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第五話 質問
予想通り、そこまで時間を置かずにノックの音が部屋に響いた。扉が開き、満面の笑みのジョゼフと深々と頭を下げる男性が現れた。
「ノア様! アルチュールさんを連れてきました!」
「お初にお目にかかります。旦那様の侍従兼執事のアルチュールと申します」
「よろしくね」
僕が笑いかけるとアルチュールが目を細めた。涼しげで整った顔が笑顔でさらに爽やかな印象を与えている。
先ほど応接室で見かけた時も思っていたけど、ものすごい美形だ。王都にいたら貴族令嬢からひっきりなしに声をかけられるだろう。
「私もノア様とお呼びしてよろしいでしょうか」
「もちろん」
「ありがとうございます。それでは、何をお尋ねしたいのでしょうか?」
ジョゼフは最低限の説明だけでアルチュールをここに連れてきたようだ。真剣な顔をされるほどの質問ではないからちょっと言い出しづらい。
「えーっと、旦那様の身長は何センチなのかなーって聞きたくて」
「ん?」
アルチュールがきょとんとした顔になる。そこまで変な質問ではないと思うけど気まずい。
視線を逸らすとジョゼフがアルチュールに同調するように頷いていた。
「僕も最初の質問が旦那様の身長とは思いませんでした」
「自分の結婚相手のことを知りたいのは自然じゃない?」
「それはそうですけど、もっと気になることがあるのでは、と言いますか……」
ジョゼフが言葉を濁す。僕が気づいていないだけで旦那様にわかりやすい欠点があるのかもしれない。会って早々本人が離縁の話をするくらいだし。
今のところ全くわからないから情報を収集するしかない。
「失礼いたしました。旦那様は、おそらく二メートル近くあったはずかと」
固まっていたアルチュールが質問に答えてくれた。
「すごい! 僕と三十センチも違う! フロンドル領は背が高い人が多いのかな? ジョゼフもアルチュールも高いよね」
二人とも旦那様ほどではないけど僕より十センチは高い。
「ここは魔物の影響で他領より兵士が多いので、そのせいかもしれません」
「なるほどね」
フロンドル領に魔物が多いのは有名な話だ。特に春は毎年のように大量発生するらしい。
「他にご質問はございますか?」
「旦那様のスキルは?」
その瞬間、二人の顔色が変わった。身長の話ですらあの雰囲気だからなぁ。さすがに厳しそうだ。
「あ、答えにくいなら旦那様に直接聞くから」
「怪力です」
アルチュールが僕の話を遮り短く答えた。よく見ると口元が引きつっている。
畳み掛けるようにジョゼフが話を繋ぐ。
「旦那様のスキルは素晴らしいです! 先日、敷地にある邪魔な石柱をへし折ってくださりました!」
「へー、今度見せてもらおうかな。近くにいらない石柱とかある?」
「申し訳ありません。全部撤去されちゃいました」
二人の態度に違和感を覚えながら気づかないふりをした。これは時間がかかりそうだ。
僕の態度に二人とも勘づいたようで、ジョゼフが身振り手振りで石柱を折ったくだりを再現した頃には、緊迫した雰囲気はなくなっていた。
「他にご質問はございますか?」
アルチュールの声も穏やかなものに戻っている。
「あー、ちょっと聞きにくいんだけど、僕応接室で失礼なことした?」
「特にそのようなことはございませんが、どうかされましたか?」
即答してもらえてよかった。アルチュールが僅かでも考え込んでいたらしばらく引きずっていただろう。
さすがに婚姻の書類に署名した直後に離縁の話をされましたと正直に言うのは憚られた。
「いや旦那様の表情が厳ついというか、すこーしだけ雰囲気が怖いから、怒らせちゃったのかなーって」
「はぁ」
アルチュールの目が冷たく光ったような気がした。でもそれは一瞬のことで、すぐに柔らかい笑みになる。
「失礼しました。旦那様は普段からあのような態度なのでそれほど気になさらないでください……では、私はこれで」
「仕事中にごめんね。ありがとう」
「恐れ多い事でございます。また何かありましたらお申し付けください」
アルチュールが一礼して退出する。僕とジョゼフは笑顔で見送った。
「ジョゼフ、仕事は大丈夫?」
「はい! ノア様にお仕えするのが僕の仕事ですから!」
「そっかー。じゃあこの屋敷のこともっと教えてほしいな」
「お任せください! あっ、紅茶を用意いたしましょうか」
「いいね。お願い」
元気のいい返事とともにジョゼフが部屋を出る。考えを整理したかったからちょうどよかった。
一番気になるのは旦那様のスキルだ。王弟殿下の口ぶりから、てっきり精神に干渉するものだと思っていた。
たしかに目の前でいきなり石柱をへし折られたらびっくりするかもしれないけど、それだけで五人と離縁するとは考えにくい。
離縁の理由は旦那様の性格に難があるからなのか。呪われているという噂はさすがに誇張されていると思うが、近しいものがあるのだろうか。
でもなぁ。旦那様が悪い人だとはどうしても思えない。だって、話すタイミングが被った時は僕を優先しようとしてくれた。婚姻の書類に書かれていた署名はすごく綺麗な文字で、丁寧に書類を扱ってくれた。そして、僕に話しかける声は使用人に命じる時のものより優しかった。
顔や雰囲気は怖かったけど、立ち振る舞いから僕に対する思いやりが感じられた。
それからアルチュールの態度も気になる。丁寧に礼儀正しく接してくれたが、時々僕を観察するような警戒した視線を向けていた。
ノックの音が部屋に鳴り響き、ぐるぐると回る思考が打ち消される。
「ノア様、一番いい茶葉をもらってきましたよ!」
「嬉しい。ジョゼフも一緒に飲もう」
「ありがとうございます!」
ジョゼフの目が輝いて、いそいそと紅茶を淹れ始めた。
いつか旦那様もジョゼフのように打ち解けてくれたらなと思いつつ、ティーポットの注ぎ口から出る紅茶を見守った。
「ノア様! アルチュールさんを連れてきました!」
「お初にお目にかかります。旦那様の侍従兼執事のアルチュールと申します」
「よろしくね」
僕が笑いかけるとアルチュールが目を細めた。涼しげで整った顔が笑顔でさらに爽やかな印象を与えている。
先ほど応接室で見かけた時も思っていたけど、ものすごい美形だ。王都にいたら貴族令嬢からひっきりなしに声をかけられるだろう。
「私もノア様とお呼びしてよろしいでしょうか」
「もちろん」
「ありがとうございます。それでは、何をお尋ねしたいのでしょうか?」
ジョゼフは最低限の説明だけでアルチュールをここに連れてきたようだ。真剣な顔をされるほどの質問ではないからちょっと言い出しづらい。
「えーっと、旦那様の身長は何センチなのかなーって聞きたくて」
「ん?」
アルチュールがきょとんとした顔になる。そこまで変な質問ではないと思うけど気まずい。
視線を逸らすとジョゼフがアルチュールに同調するように頷いていた。
「僕も最初の質問が旦那様の身長とは思いませんでした」
「自分の結婚相手のことを知りたいのは自然じゃない?」
「それはそうですけど、もっと気になることがあるのでは、と言いますか……」
ジョゼフが言葉を濁す。僕が気づいていないだけで旦那様にわかりやすい欠点があるのかもしれない。会って早々本人が離縁の話をするくらいだし。
今のところ全くわからないから情報を収集するしかない。
「失礼いたしました。旦那様は、おそらく二メートル近くあったはずかと」
固まっていたアルチュールが質問に答えてくれた。
「すごい! 僕と三十センチも違う! フロンドル領は背が高い人が多いのかな? ジョゼフもアルチュールも高いよね」
二人とも旦那様ほどではないけど僕より十センチは高い。
「ここは魔物の影響で他領より兵士が多いので、そのせいかもしれません」
「なるほどね」
フロンドル領に魔物が多いのは有名な話だ。特に春は毎年のように大量発生するらしい。
「他にご質問はございますか?」
「旦那様のスキルは?」
その瞬間、二人の顔色が変わった。身長の話ですらあの雰囲気だからなぁ。さすがに厳しそうだ。
「あ、答えにくいなら旦那様に直接聞くから」
「怪力です」
アルチュールが僕の話を遮り短く答えた。よく見ると口元が引きつっている。
畳み掛けるようにジョゼフが話を繋ぐ。
「旦那様のスキルは素晴らしいです! 先日、敷地にある邪魔な石柱をへし折ってくださりました!」
「へー、今度見せてもらおうかな。近くにいらない石柱とかある?」
「申し訳ありません。全部撤去されちゃいました」
二人の態度に違和感を覚えながら気づかないふりをした。これは時間がかかりそうだ。
僕の態度に二人とも勘づいたようで、ジョゼフが身振り手振りで石柱を折ったくだりを再現した頃には、緊迫した雰囲気はなくなっていた。
「他にご質問はございますか?」
アルチュールの声も穏やかなものに戻っている。
「あー、ちょっと聞きにくいんだけど、僕応接室で失礼なことした?」
「特にそのようなことはございませんが、どうかされましたか?」
即答してもらえてよかった。アルチュールが僅かでも考え込んでいたらしばらく引きずっていただろう。
さすがに婚姻の書類に署名した直後に離縁の話をされましたと正直に言うのは憚られた。
「いや旦那様の表情が厳ついというか、すこーしだけ雰囲気が怖いから、怒らせちゃったのかなーって」
「はぁ」
アルチュールの目が冷たく光ったような気がした。でもそれは一瞬のことで、すぐに柔らかい笑みになる。
「失礼しました。旦那様は普段からあのような態度なのでそれほど気になさらないでください……では、私はこれで」
「仕事中にごめんね。ありがとう」
「恐れ多い事でございます。また何かありましたらお申し付けください」
アルチュールが一礼して退出する。僕とジョゼフは笑顔で見送った。
「ジョゼフ、仕事は大丈夫?」
「はい! ノア様にお仕えするのが僕の仕事ですから!」
「そっかー。じゃあこの屋敷のこともっと教えてほしいな」
「お任せください! あっ、紅茶を用意いたしましょうか」
「いいね。お願い」
元気のいい返事とともにジョゼフが部屋を出る。考えを整理したかったからちょうどよかった。
一番気になるのは旦那様のスキルだ。王弟殿下の口ぶりから、てっきり精神に干渉するものだと思っていた。
たしかに目の前でいきなり石柱をへし折られたらびっくりするかもしれないけど、それだけで五人と離縁するとは考えにくい。
離縁の理由は旦那様の性格に難があるからなのか。呪われているという噂はさすがに誇張されていると思うが、近しいものがあるのだろうか。
でもなぁ。旦那様が悪い人だとはどうしても思えない。だって、話すタイミングが被った時は僕を優先しようとしてくれた。婚姻の書類に書かれていた署名はすごく綺麗な文字で、丁寧に書類を扱ってくれた。そして、僕に話しかける声は使用人に命じる時のものより優しかった。
顔や雰囲気は怖かったけど、立ち振る舞いから僕に対する思いやりが感じられた。
それからアルチュールの態度も気になる。丁寧に礼儀正しく接してくれたが、時々僕を観察するような警戒した視線を向けていた。
ノックの音が部屋に鳴り響き、ぐるぐると回る思考が打ち消される。
「ノア様、一番いい茶葉をもらってきましたよ!」
「嬉しい。ジョゼフも一緒に飲もう」
「ありがとうございます!」
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