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片想いの幼馴染に告白したら恋人になれたけど、彼女は恋愛感情が薄いので色々困る
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「のんちゃんのこと大好き。恋人になって欲しい」
空から太陽に照り付けられて、熱したフライパンみたいになった屋上。
そんな中で僕は、バクバクする心臓を必死で抑えてなんとか言葉を絞り出した。
あ、ちなみに今は我が洛城高等学校の昼休み。
鍵を借りないと入れない屋上は僕と、のんちゃんこと八島希の二人っきりだ。
(暑いし、ドキドキするし、色々な意味で死にそう……)
なんで僕はこんな暑い日-最高気温は30度-に告白しようなんて思ったのか。
そんなどうでもいい現実逃避をしながら、向き合った彼女の様子を伺う。
失望されてるだろうか。困されているだろうか。
やたら悪いことばかり考えてしまうけど、顔を上げたのんちゃんは笑顔だった。
まるで僕にお菓子おごってもらって「わーい」となっているみたいな。
「いいよー、ゆうちゃん。じゃあ、恋人になろっか」
そんな、僕が大好きないつもの笑顔のまま、解き放たれた言葉。
ううん?妙な違和感が身体中を駆け巡る。
なんていうか、あまりにもいつも通りなのだ。
照れて居たり不安そうだったり、そういう時の仕草がまったくない。
前にちょっとしたお世辞を言ってみたとき以下の照れ具合だ。
いや、我ながらどれだけのんちゃんのこと好きなんだってことなんだけど。
「うーんと。ありがとう。それで……」
いい言葉が見つからない。OKしてくれたから喜べばいいはずなのに。
長年の付き合い故か違和感が先に来てしまう。
そんな戸惑いを見て取ったんだろうか。
「ごめん。たぶんだけど、あっさり過ぎて困ってるよね」
ああ、もう。付き合いが長いとこういうとこ読まれるのが困る。
迷惑をかけてしまった時のような少し申し訳なさそうな元気のない顔。
「ああ。その……のんちゃんが凄くいつも通りだから」
なら、隠しても仕方がない。
「だよね。ゆうちゃんだから打ち明けることだけど。誰にも言わないでね?」
「……わかった。約束する」
深呼吸しながらだから、よほど重大な秘密なんだろう。
固唾をのんで彼女の言葉を待つ。
「ごめんね。私、昔から恋愛感情があんまりないんだ」
「あんまり……ない?」
その一言で、今まで時々のんちゃんに感じてた違和感の正体がわかった。
同じグループの女子が恋バナで盛り上がっていても、「そういうのいいよね」
とかあっさりだったり。他の男子に告白された時も冷静そのものだった。
「ああ。なんとなくわかった気がする」
「一言でわかられちゃうのも少し複雑なんだけど」
「だって前から恋愛話にあんまり興味なさそうだったでしょ?」
時々変に思うことはあったけど、わざわざ言うことでもないと思っていた。
「いいけどね。私はそれでもちょっぴりは恋愛感情っぽいのがあるんだけど」
「聞きにくいんだけどさ。ということはOKくれたのって……」
別になんとも思ってないけど、よく知ってるから安心だしとか。
そんな理由?失礼な想像をしてしまいそうになるけど。
「誤解しないで欲しいんだけど、もちろんゆうちゃんのことは好きだよ」
「う、うん。ありがとう」
思案しながらの真顔で言われると素に戻ってしまいそうだけど、でも照れる。
「ただね。他の女の子は恋をするとキュンとするとか胸が苦しいみたいな感じになるみたいんだけど。私の場合はじんわり薄く広がる感じ。わかる?」
「少しは。なんかいいな……みたいな淡い感じ?」
「そうそう。さすがゆうちゃん!だから、これからゆうちゃんと付き合っていく中でも、期待に応えられないこともあるかもだけど。言っておかないとと思ったの」
期待に応えられない。たとえば、手を繋いだりそれ以上のスキンシップ。
そういうのはちょっと難しいということだろうか?
「言ってくれてありがとう。大丈夫。全部受け入れるよ」
少しだけ残念だけど、という言葉は飲み込む。
のんちゃんはきっと気に病んでしまうだろうから。
「ゆうちゃん、ありがと。大好き!」
気が付いたら手が後ろに回されていた。
え?え?
のんちゃんの顔が近づいてきたかと思えば……ちゅ。
軽い音を立てて僕の唇と彼女の唇がくっついていた。
「あ、あの……」
あまりに突然過ぎた。
「あ。ひょっとしていきなりキスとか唐突過ぎた?」
「あ、いや。嬉しいんだけど、さっき期待に応えられないとか言ってたし……」
あれはお付き合いは出来ても、ふつーの恋人ができることができない。
そんな意味だと思ってたのだけど。
「そかそか。ふつーはそう思っちゃうよね?」
「また心読まないで欲しいんだけど」
「文脈読めばそれくらいわかるよ。どれだけの付き合いだと思ってるの?」
当然のように言うけど、全然当然じゃないからね。
「つまり期待に応えられないっていうのは、逆か」
恋愛感情が薄いから、スキンシップに抵抗がある。
じゃなくて、彼女が言ってるのは抵抗がなさ過ぎると。
「そゆこと。普通は、もっと恋するってのは恥ずかしい部分もあって、手を繋ぐとかから始めるんだと思うけど、恋愛感情が薄いから羞恥心も刺激されないのかな?キスの感触、結構いいなとか冷静に観察しちゃってるし」
「だいたいわかった。色々謎が解けたよ。僕と積極的に手を繋ぎたがった理由とか」
小学校低学年の小さい頃ならいざ知らず。
中学になっても、割と無邪気に僕と手を繋いでくることが時々あった。
「もちろん好きだからっていうのはあるからね?」
「わかってる」
「だから、こんな変な女だけど……改めてよろしくね」
「おっけ。それくらい、どーんと受け入れるさ」
結局、彼女は彼女。
確かにちょっと変だけど、そういう面だって見てきた。
「じゃあさ。もう一度キスとかしてみてもいい?」
ええ。なんかのんちゃんが興味津々という顔なんだけど。
好奇心で目を輝かせてこんなこと言われるなんて。
「ごめん。僕の方が恥ずかしいから、次のキスは明日にしてもらえると」
「あ。今のゆうちゃんがなんかいい!」
「ちょっと待って。どういう意味?」
「だって……凄く恥ずかしそうにしてくれてるし!」
こうして、恋愛感情が薄い。しかも、羞恥心も薄めの。
ちょっと変わった彼女とのお付き合いが始まったのだった。
◇◇◇◇
その夜。僕はといえば―
「あー。のんちゃんに電話したい!」
いやだって、恋人になれた初日だし。
テンションが上がらないわけがない。
でもなあ。のんちゃんは楽しそうではあったけど。
今はむしろ好奇心の方が勝ってそうで。いやこれからずっとそうかも。
電話してもなんか妙なノリになりそう。
なんて考えつつスマホの通話ボタンを押すのを躊躇してたのだけど。
ヴー、ヴ―。突然、僕のスマホが振動し始めた。
表示されたのは「のんちゃん」という文字。
まさか彼女からかけてくるとは。
「こんばんは、ゆうちゃん。さっきぶり?」
「のんちゃん、なんかいつもより楽しそう?」
「そりゃまあ、ゆうちゃんと恋人になれたわけですし?」
「楽しんでもらえてるなら僕は嬉しいけどね」
電話の向こうの彼女はさぞかしご満悦だろう。
「なんていうのかな。夕食がカレーライスだった時みたいな気分?」
「お付き合いの喜びがカレーライスと同程度か……」
「ごめん、ごめん。冗談。でも、恋人ってこういう感じなんだねー」
「普段恋バナをスルーしてらっしゃったのんちゃん様としてはどんな気分で?」
「これは確かに惚気たくなるかも?みたいな?」
「その感情を冷静に観察してるのが君らしいね」
僕はといえば、そんな余裕なんてまったくない。
好きだ―。のんちゃんが可愛い。キス良かったなあ。
そんなことばかりが脳裏を駆け巡る。
「ひょっとして拗ねてる?」
「勘のいい女子は嫌いだよ」
「んふふ。でも、良かった。これならうまくやってけそう」
「……やっぱ、少し気にしてたんだ」
いくらスキンシップとかに抵抗がないとか。
羞恥心が人より薄めとかあるにしても。
恋人になった後の色々(特に放課後)はむしろ過剰過ぎたくらいで。
何かを確認しているようですらあった。
「それはね。ゆうちゃんを悲しませるのはやだし」
「ま、大丈夫。それにだけど……」
「ん?」
「気にしてるほど、恋愛感情がないわけでもないと思うよ」
「そうかな」
「僕に電話かけてきてるし、テンション高いし」
「そっか。なら素直に楽しんでもいいのかも」
「そういうこと。ちなみに、僕が今何を考えてるのかわかる?」
ちょっと知りたくなった。
「んー。私のことで頭がいっぱい、みたいな?」
「……」
「冗談だったんだけど。ひょっとして当たってる?」
「だから、勘のいい女子は嫌いだよ?」
「そっかそっかー。そういうのなんか嬉しい。ちなみに私が考えてることは?」
のんちゃんが、か。
屋上の反応でもそうだったけど、テンション高め。
でも、ちょっと不安そうな感じ。
こうして色々確認したがるところ。
「ちゃんと恋人やれそう、とか、ゆうちゃんはやっぱり優しいな、とか?」
後半はあえてちょっと茶化してみたのだけど。
「どっちも当たり。もう、かなり読まれてるなあ」
「二つ目も肯定されると、かなりその、照れるんだけど」
「別に照れなくてもいいのに。優しくしてくれてるのはよくわかってるよ」
「なんかさ。僕は一生君に勝てなさそうだよ」
「何が?」
「そういう素直過ぎるところ」
あるいは、それは恥ずかしいという感情が薄いからかもしれない。
「ゆうちゃんは逆に恥ずかしがりだよね。でも、そういうのも大好き」
「だからね。そーいうところが……もういいや。僕も大好きだよ」
「照れない照れない。それじゃー、おやすみ!明日からもよろしく!」
そう言って唐突に電話は切れてしまった。
「でも……のんちゃんは変わらないなあ」
ああやって茶化したりしながらもちゃんと気遣いがあるところとか。
あえて、大好き、という言葉をはっきり言ってくれたのも。
そんな素直さがちょっと内気な僕を救ってくれたこともよくあった。
しかし、これだと今夜は寝られないかもしれないな。
◇◇◇◇
「照れない照れない。それじゃー、おやすみ!明日からもよろしく!」
一通り恋人の会話を楽しんで、電話を切る。
もう今日が終わろうとしていて、天井から降り注ぐ光はお昼のような昼光色から、温かみのある昼白色に移り変わっていた。
そんなオレンジの温かみのある色も今は私を優しく照らしてくれているようなそんな気がする。
(ゆうちゃん、可愛かったなあ……)
告白してくれた時の緊張した声と真っ赤な顔。
精いっぱいに真っ直ぐな言葉を届けてくれた。
あの時は本当に嬉しかった。
昔から私はゆうちゃんをよく思っていた。
人とずれることが多い私をフォローしてくれたからとか。
二人だけの想い出の中で、とか色々あるけど。
(でも。私が大事に思ってるのは確かでも)
俗に恋と呼ばれる感情が希薄なのは前からわかっていた。
中学に入って男子も女子も色気づくなか、私は
(ふつーはもっと恋愛に食いつくものなんだ)
と何かを外から見るような気持ちだった。
でも、ゆうちゃんに友達として以上の感情があったことも確かで。
ゆうちゃんに誕生日を祝ってもらった時、初詣に一緒に行ったとき。
なんでもない日にゆうちゃんの家で一緒に遊んだとき。
何か胸にじんわりと込み上げてくることがあった。
ただ、やっぱり恋愛感情が薄いなと思うのは、
(でも、ま、いっか)
生まれた感情を適当にどけてしまえるところだろう。
だから私からゆうちゃんにアプローチする気にはなれなかった。
でも私も恋人という関係に憧れもあるし彼氏欲しいという見栄もある。
「恋に夢中って感じじゃないけど、結構楽しいかも」
ゆうちゃんとの関係にしたって今までよりも楽しくなりそう。
友達同士だから踏み込めなかったところだってわかるかも。
二人っきりで旅行してもみたいし、周囲に彼氏自慢もしてみたい。
(明日はどうしようかな)
次第に瞼がとろんとしてくる。
ゆうちゃんとこれまでよりもっと楽しい日が過ごせるんだろうな。
そんなことを考えながら意識が飲み込まれていったのだった。
◇◇◇◇
「のんはなんか機嫌良さそうね。何かあったの?」
パンをもそもそとかじっていると、お母さんが何やら生暖かい目をしている。
「ふっふー。実はゆうちゃんとお付き合いすることになったのです!」
「意外ね」
「娘に彼氏ができたのに意外とか言う?」
「だって、のんは前から恋愛に興味なさそうだったでしょ?」
「多少はそうだけど、私だって憧れはあったの」
ゆうちゃんの告白が嬉しかったからでもあるけど。
「でも、ゆう君ならしっかりしてるし、優しいし安心ね」
「ゆうちゃんとならずっとうまくやってける気がするなー」
「のんはちょっと抜けてるところあるから、ゆう君に負担かけ過ぎないようにね?」
「わかってるってば。そういうことだから、土日とか出かけること増えると思う」
「さすがにお泊りの時は言いなさいね」
「……うん」
お泊り。その言葉で「その先」をちょっと意識してしまった。
昨日、キスを唐突にしたのは自らの気持ちを確かめるためでもあった。
じんわりと嬉しい気持ちが込みあがってきたけど、初キスでも冷静だった。
「そーいうこと」をするときの私はどんな気持ちになるんだろう。
キスと違ってさすがに羞恥心や不安でいっぱいになるんだろうか。
それとも、キスのときと同じようにやっぱり平気だったりするのかな。
(考えすぎても仕方がないか)
「じゃあ、今日からゆう君誘って一緒に登校?」
「いつも寝坊助な私のために来てくれるから、時々は私からね」
「ほんと、ゆう君には頭上がらないわねー」
「ほんとほんと」
「自覚があるならもうちょっときっちりしなさい?」
「はーい」
登校の支度をして、彼の家に行くことを想像してちょっと心が浮き立つ。
登校するときはゆうちゃんが誘いにくる事が普通。
こっちから誘いに行くのは滅多になかった。
「愛しい恋人からのモーニングコールだけど、起きてる?」
こんなちょっと茶化したお話が出来るのも付き合ったからこそ。
「のんちゃんが珍しいね。今日は雷雨かも」
「ひどい……」
「いやだって、ねえ」
「否定できないけど、私も甘酸っぱい恋人生活をしてみたいの」
「じゃあ、お待ちしておりますね。お姫様」
「うむ。くるしゅうない。じゃあまた後で」
ゆうちゃんの部屋がある一軒家の前で合流。
二人で手を繋いで登校してるわけだけど。
「ゆうちゃん、ひょっとして恥ずかしい?」
「聞かなくてもわかるでしょ」
確かにその通り。
意外に小さくて白い彼の手のひらまで赤くなっている。
対する私はと言えばいつも通り。
そんな風に私のことで恥ずかしがってくれるのが嬉しくて。
そして、
(かわいいなあ)
なんて思ってしまう。ゆうちゃんに言うと拗ねるだろうけど。
「ね。キスしたいんだけど、いい?」
「ええ?いい……けど、なんでいきなり」
「したくなったから」
そのまま勢いで少し小柄なゆうちゃんを抱きしめて、
唇と唇を合わせる。
はぁ。やっぱり昨日も思ったけど、キスはいい。
「やっぱりキスだとはっきり愛情感じられるよー」
「のんちゃんの感じみると、毎日でもキスしたい流れ?」
「ゆうちゃんが良ければそうしたいけど。どう?」
我ながらどうかと思う。
キスすると恋愛感情が補充される感覚がある。
「じゃあその……お願いするね」
「お願いしてるのは私なのに」
「もう、こんなお付き合いになるなんて思ってもみなかった」
「でも、そんな私もいいんでしょ?」
「まあそうだけどね」
目を見合わせて笑いあう私たち。
空を見ると相変わらずのいい天気。
少し恨めしくなるくらいに照り付ける太陽。
時々見る飛行機雲。
真っ青な空。
「夏休みは二人でどっか行く?」
「うーん。行ってみたいところは色々あるね」
「夏祭りに浴衣来てくれたり……は無理か?」
「変な想像してる?」
「してないって」
「ま、いっか。うん。浴衣来て一緒にお祭りいこ」
ちょっと凸凹なカップルな私たち。
でも、破れ鍋に綴蓋なんて言葉もあることだし。
きっとなんとかなるよね。
もうすぐ夏が来そうな予感を感じながら、
これからの楽しい日々に思いを馳せたのだった。
空から太陽に照り付けられて、熱したフライパンみたいになった屋上。
そんな中で僕は、バクバクする心臓を必死で抑えてなんとか言葉を絞り出した。
あ、ちなみに今は我が洛城高等学校の昼休み。
鍵を借りないと入れない屋上は僕と、のんちゃんこと八島希の二人っきりだ。
(暑いし、ドキドキするし、色々な意味で死にそう……)
なんで僕はこんな暑い日-最高気温は30度-に告白しようなんて思ったのか。
そんなどうでもいい現実逃避をしながら、向き合った彼女の様子を伺う。
失望されてるだろうか。困されているだろうか。
やたら悪いことばかり考えてしまうけど、顔を上げたのんちゃんは笑顔だった。
まるで僕にお菓子おごってもらって「わーい」となっているみたいな。
「いいよー、ゆうちゃん。じゃあ、恋人になろっか」
そんな、僕が大好きないつもの笑顔のまま、解き放たれた言葉。
ううん?妙な違和感が身体中を駆け巡る。
なんていうか、あまりにもいつも通りなのだ。
照れて居たり不安そうだったり、そういう時の仕草がまったくない。
前にちょっとしたお世辞を言ってみたとき以下の照れ具合だ。
いや、我ながらどれだけのんちゃんのこと好きなんだってことなんだけど。
「うーんと。ありがとう。それで……」
いい言葉が見つからない。OKしてくれたから喜べばいいはずなのに。
長年の付き合い故か違和感が先に来てしまう。
そんな戸惑いを見て取ったんだろうか。
「ごめん。たぶんだけど、あっさり過ぎて困ってるよね」
ああ、もう。付き合いが長いとこういうとこ読まれるのが困る。
迷惑をかけてしまった時のような少し申し訳なさそうな元気のない顔。
「ああ。その……のんちゃんが凄くいつも通りだから」
なら、隠しても仕方がない。
「だよね。ゆうちゃんだから打ち明けることだけど。誰にも言わないでね?」
「……わかった。約束する」
深呼吸しながらだから、よほど重大な秘密なんだろう。
固唾をのんで彼女の言葉を待つ。
「ごめんね。私、昔から恋愛感情があんまりないんだ」
「あんまり……ない?」
その一言で、今まで時々のんちゃんに感じてた違和感の正体がわかった。
同じグループの女子が恋バナで盛り上がっていても、「そういうのいいよね」
とかあっさりだったり。他の男子に告白された時も冷静そのものだった。
「ああ。なんとなくわかった気がする」
「一言でわかられちゃうのも少し複雑なんだけど」
「だって前から恋愛話にあんまり興味なさそうだったでしょ?」
時々変に思うことはあったけど、わざわざ言うことでもないと思っていた。
「いいけどね。私はそれでもちょっぴりは恋愛感情っぽいのがあるんだけど」
「聞きにくいんだけどさ。ということはOKくれたのって……」
別になんとも思ってないけど、よく知ってるから安心だしとか。
そんな理由?失礼な想像をしてしまいそうになるけど。
「誤解しないで欲しいんだけど、もちろんゆうちゃんのことは好きだよ」
「う、うん。ありがとう」
思案しながらの真顔で言われると素に戻ってしまいそうだけど、でも照れる。
「ただね。他の女の子は恋をするとキュンとするとか胸が苦しいみたいな感じになるみたいんだけど。私の場合はじんわり薄く広がる感じ。わかる?」
「少しは。なんかいいな……みたいな淡い感じ?」
「そうそう。さすがゆうちゃん!だから、これからゆうちゃんと付き合っていく中でも、期待に応えられないこともあるかもだけど。言っておかないとと思ったの」
期待に応えられない。たとえば、手を繋いだりそれ以上のスキンシップ。
そういうのはちょっと難しいということだろうか?
「言ってくれてありがとう。大丈夫。全部受け入れるよ」
少しだけ残念だけど、という言葉は飲み込む。
のんちゃんはきっと気に病んでしまうだろうから。
「ゆうちゃん、ありがと。大好き!」
気が付いたら手が後ろに回されていた。
え?え?
のんちゃんの顔が近づいてきたかと思えば……ちゅ。
軽い音を立てて僕の唇と彼女の唇がくっついていた。
「あ、あの……」
あまりに突然過ぎた。
「あ。ひょっとしていきなりキスとか唐突過ぎた?」
「あ、いや。嬉しいんだけど、さっき期待に応えられないとか言ってたし……」
あれはお付き合いは出来ても、ふつーの恋人ができることができない。
そんな意味だと思ってたのだけど。
「そかそか。ふつーはそう思っちゃうよね?」
「また心読まないで欲しいんだけど」
「文脈読めばそれくらいわかるよ。どれだけの付き合いだと思ってるの?」
当然のように言うけど、全然当然じゃないからね。
「つまり期待に応えられないっていうのは、逆か」
恋愛感情が薄いから、スキンシップに抵抗がある。
じゃなくて、彼女が言ってるのは抵抗がなさ過ぎると。
「そゆこと。普通は、もっと恋するってのは恥ずかしい部分もあって、手を繋ぐとかから始めるんだと思うけど、恋愛感情が薄いから羞恥心も刺激されないのかな?キスの感触、結構いいなとか冷静に観察しちゃってるし」
「だいたいわかった。色々謎が解けたよ。僕と積極的に手を繋ぎたがった理由とか」
小学校低学年の小さい頃ならいざ知らず。
中学になっても、割と無邪気に僕と手を繋いでくることが時々あった。
「もちろん好きだからっていうのはあるからね?」
「わかってる」
「だから、こんな変な女だけど……改めてよろしくね」
「おっけ。それくらい、どーんと受け入れるさ」
結局、彼女は彼女。
確かにちょっと変だけど、そういう面だって見てきた。
「じゃあさ。もう一度キスとかしてみてもいい?」
ええ。なんかのんちゃんが興味津々という顔なんだけど。
好奇心で目を輝かせてこんなこと言われるなんて。
「ごめん。僕の方が恥ずかしいから、次のキスは明日にしてもらえると」
「あ。今のゆうちゃんがなんかいい!」
「ちょっと待って。どういう意味?」
「だって……凄く恥ずかしそうにしてくれてるし!」
こうして、恋愛感情が薄い。しかも、羞恥心も薄めの。
ちょっと変わった彼女とのお付き合いが始まったのだった。
◇◇◇◇
その夜。僕はといえば―
「あー。のんちゃんに電話したい!」
いやだって、恋人になれた初日だし。
テンションが上がらないわけがない。
でもなあ。のんちゃんは楽しそうではあったけど。
今はむしろ好奇心の方が勝ってそうで。いやこれからずっとそうかも。
電話してもなんか妙なノリになりそう。
なんて考えつつスマホの通話ボタンを押すのを躊躇してたのだけど。
ヴー、ヴ―。突然、僕のスマホが振動し始めた。
表示されたのは「のんちゃん」という文字。
まさか彼女からかけてくるとは。
「こんばんは、ゆうちゃん。さっきぶり?」
「のんちゃん、なんかいつもより楽しそう?」
「そりゃまあ、ゆうちゃんと恋人になれたわけですし?」
「楽しんでもらえてるなら僕は嬉しいけどね」
電話の向こうの彼女はさぞかしご満悦だろう。
「なんていうのかな。夕食がカレーライスだった時みたいな気分?」
「お付き合いの喜びがカレーライスと同程度か……」
「ごめん、ごめん。冗談。でも、恋人ってこういう感じなんだねー」
「普段恋バナをスルーしてらっしゃったのんちゃん様としてはどんな気分で?」
「これは確かに惚気たくなるかも?みたいな?」
「その感情を冷静に観察してるのが君らしいね」
僕はといえば、そんな余裕なんてまったくない。
好きだ―。のんちゃんが可愛い。キス良かったなあ。
そんなことばかりが脳裏を駆け巡る。
「ひょっとして拗ねてる?」
「勘のいい女子は嫌いだよ」
「んふふ。でも、良かった。これならうまくやってけそう」
「……やっぱ、少し気にしてたんだ」
いくらスキンシップとかに抵抗がないとか。
羞恥心が人より薄めとかあるにしても。
恋人になった後の色々(特に放課後)はむしろ過剰過ぎたくらいで。
何かを確認しているようですらあった。
「それはね。ゆうちゃんを悲しませるのはやだし」
「ま、大丈夫。それにだけど……」
「ん?」
「気にしてるほど、恋愛感情がないわけでもないと思うよ」
「そうかな」
「僕に電話かけてきてるし、テンション高いし」
「そっか。なら素直に楽しんでもいいのかも」
「そういうこと。ちなみに、僕が今何を考えてるのかわかる?」
ちょっと知りたくなった。
「んー。私のことで頭がいっぱい、みたいな?」
「……」
「冗談だったんだけど。ひょっとして当たってる?」
「だから、勘のいい女子は嫌いだよ?」
「そっかそっかー。そういうのなんか嬉しい。ちなみに私が考えてることは?」
のんちゃんが、か。
屋上の反応でもそうだったけど、テンション高め。
でも、ちょっと不安そうな感じ。
こうして色々確認したがるところ。
「ちゃんと恋人やれそう、とか、ゆうちゃんはやっぱり優しいな、とか?」
後半はあえてちょっと茶化してみたのだけど。
「どっちも当たり。もう、かなり読まれてるなあ」
「二つ目も肯定されると、かなりその、照れるんだけど」
「別に照れなくてもいいのに。優しくしてくれてるのはよくわかってるよ」
「なんかさ。僕は一生君に勝てなさそうだよ」
「何が?」
「そういう素直過ぎるところ」
あるいは、それは恥ずかしいという感情が薄いからかもしれない。
「ゆうちゃんは逆に恥ずかしがりだよね。でも、そういうのも大好き」
「だからね。そーいうところが……もういいや。僕も大好きだよ」
「照れない照れない。それじゃー、おやすみ!明日からもよろしく!」
そう言って唐突に電話は切れてしまった。
「でも……のんちゃんは変わらないなあ」
ああやって茶化したりしながらもちゃんと気遣いがあるところとか。
あえて、大好き、という言葉をはっきり言ってくれたのも。
そんな素直さがちょっと内気な僕を救ってくれたこともよくあった。
しかし、これだと今夜は寝られないかもしれないな。
◇◇◇◇
「照れない照れない。それじゃー、おやすみ!明日からもよろしく!」
一通り恋人の会話を楽しんで、電話を切る。
もう今日が終わろうとしていて、天井から降り注ぐ光はお昼のような昼光色から、温かみのある昼白色に移り変わっていた。
そんなオレンジの温かみのある色も今は私を優しく照らしてくれているようなそんな気がする。
(ゆうちゃん、可愛かったなあ……)
告白してくれた時の緊張した声と真っ赤な顔。
精いっぱいに真っ直ぐな言葉を届けてくれた。
あの時は本当に嬉しかった。
昔から私はゆうちゃんをよく思っていた。
人とずれることが多い私をフォローしてくれたからとか。
二人だけの想い出の中で、とか色々あるけど。
(でも。私が大事に思ってるのは確かでも)
俗に恋と呼ばれる感情が希薄なのは前からわかっていた。
中学に入って男子も女子も色気づくなか、私は
(ふつーはもっと恋愛に食いつくものなんだ)
と何かを外から見るような気持ちだった。
でも、ゆうちゃんに友達として以上の感情があったことも確かで。
ゆうちゃんに誕生日を祝ってもらった時、初詣に一緒に行ったとき。
なんでもない日にゆうちゃんの家で一緒に遊んだとき。
何か胸にじんわりと込み上げてくることがあった。
ただ、やっぱり恋愛感情が薄いなと思うのは、
(でも、ま、いっか)
生まれた感情を適当にどけてしまえるところだろう。
だから私からゆうちゃんにアプローチする気にはなれなかった。
でも私も恋人という関係に憧れもあるし彼氏欲しいという見栄もある。
「恋に夢中って感じじゃないけど、結構楽しいかも」
ゆうちゃんとの関係にしたって今までよりも楽しくなりそう。
友達同士だから踏み込めなかったところだってわかるかも。
二人っきりで旅行してもみたいし、周囲に彼氏自慢もしてみたい。
(明日はどうしようかな)
次第に瞼がとろんとしてくる。
ゆうちゃんとこれまでよりもっと楽しい日が過ごせるんだろうな。
そんなことを考えながら意識が飲み込まれていったのだった。
◇◇◇◇
「のんはなんか機嫌良さそうね。何かあったの?」
パンをもそもそとかじっていると、お母さんが何やら生暖かい目をしている。
「ふっふー。実はゆうちゃんとお付き合いすることになったのです!」
「意外ね」
「娘に彼氏ができたのに意外とか言う?」
「だって、のんは前から恋愛に興味なさそうだったでしょ?」
「多少はそうだけど、私だって憧れはあったの」
ゆうちゃんの告白が嬉しかったからでもあるけど。
「でも、ゆう君ならしっかりしてるし、優しいし安心ね」
「ゆうちゃんとならずっとうまくやってける気がするなー」
「のんはちょっと抜けてるところあるから、ゆう君に負担かけ過ぎないようにね?」
「わかってるってば。そういうことだから、土日とか出かけること増えると思う」
「さすがにお泊りの時は言いなさいね」
「……うん」
お泊り。その言葉で「その先」をちょっと意識してしまった。
昨日、キスを唐突にしたのは自らの気持ちを確かめるためでもあった。
じんわりと嬉しい気持ちが込みあがってきたけど、初キスでも冷静だった。
「そーいうこと」をするときの私はどんな気持ちになるんだろう。
キスと違ってさすがに羞恥心や不安でいっぱいになるんだろうか。
それとも、キスのときと同じようにやっぱり平気だったりするのかな。
(考えすぎても仕方がないか)
「じゃあ、今日からゆう君誘って一緒に登校?」
「いつも寝坊助な私のために来てくれるから、時々は私からね」
「ほんと、ゆう君には頭上がらないわねー」
「ほんとほんと」
「自覚があるならもうちょっときっちりしなさい?」
「はーい」
登校の支度をして、彼の家に行くことを想像してちょっと心が浮き立つ。
登校するときはゆうちゃんが誘いにくる事が普通。
こっちから誘いに行くのは滅多になかった。
「愛しい恋人からのモーニングコールだけど、起きてる?」
こんなちょっと茶化したお話が出来るのも付き合ったからこそ。
「のんちゃんが珍しいね。今日は雷雨かも」
「ひどい……」
「いやだって、ねえ」
「否定できないけど、私も甘酸っぱい恋人生活をしてみたいの」
「じゃあ、お待ちしておりますね。お姫様」
「うむ。くるしゅうない。じゃあまた後で」
ゆうちゃんの部屋がある一軒家の前で合流。
二人で手を繋いで登校してるわけだけど。
「ゆうちゃん、ひょっとして恥ずかしい?」
「聞かなくてもわかるでしょ」
確かにその通り。
意外に小さくて白い彼の手のひらまで赤くなっている。
対する私はと言えばいつも通り。
そんな風に私のことで恥ずかしがってくれるのが嬉しくて。
そして、
(かわいいなあ)
なんて思ってしまう。ゆうちゃんに言うと拗ねるだろうけど。
「ね。キスしたいんだけど、いい?」
「ええ?いい……けど、なんでいきなり」
「したくなったから」
そのまま勢いで少し小柄なゆうちゃんを抱きしめて、
唇と唇を合わせる。
はぁ。やっぱり昨日も思ったけど、キスはいい。
「やっぱりキスだとはっきり愛情感じられるよー」
「のんちゃんの感じみると、毎日でもキスしたい流れ?」
「ゆうちゃんが良ければそうしたいけど。どう?」
我ながらどうかと思う。
キスすると恋愛感情が補充される感覚がある。
「じゃあその……お願いするね」
「お願いしてるのは私なのに」
「もう、こんなお付き合いになるなんて思ってもみなかった」
「でも、そんな私もいいんでしょ?」
「まあそうだけどね」
目を見合わせて笑いあう私たち。
空を見ると相変わらずのいい天気。
少し恨めしくなるくらいに照り付ける太陽。
時々見る飛行機雲。
真っ青な空。
「夏休みは二人でどっか行く?」
「うーん。行ってみたいところは色々あるね」
「夏祭りに浴衣来てくれたり……は無理か?」
「変な想像してる?」
「してないって」
「ま、いっか。うん。浴衣来て一緒にお祭りいこ」
ちょっと凸凹なカップルな私たち。
でも、破れ鍋に綴蓋なんて言葉もあることだし。
きっとなんとかなるよね。
もうすぐ夏が来そうな予感を感じながら、
これからの楽しい日々に思いを馳せたのだった。
応援ありがとうございます!
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