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第四十四話 オラーヌ家へようこそ①
夜会から二日経ち、僕はジェラルド様と遅めの朝食をともにしていた。昨日は一日中泥のように眠っていてほとんど動けなかった。
「体調は大丈夫か?」
「ありがとうございます! 今日からいつも通り動けそうです」
「無理はしないように」
「はい」
ジェラルド様は昨日の朝から普段通りに過ごしていたらしい。むしろ夜会の準備でまともに動けなかったからという理由で、鍛練の時間を追加したと聞いた。
体力って大事だなぁ。僕も身体を鍛えたほうがいいかもしれない。
「今日の予定だが」
「はい」
「本当にお邪魔してもいいのだろうか?」
「もちろん! 家族一同大歓迎ですよ!」
「それならいいが……私は家族というものに慣れていないから」
ジェラルド様は心配そうに考え込んで視線を落とした。
今日はジェラルド様と僕の実家に泊まることになっている。昼食を終えた頃に迎えの馬車も到着するはずだ。
不安げな様子のジェラルド様を大丈夫だと励ましつつ、実家に行くための準備をしていたらあっというまに昼になった。
馬車に乗る頃になるとジェラルド様は不安と緊張で黙り込んでしまった。
「ジェラルド様、僕がついているから大丈夫ですよ」
「ああ。ありがとう、ノア」
馬車が動き始めるとジェラルド様は僕の手をぎゅっと握ってきた。ジェラルド様の不安を少しでも取り除けるように、力強く手を握り返した。
「ようこそお越しくださいました」
玄関に着くと使用人一同が出迎えてくれた。
「久しぶり! みんな元気そうで安心したよ。お父様たちは?」
「皆様だれがノア様をお出迎えするかで喧嘩になってしまって……今は来賓室で待機しております」
「変わらないなぁ」
執事に案内してもらい、久しぶりの実家を歩く。懐かしい空気感に気持ちが落ち着いていく。
ジェラルド様はそわそわと僕のすぐ後ろを歩いていて、僕はジェラルド様の腕を組んで強引に寄り添った。
ジェラルド様は少しだけ力が抜けた様子で僕の歩幅に合わせてくれた。
執事が来賓室の扉を開けると、家族が集合していた。お父様にお母様、長兄のシモン兄様に次兄のマルク兄様だ。
「ジェラルド君、五日ぶりだね! さあ、座って座って」
「うるさくてごめんなさいね、この人が張り切ってしまって」
「いえ、あの……失礼します」
お父様とお母様が僕より先にジェラルド様に声をかける。僕たちを心から歓迎してくれているように思えて、その心遣いが嬉しい。
僕も座って挨拶をと思ったら、シモン兄様が強引に僕を来賓室の外まで連れて行った。
「ノア君どうしよう」
シモン兄様の緑色の瞳が不安げに揺れている。
「どうしました?」
まさかジェラルド様の威圧が効いているのだろうか。
「同い年の義弟とどんな感じで話したらいいかわからなくて」
心配して損した。
「たしかに同い年ですね。でも共通点があっていいじゃないですか。領主で年齢が同じって時点で無限に話題がありますよ」
「いやいや僕、領主代行だし……それにフロンドル卿も戸惑っているだろうし」
シモン兄様はもじもじと両手を擦り合わせている。温和な顔つきも手伝って気弱そうに見えるが、彼は数年前まで魔術師団で隊長を勤めていた人だ。
「大丈夫ですって。僕も二歳下の義甥といろいろあったけど最終的に仲良くなれましたから」
「それはノア君だからだよ! どうしよう、大丈夫かな。うざい義兄って思われたりして。口下手だから自信がないよ」
シモン兄様が廊下をうろうろし始めた。長くなりそうなので僕はあえて黙っていたことを話す。
「あの、扉開いてるし兄様の声が大きいので会話筒抜けですよ」
扉から顔を覗かせると、来賓室にいる家族全員が『馬鹿だなぁ』って顔で笑っていた。ジェラルド様は可哀想なことに視線を彷徨わせている。
こういう時は一緒に笑っていいんですよと心の中でジェラルド様に語りかける。
「待たせてはいけないので戻りますよ」
「えっ! この状況で行くの?」
「今を逃したら余計気まずくなると思うので」
シモン兄様の服の裾を引っ張り、何とも言えない空気の来賓室に踏み込んだ。
挨拶が終わり、ぎこちない感じがありながらも、ジェラルド様の緊張が落ち着いてきているのを感じた。夕食の時間にはジェラルド様も穏やかな笑顔で会話をしているはずだ。
「少し気になっていたことがありまして」
「えっ、なになに。どうしたの?」
お父様楽しそうだなぁ。ジェラルド様みたいな真面目なタイプが好きだもんね。
「ノアが十歳から王都に住んでいたのは何か深い事情があったのかと」
空気が固まった。正確に言うとお父様とシモン兄様が思いっきり顔を逸らした。
「申し訳ございません。少し気になっただけなので……」
「お父様、家長として説明を」
「老いると忘れっぽくなってだめだね。後進に譲ることにするよ」
シモン兄様とお父様が不毛な譲り合いをしている。
「親子喧嘩」
マルク兄様がうんざりした顔で割って入ってきた。
「この二人が領の今後の方針とかで喧嘩して屋敷を半壊させたんだよ。無事なところもほぼ水浸し」
あの頃を思い出したのか、マルク兄様はため息をついた。
「喧嘩で? 水浸し?」
意味がわからないという顔をしているジェラルド様に僕が補足する。
「お父様とシモン兄様は水魔法のスキル持ちなんです。それで屋敷の建て替えとか、僕の学院入学とかいろいろあって、十歳から王都に住んでいました」
「いやぁ、お恥ずかしい。若気の至りというやつで」
シモン兄様が頭をかきながらジェラルド様に言い訳をする。
「若気の至りって、お兄様あの頃二十二歳じゃないですか。今の僕より年上ですよ」
「うぐっ」
変な呻き声を上げたシモン兄様が机に突っ伏した。
「えっぐいな。何も言い返せないだろ、あれは」
マルク兄様が笑いながら茶化す。
「シモン、お行儀が悪いですよ。あれはどんな言い訳を重ねても挽回できないから諦めなさい」
お母様がとどめを刺した。シモン兄様はタイミングを失って顔を上げられないまま黙ってしまった。
お父様はシモン兄様を見捨てて沈黙を貫いていて、古狸ってやつだなと思った。
「そういえばマルク兄様が昼から家にいるって珍しいですね。もしかしてわざわざ休みを取ってくれたんですか?」
「……うん、まあ。そんな感じ」
「マルク、嘘はやめなさい。この子ったら昨日騎士団を退団したの」
お母様が冷めた目でマルク兄様に視線を送る。
「もしかして怪我をされたとか」
「口にするのも憚られるわ。お父様が関係各所に頭を下げて回ったのよ」
いったいどんな厄介事があったのか。マルク兄様を見ると、納得がいかないと言う顔で腕を組んでいた。
「俺がきっかけなのは認めるけどよ。俺は同僚に『遊ぶのはほどほどにしとけ。隊長とエドモンが穴兄弟って聞いて息できんくらい笑ったわ』って注意しただけだぜ?」
「最低」
「最悪ね」
「えっと、妥当な処分では?」
僕とお母様、それからジェラルド様がそれぞれ感想を話す。
「いや、それに関しては同僚が俺を一発殴って終わったの。それを隊長が規律を乱したとかで聞き取りするから騒ぎが大きくなったんだって」
「これで終わりじゃないんですか?」
「その後同僚が馬鹿正直に話したせいで、隊内で殴り合いの修羅場になって監査が入ったのよ。そしたら横領とか不正が出るわ出るわ」
「うわぁ」
「騎士団がピリピリしてるからとりあえず原因の俺も謹慎しとけって言われてさ。いや、俺は修羅場にも不正にも関わってないのにおかしくね? もう騎士辞めるってなって昨日辞表出してきた」
なぜマルク兄様はこんな情けない話を初めて会う義弟の前でできるのか。シモン兄様といい、どこに出しても恥ずかしい兄たちだ。
「えーっと、それじゃあマルク兄様はオラーヌ家の私兵になるのですか?」
とりあえず話題を未来の話に移す。まだ身内のほのぼの話に着地できる可能性があるからだ。
「絶対にだめだ。断固拒否する」
シモン兄様が突然頭を上げて話に入ってきた。
「どうしてですか? 実力は問題ないと思いますが」
「そうだね、実力は文句の付け所がない。ただオラーヌ領では魔石と宝石を掛け合わせた新しい宝飾品に力を入れている」
シモン兄様が紅茶を飲み干して話を続ける。
「光栄なことに納入が半年以上先になるほど好評でね。例年以上に訪問する貴婦人方が増えている」
「それは有難い話ですね」
「そうなんだよ。それに伴い急増したのが女性兵士の需要だ。どうしても同性でないと警護が難しいところがあるからね」
シモン兄様の顔は将来の領主そのものだ。真剣に領について考えていることが伝わる。
「それで、マルク兄様を雇えないのはどういった理由なのですか?」
「言動そのものだ。マルクを雇ってみろ。希少な女性兵士が半年も経たないうちに全員辞めることが目に見えている! 僕は誰に何を言われようが絶対雇わない!」
シモン兄様が机に拳を叩きつけた。僕と話す前に似たような打診をされて同じように返したのだろうなぁと簡単に想像できた。
「いや、俺そこまでひどくないから!」
マルク兄様が立ち上がって反論してきた。シモン兄様も負けじと立ち上がる。
「そもそも話す必要もないのにノアの前で騎士を辞めた経緯を事細かく説明する時点で反省の色もないだろ!」
「それはしょうがないだろ! 正直に言って何が悪い!」
「普通の神経してたら穴兄弟とか言わないんだよ! 前々から思っていたがお前には品性が欠けている!」
「シモンも今口にしただろ! 同罪だ、同罪!」
なんということだ。これが大の大人の会話なのか?
僕は頭を抱えた。ジェラルド様の顔を見るのが怖い。せっかく家族として紹介できたのにこんな醜い争いを見せてしまうなんて。本当に信じられない。
突然横から笑い声が聞こえた。思わずそちらを見るとジェラルド様が口を押さえて大笑いしていた。
「ジェラルド様?」
「ああ、すまない。兄弟喧嘩はこんな感じなのかと。私は兄上とそのような喧嘩をしたことがなかったから……良いものだなと思って」
ジェラルド様はそう言うとまた笑った。
「ジェラルド様、落ち着いてください。良いの対極みたいな会話ですよ」
「ひでーな、おい」
マルク兄様が何か言ってきたけど無視だ。
「フロンドル卿はお兄様と何歳離れていたのですか?」
シモン兄様がジェラルド様に質問する。
「十二歳離れていました」
「ちょうど俺とノアの年齢差ですね」
「ええ」
そうだったのか。初めて知った。シモン兄様はジェラルド様の言葉に頷くと顔をほころばせた。
「それはさぞかし可愛かっただろうね」
シモン兄様の言葉が意外だったのか、ジェラルド様が目を見開いた。
「本当に、そう思いますか?」
「もちろん人によるだろうけどね。ノアが生まれた時、僕はこの子を守らなきゃって思った。誰に言われたわけでもなく自然にそう思っていたよ。きっとフロンドル卿のお兄様も同じ気持ちだったはずだ。だってこんなに弟から慕われているのだから」
シモン兄様がジェラルド様に笑いかける。ジェラルド様の目が少しだけ潤んでいるように見えた。
「そうですね、そうだと嬉しいです」
「うんうん、僕だったらノア同様絶対可愛がってるよ」
「四歳年下の弟はどうなんですかー?」
「お前はもうちょっと言動をどうにかしろ」
マルク兄様が茶々を入れたせいで、またくだらない争いが始まった。お父様もお母様も止めるつもりがないようで二人の世界に没入している。
「いいものだな、家族というのは」
「ええ、そうですね」
僕とジェラルド様も兄様たちを止めずに二人で微笑み合う。
兄様たちを見守っているジェラルド様の顔は、兄を慕う弟のようで、僕は心が温かくなった。
「体調は大丈夫か?」
「ありがとうございます! 今日からいつも通り動けそうです」
「無理はしないように」
「はい」
ジェラルド様は昨日の朝から普段通りに過ごしていたらしい。むしろ夜会の準備でまともに動けなかったからという理由で、鍛練の時間を追加したと聞いた。
体力って大事だなぁ。僕も身体を鍛えたほうがいいかもしれない。
「今日の予定だが」
「はい」
「本当にお邪魔してもいいのだろうか?」
「もちろん! 家族一同大歓迎ですよ!」
「それならいいが……私は家族というものに慣れていないから」
ジェラルド様は心配そうに考え込んで視線を落とした。
今日はジェラルド様と僕の実家に泊まることになっている。昼食を終えた頃に迎えの馬車も到着するはずだ。
不安げな様子のジェラルド様を大丈夫だと励ましつつ、実家に行くための準備をしていたらあっというまに昼になった。
馬車に乗る頃になるとジェラルド様は不安と緊張で黙り込んでしまった。
「ジェラルド様、僕がついているから大丈夫ですよ」
「ああ。ありがとう、ノア」
馬車が動き始めるとジェラルド様は僕の手をぎゅっと握ってきた。ジェラルド様の不安を少しでも取り除けるように、力強く手を握り返した。
「ようこそお越しくださいました」
玄関に着くと使用人一同が出迎えてくれた。
「久しぶり! みんな元気そうで安心したよ。お父様たちは?」
「皆様だれがノア様をお出迎えするかで喧嘩になってしまって……今は来賓室で待機しております」
「変わらないなぁ」
執事に案内してもらい、久しぶりの実家を歩く。懐かしい空気感に気持ちが落ち着いていく。
ジェラルド様はそわそわと僕のすぐ後ろを歩いていて、僕はジェラルド様の腕を組んで強引に寄り添った。
ジェラルド様は少しだけ力が抜けた様子で僕の歩幅に合わせてくれた。
執事が来賓室の扉を開けると、家族が集合していた。お父様にお母様、長兄のシモン兄様に次兄のマルク兄様だ。
「ジェラルド君、五日ぶりだね! さあ、座って座って」
「うるさくてごめんなさいね、この人が張り切ってしまって」
「いえ、あの……失礼します」
お父様とお母様が僕より先にジェラルド様に声をかける。僕たちを心から歓迎してくれているように思えて、その心遣いが嬉しい。
僕も座って挨拶をと思ったら、シモン兄様が強引に僕を来賓室の外まで連れて行った。
「ノア君どうしよう」
シモン兄様の緑色の瞳が不安げに揺れている。
「どうしました?」
まさかジェラルド様の威圧が効いているのだろうか。
「同い年の義弟とどんな感じで話したらいいかわからなくて」
心配して損した。
「たしかに同い年ですね。でも共通点があっていいじゃないですか。領主で年齢が同じって時点で無限に話題がありますよ」
「いやいや僕、領主代行だし……それにフロンドル卿も戸惑っているだろうし」
シモン兄様はもじもじと両手を擦り合わせている。温和な顔つきも手伝って気弱そうに見えるが、彼は数年前まで魔術師団で隊長を勤めていた人だ。
「大丈夫ですって。僕も二歳下の義甥といろいろあったけど最終的に仲良くなれましたから」
「それはノア君だからだよ! どうしよう、大丈夫かな。うざい義兄って思われたりして。口下手だから自信がないよ」
シモン兄様が廊下をうろうろし始めた。長くなりそうなので僕はあえて黙っていたことを話す。
「あの、扉開いてるし兄様の声が大きいので会話筒抜けですよ」
扉から顔を覗かせると、来賓室にいる家族全員が『馬鹿だなぁ』って顔で笑っていた。ジェラルド様は可哀想なことに視線を彷徨わせている。
こういう時は一緒に笑っていいんですよと心の中でジェラルド様に語りかける。
「待たせてはいけないので戻りますよ」
「えっ! この状況で行くの?」
「今を逃したら余計気まずくなると思うので」
シモン兄様の服の裾を引っ張り、何とも言えない空気の来賓室に踏み込んだ。
挨拶が終わり、ぎこちない感じがありながらも、ジェラルド様の緊張が落ち着いてきているのを感じた。夕食の時間にはジェラルド様も穏やかな笑顔で会話をしているはずだ。
「少し気になっていたことがありまして」
「えっ、なになに。どうしたの?」
お父様楽しそうだなぁ。ジェラルド様みたいな真面目なタイプが好きだもんね。
「ノアが十歳から王都に住んでいたのは何か深い事情があったのかと」
空気が固まった。正確に言うとお父様とシモン兄様が思いっきり顔を逸らした。
「申し訳ございません。少し気になっただけなので……」
「お父様、家長として説明を」
「老いると忘れっぽくなってだめだね。後進に譲ることにするよ」
シモン兄様とお父様が不毛な譲り合いをしている。
「親子喧嘩」
マルク兄様がうんざりした顔で割って入ってきた。
「この二人が領の今後の方針とかで喧嘩して屋敷を半壊させたんだよ。無事なところもほぼ水浸し」
あの頃を思い出したのか、マルク兄様はため息をついた。
「喧嘩で? 水浸し?」
意味がわからないという顔をしているジェラルド様に僕が補足する。
「お父様とシモン兄様は水魔法のスキル持ちなんです。それで屋敷の建て替えとか、僕の学院入学とかいろいろあって、十歳から王都に住んでいました」
「いやぁ、お恥ずかしい。若気の至りというやつで」
シモン兄様が頭をかきながらジェラルド様に言い訳をする。
「若気の至りって、お兄様あの頃二十二歳じゃないですか。今の僕より年上ですよ」
「うぐっ」
変な呻き声を上げたシモン兄様が机に突っ伏した。
「えっぐいな。何も言い返せないだろ、あれは」
マルク兄様が笑いながら茶化す。
「シモン、お行儀が悪いですよ。あれはどんな言い訳を重ねても挽回できないから諦めなさい」
お母様がとどめを刺した。シモン兄様はタイミングを失って顔を上げられないまま黙ってしまった。
お父様はシモン兄様を見捨てて沈黙を貫いていて、古狸ってやつだなと思った。
「そういえばマルク兄様が昼から家にいるって珍しいですね。もしかしてわざわざ休みを取ってくれたんですか?」
「……うん、まあ。そんな感じ」
「マルク、嘘はやめなさい。この子ったら昨日騎士団を退団したの」
お母様が冷めた目でマルク兄様に視線を送る。
「もしかして怪我をされたとか」
「口にするのも憚られるわ。お父様が関係各所に頭を下げて回ったのよ」
いったいどんな厄介事があったのか。マルク兄様を見ると、納得がいかないと言う顔で腕を組んでいた。
「俺がきっかけなのは認めるけどよ。俺は同僚に『遊ぶのはほどほどにしとけ。隊長とエドモンが穴兄弟って聞いて息できんくらい笑ったわ』って注意しただけだぜ?」
「最低」
「最悪ね」
「えっと、妥当な処分では?」
僕とお母様、それからジェラルド様がそれぞれ感想を話す。
「いや、それに関しては同僚が俺を一発殴って終わったの。それを隊長が規律を乱したとかで聞き取りするから騒ぎが大きくなったんだって」
「これで終わりじゃないんですか?」
「その後同僚が馬鹿正直に話したせいで、隊内で殴り合いの修羅場になって監査が入ったのよ。そしたら横領とか不正が出るわ出るわ」
「うわぁ」
「騎士団がピリピリしてるからとりあえず原因の俺も謹慎しとけって言われてさ。いや、俺は修羅場にも不正にも関わってないのにおかしくね? もう騎士辞めるってなって昨日辞表出してきた」
なぜマルク兄様はこんな情けない話を初めて会う義弟の前でできるのか。シモン兄様といい、どこに出しても恥ずかしい兄たちだ。
「えーっと、それじゃあマルク兄様はオラーヌ家の私兵になるのですか?」
とりあえず話題を未来の話に移す。まだ身内のほのぼの話に着地できる可能性があるからだ。
「絶対にだめだ。断固拒否する」
シモン兄様が突然頭を上げて話に入ってきた。
「どうしてですか? 実力は問題ないと思いますが」
「そうだね、実力は文句の付け所がない。ただオラーヌ領では魔石と宝石を掛け合わせた新しい宝飾品に力を入れている」
シモン兄様が紅茶を飲み干して話を続ける。
「光栄なことに納入が半年以上先になるほど好評でね。例年以上に訪問する貴婦人方が増えている」
「それは有難い話ですね」
「そうなんだよ。それに伴い急増したのが女性兵士の需要だ。どうしても同性でないと警護が難しいところがあるからね」
シモン兄様の顔は将来の領主そのものだ。真剣に領について考えていることが伝わる。
「それで、マルク兄様を雇えないのはどういった理由なのですか?」
「言動そのものだ。マルクを雇ってみろ。希少な女性兵士が半年も経たないうちに全員辞めることが目に見えている! 僕は誰に何を言われようが絶対雇わない!」
シモン兄様が机に拳を叩きつけた。僕と話す前に似たような打診をされて同じように返したのだろうなぁと簡単に想像できた。
「いや、俺そこまでひどくないから!」
マルク兄様が立ち上がって反論してきた。シモン兄様も負けじと立ち上がる。
「そもそも話す必要もないのにノアの前で騎士を辞めた経緯を事細かく説明する時点で反省の色もないだろ!」
「それはしょうがないだろ! 正直に言って何が悪い!」
「普通の神経してたら穴兄弟とか言わないんだよ! 前々から思っていたがお前には品性が欠けている!」
「シモンも今口にしただろ! 同罪だ、同罪!」
なんということだ。これが大の大人の会話なのか?
僕は頭を抱えた。ジェラルド様の顔を見るのが怖い。せっかく家族として紹介できたのにこんな醜い争いを見せてしまうなんて。本当に信じられない。
突然横から笑い声が聞こえた。思わずそちらを見るとジェラルド様が口を押さえて大笑いしていた。
「ジェラルド様?」
「ああ、すまない。兄弟喧嘩はこんな感じなのかと。私は兄上とそのような喧嘩をしたことがなかったから……良いものだなと思って」
ジェラルド様はそう言うとまた笑った。
「ジェラルド様、落ち着いてください。良いの対極みたいな会話ですよ」
「ひでーな、おい」
マルク兄様が何か言ってきたけど無視だ。
「フロンドル卿はお兄様と何歳離れていたのですか?」
シモン兄様がジェラルド様に質問する。
「十二歳離れていました」
「ちょうど俺とノアの年齢差ですね」
「ええ」
そうだったのか。初めて知った。シモン兄様はジェラルド様の言葉に頷くと顔をほころばせた。
「それはさぞかし可愛かっただろうね」
シモン兄様の言葉が意外だったのか、ジェラルド様が目を見開いた。
「本当に、そう思いますか?」
「もちろん人によるだろうけどね。ノアが生まれた時、僕はこの子を守らなきゃって思った。誰に言われたわけでもなく自然にそう思っていたよ。きっとフロンドル卿のお兄様も同じ気持ちだったはずだ。だってこんなに弟から慕われているのだから」
シモン兄様がジェラルド様に笑いかける。ジェラルド様の目が少しだけ潤んでいるように見えた。
「そうですね、そうだと嬉しいです」
「うんうん、僕だったらノア同様絶対可愛がってるよ」
「四歳年下の弟はどうなんですかー?」
「お前はもうちょっと言動をどうにかしろ」
マルク兄様が茶々を入れたせいで、またくだらない争いが始まった。お父様もお母様も止めるつもりがないようで二人の世界に没入している。
「いいものだな、家族というのは」
「ええ、そうですね」
僕とジェラルド様も兄様たちを止めずに二人で微笑み合う。
兄様たちを見守っているジェラルド様の顔は、兄を慕う弟のようで、僕は心が温かくなった。
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