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第一章 祈望の芽吹き

第二話 少女が魔法少女になった理由

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 魔法少女マーガレット。本名・橘浦千澄。
 その人生を一言で表すなら、壮絶の一言に尽きる。

 出身地は愛媛県松山市。誕生日は二○○八年の九月三日。
 六歳までは普通の女の子と同じように、両親から愛され、健やかに育ってきた。

「おとうさん‼ はーやーく‼ おーそーい‼」

「ごめんなぁ、ちょっと待ってくれなぁ……あー、んー? どこいったっけなぁ……あぁ?」

 仮面ライダーや戦隊もののおもちゃで溢れかえった部屋の中で探し物をする、癖のある短い橙色の髪の男を、同じ髪色の無邪気で可愛らしい女の子が、広げた腕を上下に振りながら急かす。
 男の名は橘浦勝貴かつたか。女の子は勝貴の娘――幼き頃の千澄だ。

「くっそ、見つかんねぇ……どこ行っちまったんだ……」

「まーだー⁉ なにさがしてるのー⁉」

「カメラだよ。千澄と仁美の写真を鬼程撮りてぇのに……一体どこに……おっ、あった‼ よかったぁ……‼」

 仮面ライダーのぬいぐるみやフィギュアが飾られた棚の上に置かれた一眼レフのカメラを見つけて、勝貴は安堵の声を上げ、カメラに手を伸ばす。
 それと同時に千澄は勝貴に駆け寄り、背後から抱き着いた。

「おっ、と……千澄……危な」

「もう『バーベナランド』いける⁉ はやくいこ‼」

「……あぁ、いけるよ。待たせてごめんな。んじゃ、そろそろ」

「かつくん、カメラ見つかった? まだ無理そう?」

 行くか。
 勝貴がそう言おうとした時、部屋に一人の女が入ってきた。
 橘色の長髪をうなじの辺りで結んでまとめた女。
 髪と同色の円らで大きな瞳が目を惹く、幼く温和な顔つきの女の名は仁美ひとみ。千澄の母親だ。

「あぁ、見つかった……そろそろ」

「おかあさん‼」

 行こうかと言おうとして、またしても言葉を遮られる勝貴。
 仁美の姿を見た千澄は勝貴の傍から離れると、今度は仁美に駆け寄る。
 無邪気に近寄ってきた千澄を、仁美は膝をついて優しく受け止め、その頭を撫でながら、ぎゅっと抱きしめる。

「おはよ‼」

「はーい、おはよう。ちーちゃんは今日も元気だねぇ。起きるの遅くなってごめんねぇ」

「ううん‼ ぜんぜん‼ おかあさんはおとうさんとちがって、お出かけのじゅんび早いからだいじょうぶ‼」

「うっ……‼」

 悪気のない千澄の言葉が突き刺さり、勝貴は胸を押さえる。
 その事に特に気付いていない仁美は柔らかく微笑み、千澄を抱いたまま立ち上がると、勝貴に「かつくん」と声をかける。

「行こ。今日こそ一緒にジェットコースター乗ってもらうからね」

「え」

「おとうさん‼ きょうはのってくれるの⁉ あっ、そうだ‼ ボクはケーキ食べたい‼ おっきくてフルーツがたくさんのってるケーキ‼」

「あ、いや、えっとぉ……わかった。いっしょに乗ろうな。ケーキも食べような」

「やったぁ‼」






 その日は、千澄の六歳の誕生日だった。
 愛媛県松山市にある遊園地『バーベナランド』。
 県内で最も敷地が広く、アトラクションの数が多い人気の遊園地で、千澄は目一杯遊んだ。

 ジェットコースターにも、コーヒーカップにも、メリーゴーランドにも乗って、大好きなウサギのマスコットとも写真を撮って、ポップコーンに、ハンバーガーに、チキンに、最後に二段のフルーツケーキを食べた。

 たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん笑って、その日は、千澄のそれまでの人生の中で最も幸せな日になる――筈だった。

 
 悲劇は、三人で手を繋ぎながら帰っている途中で起こった。


「今日は人間のガキだぁ……デカいのはいらねぇ……」

 不穏な言葉と共に千澄達の目の前に現れたのは、黒いジャンパーのフードを深々と被り、両手にナイフを持った大柄の妖精だった。
 妖精は千澄の母――仁美と目が合った途端に、仁美に襲い掛かった。

「えっ……」

 妖精は、気付いた時には仁美の眼前に迫っていた。
 瞬間移動でもしたのかと思わされる程の俊敏さを発揮した妖精。
 その刃が、仁美の顔に突き刺さるーー

「おらぁっっ‼︎」

 ーー直前に、勝貴が放った槍のような蹴りが、妖精のこめかみに突き刺さり、妖精は軽石のように蹴り飛ばされた。
 自分の命よりも大切な妻子を危機から救った勝貴は、すかさず二人の前に立ち、叫ぶ。

「仁美‼︎ 千澄‼︎ 逃げろ‼︎ 近くに交番がある‼︎ そこに行けば」

「いてぇなコラ」

 仁美と千澄だけでも逃がそうとした勝貴だったが、間に合わなかった。
 それより早く、風を切り裂きながら飛んできたナイフが、勝貴の腹を貫き、その後ろにいた仁美の腹まで貫通した。その次の瞬間

「がっ……‼︎」

「あ、かっ……‼︎」

 勝貴と仁美は、泡が破裂するような音と共に、大量の血泡と鼻血を噴き出しーー瞬く間に、呆気なく絶命した。

「…………え?」

 何が起きてるのか分からなかった。
 理解が、追いつかなかった。
 千澄が起きた事を理解できたのは、自分達を守ろうとしてくれた勝貴が、手を握ってくれていた仁美が、音を立てて地面に倒れ伏した後だった。


 だいすきなおとうさんとおかあさんがしんだ。


「おとうさ、おかあ」

「ガキ、てめぇはこっちだ」

 悲しみと恐怖に泣き叫ぶ事も、千澄はできなかった。
 その前に、妖精に腹を蹴り飛ばされ、意識を失ったからだ。
 

 
 
 千澄の目の前で勝貴と仁美を殺した妖精は、当時、高額の懸賞金をかけられていた重要指名手配犯であり、大人を即効性の致死毒が塗られたナイフで殺す事と、子どもを痛めつける事を好む異常者だった。
 そんな男に拐われた千澄がどのような目に遭ったかは、言うまでもない。

「これから何度も壊して直して壊して直して、遊んでやるからなぁあぁ……」

 千澄はあらゆる手段、あらゆる意味での暴力を振るわれ続け、殺されかけては治され、また殺されかけ、治されるという地獄のような経験を繰り返してきた。

 最悪な事にというべきか、不幸中の幸いというべきか、男は高度な治癒魔法の使い手であったために、どれだけ苛烈な暴力を振るわれても、千澄の身体が死ぬ事はなかった。
 男は千澄を壊す度に、心の傷以外の傷は全て綺麗に治してみせた。
 一切の希望を見出す事ができなくなる程の苦しみと、奈落の底よりも深い絶望。それは、永遠に続くかに思われたが


「――もう大丈夫ですよ。あなたを苦しめる悪者は、私がやっつけちゃいました。生きててくれて、ありがとう。本当に、よく頑張りましたね」


 二年後、とある魔法少女が千澄を助け出した事で、ようやく終焉を迎えた。
 千澄は、何度も死にたいと思った。
 痛い思いも、恥ずかしい思いもたくさんした。
 でも、それでも、必死に耐えて、生き抜いたら、助けてもらえた。
 もう名前も顔も覚えてない、自分を助けてくれた魔法少女には心から感謝している。

 その魔法少女に助けられた後は、千澄は愛媛県の伊予市にある『ひごろも』という児童養護施設に預けられた。

 最初の内は重度のPTSDに苛まれていた千澄だったが、心優しい職員達と友達の支えによって、徐々に回復していき、三年が経つ頃には、ほとんど完治したといっていい程の状態になっていた。


「独りになんてしないよ。ここは君の居場所で、私達は千澄ちゃんの家族だ。だから、全力で君を支える。何があっても君を守ってみせる」


「オレが傍にいてやるよ。つーか付き纏ってやるから覚悟しろ。安心しろよ。悲しむ暇も退屈する時間もやらねぇ。ずっと楽しませ続けてやるからさ。だから、どうか笑ってくれよ。千澄は、笑った顔が一番可愛いんだから」


「きっちゃんと一緒にいるとねぇ、それだけで楽しいし、にへらーって感じで笑顔になれるんだ~。何でだろ~? あっ、そっかぁ~、私がきっちゃんの事大好きだからだ~♪  私と出会ってくれて、お友達になってくれて、本当に、ありがとねぇ」


 その頃の千澄は、自分の事を世界一の幸せ者だと思っていた。
 一度は身も心も引き裂くような、底無しの不幸と苦痛に襲われた。
 けれども、それらを帳消しにしてもいいと思える程の幸せな思い出を、心の傷の痛みを掻き消す程の優しさと愛情を、『ひごろも』の先生は、友達は、千澄に与えてくれた。

 誰も、千澄を独りにはしなかった。
 いつか退園する時が来ても、彼ら彼女らと繋がっていたい。
 将来は『ひごろも』で働いて、先生や友達と同じように、傷付いた誰かを支えたい。

 いつまでも……いつまでも、このかけがえのない幸せな時間が続いてほしい。
 しかし、そんな、ささやかで優しい千澄の祈望きぼうは、『ひごろも』の誰もが失いたくないと思っていた幸福な日々は――


「――あなた達の血の花を、見せてくださいませ」


 千澄が十四歳の誕生日を迎える日の前日の夜に、理不尽な悪意によって、最悪の形で、跡形もなく壊されてしまった。

 食堂で夕食を食べ終わった後の事だった。
 その日の夕食は園長の得意料理のグラタンで、チーズが使われている料理が苦手な子どもでも、施設長のグラタンなら食べられるという子どもは少なくなかった。

 全員が順番に空になった食器を片付けている最中。
 千澄が食堂の奥にある台所のシンクに自分の皿を入れた時ーー


 ーー魔女は、何の前触れもなく、唐突に食堂の中央に現れた。


 黒を基調とし、所々に赤い薔薇の装飾が施された貴婦人のような衣装に身を包む、左目を同じく赤い薔薇を模した眼帯で覆った赤髪の女だった。
 同性の千澄でも、思わず胸がときめく程の美貌を持つ女が、その右手に黒い薔薇の形をした柄が特徴的な、柄頭から切先に至るまで漆黒の剣を握っている事に、全員が気付いた時には

「咲せ、死の名花めいか……」

 千澄を除いた、その場にいる全ての職員と児童は、瞬く間に、それぞれ少なくとも百と数十を超える数の肉塊に変えられていた。

「えっーー……?」

 何が起きたのか理解できなかった。
 あまりにも荒唐無稽で、残酷な、悪夢のような光景。
 悪夢としか、思えないような光景だったから、千澄は思わず疑い、そして、願った。

 ーー夢、ですよね? 夢、夢……夢だ……夢だろ? 夢だよな⁉︎ 夢であってくれ‼︎ 頼むからっっ‼︎

 だから、後退りながら瞬きをして、頬を千切れそうな程に引っ張りながら、閉じた右目の瞼を何度も引っ掻いた。
 そんな無意味な行動を十数秒もの間続けた後、千澄は、ようやく気付く。


 ーー自分がいるのは夢の中ではなく、悪夢にも勝る程に残酷で無慈悲な、最低最悪の現_の中であると。

 
 それに気付いた途端に、千澄の脳裏に駆け巡ったのは、『ひごろも』に来てからの、数々の思い出だった。


 初めて先生と友達と出会った日の事。


 両親を目の前で殺され、痛めつけられた時の記憶と感情を鮮明に思い出して眠れず、ひどい夜泣きをしていた時、先生や友達が傍で慰めてくれた時の事。


 小学校に通えるようになったものの、勉強に着いていけなかった千澄に、先生と先輩の子ども達が付きっきりで勉強を教えてくれて、テストで百点を取った時に喜ばれた事。


 運動会の駆けっこで毎年一位を取る度にヒロイン扱いされた事。


 誕生日の日には、皆が「おめでとう」と「生まれてきてくれてありがとう」と言ってくれて、色んなプレゼントをくれた事。


 それ以外にも、たくさんの、数えきれない程の温かくて幸せな思い出が一瞬で蘇ると共に、いつか思いを馳せた、『ひごろも』の皆で、今と変わらず仲良く幸せに暮らす未来が失われてしまった事実が、果てのない喪失の痛みが、千澄の心を深く抉り、そしてーー……


「うっ、うゔ……うっ‼︎ うぇえぇえぇ‼︎ えっ‼︎ ゔぇええぇっ‼︎ おぇええぇええぇええっっ‼︎」

 心に収まりきらなかった痛みは、身体に影響を及ぼした。
 千澄は盛大に嘔吐し、白みがかった黄色の吐瀉物を撒き散らしながら、その場に両手と両膝をついた。

「はぁ……はぁ……はっ、ゔぅ……うっ、うぇえぇえ‼︎ おぉ、うぇ……はっ、はっ、はぁ……うぅ、おぇえぇええぇ……‼︎」

 それからも、千澄はしばらくの間、瞳から大粒の涙を流しつつ、胃の中のもの全てを吐き出す勢いで、絶えず泡が破裂するような音を立てながら嘔吐し続けた。
 乳臭い臭いと酸っぱい臭いが混じった吐瀉物が、口元、両手、両膝、服を汚していくが、そんな事は、その時の千澄にとっては些事でしかなかった。


 死んだ。
全員死んだ。
 唐突に、不条理に、訳も分からなず、殺された。
 先生も、友達も、皆、皆、皆、皆、皆、皆殺された。
大好きだったのに、大切だったのに、離れたくなかったのに、失いたくなかったのに、ずっと一緒にいたかったのに。


 何故?
 何故? 何故? 何故? 何故? 何故?

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんーーーー…………

「ーー期待外れですね」

 声が、した。
 聞き覚えのない高い女の声。
 声がした方に千澄が顔を向けると、目の前に、千澄から大切なものを奪い去った魔女が立っていて、失望が宿る瞳で千澄を見下ろしていた。

「一瞥した所、あなただけが特別だと思って生かしたのですが、どうやら、そうでもなかったようですね……」

「な、に"を……」

「他の方と同じ、だったようで……とても残念です」

「無価値な、命ーー……?」







 魔女。
 それは、犯罪を犯し、他者を害した魔法少女の別名であり蔑称だ。
 悲劇の夜から一週間が経った頃、千澄は『ひごろも』に現れた魔女の名がサンクローズという事を知り、更にその数年後にその本名が■■■■である事を知った。

 サンクローズは戦後最悪の魔女にして殺人鬼だ。
 確定しているだけでも六百九十件の殺人と、三百十四件の自殺教唆に関与しているとされている本物の悪魔。
 
 殺された先生と友達の命を無価値と言われた後の事を、千澄はよく覚えていない。
 ただ、激しい憎悪で目の前が真っ赤になった事だけは覚えている。

 誰よりも強くて優しい、自分を暗闇から救い出してくれた、大好きな人達の命を無価値と言われた事が、千澄はどうしても許せなかった。
 だから、思わず飛びかかった気がしたのだが、その辺りの記憶は霞がかかったかのように曖昧だ。

 気付いた時には、千澄は切り刻まれていて、両手と両足を黒い剣に貫かれ、標本か何かのように床に縫い付けられていた。
 鮮血に塗れ、サンクローズが黒薔薇の鮮花を突き刺していった肉片に囲まれる中、意識が遠のき、死に向かっていた千澄を救ったのは、誰かの通報によって駆けつけた警官達だった。

 その後、長期入院する事になった千澄だったが、退院日の前日の夜に病院を脱走。
 それからしばらくの足取りは不明とされていたがーー……

「快楽に溺れて、苦痛に泣き叫ぶ貴女を見るのが、今からとても楽しみになってきたわ……そういえば、貴女の名前は?」

「……橘浦千澄」

「可愛い名前ね。短い付き合いだろうけど、これからよろしくね、千澄♡」

 その行方が分からないとされていた期間の間に、千澄はアイリスを召喚し、契約を結んだ。
 そして、破壊の魔法少女マーガレットが生まれた。







「その後、お前は見事魔女に、サンクローズに復讐する事ができた訳だ」

「そうですよ。その後は何とか奴を殺して、復讐を遂げる事ができました。その代わり、アイリスと話す事は、もう、できなくなっちゃいましたけど……」

 白髪の妖精――ベルグラス・フラルフィリア。愛称ベル。
 己を逮捕した妖精の警察官の言葉に千澄は頷き、復讐の為に払った重すぎる代償に関しても、消え入りそうな声で供述する。

 二人が現在いるのは、警視庁新宿警察署の二階に位置する、留置場の取り調べ室。
 調書を取るためのパソコンと、空になったハンバーガー、ラーメン、チキン、ケーキの出前の容器と、空になった数本のオランジーナのペットボトルが置かれた飾り気のない机。それと二つのパイプ椅子のみが置かれた灰色の部屋の中だ。

 千澄は現在取り調べを受けている最中であり、自身の生い立ちについての供述を行なっていた。
 その前には趣味や好きなものに関する事を聞かれていた。
 ベルは、怒鳴ったり、脅したりするといったような取り調べの方法は好まない。

 同情の余地のない凶悪犯以外の相手への取り調べを行う際は、まずは趣味嗜好の話を聞いて、そこそこ話題を盛り上げる事で、できる限り心を解きほぐす事を優先して行う。
 まだ人の心が残っている犯罪者相手ならば、その方が幾分か調書が取りやすくなるからだ。

「ところで、ベルにゃんさん」

「ベルにゃん……何だ?」

「朝ごはん食べさせてくれたのはありがたいんですけど、まだちょっとお腹空いてるので、おかわりか他の食べ物が食べたいです」

「は?」

「あっ、カツ丼‼︎ カツ丼食べたい‼︎ 取り調べってカツ丼出るって聞きますけど、あれ本当ですか? 本当なら仙台牛のヒレカツ乗ったカツ丼食べたいです‼︎ 是非お願いします‼︎」 

 数秒前とは打って変わって、はしゃぎながら厚かましい願いを口にする千澄。
 その内容と声量に頭を痛めながら、ベルは深く溜息を吐き

「調子に乗るな」

 千澄の頭を軽くチョップした。
 
「あいたっ」

「一応は犯罪者の身分だって事を忘れるなよ、お前……あー、最後の質問だ。お前は、どうして……どうして、まだ魔法少女を続けている?」

「どうして……?」

「魔法少女になった当初の目的であるサンクローズへの復讐を既に果たしたお前に、魔法少女としての活動を続ける理由はないように思える。それにも関わらず、未だに魔法少女として戦い続ける理由。お前の根底にあるものは、一体、何だ?」

 眠たげだった目を鋭く細めて、低い声で問いを投げかけるベル。
 己の内面を、正体を暴こうとするかのような視線と、静かな威圧感を向けられた千澄は、「うーん」と呻きながら天井を見上げ、それからベルの顔に視線を移すと、小さく息を吐いて、答えた。

「魔法少女として戦い続ける理由は、大好きな恋人の、アイリスの願いと、ボクの夢を叶える為。ボクの根底にあるものは、多分、色々あるんですけど……一番は、アイリスへの愛です」

「アスモデウスとは恋仲だったのか……願いと夢の内容は?」

「あー、アイリスの願いは……アイリスにだけ向けてた愛情を、他の人にも分けて、痛くて泣いてる誰かを助ける事。それと、たくさんの人と繋がって、夢を叶えて、幸せになってほしいって事です」

「とても、優しい願いだな……夢は?」

「あっ、えっ、と……」

 アイリスの願いに対する所感をしみじみとした様子で呟いてから、ベルは千澄に夢の内容について問うが、千澄は、その途端に顔を赤くして俯き、黙り込んでしまう。
 これまでの飄々とした態度から転じて、急にもじもじとし始めた千澄をベルは訝しがる。
 顔が赤くなるような、口に出しにくい夢とは一体何なのか、ベルが思考を巡らせ始めた時、千澄は「ボク……」と、切り出し、意を決して抱いてる夢の内容を語った。



「お嫁さんに、なりたいんです……」



「え?」

「お嫁さん、です……いつか、好きな人のお嫁さんになって、幸せな家庭を築きたい。それが、ボクの夢なんです……でも」

「でも?」

「お嫁さんになりたい。そう思う気持ちはあっても、アイリス以外に、好きな人ができる気がしないんです。だから、アイリスには申し訳ないですけど、きっと」



 ――ボクの夢の方は、叶いません。



 今にも泣き出しそうな、誰が見たって強がりと分かるような、そんな笑顔を浮かべながら、千澄は話を締め括った。
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