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第二十九話 家族のこと
初夏の風が広場に吹き抜け、穏やかに青葉を揺らす。
僕の隣にはジェラルド様が立っていて、竜笛の使い方を教えてくれている。
「音が鳴るものだと思っていたので驚きました」
「人間には聞こえないが、飛竜は感じ取れるみたいだ」
「音がないので吹けているか不安になります」
「そうだな。とりあえず一思いに吹き込めば問題ない」
言われた通り全力で竜笛に息を吹き込む。すると、数分でハナコが広場に降り立った。
「すごい! ちゃんと来てくれました!」
「成功だな。ハナコ、協力感謝する」
気にするなと言う感じでクールに鳴くハナコが可愛らしい。
「僕からもありがとう。角のリボンはジェラルド様に選んでもらったのかな? 今の季節にぴったりの色だね」
淡い黄緑色のリボンが彼女にとてもよく似合っている。褒められたことを感じ取ったのか、ハナコは自慢するように鳴いていた。
「あれは団長の、トリスタンが選んだやつだ」
「意外ですね」
豪快に笑う団長と繊細なセンスが噛み合わなくて混乱する。
「飛竜の間で流行になっていてな。馴染みの商人に取り寄せてもらったらしい」
まさかそこまで影響があるとは。初めにリボンを提案したのは僕だが、ここまで広がるとは想像していなかった。
ジェラルド様の合図でハナコが竜舎に帰っていく。彼女の背中を見送っていると、ジェラルド様に声をかけられた。
「私は仕事に戻るが、君はどうする?」
「ポール様から頂いたお手紙の返事を書くので、しばらく自室に籠る予定です」
「ポールが?」
「はい。先ほど受け取ったのでまだ内容は確認できていませんが」
「私には手紙の一つも寄越さないのに……」
悲しそうに背中を丸めるジェラルド様を元気づけたくて、手をぎゅっと握ってみた。優しく握り返され、ジェラルド様が僕に微笑んだ。
自然と屋敷に向かって歩き出す。無言が続いてもジェラルド様の隣は心地良くて、触れている手の熱さだけが鮮明だった。
執務室の前でジェラルド様と別れ、自室の机に向かう。
シンプルなデザインの封筒は手触りが良く、質の高さが感じられる。封蝋の印璽にはフロンドル家の紋章である飛竜が刻まれていた。
手紙を開封すると封蝋がバラバラに砕け、少し残念な気持ちになる。
「どんな内容なんだろう」
わくわくしながら便箋を開く。そこには一言だけ、書き殴ったような文字があった。
『俺はお前を認めない』
こわっ。他にも便箋がないか何度も探したけど、生憎その一枚だけだった。
「何これ? 呪いの手紙??」
会ったことも話したこともない人物に恨まれるって、なかなかできない経験ではないだろうか。
この手紙にどう返事をしたらいいんだ。さすがに『近いうちにお会いできることを楽しみにしております』と返したら余計怒らせてしまいそうだし。
「困ったなぁ」
とりあえずポール様の人となりを知ることから始めよう。
思い立った僕は返信を先延ばしにして、ジェラルド様から頼まれた書類整理をするため執務室に向かうことにした。
書類整理が終わるタイミングでジェラルド様の仕事も一段落したようだ。緊張が緩んだ執務室には穏やかな空気が流れている。
「ジェラルド様、ちょっといいですか?」
「どうした?」
話したそうな雰囲気を察してくれたのか、ジェラルド様がソファに移動した。
前までは机と椅子だけの殺風景な部屋だったが、僕が書類仕事を手伝うようになってから家具が増えていき、今では応接室と変わらないくらい過ごしやすくなっている。
どこに座ろうか一瞬迷っていたら、ジェラルド様が隣の席を軽く叩いて示したので、そこに腰を下ろす。
「ポール様のことを教えていただけると嬉しいです」
「手紙で何か言われたのか?」
「いえ、心のこもった挨拶を頂いたものですから気になってしまって」
嘘は言っていないから許してほしい。ポール様の意図がわからない状態でジェラルド様に報告したら、告げ口のようになってしまうので、それは避けたい。
「ポールか……」
ジェラルド様は考え込むような表情を見せてから口を開いた。
「優しい子だ。少々几帳面なところもあるな」
「なるほど」
たしかに宛名の字は綺麗だったな。
「勉学も鍛練もこちらが心配になるほど熱心に取り組んでいた。学院でも成績はトップクラスだと聞いた」
「すごいなぁ」
僕はどんなに勉強を頑張っても中位が限界だったから尊敬する。
「今は言わなくなったが、昔はよく『父上や叔父上のような当主になりたい』と口にしていたものだ」
「素敵な関係ですね。ポール様のことを思われているのが伝わってきます」
「私にとって唯一の親族だからな。ポールも似たようなものだ」
ジェラルド様が少し寂しそうな顔で笑った。
「あの、ご家族についてお聞きしてもいいですか?」
ジェラルド様の家族についてはある程度把握している。でもそれは、書類で得た情報でしかない。僕はジェラルド様自身の口から家族のことを聞きたいと思った。
ジェラルド様は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに真剣な顔になり、ゆっくりと話し出した。
「母は、私が生まれた時に亡くなってしまったから、顔も覚えていない。父は私が物心ついた頃にはすでに姿を見せなくなっていた。ろくに話もできないまま、私が九歳の時に亡くなった」
僕が頷くと、ジェラルド様はそのまま話を続けた。
「父は母を愛していて、亡くなる原因となった私に向き合うことが怖かったらしい。逃げ続けた結果、私が威圧のスキルに目覚めて近づくこともできなくなった。本当は抱きしめてあげたかったと手記に書かれていた」
「そうだったのですね」
「本当に身勝手な男だと思う。だが私は、父のことを嫌いになりきれない」
ジェラルド様の横顔を見て、僕は彼の手に自分の手を重ねた。
口調は他人事のように淡々としているのに、目は悲しげに潤んでいたからだ。
「ありがとう、ノア」
ジェラルド様が僕の手をぎゅっと握り返した。何を言えばいいのかわからない。でも、絶対に手を離さないと決めた。
「兄上ともあまり話せなかった。次期当主として忙しくされている間に私がスキルに目覚めたから、耐性がつかなくて。スキルに目覚めた直後にお会いしたら、後退りされてな。とても傷ついたが、それ以上に兄上が深く後悔されていて、私は何も言えなかった」
ジェラルド様の手の力が少し強くなった。
「私に対して負い目もあったのだろう。話す機会は少なかったが、事あるごとに気にかけてくれていたことは伝わった」
「優しいお方だったと聞きました」
「ああ。人から聞いた話でも、私から見た姿も、変わらず優しくて嬉しかったのを覚えている。兄上は領民の生活を向上させることに心血を注いでいて、私もその背中を追っているが難しいものだな」
自嘲気味に笑うジェラルド様に胸が締め付けられる。
ふとロコの村で会った老人の話を思い出した。領民にはジェラルド様の思いが伝わっていたから、きっとお義兄様も慕われていたのだろう。
「ジェラルド様が政務に励んでおられるのは、領民に伝わっていますよ」
「ありがとう」
照れたように口角を上げるジェラルド様。前にロコの村の話をした時も同じような表情をしていた。この話が少しでもジェラルド様の支えになればいいなと思う。
「十年前に流行り病で兄上と奥方がほぼ同時期に亡くなり、残されたのは私とポールだけだ」
「はい」
「だから君がポールと仲良くなってくれたら嬉しい。あー、その、家族として」
ジェラルド様が目を泳がせながら頬をかいた。
僕はジェラルド様の肩に頭を預け、繋いでいた手をぎゅっと握った。片手だけでは足りなくて、両手で掴まえる。
「はい、そのつもりです。家族ですから」
「そ、そうか。ああ、でも相性というのもあるから無理をしないでも」
話を遮るように身体を密着させる。
「うまくいかない時は頼らせていただきますね。旦那様」
ジェラルド様が少しの間動きを止めて、それから顔を手で覆った。
「このタイミングで旦那様と呼ぶのはずるいだろ」
「そうですか?」
「そうだ」
繋いでいた手を優しく外され、力強く抱きしめられる。僕は力を抜いてジェラルド様に身体を委ねた。
「執務室での過度ないちゃつきは止めてくださーい」
突然割って入ってきたアルチュールの声に驚き、慌てて身体を離す。
「アルチュール、ノックくらいしろ」
「しましたよ。何度も」
アルチュールが呆れ顔で僕とジェラルド様を交互に見る。
「いったいどんな流れでこんなことになったんです? 旦那様にいたってはお顔が緩んでますよ」
アルチュールに指摘されたジェラルド様は露骨に顔をしかめた。
「ポール様ってどんな方なのかなって、ジェラルド様に聞いてたんだ」
「なぜそれで……ああ、いや失礼しました」
ジェラルド様に睨まれたアルチュールが軽く頭を下げた。
「アルチュールはポール様と話したことある?」
「私はこの屋敷にいて長いですから、何回もありますよ。真面目で厳しい方ですね。ここ最近は話しかけてもほとんど無視されてましたが」
無視だなんて、やはり気難しい方なのだろうか。
「それは君がポールに『婚約者とどこまで進んだか』しつこく聞いたからだろうが」
ジェラルド様が冷ややかな視線をアルチュールに向ける。
それが事実なら嫌われても仕方ないだろうと僕も思う。
「そうでしたっけ?」
「そのせいでポールの侍従にも嫌われているだろう君は」
「あー。でもまあ、あいつに比べたらポール様はお優しい方ですよ」
ポール様の侍従ってレジスの息子だったような。従兄弟にも嫌われるとは、アルチュールに原因があることは明白だ。
とりあえずポール様が理由もなく人を嫌うことはなさそうだとわかった。
主従の言い合いはしばらく続き、僕はそれを微笑ましく思いながら眺めていた。
後は寝るだけとなった時間。僕は自室で改めてポール様からの手紙を見直していた。
「これは?」
書き殴られた文字のインパクトがすごくて気が付かなかったが、隅の方に小さな文字がある。
じっと見つめると、そこにはとても丁寧な字で『返信不要』と書かれていた。
まあ、うん。真面目な方というのは本当のことなのだろうなと思った。
ジェラルド様に悲しい顔をさせないために、何よりも僕自身のためにポール様と打ち解けたい。
せっかく親族となったのだから、一方的に嫌われたままなのは嫌だ。僕ができるのは、全力で彼と向き合うことだけだ。
「よし」
決意を新たにした僕は、ポール様から頂いた手紙をそっと引き出しの奥にしまった。
僕の隣にはジェラルド様が立っていて、竜笛の使い方を教えてくれている。
「音が鳴るものだと思っていたので驚きました」
「人間には聞こえないが、飛竜は感じ取れるみたいだ」
「音がないので吹けているか不安になります」
「そうだな。とりあえず一思いに吹き込めば問題ない」
言われた通り全力で竜笛に息を吹き込む。すると、数分でハナコが広場に降り立った。
「すごい! ちゃんと来てくれました!」
「成功だな。ハナコ、協力感謝する」
気にするなと言う感じでクールに鳴くハナコが可愛らしい。
「僕からもありがとう。角のリボンはジェラルド様に選んでもらったのかな? 今の季節にぴったりの色だね」
淡い黄緑色のリボンが彼女にとてもよく似合っている。褒められたことを感じ取ったのか、ハナコは自慢するように鳴いていた。
「あれは団長の、トリスタンが選んだやつだ」
「意外ですね」
豪快に笑う団長と繊細なセンスが噛み合わなくて混乱する。
「飛竜の間で流行になっていてな。馴染みの商人に取り寄せてもらったらしい」
まさかそこまで影響があるとは。初めにリボンを提案したのは僕だが、ここまで広がるとは想像していなかった。
ジェラルド様の合図でハナコが竜舎に帰っていく。彼女の背中を見送っていると、ジェラルド様に声をかけられた。
「私は仕事に戻るが、君はどうする?」
「ポール様から頂いたお手紙の返事を書くので、しばらく自室に籠る予定です」
「ポールが?」
「はい。先ほど受け取ったのでまだ内容は確認できていませんが」
「私には手紙の一つも寄越さないのに……」
悲しそうに背中を丸めるジェラルド様を元気づけたくて、手をぎゅっと握ってみた。優しく握り返され、ジェラルド様が僕に微笑んだ。
自然と屋敷に向かって歩き出す。無言が続いてもジェラルド様の隣は心地良くて、触れている手の熱さだけが鮮明だった。
執務室の前でジェラルド様と別れ、自室の机に向かう。
シンプルなデザインの封筒は手触りが良く、質の高さが感じられる。封蝋の印璽にはフロンドル家の紋章である飛竜が刻まれていた。
手紙を開封すると封蝋がバラバラに砕け、少し残念な気持ちになる。
「どんな内容なんだろう」
わくわくしながら便箋を開く。そこには一言だけ、書き殴ったような文字があった。
『俺はお前を認めない』
こわっ。他にも便箋がないか何度も探したけど、生憎その一枚だけだった。
「何これ? 呪いの手紙??」
会ったことも話したこともない人物に恨まれるって、なかなかできない経験ではないだろうか。
この手紙にどう返事をしたらいいんだ。さすがに『近いうちにお会いできることを楽しみにしております』と返したら余計怒らせてしまいそうだし。
「困ったなぁ」
とりあえずポール様の人となりを知ることから始めよう。
思い立った僕は返信を先延ばしにして、ジェラルド様から頼まれた書類整理をするため執務室に向かうことにした。
書類整理が終わるタイミングでジェラルド様の仕事も一段落したようだ。緊張が緩んだ執務室には穏やかな空気が流れている。
「ジェラルド様、ちょっといいですか?」
「どうした?」
話したそうな雰囲気を察してくれたのか、ジェラルド様がソファに移動した。
前までは机と椅子だけの殺風景な部屋だったが、僕が書類仕事を手伝うようになってから家具が増えていき、今では応接室と変わらないくらい過ごしやすくなっている。
どこに座ろうか一瞬迷っていたら、ジェラルド様が隣の席を軽く叩いて示したので、そこに腰を下ろす。
「ポール様のことを教えていただけると嬉しいです」
「手紙で何か言われたのか?」
「いえ、心のこもった挨拶を頂いたものですから気になってしまって」
嘘は言っていないから許してほしい。ポール様の意図がわからない状態でジェラルド様に報告したら、告げ口のようになってしまうので、それは避けたい。
「ポールか……」
ジェラルド様は考え込むような表情を見せてから口を開いた。
「優しい子だ。少々几帳面なところもあるな」
「なるほど」
たしかに宛名の字は綺麗だったな。
「勉学も鍛練もこちらが心配になるほど熱心に取り組んでいた。学院でも成績はトップクラスだと聞いた」
「すごいなぁ」
僕はどんなに勉強を頑張っても中位が限界だったから尊敬する。
「今は言わなくなったが、昔はよく『父上や叔父上のような当主になりたい』と口にしていたものだ」
「素敵な関係ですね。ポール様のことを思われているのが伝わってきます」
「私にとって唯一の親族だからな。ポールも似たようなものだ」
ジェラルド様が少し寂しそうな顔で笑った。
「あの、ご家族についてお聞きしてもいいですか?」
ジェラルド様の家族についてはある程度把握している。でもそれは、書類で得た情報でしかない。僕はジェラルド様自身の口から家族のことを聞きたいと思った。
ジェラルド様は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに真剣な顔になり、ゆっくりと話し出した。
「母は、私が生まれた時に亡くなってしまったから、顔も覚えていない。父は私が物心ついた頃にはすでに姿を見せなくなっていた。ろくに話もできないまま、私が九歳の時に亡くなった」
僕が頷くと、ジェラルド様はそのまま話を続けた。
「父は母を愛していて、亡くなる原因となった私に向き合うことが怖かったらしい。逃げ続けた結果、私が威圧のスキルに目覚めて近づくこともできなくなった。本当は抱きしめてあげたかったと手記に書かれていた」
「そうだったのですね」
「本当に身勝手な男だと思う。だが私は、父のことを嫌いになりきれない」
ジェラルド様の横顔を見て、僕は彼の手に自分の手を重ねた。
口調は他人事のように淡々としているのに、目は悲しげに潤んでいたからだ。
「ありがとう、ノア」
ジェラルド様が僕の手をぎゅっと握り返した。何を言えばいいのかわからない。でも、絶対に手を離さないと決めた。
「兄上ともあまり話せなかった。次期当主として忙しくされている間に私がスキルに目覚めたから、耐性がつかなくて。スキルに目覚めた直後にお会いしたら、後退りされてな。とても傷ついたが、それ以上に兄上が深く後悔されていて、私は何も言えなかった」
ジェラルド様の手の力が少し強くなった。
「私に対して負い目もあったのだろう。話す機会は少なかったが、事あるごとに気にかけてくれていたことは伝わった」
「優しいお方だったと聞きました」
「ああ。人から聞いた話でも、私から見た姿も、変わらず優しくて嬉しかったのを覚えている。兄上は領民の生活を向上させることに心血を注いでいて、私もその背中を追っているが難しいものだな」
自嘲気味に笑うジェラルド様に胸が締め付けられる。
ふとロコの村で会った老人の話を思い出した。領民にはジェラルド様の思いが伝わっていたから、きっとお義兄様も慕われていたのだろう。
「ジェラルド様が政務に励んでおられるのは、領民に伝わっていますよ」
「ありがとう」
照れたように口角を上げるジェラルド様。前にロコの村の話をした時も同じような表情をしていた。この話が少しでもジェラルド様の支えになればいいなと思う。
「十年前に流行り病で兄上と奥方がほぼ同時期に亡くなり、残されたのは私とポールだけだ」
「はい」
「だから君がポールと仲良くなってくれたら嬉しい。あー、その、家族として」
ジェラルド様が目を泳がせながら頬をかいた。
僕はジェラルド様の肩に頭を預け、繋いでいた手をぎゅっと握った。片手だけでは足りなくて、両手で掴まえる。
「はい、そのつもりです。家族ですから」
「そ、そうか。ああ、でも相性というのもあるから無理をしないでも」
話を遮るように身体を密着させる。
「うまくいかない時は頼らせていただきますね。旦那様」
ジェラルド様が少しの間動きを止めて、それから顔を手で覆った。
「このタイミングで旦那様と呼ぶのはずるいだろ」
「そうですか?」
「そうだ」
繋いでいた手を優しく外され、力強く抱きしめられる。僕は力を抜いてジェラルド様に身体を委ねた。
「執務室での過度ないちゃつきは止めてくださーい」
突然割って入ってきたアルチュールの声に驚き、慌てて身体を離す。
「アルチュール、ノックくらいしろ」
「しましたよ。何度も」
アルチュールが呆れ顔で僕とジェラルド様を交互に見る。
「いったいどんな流れでこんなことになったんです? 旦那様にいたってはお顔が緩んでますよ」
アルチュールに指摘されたジェラルド様は露骨に顔をしかめた。
「ポール様ってどんな方なのかなって、ジェラルド様に聞いてたんだ」
「なぜそれで……ああ、いや失礼しました」
ジェラルド様に睨まれたアルチュールが軽く頭を下げた。
「アルチュールはポール様と話したことある?」
「私はこの屋敷にいて長いですから、何回もありますよ。真面目で厳しい方ですね。ここ最近は話しかけてもほとんど無視されてましたが」
無視だなんて、やはり気難しい方なのだろうか。
「それは君がポールに『婚約者とどこまで進んだか』しつこく聞いたからだろうが」
ジェラルド様が冷ややかな視線をアルチュールに向ける。
それが事実なら嫌われても仕方ないだろうと僕も思う。
「そうでしたっけ?」
「そのせいでポールの侍従にも嫌われているだろう君は」
「あー。でもまあ、あいつに比べたらポール様はお優しい方ですよ」
ポール様の侍従ってレジスの息子だったような。従兄弟にも嫌われるとは、アルチュールに原因があることは明白だ。
とりあえずポール様が理由もなく人を嫌うことはなさそうだとわかった。
主従の言い合いはしばらく続き、僕はそれを微笑ましく思いながら眺めていた。
後は寝るだけとなった時間。僕は自室で改めてポール様からの手紙を見直していた。
「これは?」
書き殴られた文字のインパクトがすごくて気が付かなかったが、隅の方に小さな文字がある。
じっと見つめると、そこにはとても丁寧な字で『返信不要』と書かれていた。
まあ、うん。真面目な方というのは本当のことなのだろうなと思った。
ジェラルド様に悲しい顔をさせないために、何よりも僕自身のためにポール様と打ち解けたい。
せっかく親族となったのだから、一方的に嫌われたままなのは嫌だ。僕ができるのは、全力で彼と向き合うことだけだ。
「よし」
決意を新たにした僕は、ポール様から頂いた手紙をそっと引き出しの奥にしまった。
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