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3、織田信長
小話 真夏に潜む危険
しおりを挟む「……いっそのこと川に飛び込みたい」
「この近くにはないぞ。まあ、気持ちはわかる」
じりじりと太陽が地面を焦がしている。
空気そのものが光って見えるほどの真夏の昼下がり。
真人と鉄は屋敷の廊下を歩いていた。熱気が板間にまでこもって、足の裏からも汗がにじむ。
そんな中、庭の方でコソコソと動く影が二つ。
「何やってるんだ、あいつら。こんな暑い時間に」
「さあ? どうせ勉強をさぼっているんじゃないの」
暑さで頭の回らない中、鉄の淡々とした声に真人も適当に答える。
視線の先では、重孝と二郎丸がまるで盗人のように物陰から物陰へと移動していた。
しかも二人とも、頭と口元を布でぐるぐる巻き。
暑さで頭がおかしくなったのかと心配になるレベルだ。
普段は真面目に武士としての教育に取り組む二郎丸も、たまに我慢していたものが一気に爆発することがある。
この前も真人が算学を教えている途中に途中で敏之の部屋に資料を借りて戻ってくると、もぬけの殻だった時もあった。
周りをきょろきょろと見廻し、抜き足差し足忍び足。
さながら盗人のようである。
あんなに出会った時はプライドの高かった重孝が……とちょっと笑いそうになりながら見ていると、二郎丸が真人達に気がついた。
「あ、真人と鉄」
「しっ! 二郎丸、黙れって!」
しいっ! と人差し指を口に当てて重孝が二郎丸の背中を叩く。
すると目だけハッとしてすぐにまた前を向いて進もうとする。
その仕草が本気で忍んでるつもりらしく、逆に堂々としていて笑いそうになる。
真人と鉄は視線を交わし、こっそり庭に降りた。
鉄が素早く距離を詰め、重孝の肩を軽く叩くと大袈裟な程びくっと体を震わせてから勢いよく振り向いた。
「今は忍者ごっこ中だから話しかけたら駄目なんだ!」
「忍者ごっこ? なんだそれ。見つかったから終わりじゃないの?」
「真人と鉄はいいんだ。だって鉄は本当の忍びだし、真人がこれ教えたんだから!」
この言葉を聞いて思い出した。
あーあー、あったわそんな事も。
暇だ暇だってうるさいから物語で聞くような忍者を話して聴かせたんだよな。
「忍者っていうのはな」と、池に潜って筒で息をしたり、景色と同じ柄の布で体を隠したり――そんなことを話したんだった。
忍者ごっこでもすれば? って言ったけど、あれを真に受けていたのか。
しかも、この炎天下で。
でも話し終えた際の顔は目がきらきらというよりギランギランって輝いていた気がする。まあ、男ならそういうのに憧れるし、かっこいいって思うのはわかる。
俺が回想している間に簡単な話を聞いた鉄はなんとも言えない表情でこっちを見てくる。なんだその呆れた眼差しは。
「どろんって……妖術か?」
「そういう事だから、あっち行ってて!」
結局、子供二人にぐいぐいと背中を押されて庭から追い出される。
……そんな暑い中、よくやるよ。
そのまま小さな不審人物を眺めてから、井戸の方へ向かう。
頭から水をぶっかけたい欲に駆られながら背を向けた。
──「忍法・隠れ身の術! どろん!」
──「手はこうだぞ! 忍法・隠れ身の術! どろん!」
後ろから響く元気な声と、横から突き刺さる鉄の「何を教えたんだ……」という視線。
どちらも聞こえなかったことにした。
そして、その日の夕食
「おい、真人。食べ方が汚い。口から米が落ちたぞ」
「て、鉄だって肩がぶるぶる震えて汁物こぼしてるじゃん。敏之を見習いなよ」
真人と鉄のいつものやり取り。敏之は苦笑しつつも一応は上品に食べている。
問題は向かい側。ぶすっとした顔で箸を動かす二郎丸と重孝だ。
「ほら、二郎丸と重孝も。せっかくの食事の時間にそんな顔をするなって」
ぶすっとふてくされている奴等にもできるだけ優しい声をかけた。
だが二人は黙ったまま。
しかしその二人の方へ顔は向けない。
行儀良く真正面……どちらかというと反対側を向きながら話しかけた。
「ねえ、何があったの?」
とうとう、食べていたお椀を置いて敏之が口を開いた。
その瞬間、俺と鉄は堪えきれず吹き出した。
軽い呼吸困難に陥りながら床をバンバンと叩く。
涙目で鉄を見るとむせて今度は胸を叩き出していた。
「ゴフッ、クク、そらこんな暑い日の昼間にずっと外にいたら日に焼けるだろ」
「何時間いたんだよ二人とも」
「それにしてもこれは……。じ、二郎丸の顔を父上が見たら……」
敏之も俺達につられたのか、それとも耐えているのが限界だったのか。
話しながらも声に力がない上に、閉じた口から空気が漏れた。
弟を笑うのは悪いと思っているらしいが、とても隠せているとは言い難い。
頭と口元を布で覆っていたせいで、焼けていない部分と焼けた部分がくっきり。
目の周りから鼻にかけて真っ黒、頬と顎は真っ白。まるで仮面をつけているみたいだ。
目の前の光景が、もう、耐えられなかった。
二郎丸も重孝も、顔が――見事に“狸”。
「楽しかったか? ブフッ、忍者ごっこは? あっはっはっは!」
もう我慢なんてせずに笑い転げながら指をさし、傑作だ、狸がいる、と涙を流しながら笑い転げる真人。
しかしどう見ても狸にしか見えないのだ。
目元が黒くて他は普通。鼻の頭も日焼けして尚更だ。
ひぃひぃ言ってからようやく落ち着いて、ご飯を再開しよう。
目を閉じて深呼吸してからご飯に向き直る。
さて、鉄は置いといて自分だけでも食べなければ。
朝は寝起きから襲いかかる暑さで食欲が沸かなかったのだ。
「あ、二郎丸……」
敏之が何か話しているが、謝っているのだろうか。
ではでは、楽しみにしていた焼き鳥を……と。
味付けを想像しながら下ろした箸は、カツンと皿に当たって止まった。
無感情で皿の上を凝視する。
目を閉じた一瞬、いや三秒程の間にメインのおかずが消えていた。
皿にはタレの跡だけ。
そして左隣にいる敏之の腕が少しだけ伸ばされている。
お前か! と首をぐりんっと回すと眉を下げて「ごめん」と謝られた。
「ちょ、なんで食べ…………!」
「ごめん、間に合わなかった」
「へ?」
何が間に合わなかったんだ。と首をかしげる間にも、右隣からもしゃもしゃと音がする。
視線をずらすと、二郎丸が無言で焼き鳥を頬張っていた。
しかも、真人を睨みながら。
怒りマークを額に貼り付けたら似合いそうだ。
敏之から目を外し、焼き鳥があったはずの皿を見る。
その後発見した、点々と皿から床、床から禅へと焼き鳥にかかっていたタレに沿って視線を上げる。
「お前……それ俺の――!」
「どちらにしろ、限度を超えると損をするってことだな」
しれっと一言。
いつの間にか元に戻った鉄が見せつけるように焼き鳥を掲げ、うまいっと幸せそうな表情をつくる。
敏之の憐むような視線を受けながら、真人は残ったご飯だけを大事に食べるしか残された道はなかった。
…翌日。
屋敷の家臣たちは、なぜか皆が妙に姿勢よく歩いていた。
やってきた商人が言うには、「斎賀の武士は皆、胸を張って歩く」と評判だったそうだ。
けれどそれも夏が終わるまでの話。
それを風の噂で聞いたある忍びは、城にその噂を持ち帰り散々笑い転げたという話だ。
人は失敗から学び、成長する。
しかしだ。
真人は、たとえメインディッシュを奪われても、後悔なんてしていない。
「あの狸顔を笑ったのを後悔なんぞしていない!」
「あー! また言った!」
「やっちまえ、二郎丸!」
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