68 / 138
第四章 祈りを繋ぐ道
第四話 意地悪な魔女
しおりを挟む
足湯に浸かった後、マリとステラは『イラソル山』の中を一通り散策してから下山して、近くにある土産屋に寄っていた。
日が沈むまでもう二時間もない。
この後すぐに帰って、ペトロニーラに弟子になるか否かを言わなければならないのに
「マリ、あなたこういうの好きでしょ? 不気味なスライム」
「不気味じゃないよ。ちゃんと可愛いよー」
マリはまだステラに相談できずにいた。
ペトロニーラの事を相談すればステラは心配するに決まってる。
何度も助けられたのに、これ以上心配をかける訳にはいかない。そんな思いが、ステラにペトロニーラについて相談する事を躊躇わせていた。
そもそも、弟子入りするかどうかはマリが決める事で、ステラに相談する事ではない。心を失うのが嫌なら、他の師を探せばいいだけの話だ。
それでもマリが悩んでいるのは、ペトロニーラが精霊術師として圧倒的に優れていたからに他ならない。
空間を書き換え、世界を見通し、精霊の記憶を覗き、四つの属性の魔力を一つにする事が出来る精霊術師はそうそういない。もしもその力を学ぶ事が出来ればもっと強くなれる。得る物は大きく、失う物もそれ以上に大きい。そんな時、一体どうすれば――――
「マリ‼」
「えっ、あっ・・・」
「先買ってくるから、決まったら言ってちょうだい」
「あ、うん・・・」
カウンターへと向かったステラに笑顔で小さく手を振って、マリは拳を握る。
―――悩んでる時間は無い。けど、答えが出ない。一人で悩むより、誰かに言った方がずっといい。聞くんだ、言うんだ、今日、アルジェントさんの事、ペトロニーラさんの事。隠さず、全部‼
全てを話す覚悟を決めて、マリはスライムのストラップを持ってカウンターへと向かい、その後ステラと共に店を後にした。
「今日は中々楽しかったわね」
「そうだね。ステラちゃんはウサギのストラップにしたの?」
「えぇ。可愛いでしょ」
自慢げにストラップを見せてくるステラに、マリはくすりと笑い返して
「ステラちゃんみたいだね」
マリが何気なくそう言うと、ステラは顔を赤くしてマリから目を逸らす。
何気無く人を動揺させる事があるからマリは油断できない。しかもそれが無自覚かつ計算抜きだというのだから恐ろしい。
「どうかしたの?」
「いいえ、なんでもないわ。ところで、そろそろ話してもらってもいいかしら?」
「え? 何を?」
「あなたの悩みをよ。今日ずっとその事ばかり考えてたでしょ?」
悩みという言葉に、マリはあからさまに反応する。
その様子を見てステラは、やっぱりと
「顔に出てないつもりだったんでしょうけどバレバレよ。私を心配させないようにしていたんだと思うけど、余計心配になったわ」
「ごめんね・・・」
「別にいいのよ。最初は言うまで待とうって思ったけど、やっぱり聞く事にするわ。何があったの? 話してみて。最後までちゃんと聞くから」
優しい声音でそう言われ、マリは涙を流しそうになるが、必死に涙を引っ込め、深呼吸で気持ちを込めてから、あのねと話し始める。
「ステラちゃんは、アルジェントさんの事、どう思ってるのかなって」
「アルの事?なんでそんな・・・あ、いや、そうね・・・・いつも私を助けてくれる優しい仲間、かしら」
「本当に、それだけ? ステラちゃん、アルジェントさんと一緒にいる事が多いし、アルジェントさんといる時いつもと表情違うし、その、す、好きなんじゃないかって、思って・・・・」
「私が、アルを・・・・」
勇気を出して言いたい事の一つをマリが口にすると、ステラはうーんと腕を組んで考え込む。
数秒の沈黙の後、ステラはマリの問いに答えた。
「好きよ」
「――――っ」
その答えに、マリは絶句した。
可能性の一つ、いや、最も予想通りの答えだった。それでも言葉が出ないのは、想像の中でなく現実で言われるのでは、あまりに衝撃が違い過ぎたから。
――――やっぱり、ステラちゃんはアルジェントさんの事が
「仲間としてね」
「え? 仲間、として・・・・え?」
「えぇ、仲間としてよ。強くて頼りになるし、優しいしケーキ美味しいし、とても信頼出来る。アルの事が好きか嫌いかといえば好きよ」
「あ、そ、そうなんだ」
―――びっくりしたぁ~‼心臓に悪いよステラちゃん‼
「それと、もしもアルの事を一人の男の人として好きになったとして、私はあなたの事放っといたりしないわよ。マリ」
「ステラ、ちゃん・・・」
「あなたが考えそうな事よ。私がアルが好きでアルとくっついたら、私があなたと話さなくなる。そうゆう事を心配してたんでしょ?」
「うん・・・」
「はぁ、もう、馬鹿ね・・・」
ちゃんと約束したでしょ?
「ずっと傍にいるって」
「ステラちゃん・・・」
―――そうだ。そうだった。約束したんだった。あの日、ステラちゃんは約束してくれた。指切りで約束してくれた。ステラちゃんは約束を破ったりしない、そう分かってたのになんで心配してたんだろ。アルジェントさんがかっこいいからかな。あ、それじゃあ
「アルジェントさんの所為だ」
「何それ」
「ステラちゃんは約束を破らないから大丈夫って事」
「だから何それ、答えになってないわよ」
迷いが一つ晴れ、マリはステラと笑い合う。
その時だった。日が沈み、ハト達が一斉に空へと羽ばたいたのは。
おびただしい数のハトが、夜空を逃げるように飛んでいく。
街の住人達も、マリもステラもその光景に釘付けになる。一体何が原因なのか、マリにだけはすぐに分かった。
―――日が暮れた、ペトロニーラさんとの約束が・・・・‼
「おやぁ、随分と楽しそうだねぇ」
その声が聞こえた途端、背中を氷の指で撫でられてるかのような寒気が、マリとステラを襲った。
背後から感じる気配は、ありとあらゆる不吉を孕んでいた。
振り向けば、間違いなくただでは済まない。そう思える程禍々しい気配。その気配の正体は
「約束の時間だぁ。答えを聞きに来たよぉ」
百年の時を生きる精霊術師。
『魔女』ペトロニーラ=ディ=ミーズ。
夜の訪れと共に現れた『魔女』は、妖しい笑みを浮かべていた。
溢れんばかりの魔力、圧倒的な存在感。
対峙しただけで肌がピリつくのは、真の強者の証か。ただ一つ確かに言えるのは、気を抜けば死ぬという事だ。
「日は暮れたぁ。答えは決まったかぃ?」
「答え? てか、あんた一体誰なの?」
「あたしはペトロニーラ=ディ=ミーズ。そこのマリの師匠になる予定の『魔女』さぁ」
「ペトロニーラ⁉︎ リーベの話に出てきた魔女が何でこんな所に・・・いや、それより、マリの師匠って一体・・・」
百年前の人間が現れた事、マリの師匠になる予定という発言、予想外の事態に頭が追いつかないステラに、ペトロニーラは笑みを深める。
「その娘は、強くなる為の手がかりを探してあたしの所にやって来たぁ。あたしが意地悪な魔女とも知らずにねぇ。だから、弟子入りすれば強くしてやると言ったんだぁ。心を失う事を代償にねぇ」
「・・・成る程、大体分かったわ。あんたがマリの悩みの原因ね」
「悩みの原因だなんて酷い言い方をするねぇ。さぁ、マリ。あんたどうするんだぃ?あたしの弟子になるか、ならないか。まぁ、あたしが目をつけたんだから、断ってもとりあえず着いてきてもらうけどねぇ」
手を伸ばしながら近付いてくるペトロニーラを、ステラは血の甲冑を纏った拳で殴り飛ばした。
拳の一撃をモロに受けたペトロニーラが民家に激突するのを見て、ビルの住人達は逃げ惑う。悲鳴が響き、混乱が広がる中で、ペトロニーラは立ち上がらずにステラと目を合わせる。
「いたたた・・・あんた、酷い事するねぇ。殴る事ぁないだろぅ?」
「緊急事態につき致し方なくってやつよ。許してちょうだい」
「そうかぃ。じゃあ、あたしもーー緊急事態につき、反撃しようかねぇ」
そう言ってペトロニーラが指を鳴らすと、世界の色が塗り替えられる。
青と黒で作られた空は紫色になり、銀色に輝く星々が黒く染まる。外界から完全に隔離されたペトロニーラの魔法空間。
この空間が作られたという事は、ペトロニーラが戦う気になったという証拠だ。ペトロニーラは立ち上がると、服を払って眼鏡を外す。
「さて、今すぐマリを渡せば殴った事を許してやるよぉ。少し痛めつける程度でねぇ。それが嫌なら」
「嫌よ。あんたにマリは渡さない」
「いいのかぃ? そんな事言って・・・あんた、死ぬ事になるよぉ?」
目を見開いて威圧してくるペトロニーラに、ステラは恐怖を覚えるが、後ろにいるマリを見て恐怖を振り払い、一歩前に踏み出す。
「やれるものならやってみなさい。そろそろ屋敷で夕食の時間なの。あんたを倒して、マリと一緒に皆の所に帰る」
「そうかぃ。帰れるといいねぇ」
そう言った直後、ステラとマリの周囲の星から光線が放たれ二人を襲い、黒い爆炎が吹き荒れる。
魔力発動の兆しすらなく放たれた攻撃を、二人は身動きどころか気付く事すらできずに食らい、爆炎が晴れるとマリは倒れ、ステラは膝をついていた。
「マ、マリ・・・」
倒れるマリに近付こうとするステラにペトロニーラはステラに指先を向けると、指先に黒い光を集めて
「邪霊の破弓」
ステラの左肩めがけて光を放ち、ステラの左肩を貫いた。
肉を貫き骨を溶かす光弓に射抜かれた事に、ステラは一瞬気付かなかった。
あまりの早技に、何をされたか分からず、自分の肩から血が吹き出すのを見るまで、肩を貫かれた事にすら気付かなかった。気付いてしまった時、ステラを激しい痛みが襲った。
「ぐぁあぁあぁあぁあ‼︎」
喉が張り裂けんばかりに絶叫し、ステラは肩を押さえる。
熱と貫通力を伴う一撃に、肉を貫かれ、骨が溶かされた。肩の傷口の周りに火傷を負い、ステラは奥歯を噛んで痛みを堪える。
左腕は、もう使い物にならない。肩の痛みが激しすぎてピクリとも動かせない。早々に深手を負ったステラに、ペトロニーラはおやおやぁと
「なんだぃ、肩を貫かれた位で大袈裟だねぇ。子供じゃないんだから、その程度で泣くんじゃないよぉ」
「ぐ、く、うぅ・・・」
小馬鹿にするような口調のペトロニーラに、ステラは何も言い返せない。
言い返せるだけの余裕が無い。勝てる見込みも、逃げ道も無い。実力差と経験差は言うまでもなく圧倒的、だが、それがどうした。
ーーいつもの、事じゃない。そんなの・・・
圧倒的に不利な状況を、根性と負けん気、誰かの助けで乗り切ってきたのがステラだ。
不利な状況も、勝ち目が無いのもいつもの事だ。ただ一つ、いつもと違いがあるとすれば、助けは一切無いと言う事だけ。
いつでも誰かに助けてもらえる訳じゃないのは当然の事、今までが運が良かっただけだ。
近くには倒れたマリがいる。逃げられない、勝たなきゃならない。なら、逃げるな、勝て。勝ってマリを助けろ。それが、ステラ=アルフィリアのすべき事だ。
助けられる側から、助ける側になれ。目の前の『魔女』に勝て‼︎
「あぁあぁあぁあぁあっ‼︎」
叫び声と共に顔を上げ、溢れ落ちた血を一本の剣に変えて、ペトロニーラの顔目掛けて飛ばす。
ペトロニーラはそれを首を動かして躱し、掌から黒い炎を放ち反撃しようとする。それと同時にステラは立ち上がって、ペトロニーラに体当たりして腕を弾いて炎の軌道を逸らす。
「ほう、頑張るじゃないかぁ。なら、これはどうするぅ?」
ペトロニーラはもう片方の掌を向けると、今度は黒い雷を放ってステラの動きを止める。
「黒雷鎖縛」
「ぐ、く、ぐぐぐぐぐ・・・‼」
雷の束縛からステラは必死に抜け出そうとするが、片手が使えない状態では満足に力を出す事が出来ない。
動けぬステラに、ペトロニーラは掌から人の頭二つ分の岩を錬成し
「礫岩砲」
ステラの頭目掛けて岩を発射する。
高速で発射される岩が頭部に直撃すれば、ただでは済まない。頭蓋骨が砕け致命傷となり、最悪死に至る可能性がある。
身動きできぬステラに岩を躱す術はない。数秒後、岩は鈍い音と共にステラの頭に直撃した。ステラの頭から血が流れるのを見て、ペトロニーラが雷の拘束を解くと、ステラはうつ伏せに倒れる。
「なんだぃ、もう終わりかぃ」
倒れたステラを見て残念そうに呟くと、ペトロニーラはマリに歩み寄って、マリに触れようとする。指先でマリの髪に触れようとした瞬間、ペトロニーラの手首に激痛が走る。
「・・・見くびっていたよぉ。あんたが考えて戦うタイプだは思わなかったぁ」
そう言ってペトロニーラは自分の手首と、手首に血のナイフを突き刺すステラを見て笑う。
岩が頭部に直撃し重傷を負った筈のステラが何故無事なのか、傷一つ無いステラの額を見て、ペトロニーラはすぐさま理解した。
岩が頭部に直撃する寸前に、額を硬化した血でガードし勢いを殺して、硬化した血を液状に戻し岩で傷を負った様に見せかけ油断を誘った。己の能力を活かした戦術、応用を利かせた点は見事だが
「この程度であたしは止められないよぉ。瞬間転移」
ペトロニーラが魔法陣を浮かべた右目でステラを見ると、ステラは空中に移動させられる。
突然移動させられステラは一瞬困惑するが、すぐにペトロニーラの仕業だと考え、空を蹴ってペトロニーラへと向かっていく。
自身に向かってくるステラをペトロニーラは再び右目で射抜き、ステラを空中に縫いつける。
「ーーっ、何、これ?ぐ、嘘でしょ、く、うっ、うっ‼︎」
拳を振り抜こうとした状態で空中に固まり、ステラはなんとか動こうとするが、ピクリとも身体が動かない。
くくく、と笑いながらペトロニーラは手の内で紫色の魔力球を作り出す。
「固定魔法さぁ。物や生き物を一定の場所に固定させる力だぁ。これであんたは動けなぃ。今すぐに降参してマリを渡すなら」
「言ったでしょ。あんたみたいなのにマリは渡さないって」
「そうかぃ。じゃあ死になぁ」
断固たる意志でマリを渡さないと言い放ったステラに、ペトロニーラは魔力球を撃つ。
空中に縫い付けられたステラに向かって放たれた魔力球は、ステラの近くで光を放ち爆発する。至近距離で爆炎を受けたステラは、空中に固定されたまま意識を失った。
「気概はあったが、惜しかったねぇ。あたしに立ち向かってきただけでも褒めてやるよぉ」
気絶した『赤ずきん』へ自分なりの賛辞を述べ、ペトロニーラがマリに振り向くと、いつの間にかた立ち上がったマリが両の掌を向けていた。
「風精の霊弾‼︎」
使用回数制限のある精霊魔法、風の精霊の力を借りて撃ち出す渾身の一撃を、マリはペトロニーラにぶつける。
完璧な不意打ち、怪物を吹き飛ばした一撃を受けたペトロニーラは
「何すんだぃ、あんたぁ・・・」
無傷で、平然と立っていた。
その顔からは笑みが消え、見てるだけで底冷えするような無機質な瞳でマリを見つめる。冷酷で残酷な魔女の本性が、ペトロニーラの瞳越しに見えた気がした。
攻撃しなければ、ひたすら先手を打たなければ負けてしまう。そう分かっているのに、ペトロニーラの気迫に押されて、マリは動く事が出来ない。足がすくむ、震えが止まらない。恐い。なんでもいい、何かしなければーーー
「実験動物にする予定だったが、気が変わったぁ。ここで殺すぅ。お前も、あの娘もぉ」
「あ、う・・・」
両手に黒い炎を纏い、ペトロニーラはじりじりとマリににじり寄る。
マリの力では、どう足掻いてもペトロニーラには勝てない。このまま成す術もなく殺されてしまうだろう。それでも
「ステラちゃんが、いるんだもの・・・」
ーー逃げたりする訳にはいかない。たとえ勝てなくたって、ううん、勝つんだ。ステラちゃんと一緒に、皆の所に帰るんだ‼︎
「嵐風の炎精弾‼︎」
炎と風が合わさった螺旋状の魔法弾をペトロニーラに向けて放つ。
マリが放てる唯一の二属性混合魔法にして最強技。この技で隙を作って、ステラを連れて逃げる。魔法空間からの脱出はその後に考えれば
「神風暗炎弾」
「え?」
ペトロニーラが技名を呟いた瞬間、巨大な黒炎の渦がマリを飲み込んだ。巨大な熱の塊の中で、マリの身体が吹き荒れる風に斬り刻まれる。
炎と風の性質が同時に発生する真の融合魔法。その威力を身を以て味わって、マリは地面に血塗れで横たわる。
「い、たぃ・・・いたい、いたい、いたいよぉ・・・」
身体中に傷を負って、涙を流してマリは苦しむ。
ろくに動く事も出来ず苦しむマリに近付いて、ペトロニーラはマリを見下ろす。
「痛いだろぅ? 苦しいだろぅ? あんたじゃあたしに勝てなぃ。見捨てちまいな、あんな小娘ぇ。どうせあんたも死ぬんだからねぇ。戦っても意味なんて」
「そ、れでも、戦かう、の・・・」
「理解出来ないねぇ。そんなぼろぼろになってまで戦う理由、それは一体なんだぃ?」
「ステラちゃんは、私の事を助けて、くれた、から。私の為に・・・戦ってくれた・・・あの娘の、為に、私は戦うんだ」
「その為に死ぬ事になってもかぃ」
黒い炎を纏った掌を顔にかざしてくるペトロニーラに、マリは
「そう、なっても、私は、ステラちゃんの為に生きたい。だから、あなたには負けない」
震える声でそう答えた。
恐れ、怯えながら、それでも戦うと。
大切な者の為なら、死ぬ事になろうとも戦うのだと、そう言った。まだ小さくて弱い少女の覚悟を聞いたペトロニーラは、掌の炎を消して上を見上げ、肩を震わせる。
「く、くく、ふっ、はは、あはははははははぁ‼︎ あっははははははぁ‼︎ 最高ぅ‼︎ あんた最高だぁ‼︎ こんな、面白ぃ‼︎ ははははははぁ‼︎」
「え? え? え?」
「面白い実験結果が得れて、あたしは満足だぁ。そんな状態であたしに勝つって、あなたには負けませんって、あー、久々に笑ったよぉ」
腹を抱えて涙を浮かべるペトロニーラに、マリはただひたすら混乱する。
ペトロニーラはひとしきり笑うと、はぁ、と一呼吸ついて指を鳴らす。
すると、マリとステラの傷が綺麗さっぱりと消え、ステラの意識が元に戻り、マリは立ち上がる。その後魔法空間が割れて元の空間に戻って
「合格だぁ。弟子入りおめでとぅ」
拍手をしながらペトロニーラはそう言った。
ーー合格?弟子入りって
「私を、試してたんですか?」
「あぁ、そうさぁ。あんたがあたしの弟子に相応しいかどうかをねぇ。その結果あんたは合格したぁ。おめでとぅ」
「ちょっと、合格とか不合格の前に、これ、解いてくれないかしら。動けないんだけど」
空中に固められたステラがそう言うのを聞いて、ペトロニーラは指を鳴らして固定魔法を解除する。
固定魔法を解除され地面に着地すると、ステラはマリの前に出て腕を組み、ペトロニーラを睨みつける。
「一体どうゆう事か、説明しなさい。なんでこんな事をしたわけ?」
「実験の為さぁ」
「実験?」
「そう、実験だぁ。マリの素性やあたしの店に来た目的は能力で知っていたぁ。素直に弟子にしてやってもよかったが、それじゃあつまらなぃ」
だから一つ、実験してみる事にしたぁ。
「心を失うと脅されてなお、『魔女』の弟子になる覚悟が小娘にあるのかどうかをねぇ」
「じゃあ、弟子になれば心を失うって代償は・・・」
「そんなもん最初から無いさぁ。単なるジョークだよぉ。だから、あたしの弟子になった後に性格が変わっても、あたしに文句言うんじゃないよぉ」
片目を閉じて、腰に手を当てながら言うペトロニーラに、ステラもマリも開いた口が塞がらない。
ーーそんな冗談の所為で私達はぼろぼろにされたわけ?
「最初の予定ではマリが来るかどうかという実験だったが、あんたと一緒に遊びに行くのを見て予定を変えたぁ」
「見たって、さっき言ってた能力で?」
「あぁ、そうさぁ。そこで思いついたのがあたしがあんたらを襲って追い詰めた時、あんたらは一体どうするかっていう実験さぁ」
「何その悪趣味な実験。そんな事して何が知りたかったの?」
しかめっ面で問いかけたステラに、ペトロニーラは前髪を撫でながら、こう答えた。
「あんたらの信頼が本物かどうかを知りたかったのさぁ」
「信頼・・・」
「要は口だけじゃなく、行動で示せるかどうかって事さねぇ。その結果、ステラ、あんたは身を呈してマリを助けようとし、マリは弱っちいくせにあたしに立ち向かってきやがったぁ。互いに互いを想っていたぁ。文句無しの合格だぁ」
「弱っちいくせにって、酷い・・・・」
「事実なんだから仕方ないだろぅ?でも、安心しなぁ。あたしがあんたを強くしてやるよぉ。あたしがあんたを最強の魔女にしてやるぅ」
頭の上に手を置いてそう言ったペトロニーラに、マリは満面の笑みを浮かべて
「よろしくお願いします‼︎ペトロニーラさん‼︎」
元気よく答えたマリに、ペトロニーラはくすりと笑って
「さんはいらない。ペトロニーラと呼びなぁ」
「はいっ‼︎ ペトロニーラ‼︎」
こうして、少女は魔女の弟子となった。
この後乱闘騒ぎで衛兵が来て、事情聴取を受ける事となって帰りが遅くなり、『魔神の庭』のメンバーに必要以上に心配されたのはまた別の話。
ステンドグラスの窓に囲まれた教会の中で、一人の白衣の男が裸足で歩き回っていた。
やけに低い位置で結んだ星柄のネクタイと、寝癖が特徴的な男だった。
男は落ち着きの無い足取りで、頭を掻きむしったり爪を噛んだりしながら、椅子を次々に蹴り壊していく。やがて男は気が済んだのか椅子を蹴り壊すのをやめ、祭壇の上に座る。
「あー、クソ、退屈、暇、つまんねぇ、つまんねぇ、クソが死ね。つまんねぇんだよ、本当によぉ。なんか面白い事はねぇのかよ・・・」
男はぶつぶつと不満を口にすると、大きく舌打ちしてから上を向いて、息と共に銀の欠片をいくつか吐き出す。
吐き出された銀の欠片は溶けて水銀へと変わり、鏡の形になって固まり、その中にマリとステラが映る。
「あ? なんだこのメスガキ共は。なんで面白ぇ事を映そうとしたらこんな雑魚カス共が映るんだ? ふざけてんのかよ」
男は苛立ちをさらに募らせると、鏡を消し息を大きく吸って
「おいトカァ‼︎ 聞こえるかぁ‼︎ なんか面白い事はねぇのかぁ‼︎」
誰もいない教会の中で、硝子が震える程の声量で男が叫ぶと、男の前に青白い光の塊が浮かび上がる。
「『魔神の庭』というギルドが、ここを解放しに来るようです」
光の塊、トカと呼ばれた者がそう言うと、男は眉を寄せる。
「『魔神の庭』? なんだそのクソダセェ名前のギルド」
「『魔神』ライゼをマスターとして多種族の魔導師で構成されてる少数精鋭のギルドです。内二人は『幻夢楽曲』所有者で、『赤ずきん』と『親指姫』がいるそうです」
「ライゼに『赤ずきん』に『親指姫』、ゴミカスの集まりじゃねぇか」
トカの情報を聞いて、男は落胆し祭壇を飛び降りる。
そのまま教会の外に出て、男は夜空を見上げる。
空には無数の青いオーブが浮かび、地面には硝子の花が咲き乱れている。幻想的な空間に、男は無遠慮に立ち入り、硝子の花を次々と踏み壊していく。
壊された花はまた咲いて、男が無事な花をまた壊してを繰り返す。
男は立ち止まると、大きく踏み込んで、辺り一帯の硝子の花を粉々に破壊した。
粉々に壊れた硝子の花の欠片は宙を舞い、オーブの光を反射して青白く光る。硝子舞う世界の中で、男は牙を鳴らす。
「強けりゃなんだろうと誰だろうと構わねぇ。早くここに来い。俺の想像と期待を遥かに上回って見やがれゴミ共」
この脆く儚く美しい、クソみたいな世界に俺はいる。
「プリエールに、俺はいる。『万象の精霊術師』パラケルススはここにいる。俺は逃げも隠れもしねぇ。だから」
早く俺を殺しに来い。
苛立ちを含んだ声で、パラケルススはそう言った。
日が沈むまでもう二時間もない。
この後すぐに帰って、ペトロニーラに弟子になるか否かを言わなければならないのに
「マリ、あなたこういうの好きでしょ? 不気味なスライム」
「不気味じゃないよ。ちゃんと可愛いよー」
マリはまだステラに相談できずにいた。
ペトロニーラの事を相談すればステラは心配するに決まってる。
何度も助けられたのに、これ以上心配をかける訳にはいかない。そんな思いが、ステラにペトロニーラについて相談する事を躊躇わせていた。
そもそも、弟子入りするかどうかはマリが決める事で、ステラに相談する事ではない。心を失うのが嫌なら、他の師を探せばいいだけの話だ。
それでもマリが悩んでいるのは、ペトロニーラが精霊術師として圧倒的に優れていたからに他ならない。
空間を書き換え、世界を見通し、精霊の記憶を覗き、四つの属性の魔力を一つにする事が出来る精霊術師はそうそういない。もしもその力を学ぶ事が出来ればもっと強くなれる。得る物は大きく、失う物もそれ以上に大きい。そんな時、一体どうすれば――――
「マリ‼」
「えっ、あっ・・・」
「先買ってくるから、決まったら言ってちょうだい」
「あ、うん・・・」
カウンターへと向かったステラに笑顔で小さく手を振って、マリは拳を握る。
―――悩んでる時間は無い。けど、答えが出ない。一人で悩むより、誰かに言った方がずっといい。聞くんだ、言うんだ、今日、アルジェントさんの事、ペトロニーラさんの事。隠さず、全部‼
全てを話す覚悟を決めて、マリはスライムのストラップを持ってカウンターへと向かい、その後ステラと共に店を後にした。
「今日は中々楽しかったわね」
「そうだね。ステラちゃんはウサギのストラップにしたの?」
「えぇ。可愛いでしょ」
自慢げにストラップを見せてくるステラに、マリはくすりと笑い返して
「ステラちゃんみたいだね」
マリが何気なくそう言うと、ステラは顔を赤くしてマリから目を逸らす。
何気無く人を動揺させる事があるからマリは油断できない。しかもそれが無自覚かつ計算抜きだというのだから恐ろしい。
「どうかしたの?」
「いいえ、なんでもないわ。ところで、そろそろ話してもらってもいいかしら?」
「え? 何を?」
「あなたの悩みをよ。今日ずっとその事ばかり考えてたでしょ?」
悩みという言葉に、マリはあからさまに反応する。
その様子を見てステラは、やっぱりと
「顔に出てないつもりだったんでしょうけどバレバレよ。私を心配させないようにしていたんだと思うけど、余計心配になったわ」
「ごめんね・・・」
「別にいいのよ。最初は言うまで待とうって思ったけど、やっぱり聞く事にするわ。何があったの? 話してみて。最後までちゃんと聞くから」
優しい声音でそう言われ、マリは涙を流しそうになるが、必死に涙を引っ込め、深呼吸で気持ちを込めてから、あのねと話し始める。
「ステラちゃんは、アルジェントさんの事、どう思ってるのかなって」
「アルの事?なんでそんな・・・あ、いや、そうね・・・・いつも私を助けてくれる優しい仲間、かしら」
「本当に、それだけ? ステラちゃん、アルジェントさんと一緒にいる事が多いし、アルジェントさんといる時いつもと表情違うし、その、す、好きなんじゃないかって、思って・・・・」
「私が、アルを・・・・」
勇気を出して言いたい事の一つをマリが口にすると、ステラはうーんと腕を組んで考え込む。
数秒の沈黙の後、ステラはマリの問いに答えた。
「好きよ」
「――――っ」
その答えに、マリは絶句した。
可能性の一つ、いや、最も予想通りの答えだった。それでも言葉が出ないのは、想像の中でなく現実で言われるのでは、あまりに衝撃が違い過ぎたから。
――――やっぱり、ステラちゃんはアルジェントさんの事が
「仲間としてね」
「え? 仲間、として・・・・え?」
「えぇ、仲間としてよ。強くて頼りになるし、優しいしケーキ美味しいし、とても信頼出来る。アルの事が好きか嫌いかといえば好きよ」
「あ、そ、そうなんだ」
―――びっくりしたぁ~‼心臓に悪いよステラちゃん‼
「それと、もしもアルの事を一人の男の人として好きになったとして、私はあなたの事放っといたりしないわよ。マリ」
「ステラ、ちゃん・・・」
「あなたが考えそうな事よ。私がアルが好きでアルとくっついたら、私があなたと話さなくなる。そうゆう事を心配してたんでしょ?」
「うん・・・」
「はぁ、もう、馬鹿ね・・・」
ちゃんと約束したでしょ?
「ずっと傍にいるって」
「ステラちゃん・・・」
―――そうだ。そうだった。約束したんだった。あの日、ステラちゃんは約束してくれた。指切りで約束してくれた。ステラちゃんは約束を破ったりしない、そう分かってたのになんで心配してたんだろ。アルジェントさんがかっこいいからかな。あ、それじゃあ
「アルジェントさんの所為だ」
「何それ」
「ステラちゃんは約束を破らないから大丈夫って事」
「だから何それ、答えになってないわよ」
迷いが一つ晴れ、マリはステラと笑い合う。
その時だった。日が沈み、ハト達が一斉に空へと羽ばたいたのは。
おびただしい数のハトが、夜空を逃げるように飛んでいく。
街の住人達も、マリもステラもその光景に釘付けになる。一体何が原因なのか、マリにだけはすぐに分かった。
―――日が暮れた、ペトロニーラさんとの約束が・・・・‼
「おやぁ、随分と楽しそうだねぇ」
その声が聞こえた途端、背中を氷の指で撫でられてるかのような寒気が、マリとステラを襲った。
背後から感じる気配は、ありとあらゆる不吉を孕んでいた。
振り向けば、間違いなくただでは済まない。そう思える程禍々しい気配。その気配の正体は
「約束の時間だぁ。答えを聞きに来たよぉ」
百年の時を生きる精霊術師。
『魔女』ペトロニーラ=ディ=ミーズ。
夜の訪れと共に現れた『魔女』は、妖しい笑みを浮かべていた。
溢れんばかりの魔力、圧倒的な存在感。
対峙しただけで肌がピリつくのは、真の強者の証か。ただ一つ確かに言えるのは、気を抜けば死ぬという事だ。
「日は暮れたぁ。答えは決まったかぃ?」
「答え? てか、あんた一体誰なの?」
「あたしはペトロニーラ=ディ=ミーズ。そこのマリの師匠になる予定の『魔女』さぁ」
「ペトロニーラ⁉︎ リーベの話に出てきた魔女が何でこんな所に・・・いや、それより、マリの師匠って一体・・・」
百年前の人間が現れた事、マリの師匠になる予定という発言、予想外の事態に頭が追いつかないステラに、ペトロニーラは笑みを深める。
「その娘は、強くなる為の手がかりを探してあたしの所にやって来たぁ。あたしが意地悪な魔女とも知らずにねぇ。だから、弟子入りすれば強くしてやると言ったんだぁ。心を失う事を代償にねぇ」
「・・・成る程、大体分かったわ。あんたがマリの悩みの原因ね」
「悩みの原因だなんて酷い言い方をするねぇ。さぁ、マリ。あんたどうするんだぃ?あたしの弟子になるか、ならないか。まぁ、あたしが目をつけたんだから、断ってもとりあえず着いてきてもらうけどねぇ」
手を伸ばしながら近付いてくるペトロニーラを、ステラは血の甲冑を纏った拳で殴り飛ばした。
拳の一撃をモロに受けたペトロニーラが民家に激突するのを見て、ビルの住人達は逃げ惑う。悲鳴が響き、混乱が広がる中で、ペトロニーラは立ち上がらずにステラと目を合わせる。
「いたたた・・・あんた、酷い事するねぇ。殴る事ぁないだろぅ?」
「緊急事態につき致し方なくってやつよ。許してちょうだい」
「そうかぃ。じゃあ、あたしもーー緊急事態につき、反撃しようかねぇ」
そう言ってペトロニーラが指を鳴らすと、世界の色が塗り替えられる。
青と黒で作られた空は紫色になり、銀色に輝く星々が黒く染まる。外界から完全に隔離されたペトロニーラの魔法空間。
この空間が作られたという事は、ペトロニーラが戦う気になったという証拠だ。ペトロニーラは立ち上がると、服を払って眼鏡を外す。
「さて、今すぐマリを渡せば殴った事を許してやるよぉ。少し痛めつける程度でねぇ。それが嫌なら」
「嫌よ。あんたにマリは渡さない」
「いいのかぃ? そんな事言って・・・あんた、死ぬ事になるよぉ?」
目を見開いて威圧してくるペトロニーラに、ステラは恐怖を覚えるが、後ろにいるマリを見て恐怖を振り払い、一歩前に踏み出す。
「やれるものならやってみなさい。そろそろ屋敷で夕食の時間なの。あんたを倒して、マリと一緒に皆の所に帰る」
「そうかぃ。帰れるといいねぇ」
そう言った直後、ステラとマリの周囲の星から光線が放たれ二人を襲い、黒い爆炎が吹き荒れる。
魔力発動の兆しすらなく放たれた攻撃を、二人は身動きどころか気付く事すらできずに食らい、爆炎が晴れるとマリは倒れ、ステラは膝をついていた。
「マ、マリ・・・」
倒れるマリに近付こうとするステラにペトロニーラはステラに指先を向けると、指先に黒い光を集めて
「邪霊の破弓」
ステラの左肩めがけて光を放ち、ステラの左肩を貫いた。
肉を貫き骨を溶かす光弓に射抜かれた事に、ステラは一瞬気付かなかった。
あまりの早技に、何をされたか分からず、自分の肩から血が吹き出すのを見るまで、肩を貫かれた事にすら気付かなかった。気付いてしまった時、ステラを激しい痛みが襲った。
「ぐぁあぁあぁあぁあ‼︎」
喉が張り裂けんばかりに絶叫し、ステラは肩を押さえる。
熱と貫通力を伴う一撃に、肉を貫かれ、骨が溶かされた。肩の傷口の周りに火傷を負い、ステラは奥歯を噛んで痛みを堪える。
左腕は、もう使い物にならない。肩の痛みが激しすぎてピクリとも動かせない。早々に深手を負ったステラに、ペトロニーラはおやおやぁと
「なんだぃ、肩を貫かれた位で大袈裟だねぇ。子供じゃないんだから、その程度で泣くんじゃないよぉ」
「ぐ、く、うぅ・・・」
小馬鹿にするような口調のペトロニーラに、ステラは何も言い返せない。
言い返せるだけの余裕が無い。勝てる見込みも、逃げ道も無い。実力差と経験差は言うまでもなく圧倒的、だが、それがどうした。
ーーいつもの、事じゃない。そんなの・・・
圧倒的に不利な状況を、根性と負けん気、誰かの助けで乗り切ってきたのがステラだ。
不利な状況も、勝ち目が無いのもいつもの事だ。ただ一つ、いつもと違いがあるとすれば、助けは一切無いと言う事だけ。
いつでも誰かに助けてもらえる訳じゃないのは当然の事、今までが運が良かっただけだ。
近くには倒れたマリがいる。逃げられない、勝たなきゃならない。なら、逃げるな、勝て。勝ってマリを助けろ。それが、ステラ=アルフィリアのすべき事だ。
助けられる側から、助ける側になれ。目の前の『魔女』に勝て‼︎
「あぁあぁあぁあぁあっ‼︎」
叫び声と共に顔を上げ、溢れ落ちた血を一本の剣に変えて、ペトロニーラの顔目掛けて飛ばす。
ペトロニーラはそれを首を動かして躱し、掌から黒い炎を放ち反撃しようとする。それと同時にステラは立ち上がって、ペトロニーラに体当たりして腕を弾いて炎の軌道を逸らす。
「ほう、頑張るじゃないかぁ。なら、これはどうするぅ?」
ペトロニーラはもう片方の掌を向けると、今度は黒い雷を放ってステラの動きを止める。
「黒雷鎖縛」
「ぐ、く、ぐぐぐぐぐ・・・‼」
雷の束縛からステラは必死に抜け出そうとするが、片手が使えない状態では満足に力を出す事が出来ない。
動けぬステラに、ペトロニーラは掌から人の頭二つ分の岩を錬成し
「礫岩砲」
ステラの頭目掛けて岩を発射する。
高速で発射される岩が頭部に直撃すれば、ただでは済まない。頭蓋骨が砕け致命傷となり、最悪死に至る可能性がある。
身動きできぬステラに岩を躱す術はない。数秒後、岩は鈍い音と共にステラの頭に直撃した。ステラの頭から血が流れるのを見て、ペトロニーラが雷の拘束を解くと、ステラはうつ伏せに倒れる。
「なんだぃ、もう終わりかぃ」
倒れたステラを見て残念そうに呟くと、ペトロニーラはマリに歩み寄って、マリに触れようとする。指先でマリの髪に触れようとした瞬間、ペトロニーラの手首に激痛が走る。
「・・・見くびっていたよぉ。あんたが考えて戦うタイプだは思わなかったぁ」
そう言ってペトロニーラは自分の手首と、手首に血のナイフを突き刺すステラを見て笑う。
岩が頭部に直撃し重傷を負った筈のステラが何故無事なのか、傷一つ無いステラの額を見て、ペトロニーラはすぐさま理解した。
岩が頭部に直撃する寸前に、額を硬化した血でガードし勢いを殺して、硬化した血を液状に戻し岩で傷を負った様に見せかけ油断を誘った。己の能力を活かした戦術、応用を利かせた点は見事だが
「この程度であたしは止められないよぉ。瞬間転移」
ペトロニーラが魔法陣を浮かべた右目でステラを見ると、ステラは空中に移動させられる。
突然移動させられステラは一瞬困惑するが、すぐにペトロニーラの仕業だと考え、空を蹴ってペトロニーラへと向かっていく。
自身に向かってくるステラをペトロニーラは再び右目で射抜き、ステラを空中に縫いつける。
「ーーっ、何、これ?ぐ、嘘でしょ、く、うっ、うっ‼︎」
拳を振り抜こうとした状態で空中に固まり、ステラはなんとか動こうとするが、ピクリとも身体が動かない。
くくく、と笑いながらペトロニーラは手の内で紫色の魔力球を作り出す。
「固定魔法さぁ。物や生き物を一定の場所に固定させる力だぁ。これであんたは動けなぃ。今すぐに降参してマリを渡すなら」
「言ったでしょ。あんたみたいなのにマリは渡さないって」
「そうかぃ。じゃあ死になぁ」
断固たる意志でマリを渡さないと言い放ったステラに、ペトロニーラは魔力球を撃つ。
空中に縫い付けられたステラに向かって放たれた魔力球は、ステラの近くで光を放ち爆発する。至近距離で爆炎を受けたステラは、空中に固定されたまま意識を失った。
「気概はあったが、惜しかったねぇ。あたしに立ち向かってきただけでも褒めてやるよぉ」
気絶した『赤ずきん』へ自分なりの賛辞を述べ、ペトロニーラがマリに振り向くと、いつの間にかた立ち上がったマリが両の掌を向けていた。
「風精の霊弾‼︎」
使用回数制限のある精霊魔法、風の精霊の力を借りて撃ち出す渾身の一撃を、マリはペトロニーラにぶつける。
完璧な不意打ち、怪物を吹き飛ばした一撃を受けたペトロニーラは
「何すんだぃ、あんたぁ・・・」
無傷で、平然と立っていた。
その顔からは笑みが消え、見てるだけで底冷えするような無機質な瞳でマリを見つめる。冷酷で残酷な魔女の本性が、ペトロニーラの瞳越しに見えた気がした。
攻撃しなければ、ひたすら先手を打たなければ負けてしまう。そう分かっているのに、ペトロニーラの気迫に押されて、マリは動く事が出来ない。足がすくむ、震えが止まらない。恐い。なんでもいい、何かしなければーーー
「実験動物にする予定だったが、気が変わったぁ。ここで殺すぅ。お前も、あの娘もぉ」
「あ、う・・・」
両手に黒い炎を纏い、ペトロニーラはじりじりとマリににじり寄る。
マリの力では、どう足掻いてもペトロニーラには勝てない。このまま成す術もなく殺されてしまうだろう。それでも
「ステラちゃんが、いるんだもの・・・」
ーー逃げたりする訳にはいかない。たとえ勝てなくたって、ううん、勝つんだ。ステラちゃんと一緒に、皆の所に帰るんだ‼︎
「嵐風の炎精弾‼︎」
炎と風が合わさった螺旋状の魔法弾をペトロニーラに向けて放つ。
マリが放てる唯一の二属性混合魔法にして最強技。この技で隙を作って、ステラを連れて逃げる。魔法空間からの脱出はその後に考えれば
「神風暗炎弾」
「え?」
ペトロニーラが技名を呟いた瞬間、巨大な黒炎の渦がマリを飲み込んだ。巨大な熱の塊の中で、マリの身体が吹き荒れる風に斬り刻まれる。
炎と風の性質が同時に発生する真の融合魔法。その威力を身を以て味わって、マリは地面に血塗れで横たわる。
「い、たぃ・・・いたい、いたい、いたいよぉ・・・」
身体中に傷を負って、涙を流してマリは苦しむ。
ろくに動く事も出来ず苦しむマリに近付いて、ペトロニーラはマリを見下ろす。
「痛いだろぅ? 苦しいだろぅ? あんたじゃあたしに勝てなぃ。見捨てちまいな、あんな小娘ぇ。どうせあんたも死ぬんだからねぇ。戦っても意味なんて」
「そ、れでも、戦かう、の・・・」
「理解出来ないねぇ。そんなぼろぼろになってまで戦う理由、それは一体なんだぃ?」
「ステラちゃんは、私の事を助けて、くれた、から。私の為に・・・戦ってくれた・・・あの娘の、為に、私は戦うんだ」
「その為に死ぬ事になってもかぃ」
黒い炎を纏った掌を顔にかざしてくるペトロニーラに、マリは
「そう、なっても、私は、ステラちゃんの為に生きたい。だから、あなたには負けない」
震える声でそう答えた。
恐れ、怯えながら、それでも戦うと。
大切な者の為なら、死ぬ事になろうとも戦うのだと、そう言った。まだ小さくて弱い少女の覚悟を聞いたペトロニーラは、掌の炎を消して上を見上げ、肩を震わせる。
「く、くく、ふっ、はは、あはははははははぁ‼︎ あっははははははぁ‼︎ 最高ぅ‼︎ あんた最高だぁ‼︎ こんな、面白ぃ‼︎ ははははははぁ‼︎」
「え? え? え?」
「面白い実験結果が得れて、あたしは満足だぁ。そんな状態であたしに勝つって、あなたには負けませんって、あー、久々に笑ったよぉ」
腹を抱えて涙を浮かべるペトロニーラに、マリはただひたすら混乱する。
ペトロニーラはひとしきり笑うと、はぁ、と一呼吸ついて指を鳴らす。
すると、マリとステラの傷が綺麗さっぱりと消え、ステラの意識が元に戻り、マリは立ち上がる。その後魔法空間が割れて元の空間に戻って
「合格だぁ。弟子入りおめでとぅ」
拍手をしながらペトロニーラはそう言った。
ーー合格?弟子入りって
「私を、試してたんですか?」
「あぁ、そうさぁ。あんたがあたしの弟子に相応しいかどうかをねぇ。その結果あんたは合格したぁ。おめでとぅ」
「ちょっと、合格とか不合格の前に、これ、解いてくれないかしら。動けないんだけど」
空中に固められたステラがそう言うのを聞いて、ペトロニーラは指を鳴らして固定魔法を解除する。
固定魔法を解除され地面に着地すると、ステラはマリの前に出て腕を組み、ペトロニーラを睨みつける。
「一体どうゆう事か、説明しなさい。なんでこんな事をしたわけ?」
「実験の為さぁ」
「実験?」
「そう、実験だぁ。マリの素性やあたしの店に来た目的は能力で知っていたぁ。素直に弟子にしてやってもよかったが、それじゃあつまらなぃ」
だから一つ、実験してみる事にしたぁ。
「心を失うと脅されてなお、『魔女』の弟子になる覚悟が小娘にあるのかどうかをねぇ」
「じゃあ、弟子になれば心を失うって代償は・・・」
「そんなもん最初から無いさぁ。単なるジョークだよぉ。だから、あたしの弟子になった後に性格が変わっても、あたしに文句言うんじゃないよぉ」
片目を閉じて、腰に手を当てながら言うペトロニーラに、ステラもマリも開いた口が塞がらない。
ーーそんな冗談の所為で私達はぼろぼろにされたわけ?
「最初の予定ではマリが来るかどうかという実験だったが、あんたと一緒に遊びに行くのを見て予定を変えたぁ」
「見たって、さっき言ってた能力で?」
「あぁ、そうさぁ。そこで思いついたのがあたしがあんたらを襲って追い詰めた時、あんたらは一体どうするかっていう実験さぁ」
「何その悪趣味な実験。そんな事して何が知りたかったの?」
しかめっ面で問いかけたステラに、ペトロニーラは前髪を撫でながら、こう答えた。
「あんたらの信頼が本物かどうかを知りたかったのさぁ」
「信頼・・・」
「要は口だけじゃなく、行動で示せるかどうかって事さねぇ。その結果、ステラ、あんたは身を呈してマリを助けようとし、マリは弱っちいくせにあたしに立ち向かってきやがったぁ。互いに互いを想っていたぁ。文句無しの合格だぁ」
「弱っちいくせにって、酷い・・・・」
「事実なんだから仕方ないだろぅ?でも、安心しなぁ。あたしがあんたを強くしてやるよぉ。あたしがあんたを最強の魔女にしてやるぅ」
頭の上に手を置いてそう言ったペトロニーラに、マリは満面の笑みを浮かべて
「よろしくお願いします‼︎ペトロニーラさん‼︎」
元気よく答えたマリに、ペトロニーラはくすりと笑って
「さんはいらない。ペトロニーラと呼びなぁ」
「はいっ‼︎ ペトロニーラ‼︎」
こうして、少女は魔女の弟子となった。
この後乱闘騒ぎで衛兵が来て、事情聴取を受ける事となって帰りが遅くなり、『魔神の庭』のメンバーに必要以上に心配されたのはまた別の話。
ステンドグラスの窓に囲まれた教会の中で、一人の白衣の男が裸足で歩き回っていた。
やけに低い位置で結んだ星柄のネクタイと、寝癖が特徴的な男だった。
男は落ち着きの無い足取りで、頭を掻きむしったり爪を噛んだりしながら、椅子を次々に蹴り壊していく。やがて男は気が済んだのか椅子を蹴り壊すのをやめ、祭壇の上に座る。
「あー、クソ、退屈、暇、つまんねぇ、つまんねぇ、クソが死ね。つまんねぇんだよ、本当によぉ。なんか面白い事はねぇのかよ・・・」
男はぶつぶつと不満を口にすると、大きく舌打ちしてから上を向いて、息と共に銀の欠片をいくつか吐き出す。
吐き出された銀の欠片は溶けて水銀へと変わり、鏡の形になって固まり、その中にマリとステラが映る。
「あ? なんだこのメスガキ共は。なんで面白ぇ事を映そうとしたらこんな雑魚カス共が映るんだ? ふざけてんのかよ」
男は苛立ちをさらに募らせると、鏡を消し息を大きく吸って
「おいトカァ‼︎ 聞こえるかぁ‼︎ なんか面白い事はねぇのかぁ‼︎」
誰もいない教会の中で、硝子が震える程の声量で男が叫ぶと、男の前に青白い光の塊が浮かび上がる。
「『魔神の庭』というギルドが、ここを解放しに来るようです」
光の塊、トカと呼ばれた者がそう言うと、男は眉を寄せる。
「『魔神の庭』? なんだそのクソダセェ名前のギルド」
「『魔神』ライゼをマスターとして多種族の魔導師で構成されてる少数精鋭のギルドです。内二人は『幻夢楽曲』所有者で、『赤ずきん』と『親指姫』がいるそうです」
「ライゼに『赤ずきん』に『親指姫』、ゴミカスの集まりじゃねぇか」
トカの情報を聞いて、男は落胆し祭壇を飛び降りる。
そのまま教会の外に出て、男は夜空を見上げる。
空には無数の青いオーブが浮かび、地面には硝子の花が咲き乱れている。幻想的な空間に、男は無遠慮に立ち入り、硝子の花を次々と踏み壊していく。
壊された花はまた咲いて、男が無事な花をまた壊してを繰り返す。
男は立ち止まると、大きく踏み込んで、辺り一帯の硝子の花を粉々に破壊した。
粉々に壊れた硝子の花の欠片は宙を舞い、オーブの光を反射して青白く光る。硝子舞う世界の中で、男は牙を鳴らす。
「強けりゃなんだろうと誰だろうと構わねぇ。早くここに来い。俺の想像と期待を遥かに上回って見やがれゴミ共」
この脆く儚く美しい、クソみたいな世界に俺はいる。
「プリエールに、俺はいる。『万象の精霊術師』パラケルススはここにいる。俺は逃げも隠れもしねぇ。だから」
早く俺を殺しに来い。
苛立ちを含んだ声で、パラケルススはそう言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる