【本編完結】役立たずと言われた「癒し」スキルで幸せになります!

ひなた

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第四十九話 可能性

※暴力表現あり、注意




 声が聞こえる。男性の話し声。乱暴な言い方は領兵たちとそっくりだけど、言葉遣いが違う。あまりにも粗野だ。
 ああ、そうか。薬を嗅がされて気絶したんだっけ。床の揺れ方を考えるとここは馬車の中かな。木張りの床は隙間から風が入ってすごく寒い。
 荒くなりそうな息をどうにか落ち着かせる。手は後ろ手に縛られて足も拘束されていた。頑張っても解けそうにない。粗い縄が手首に食い込み、少し動いただけで皮膚が擦れて痛んだ。
 だめだ、パニックになるな。エタン君も近くで横になっているはずだ。ここで起き上がってあいつらを刺激するのは得策でない。

 勝手に身体が震えてくる。落ち着け、落ち着いてくれ。泣き出したくなるくらい怖いけど、まずは情報収集だ。目が覚めたことをあいつらに悟らせてはいけない。目を閉じたまま、聴覚を頼りに情報を集めよう。

「てめーが失敗したから大損じゃねーか! ふざけやがって」
「あ? ならお前が魔物誘導できんのか?」
「もっと上手くやれっつってんだよ! なぜか兵士がいて邪魔くさかったしついてねーわ」
 なるほど。護衛が戻ってこなかったのは魔物がいたせいか。卑劣なことして許せない。孤児院の子供たちは無事だろうか。

 その後も聞くに耐えない会話が続いた。男達は文句を言うことに夢中でこちらの様子を確かめることもない。
 彼らの会話を聞いて分かったことがいくつかある。
 まず、彼らが四人以上で徒党を組んでいること。馬車の中にいるのは三人だから、御者台にいるのは一人か二人だろう。どこかで合流することも考えられるが、現時点でそこまでの大人数ではないことが窺える。

 そしてリーダー格の男も誰かの指示で動いているらしいこと。
 リーダーらしき男はボソボソと喋るが、言葉遣いは他の二人より話が通じそうだと思うくらいにはしっかりしている。
 今後の予定を話し合う際、リーダーが二言目には「上からこう言われている」「こんな指示を受けた」と話していた。後ろ盾に巨大な組織が存在しているかもしれない。

 最後に、彼らが隣国で騒ぎとなっている誘拐犯の可能性が非常に高いこと。
 話の中で「わざわざ国境を越えたのに収穫がこれっぽちとは」とぼやいていたし、前回は上手くいったのにと自慢げに語る手口は隣国の誘拐犯のものと酷似していた。
 彼らの話によるとこの国に来たのは初めてのことらしい。一応フロンドル領の調査はしているようで、ジェラルド様を警戒している様子だった。今は討伐遠征中だから助かったと笑いながら話す声が不快だった。

 少しでも助かる方法を考えなければ。恐怖を抑えつけながら打開策を考えていると、誘拐犯達が動き出した。
「しっかしガキとこの男だけとは。十六、七くらいか?」
 男が雑な手つきで僕を仰向けにさせるとペタペタと触り始めた。手で払い除けたくなるのをなんとか我慢する。あと僕は今年で二十一になる成人だ。

「身なりもいいし、商家の息子か何かだろ。売り飛ばすより身代金に切り替えるか?」
「一緒にいたガキはどうする? 見たところ兄弟ではないだろ」
「小姓だろうな。ま、ガキならそこそこの値段になるだろ」
 恐ろしく利己的な会話だ。僕とエタン君のことをお金を生む物としか考えていない無情さがある。
 後ろ手に拘束された指先が、冷たい汗でじっとりと濡れていた。

「なかなか起きねーな。どんな顔だったっけ?」
 男が僕の頬をペチペチと叩く。
「パッとしない普通の顔だったぞ」
「野郎は趣味じゃないからな。楽しむのは無理そうだ」
「お前この前もそうやって商品ぶっ壊しただろ! いい加減にしろ!」
「穴があるから突っ込んだだけだろ。そんな怒るなって。肌は綺麗なんだけどなー」
 リーダー格の男が怒鳴りつけても男は僕の輪郭をなぞるように触る。
 気持ち悪い。鳥肌が立つぞわぞわした感覚が収まらない。

「やめろ! その人に触るな!」
「あ? ガキが起きたか」
「お前らが触っていい人じゃない! さっさと離れろ!」
 エタン君は声を震わせながら、それでも僕を守るため必死に叫んでいる。絶対にこの子を守らなければと覚悟が決まった。

「うるせーな。おい、黙らせろ」
 リーダーが指示をすると、僕を触っていた男が離れる。僕はそっと目を開けて、止めるタイミングを見計らうことにした。
「耳いっとくか?」
「馬鹿。値段が落ちるだろ。こういう時は足の小指って何回言ったら覚えるんだ? まだゴブリンのほうが賢いぞ」
 そう言って甲高い不快な声で茶化したのは魔物使いの男だ。
 彼らの中で一際大きな男が、馬鹿にされたことに舌打ちをしてナイフを取り出す。おそらくあいつが先ほどまで僕を触っていた男だ。

「よしよし。じゃあ暴れるなよ。手元が狂って三本くらいいっちまうかもしれん」
 男がエタン君の左足を掴もうとする。エタン君は必死に抵抗して男達を威嚇していた。
「やめろ! その子から手を離せ!」
 僕が叫ぶと男達が一斉にこちらを見た。まずは動きを止めることに成功した。

 這いずってエタン君のいる場所を目指す。しかし、あと半分くらいの距離で大柄な男に止められた。
 髪を掴まれ強制的に顔を上げさせられる。誘拐犯達は全員僕に注意を向けている。一先ずエタン君を危機から救えたようでほっとする。

「こいつ、どこかで……」
 リーダーが近づき、しゃがみ込んで僕の顔を観察する。顔の半分を黒髪が覆っている不気味な男だ。髪の隙間からギョロギョロとした目が覗いている。

「思い出した! 例の辺境伯のツレだ」
「おいおい! まじなら大当たりじゃねーか!」
「ほら、見ろよ。これ」
 リーダーが僕から離れ、紙の束を取り出し、その中の一枚を仲間に見せる。そこには僕の似顔絵が描かれていた。言い逃れできないくらいには似ている。

「山分けしても十年は遊んで暮らせるな」
「なあなあ、それって俺が街外れに魔物を誘導したおかげだよな?」
 魔物使いの男の一言で醜い喧嘩が始まった。彼らは僕が辺境伯の伴侶だと確信しているようだ。
 実際その通りだけど、貴族だと証明するものを探したりしないのだろうか。まあ、それは顧客が決めることだからどうでもいいのかもしれない。

 放っておかれている間に這いずってエタン君の側に寄る。
「大丈夫? 守ってくれてありがとう、嬉しかった」
「こっちこそありがとう……ねえ、今なら火魔法で倒せるかな」
「やめておこう。それは最終手段で」
「どうして?」
「僕の兄が水魔法の使い手なんだけど、水圧で両手を骨折したことがあるって。慣れていない時は自分を傷つけてしまうかもしれない」
「わかった。今はやめておく……」

 僕たちが小声で相談していると突然馬車が止まった。魔物使いの男が御者台に顔を出して様子を確認する。
「魔力切れだ。例の空き家で一晩過ごそう」
「またかよ。普通の馬の方がいいんじゃないか?」
「力が違うだろ。普通はこんな速さでねーよ。いちいちうるさいやつだな」
 魔物使いと大柄な男が怒鳴り合う。リーダーは止める気配がない。彼らにとって日常茶飯事なのだろう。

 馬車がゆっくりと動き出し、十分もしないうちに止まった。
「おい、降りろ」
「足を縛られてるから無理だよ」
「面倒くせー」
 足を縛っていた縄をリーダーがナイフで切った。そして急に僕の顎を掴んできた。
「確かに肌は綺麗だ」
「だろ?」
「味見したいがここでは無理だな」
「国境越えたら輪姦そうぜ」
「だめだ、お前らは壊すから混ぜない。なあ、楽しみだな?」
 リーダーが僕の首筋をそっと撫でる。最悪な予定を立てられてしまった。国境を越えたら終わりだ。助かるためには明日までに手段を講じる必要がある。

 肩を組まれ、ナイフで脅されながら歩いて空き家に入る。後ろにはエタン君を担いだ大柄の男がいて、隙をついて逃げることは無理そうだ。
 空き家に入っても男達の足取りに迷いはない。すでに使ったことがあるのだろう。
「今夜はここで過ごせ」
 リーダーがナイフで指し示したのは地下に続く階段がある部屋だった。貯蔵庫か何かだろうか。

「待って。手を縛られたままだと傷になっちゃう。跡が残ったら価値下がるんじゃない?」
 リーダーが舌打ちをして僕の手を縛っていた縄をナイフで切る。
「その子の拘束も外して。一晩あったら僕が解くから意味ないよ」
「うるせーな」
 悪態をつきつつも一理あると思ったのか、エタン君の拘束も解かれた。

「暴れたらそっちのガキを殺す。まあ、あんたじゃ何もできないだろうが」
 僕のスキルを把握済みなのだろう。馬鹿にするような笑みが鼻につく。
「さっさと下りろ」
 ランタンを持った魔物使いの先導で階段を下りる。
 地下の部屋はひんやりしていた。石の床がその冷たさを助長している。

「敷物は……これしかねーや。一晩くらいなら大丈夫だろ」
 毛皮だろうか。魔物使いが端に丸められたものを広げ状態を確認すると、僕たちに座るよう言ってきた。
「扉の前に見張りを立たせる。妙な真似すんなよ」
 リーダーは念押しするように僕たちを脅し、全員部屋を出て行った。


 底冷えのする部屋は敷物があっても寒いままだ。エタン君と身を寄せ合って暖をとる。
「兄ちゃん、俺たち助かるのかな」
「大丈夫だよ。絶対助けは来る。信じて」
 まだ活路はある。僕は祈るように胸の辺りを握った。

「もしもの話だけどね、僕が逃げてって言ったら森に逃げたフリして空き家の近くにいてほしい」
「兄ちゃんを置いて逃げられないよ」
「もしもの話だから。お願い」
「……わかった」
 エタン君は渋々と言った様子で納得してくれた。

 目が暗闇に慣れると少しだけ余裕が出てきた。だが残念なことにこのカビ臭くて殺風景な部屋には何もない。ただぼんやりと見えるお互いの姿が、今の僕らにとっては唯一の頼りだった。

「エタン君、きついかもしれないけど休める時に休んでおこう。目をつぶるだけでも違うから」
「そんな。無理だよ、俺」
 エタン君の声が震えている。僕は少しでも落ち着くといいなと願いを込めてエタン君の手を握った。

「兄ちゃんの手、温かいね」
「僕なんて普通だよ。ジェラルド様はもっと温かいよ」
「ジェラルド様?」
「辺境伯の名前」
「そうなんだ。ちょっと意外かも」
 誰よりも温かい手を思い浮かべると、少しの間恐怖を忘れることができた。エタン君の指先も次第に温度を取り戻す。

「話をしようか」
「どんな話?」
「スキルの話」
 エタン君の身体がぎくりと揺れる。僕はそのまま話を続けた。
「僕もね、自分のスキルが嫌いだった」
「兄ちゃんのスキルってどんなスキルなの?」
「僕のスキルは癒しと言って、人の心を和ませるだけのスキルなんだ」
「そうなんだ。なんか、兄ちゃんらしいな」
 素直な感想に心が和む。そうやって受け入れられるようになったのも全部ジェラルド様のおかげだ。

「王都はスキル至上主義でね。剣術や魔法といった実用的なスキルじゃないと評価されない。使えないスキル持ちは貴族として身を立てることが難しい」
「でも兄ちゃんは」
「僕は縁に恵まれてジェラルド様と結婚できた。でも当主の後妻になれるのはとても稀なことなんだ。婚姻が難しい子息子女は貴族籍を抜けて平民になるか、修道院に行くかのどちらかしか道はない」
「貴族も大変なんだな」
「使えるスキルを持ってたら選択肢はたくさんあるけどね。僕は兄のような魔法使いか、父のような文官になるものだと思っていたから、スキル鑑定を受けた日は人生が終わったと思ったよ。毎日泣いてたし、自暴自棄になって引きこもったこともある」

 自分と重なったのか、エタン君が僕の手をぎゅっと握った。
「でもね、今はこのスキルでよかったと心の底から思ってる」
「どうして?」
「ジェラルド様のスキルは知ってる?」
「威圧でしょ? 父ちゃんと母ちゃんが話してた」
「僕のスキルがジェラルド様の威圧を中和することがわかったんだ。そしたらね、周りから感謝されるようになった。僕のスキルが人の役に立てるんだって、初めて思えた」
 エタン君の手がほんのりと熱くなる。
「俺も、自分のスキルが好きになれるかな」
「なれるよ」
 即答されたのが意外だったのか、エタン君がくすりと笑う。

「魔法系のスキルを持った者は王都にある学院に通う義務がある」
「急にどうしたの?」
「魔法スキルに関する決まり。他にも細かいことはいろいろあるけど、魔法系スキルを持つ者が必ず魔法使いにならないといけないという法律は存在しない。国や領主への届け出はいるけど、それだけ」
「そうなんだ。詳しいね」
「父が法律系の文官だから」
 勉強した割にはあまり身に付かなかったけど、シモン兄様が魔法使いだから覚えていた。

「僕の知り合いにも元宮廷魔術師がいてね。今は吟遊詩人になってるよ」
 今頃フランドル領の宣伝をしてくれているはずだ。この前届いた手紙には割と好評だったと書かれていた。
「俺、料理人目指していいのかな」
「もちろん。学院にいる間王都の食堂で修行してもいいと思う。学業優先だけど」
「なんか安心した。でもそれなら魔法スキルなんていらなかったな」
 ある意味将来の夢を遠回りさせられたようなものだから嫌悪する気持ちもわかる。

「ジェラルド様とね、仕事が落ち着いたら新婚旅行に行こうって話してたんだ」
「辺境伯様のこと本当に好きなんだな」
「うん。大好き」
 ちょっと呆れたような声音に思わず笑ってしまう。

「それでいろんな国のこと調べた。世界って広いね。知らないことがたくさんあったよ」
「そうなんだ」
「東の大国の料理で、強い火力を使って炒めるっていうこの国ではあんまり聞かない調理法があるんだ」
「へぇ、面白いな」
「エタン君のスキルで再現できるよ」
 暗くてあまり表情はわからないけど、エタン君が驚いていることがわかった。

「火魔法の料理人になってさ、この国にない料理を広めるのも楽しいと思わない?」
「すごいな! それいい! 早く王都行きたい!」
 扉を強く叩く音が響き「うるせーぞ」と怒鳴られた。エタン君が慌てて口を手で押さえる。

「絶対助かりたい。俺、やりたいことがたくさんできた……絶対負けない」
「よかった。なら難しいかもしれないけど眠ろうか」
「うん、おやすみ」
 エタン君がぎゅっと拳を握りしめるのが暗闇の中でも伝わってくる。その姿に、僕も心が熱くなる。
 エタン君はしばらく興奮した様子だったが、やがて寝息を立てた。子供ってすごい。

 もう一度服の上から胸の辺りを握る。あいつらは油断しているのか、着の身着のままだったことが幸いした。
 絶対に助かってやる。せめてエタン君だけでも守ってみせる。
 最悪の未来が頭をよぎって腹の底まで冷える。僕は不快な冷たさを振り切るため、無理矢理目を閉じた。


 寒さで目が覚める経験は初めてだ。エタン君もほぼ同時に起きたようで、二人で身を寄せ合って暖をとる。
「飯だ。食え」
 見張り役の男がパンを床に投げ捨てる。初めて見る顔だ。おそらく昨日は御者台にいて気づかなかったのだろう。

 少しでも助かる確率を上げるため、床に落ちたパンを拾う。
「お貴族様を這いつくばらせるのはいい気分だな」
 男が下卑た顔で笑う。僕はエタン君に目を閉じるよう言った。
「おい、何か言うことあるんじゃねーの?」
 僕の態度が気に食わなかったのか、見張り役が僕の頭を掴み床に押し付けた。
「お恵み、感謝いたします」
「いいな。初めてリーダーと気が合った」
 見張り役が僕の髪を引っ張って顔を上げさせる。服の上からでもはっきりわかるくらい膨張した股間が目の前に迫って思わず短い悲鳴を上げた。

「これで手出したらだめってリーダーもひでーよな」
 満足したのか、男はリーダーの文句を言いながら部屋を出て行った。ひどすぎる。嫌悪感から吐き気がしたのは初めてだ。エタン君が直接見てなくて本当によかった。

「兄ちゃん大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。早く食べよう」
 カビ臭い部屋で食べる硬いパンは味がほとんどないはずなのに、二度と思い出したくないくらい不味かった。

 最悪の朝食が終わってから少しして、部屋を出るよう指示され乱暴に両腕を掴まれた。
 大人しくするから離してほしいとしおらしい態度で懇願すると片腕だけの拘束に変わった。

 空き家から一歩外に出る。僕は自由になった手を胸の中に突っ込み、ある物を取り出して口に咥えた。
「何してんだ?」
「ああ、壊れた笛だろ? 昨日確かめたけど音鳴らなかったぞ」
 大柄な男が衝撃的なことを言う。ジェラルド様からの贈り物なのになんてことしてくれたんだ。
「おい、止めさせろ」
 必死に抵抗したけど鼻と口を塞がれ、奪われてしまった。

「リーダー、ビビりすぎ」
「うるせーな。念のためってやつだよ」
 竜笛は奪われてしまったけど、何回か確実に吹くことができた。これでハナコが気づいてくれたら助けが来るはずだ。
 春も半ば、討伐遠征が終わる時期だ。もしかしたら飛竜部隊がほとんどこちらに来てくれるかもしれない。

「一つ相談なんだけど」
 大柄な男が僕の肩を組む。顔が近くて不愉快だ。
「辺境伯のツレならさ、領民のことも詳しいだろ? 領外に恋人がいる未婚の女を何人か教えろ。そうすりゃ、売られる先も少しはマシなところになるかもしれないぞ」
 領外に恋人がいる未婚女性を狙う手口、彼らはまさにそれをやっている。この場で僕が名前を出せば、次の犠牲者が確実に生まれる。
「そうそう、最悪なところだと地獄だぞ。使い物にならなくなったら歯全部抜かれたりな」
「知ってることをちょっと教えるだけだ。簡単だろ?」

 見張り役の男と魔物使いも話に乗ってきた。何が面白いのか大柄な男は腹を抱えて笑っている。そのおかげで一時的に拘束が解かれた。エタン君の方はリーダーが片腕を掴んでいるだけだ。エタン君が時折離れようとするからか、リーダーはバランスを保つため足を開いて構えている。

 視察で出会った領民の顔が頭に浮かぶ。星降祭で恋愛話をしていた女性たちは皆キラキラと目を輝かせて恋人のことを教えてくれた。
 あの笑顔を僕は守らなければならない。ジェラルド様が辺境伯として必死に守ってきた人々を、僕が見捨てるわけにはいかない。

「僕は、ノア・フロンドルだ」
「突然どうした?」
「ついにぶっ壊れたか?」
 馬鹿にしたように笑う男達。どうかこのまま油断していてほしい。

『いいか、ノア。これは最終手段だ。使う機会はまずないと思え』
 マルク兄様の声が頭の中で響く。
『確実に逃げる手段が確保されている状態でやること。これは絶対だ。成功したら相手は確実に逆上する。お前も男ならわかるだろ?』
 約束を何一つ守れなくてごめんなさい。さすがにマルク兄様も許してくれないだろうな。でも後悔はしない。

 リーダーはにやにやと僕を見つめている。髪の隙間から覗く目は、僕への警戒心を完全に失くしていた。

「フロンドル家の人間は、絶対に民を裏切らない!」
 距離を詰め、リーダーの急所を蹴り上げる。マルク兄様は金的って言ってたっけ。
 攻撃を受けたリーダーが呻き声を上げてのたうち回った。

「逃げて! 早く!」
 一瞬躊躇する様子を見せたエタン君だが、僕の言いつけ通り森の方に走って行った。しばらくやり過ごして馬車がないことを確認したら空き家に戻るはずだ。そしたら飛竜部隊と合流できる可能性が高まる。

「痛ってーな! クソが!」
 リーダーにみぞおちを殴られ、息が止まった。気持ち悪い。気がついたら膝をついていた。痛い。うまく息が吸えない。
「気が変わった。徹底的に痛めつけてやる」
 シャツに手がかけられ、ボタンが全て弾け飛んだ。呼吸するのに必死で止める暇もなかった。

「おいおい、さすがに外はやめておこうぜ」
「……続きは馬車の中でだ」
「俺も混ざりたいんだけど」
「適当に交代すればいいだろ。行くぞ」
「ガキはどうする?」
「放っておけ。ガキの足じゃ街まで行くのに三日かかる。途中で野垂れ死ぬだけだ」
 リーダーが僕の手を引っ張って立たせようとする。だめだ、馬車に乗ったら終わる。
 強烈に押し寄せる恐怖が僕の身体を動かした。リーダーの手を払ってその場で蹲る。せめてもの抵抗だ。

「うぜーな。一発ヤれば大人しくなるか」
 リーダーが僕の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。欲望を隠そうともしないギラギラした目が目前に迫る。
 今まで我慢していた涙が堪え切れずに溢れてきた。
「そうやって大人しくしてればいいんだよ。手間かけさせやがって」
 リーダーの手が僕の脇腹に触れる。反射的に身を捩ると「感度はいいな」と嘲笑された。

 いやだ、痛いよ、怖いよ——泣きじゃくりたくなるのを堪えて唇を噛む。
 ジェラルド様、助けて。心の中で必死に愛しい人の名前を叫ぶ。

「おい、噛むなよ。傷になったらどうする」
 男の手が僕の唇に触れた瞬間、巨大な影が頭上を横切った。
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