。震えているように見えるのは寒さか、それとも。
「幼かった私は彼の睦言に酔い痴れ――また甘美な閨事の虜となったのです。それからの私はオカクナの命ずるまま、彼の手足として生きてきました」
「……」
「私は、あなたよりずっと淫らで、穢れた女なのです。それが忌々しかった。物の道理がわかるようになってなお、彼から――オカクナから逃れられない。そんな自らへの苛立ちから、私は……っ」
カサハはようやく少し顔を上げる。その表情は、真っ青だった。
ミオリは安心させるように、彼女の名を呼んだ。
「カサハ」
「ごめんなさい、ミオリ様。あなたをけして私のようにはさせまいと思い、私はあなたに酷く当たったのです……」
カサハは頭を垂れ、ミオリに詫びた。
「もう――いいわ、カサハ。わたしはあなたを憎んではいないの」
ミオリは震えるカサハに視線を合わせ、そして言った。
「だからお願い。もう、自ら命を絶とうだなんてしないで」
「……!」
オカクナの処刑を知らされたカサハは、帯を解いて梁にかけ、首を吊った。
幸い看守に発見され大事には至らなかったが、それを知らされミオリは、こうしてカサハの元に駆けつけたのだ。
「……ご存じでしたか。でも、私にはもう、生きるよすががないのです」
ミオリは軽くくちびるを噛み締める。自らはサウラ=ウルを去ってゆく身だ。自分のために生きて、などとは言えない。
だけど、せめて。
「あなたが死んだらわたし、とても悲しむと思うの」
「ミオリ様……」
カサハがようやく顔を上げ、ミオリを真っ向から見つめた。
その瞳は赤く染まり、わずかに涙がにじんでいる。
「あなたがわたしを助けてくれたのも、そうではないの?」
「……っ」
カサハが息を呑む気配がした。ミオリは意を決して、彼女に自らの望みを告げる。
「お願いカサハ、最後にひとつだけ、わたしの我が儘をきいて。いっぱい我慢してきたんだもの……それくらい、許してくれるでしょう?」
ミオリもまたその瞳に涙を浮かべ、微笑んだ。
「……ミオリ、様……っ、私」
カサハは牢の向こうでついにくずおれた。蹲るカサハは、すすり泣きを漏らし始める。
ミオリはそんなカサハを見下ろし、最後に一言呟いた。
「わたし、信じてるから」
そしてリュートと共に、監獄を後にしたのだった。
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