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第一章 祈望の芽吹き

第十四話 また、デートさせて

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 『Fancy honey』と同じく、竹下通りに位置する雑貨屋『シュガートップ』にて。
 ぬいぐるみ、煌びやかなアクセサリー、様々な菓子を始めとした、あらゆる女子の好きが詰まった店のチョコレートコーナーを物色していた千澄に

「ちーちゃん見て見て‼︎ 変な目覚まし時計見つけた‼︎」

 ジュギィは嬉々とした表情を浮かべて、デジタル時計の上に、筋肉質な両腕を持つ花のキャラクターがついた目覚まし時計を持ちながら駆け寄ってきた。

「うわっ‼︎ 何ですかこれ? 顔こわ……目ぇ血走ってるし血管浮き出てるし……絶対ぶん殴って起こしてくるタイプのやつじゃないですか」
 
「いや、スマホと接続して好きな曲を登録したら、その曲をこのお花さんが歌って起こしてくれるみたいだよ。あと、作詞作曲ツールと歌声合成ソフトも入ってるから、オリジナル曲を作って歌ってもらう事もできるみたい」

「パワー系の見た目してるけど、意外とアーティスト気質なんですね……」

 人と同じで花も見かけによらないという事だろうか。
 曲作りのノウハウが微塵もない千澄とジュギィが、作詞作曲ツールと歌声合成ソフトに触れる事は間違いなくないだろうが

「好きな曲で起こしてくれるってのはいいですね。普通の目覚ましで起きるよりも、スッキリ気分良く起きられそうです」

「だよね。見た目も面白いし、私達二人共朝弱いし、折角だし買っちゃう?」

「買っちゃいましょう‼︎ あ、あとっ、この三種のトリュフチョコの詰め合わせも買いたいんですけど、いいですか?」

「いいよー。帰ったら少し食べさせてくれると嬉しいな」

「もちろんです‼︎」

 そして、謎に曲作りに特化した目覚まし時計とトリュフチョコの他に、クッキーやキャンディも買った二人は、その後、代々木公園の付近に位置する猫カフェ『Cocoa』へと向かった。







「か、可愛い‼︎ 超可愛い‼︎」

 『Cocoa』店内。緑のクッションフロアが敷かれた猫の遊び場にて。
 膝の上に乗る数匹のコティッシュフォールドやマンチカンの子猫を見て、千澄とジュギィはその愛らしさを声を揃えて絶賛する。

「ニャー、ニャウ、ミャーウ」

「鳴き声も可愛い。可愛いすぎる。癒しだ……これは癒し、癒しそのものですよ……‼︎」

 膝の上で寝転がる子猫達が鳴いた途端に、千澄は口元を押さえて感動し、その様子を見ながらジュギィはおかしそうに笑う。

「ちーちゃん、ドラドラと同じ事言ってるし、同じ反応してる」

「え? ドラちゃんさんもここに来た事あるんですか?」

「うん。ドラドラってここの常連さんなんだよ。私も時々一緒に来てるけど、猫ちゃんと接している時は常に幸せそうに笑ってて、本当に可愛いんだよ」

「常に笑顔? 誰がです?」

「ドラドラが」

「嘘だ」

 ジュギィの言葉を千澄は真顔で否定する。
 とてもではないが信じられない。
 『祈望の花束』にやってきてから、ドラセナとは六日間の間顔を合わせているが、千澄は未だに無表情か仏頂面以外のドラセナの表情を見た事がない。
 そんな人物が満面の笑みを浮かべて猫と戯れるとは考えにくいが

「こんなに可愛い猫ちゃん達を前にして、笑顔でいるなって方が無理ですよね……あ~、全員連れて帰りてぇ……」

「ダメだよ?」

「ちゃんと育てるから」

「ダメだって」

「餌も掃除もおっぱいもどうにかするから‼︎」

「ダメだし無理でしょ⁉︎ 落ち着いて⁉︎」

 片手でそこそこの膨らみがある胸を持ち上げながらおかしな事を言う千澄に、ジュギィは冷静になるように呼びかける。

「やっぱり、ダメですか……ぐっ、うぅぅぅ……」

「そんなに気に入ってくれたんだね、この子達の事……あと少ししたら出ようかと思ってたけど、もう三十分くらい時間延ばす?」

「のばす」

 子猫の頭を撫でながら答えた千澄に、ジュギィは、「分かった。いいよ」と笑って頷いた。






「前までワンちゃんの方が好きだったんですけど、猫ちゃんもいいなって思ってきました……」

「へー、ちーちゃん、ワンちゃん好きだったんだ」  

「はい。昔よく通ってた駄菓子屋さんにあずきちゃんって名前の柴犬の赤ちゃんがいて、その子と遊んでるうちにワンちゃんが好きになりました。だから、将来飼うならワンちゃんにしようと思ってましたけど、迷ってきました……ジュギィさんは飼うならどっちがいいですか?」

「うーん、迷う、けど……ワンちゃんかなぁ……人懐っこくて素直なイメージあるし。でも、猫ちゃんも可愛いよね。自由奔放で面白いし。いっその事どっちも飼ってみたら?」

「んー……一旦よく考えてみます」

 最後の一秒まで悔いが残らないように猫達と遊び、猫達に癒された千澄とジュギィは、『Cocoa』から徒歩で約十五分の場所に位置するフルーツパーラー『ヴィヴィッド』のテラス席で、飼うなら犬と猫どちらにするかについて話していた。  

 『ヴィヴィッド』はショッピングモール『WITH YOYOGI』の四階にある、世界中の果物とそれらを使った料理を取り扱う原宿屈指の人気店だ。
 内装はダークブラウンを基調とした家具や、緑の観葉植物でコーディネートされたクラシカルなもので、テラス席からは原宿の街並みと豊かに生い茂る明治神宮の森を一望する事ができる。そんな店で二人が頼んだのは

「お待たせいたしました。季節のフルーツケーキのホールとイチゴパフェ、オレンジムース、フルーツクリームあんみつ、チョコバナナワッフルです」

「来たっっ‼︎」

「ありがとうございます」

 エプロンを身に着けた人間大の大きさの二足歩行のアライグマの店員が、両手に頼んだものを乗せた銀のトレイを持ってやってきたと同時に、千澄は嬉しさから思わず身を乗り出し、ジュギィは落ち着いた様子で店員に感謝を伝える。

 それから、店員が料理をテーブルに並べ、「ごゆっくりどうぞ」と言って店内に戻っていった後、二人は「いただきます」と言いながら顔の前で手を合わせた。

 生クリームの上にイチゴ、きんかん、キウイがいっぱいに並べられたフルーツケーキ。たくさんのイチゴとイチゴとミルクアイス、生クリームでできたオーソドックスなイチゴパフェ。オレンジのクラッシュゼリーが乗せられたムースが千澄の注文。

 角切りの寒天、あんこ、生クリーム、イチゴ、バナナから成るフルーツクリームあんみつと、チョコレートシロップと生クリームが塗られたワッフルにスライスされたバナナを飾り付けてできたチョコバナナワッフルがジュギィの注文だ。

 頼んだものが届いた瞬間、千澄はフォークを勢いよくフルーツケーキの真ん中に突き刺し、大量のフルーツとスポンジをすくい取った。そして、男子顔負けの一口でそれを一気に口に放り込み、直後

「んっ……‼︎」

 目を見開き、左手で頬を押さえる。
 そして、ゆっくりと咀嚼し、味わってから飲み込んだ後

「すっっっごい美味しい‼︎」

 ケーキの味に対するシンプルな感想を叫んだ。
 瑞々しい旬の果物の酸味と、濃厚でとろけるような甘さの生クリーム、しっかりと焼き上げられたふわふわのスポンジ。
 一つ一つのレベルが非常に高く、それらの風味が完璧にマッチしている。

 フルーツケーキの味は素晴らしいとしか言いようがない。
 ならば、イチゴパフェとオレンジムースはどうなのかと、期待に胸を膨らませながら、千澄はそれらも一口ずつ口にして

「ん~~っっ‼︎ どっちも美味しい‼︎」

 期待以上の味に、舌鼓を打つ。  

 イチゴパフェに使われているイチゴは、フルーツケーキに使われている酸味が強いものではなく、甘さが強い品種で、生クリームと共に口に含むとより甘さが引き立つ。

 オレンジムースは二つに比べれば甘さは控えめだが、その分オレンジのさっぱりとした風味が存分に活かされていて、後味もすっきりしている。
 
 人気店の名に恥じない一級品の味。それを舌と心で堪能し、思わず笑顔になる千澄を見て、ジュギィも自然と笑みを浮かべる。

「喜んでくれてよかった。どれが一番好き?」

「どれ、ですか……ん~……ん~……どれも好き‼︎ です」

「そっかぁ。私のクリームあんみつとチョコバナナワッフル一口あげるから、ケーキ一口もらってもいい?」

「いいですよ。あっ、そうだ。これ食べ終わったら、次はどこ行くんですか?」

「んー、次はねぇ……」






 それから、千澄とジュギィは陶芸教室で素焼きの器にそれぞれハートとウサギ、星やダイヤモンドの絵を描いたり、脱出ゲームに挑戦したり、カラオケで好きなアニメの曲や流行りの曲を歌ったり、映画館で面白そうな映画を見たりして、夜中になるまで遊び尽くした。

「いやー、映画、迫力あって面白かったね」

「ですねー。最終決戦の時に主人公の魔法少女がスカイツリーのてっぺんから飛び降りて登場するシーンとか思わずテンション上がっちゃいました」

「分かる‼︎ あそこかっこよかったよね。その後のラスボスとの戦いも手に汗握ったし」

「実写映画であれだけの迫力が出せるの凄いですよね。あー、思い出してる内にもう一度見たくなってきました」

「ブルーレイ出たら買おっか」

「買いましょう」

 映画館を出た二人は、原宿駅へと向かうために近くのショッピングモールの前を歩きながら、映画の感想について話し合っていた。
 二人が見たのは現在話題の魔法少女が主役の実写映画で、大まかなストーリーは魔女に支配された日本を取り戻す為に、主役と異種族の仲間が戦うというもの。
 重厚かつスピード感のあるアクションが売りの作品で、千澄の中で印象に残ったシーンもそういったシーンばかりだったが

「ジュギィさんはどのシーンが印象に残りました?」

「んー、私は主人公の娘の家族団欒のシーンと、学校の友達と遊ぶシーンかな」

「どっちも割と序盤のシーンですよね。アクションシーンは印象に残らなかったんですか?」

「アクションも全部凄いなって思ったけど、歳を取ってからはああいう何気ないけど温かい日常のシーンが心に来るようになったんだよね」

「歳を取ってからって……ジュギィさん一体いくつなんですか?」

「んー、かな」

「は?」

 何気ない調子でジュギィが明かした年齢を聞いて、千澄は思わず愕然とする。
 今、何と、何歳といった?

「もう一回言ってもらえます?」

「九十九歳」

 聞き間違いを疑って問い返した千澄に、ジュギィは再度冗談みたいな年齢を口にする。
 それを聞いた千澄は、今日一番の衝撃に打たれながら、ジュギィの身体を頭の先から爪先まで見つめる。

 ジュギィの外見年齢は二十代前半程度。とても九十九歳には見えない。
 外見年齢と実年齢のギャップがあまりに激しすぎる。最近のアンチエイジングはここまで若く見せる事ができるのか――などと考えていた千澄だったが、思考を巡らせている途中で、はっとある事を思い出した。

 ――そういえば、妖精は二十歳を過ぎると肉体の老いが極端に遅くなるって、種族学の勉強の時にアイリスが言ってましたね。それに、確か


『ジュギィのパートナーだった魔法少女は空襲で焼け死んだ』


 ――空襲があったのは一九四四年から一九四五年……その年にパートナーの魔法少女の人がいたなら、それ位の歳でもおかしくはないですね……

 アイリスとドラセナから聞いた事を思い返し、ジュギィの年齢がおかしなものではない事を確認しつつ、千澄は胸を痛める。
 すると、ジュギィは隣で歩く千澄の横顔を見つめて、笑いながら「ちーちゃん」と呼びかけ
 
「ありがとうね」

 唐突に感謝を告げた。

「え?」

「一緒にデートしてくれて。今日ね、ちーちゃんのお陰ですっごく楽しかったんだ。ちーちゃんと色んな所で遊べて、本当によかった」

 今日の事を一つ一つ思い出しながら、噛み締めるようにそう口にするジュギィは心から嬉しそうで、千澄を見つめる瞳には深い親愛の情が宿っていた。
 その声で、眼差しで、自分と遊んだ事への喜びを伝えられた千澄の胸に、倍以上の喜びと温もりが広がる。そして

「ちーちゃんとはこれからも一緒にいたいし、もっともっとたくさんの場所に行きたいからさ、だから、また、デートしてくれる?」

 同じ気持ちが芽生える。
 首を傾けながらジュギィが投げかけてきた問い。
 それに対する千澄の答えは決まっていた。

「こちらからもお願いします。また、デートさせてください。ボクも……ボクもっ‼︎ 今日一日、ジュギィさんのお陰で楽しかったです……‼︎」

 今日が楽しかったのは、ジュギィが色んな所に連れていってくれて、色んなものを見せてくれて、優しく気遣ってくれたからだ。

 ジュギィとなら、きっと、間違いなく、次のデートも楽しいものになる。いや、今回楽しませてくれた分、今度は自分がジュギィを楽しませたい。
 そんな事を考えながら千澄が返した答えを聞いたジュギィは、「そっか」と穏やかに微笑んで

「ちーちゃんも楽しんでくれててよかった。次のデートもよろしくね」
 
「はいっ‼︎」

 それから、千澄とジュギィはひとしきり笑い合った後、今日一番楽しかった事は何か、次にデートするならどこに行きたいかを話しながら駅へ向かっていき、家へと帰っていった。







 翌日。三月十六日の午前八時半。
『祈望の花束』の事務所の休憩室にて。
 ドラセナは自分のデスクのパソコンからYouTubeを開き、猫の動画を見ている合間に流れてきた、小さな猫のキャラクターがスイーツを作るアプリの広告動画を視聴していた。

 動画内では小さな猫のキャラクターが自分の身長と同じ大きさの包丁を使ってイチゴを切ったり、ミキサーで生クリームを混ぜたりして、一生懸命ケーキを作ろうとしていて、それを眺めるドラセナの顔には慈愛の笑みが浮かんでいる。

「可愛い……あっ、終わった……あっ、可愛」

 広告の動画が消えた事を一瞬嘆くも、その直後におくるみに包まれる猫が映し出され、笑顔を取り戻したーーその時

「おはようございまーす」

「おはよー」

 入口の方から千澄とジュギィの声が聞こえてきた。
 その瞬間、ドラセナはパソコンの電源を切って表情を消し、立ち上がって二人の元へと向かった。

「おぉ、おは……ん? 千澄、お前、昨日買った服は来てこなかったのか?」

 二人の姿を目にし、挨拶を返そうとしたドラセナだったが、途中で止めて、千澄に問いを投げかける。
 千澄の現在の服装はオレンジと黒のジャケット、黒のノースリーブシャツ、青のクロップドパンツという、以前までと変わらないもの。

 千澄が寝静まった後にジュギィが送ってきたメールから、ドラセナは二人が何をしたのか、千澄の様子はどうだったのか、ジュギィがどれだけ楽しめたのかを全て把握しており、『Fancy honey』でゆめかわ系の服を買い漁った事も当然知っている。

 だからこそ、千澄の格好について疑問を抱き、それについて問いかけのだが、その途端に、千澄もジュギィも「えっと……」と、気まずそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべて

「昨日買った白とピンクのゴスロリワンピースを着て外に出た瞬間、盛大に転んで服を汚しちゃって……昨日買ったものを外で着るのが恐くなって……」

「そもそも、うちって猫を探したり、悪い人達と戦ったりで、動き回ったり汚れたりするから、フリルが多かったり、ゆったりしてるものが多いゆめかわ系の服は、普段の業務に向いていない事に後から気付いたんだよね……」

 小さな声で、かつ早口でそう言った。
 二人の答えを聞いたドラセナは、額を押さえながら深く息を吐き

「アホ……」
 
 呆れ半分、気の毒に思う気持ち半分でそう呟いた。



 結局、『Fancy honey』で買ったゆめかわ系の服は、その後部屋着として使われる事となった。
 
  
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