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3、織田信長
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また宿の夫婦とお兄さんに弥吉と吉助を預け、屋敷までの道を歩く。いいかげん何かお礼をしないと。そして話題はもっぱら、あの人のことだ。
「彦助さん来なくなっちゃったなぁ。常連さんだったのに」
「まあ普通の奴なら関わりたくないだろ。信長と一触即発な場面に居合わせちまったんだから」
「ほんと悪いことしたよな。ただチャーハンを作りに行ったはずがあんなことになっちゃって。あれから一度も会ってないよ」
「あいつがびびりすぎなんだ。忍びってだけで今にも殺されるみたいな顔してよ。信長と会う羽目になった元凶なんだから、俺達は少しくらい怒っていてもいいくらいだ」
「まあまあ、知らなかったんだから仕方ないでしょ。忍びってだけであんな反応されるのには驚いたけど、別に差別してるわけでもないんだし」
「いや、そうでもない。前に忍びで最も重要なことは、敵を殺すことでもなく仕えてる主に情報を渡すことだって言ったよな? たまに戦闘にも駆り出されるがほとんどは情報収集だ」
「ああ、そういえば」
「で、だ。元々忍びは鎌倉時代に荘園制の支配に対抗した奴だって言われてるんだ。その時、抵抗してた人を悪党って言っていた。その時の権力者や制度に反対してたやつの呼び方だったのに、いつのまにかそのままの意味で悪者って考えるのが出て来たんだよ」
「あ、だからあまりいいイメージが持たれてないのか。偏見だよな。
「それが全部じゃないけどな。でもこの話も忍びの起源すら本当かはわからないぞ。俺だって村にいた頃少し聞きかじっただけだし。けど、そんなむやみに殺すわけでもないのに、あの反応はこう、いらっときたな」
「ふうん、昔と今じゃ違うんだ。あ、でも俺は忍者好きだよ。だってかっこいいし!」
現代じゃ忍者って、ゆかりのあるところが観光地になってたり外国人向けのツアーまである。しかも俺、からくり屋敷にはまって旅行に行った時に一日目と三日目で二回も体験したことあるわ。
「なつかしいなぁ、俺、手裏剣が半端なく下手くそだったんだよ。あれさ、狙ったところじゃなくて必ずずれるよな。右に曲がったから少し左を狙ったら今度は左に行きすぎたり。どうなってるんだか」
実用的じゃない、と出来ない理由を手裏剣に押しつけて文句を言っていると鉄が少し目を見開いた。
「真人、お前手裏剣を投げたことあるのか」
「え? ああ、遊びだよ遊び。少し体験しただけ」
本物を使える訳ないだろ、と鉄の背中をバシバシと叩く。なのに文句も言わず黙ってしまったので、しかたなくそのまま無言で屋敷まで歩き続けた。俺一人で喋ってるなんて虚しいじゃんか。全く、気まぐれ過ぎて猫みたいだよな、鉄って。自由人だし。
今回は彦助さんがいないけど、二人だけでもすんなり中に通してもらえた。小姓さんが声をかけてから部屋に入ると、信長が一人で座っていた。
「ふんっ、来たか二人共。逃げ出すと思ってたわ」
「監視をつけといてよく言うな」
「くくっ。聞いてるぞ、貴様等の話を聞いていた童が直接言いに来たそうじゃないか。久しぶりにあんなに笑わせてもらったぞ」
鉄の嫌みなんて意に返さず、楽しそうに笑っている。信長は「童がいるときに話したのが悪い」と言って馬鹿にしたようにまた鼻を鳴らした。
「して、今日呼び出したのは貴様等を笑うためでもない。本題は、この前の呼び出しでも伝えたことだ。反抗してるやつらがいるが、懲りずに何度でもやってくる。少ないが兵も貸すからそれを鎮圧して来い」
「兵は何人だ?」
「ざっと五十人ほどだ。どの家臣も行きたがらなかったから武将はいない。相手は百姓だ、後は貴様等で考えて指揮なり何なりやれ」
制圧とか鎮圧って言葉を使うから一体どんな人達かと思ったら百姓の人達か。兵を貸してくれるなら意外と大丈夫かも。先生は一揆は武器を使って反抗してくるから厄介だったって言ってたけど、鉄もいるし兵士さんいるなら安心だ。指揮は鉄に任せよう。
「意外と簡単そうで良かったな、鉄。兵士の人まで貸してくれるなんてさ。あ、まとめるのは任すからよろしく」
「了承したな。ならば明日すぐに出発しろ。兵は明日の朝に門で集合させる。貴様等も準備をしておけ」
それだけ言うとにやりと笑って、信長は部屋を出て行ってしまった。兵まで貸すのに用件だけ伝えてさっさと何処かへ行ってしまうのは、忙しいからなのか、それとも俺達にあまり期待していないからなのか。
「なあ、とりあえず宿に戻って準備しよう」
信長がどう思っていようとも、明日から兵を引き連れて行かねばならないのだ。ぐずぐずしている暇はない。床に手をつき「よっこらせ」と声を出しながらおじさんくさく立ち上がった。障子に手をかけた所で後ろを振り返る。
「……鉄? どうしたんだよ。行かないのか?」
部屋から出ようとして、鉄が座ったままなのに気がついた。早く帰って準備もしたいのに動こうとしない。
「真人、もしかしたら俺達は思い違いをしていたのかもしれない」
「なに。どういうこと?」
今更思い違いって何だよ。さっきの話で変な所なんてあったか? 相手は百姓だし、兵も借りられる。ちゃんとした指揮する人が居ないのは痛いけど鉄がなんとかするだろ。
「信長に働けって言われた時、俺はあり得ないが昔のことは根に持たれてないと思っていた。正直、牢ならまだしも首を切られるって覚悟していたからな」
「そりゃ裏切った相手が目の前にいたら怒りもするよ。手間も増えたみたいだし。でも、それは俺達がこの問題を解決することで許してもらえるっていう話になったよな。何が問題なんだ?」
いまいち鉄の言いたいことがわからなくて問いかける。その時、冷や汗の浮かぶ横顔が見えた。
「百姓が反抗することはたまにある。中には規模の小さいやつもあるし、すぐに武力とかで制圧できるのも本当だ。でもな……例えたったの五十人しかいなくても織田の兵だぞ? それを敵かもわからないような俺達に普通預けるか? しかもだ、武将が来たがらないのもおかしい。簡単なら手柄を立てたがる奴は大勢いる」
「つまり……?」
「俺達は捨て駒、よくて使い捨てできる手駒だ。もし上手くいったら得したくらいの気持ちでしかないんだろう。これは明日の兵も期待できそうにないぞ」
「いやいや、捨て駒と使い捨ての手駒って同じだから! それに、兵を預けても俺達がその人達を使って自分を襲撃するかもって考えるはずだ。捨て駒扱いなら兵の損失にもなるし、それはないんじゃない?」
「ああ、だからこそ"俺達に預けても問題ない兵士"が来るはずだ。くそっ、すっぽかしてやろるか」
ダンッと鉄が怒りをぶつけるかのように畳を殴りつけた。そのとき、急に俺の二回り以上大きい影が俺の影の上から出できて、足元が暗くなった。
「お主等、明日の準備はもう済ませたのか? そんな所に居座っても良い案は浮かばぬであろう」
低い声がこの場に響き、のしのしと床を鳴らして俺の前まで来た。どっしりとした体で少し見上げてしまうほどだ。
「兵を率いるなんぞ初めての事だろうが心配はない! あれでも織田の兵だからな!」
がっはっはっと一人愉快そうに笑っている。豪快な声を上げている顔を見て、ふと既視感が湧いてきた。あれ、この髭面見たことがある気がする。確か広間に連れて来られた時に俺の事を尋問(拷問)するって名乗りをあげてた人じゃあ……。
ここまで思い出して、一気に体感温度下がった気がする。自分のこと勝家って言ってたのを聞いて「え? 本物!?」ってちょっぴりミーハー気分になってたら近くにいた武将の人が物騒なこと言い始めてたし。今会いたくない人ランキングに見事ランクイン中の人物だ。
「あのぅ、何でここに?」
「なに、通りがかっただけだ。外れくじを引かされてどんな顔をしてるかと思えば、全然大した事ないじゃないか。つまらん!」
知らないだろうけど、さっきまで鉄は畳を殴ってましたよ。というか、聞いた感じでは完全にからかいにきただけのようだ。そしてあの有名武将をギロっと睨んで声を上げたのが、怖いもの知らずの鉄。
「おい、外れくじってどういう事だ。説明しろ」
「て、鉄、言葉! 無礼だって」
「よい。端から期待などしておらぬ。内心と言動が合っていない奴よりよっぽど小気味良いわ。しかし、あの荒くれ百姓共を相手にするのは外れくじという他はないだろう。殿から何も伝えられてないのか?」
「荒くれ百姓……」
俺の場合、百姓というとお爺ちゃんやお婆ちゃんのような気の良い人達しか思い浮かばない。俺がおじゃましてた村はのどかで、贅沢は出来ないけど皆が穏やかに暮らしていた。
若い働き手も田舎の農家という雰囲気が強くて、荒くれという言葉が似ても似つかないような人達だった。一揆を起こす力があるなら仕事を手伝えって言われそうな所。
「あやつらは百姓のくせして、田畑を耕すどころか武器を持ってやってくる。其方なんぞは一瞬で一捻りされるのではないか?」
バンバンと肩に衝撃が走る。そんな笑いながら肩を叩かれても頷けるような内容じゃない。なんだよ、荒くれ百姓って。くわを持って追いかけてくるのか? どんなホラーだ。
「まあ今更後悔しても遅い。兵はしっかり選んで置くからな!」
がっはっはっと再度豪快に笑いながら去っていく。つい返事もせず、うろんげな視線で見送ってしまった。一体どんな兵が集められるのか今から楽しみだ。
…………鉄じゃないけど明日すっぽかしてやりたい。
「鉄。俺達さ、なんで織田領まで来たんだっけ」
「八津左の奴らから逃げるためだろ」
「重孝もおじさんの所に預けたし、ここまでくる必要あったか?」
「…………さあ?」
「なんかもうさ……。何処にいても変わらなくね?」
「そうだな」
いつの間にか立ち上がっていた鉄が部屋から出た。歩くのも面倒くさい気がして二人して呆けたように空を見つめる。
「敏之は怪我大丈夫なのかな。斎賀に戻りたい」
「奇遇だな。俺もだ」
何処に行っても問題が起きるなら斎賀に居たいよな。皆が居れば何とかなる気がする。
体感的にもう何ヶ月も会っていない感覚だ。まだ一月も経っていないのに。くそっ、これも八津左の奴らめ!
無気力状態から一転して怒りが湧く。その勢いに乗ってずんずんと宿へ帰っていった。
「いやぁ、いつ来てもここは良い茶器が揃ってるなあ」
「そうかい? 褒めたって安くはしないぞ?」
「そりゃまいった!」
わっはっはと二人の男が声を合わせて笑う。しかし商人風の男には覇気がない。それを見て、職人が「どうした?」と心配そうに尋ねた。
「いや今日こっちに着いたばかりなんだが、ついこの間まで織田領に居たんだ」
「ほう、織田に。それがどうかしたのか?」
「そこでうまい飯を作る若いのが居てな、信長様に話したら連れてこいと言われて屋敷に連れて行ったんだ。そしたら、その二人がとんでもない男だったみたいで」
「おお、どんな風にだ?」
「一人は愛想が無い奴だったんだが、これが曲者で。前に信長様に仕えていたが二重の間者だったらしい。しかもどっちも裏切っていた厄介者の忍びだ」
「うへえ。忍びか。それでもう一人は?」
「ああ、そいつは気のいい奴だったんだが……。お前さん、ちいずって知っているか?」
「ちいず? なんだそれ?」
「だよな。俺も知らない。だが、そいつはただの飯売りのはずなのに"ちいず"を知っていて、信長様も知らなかった調理法で料理をお出ししたんだ! どう考えても普通じゃない!」
「忍びと誰も知らないことを知っている男……。そいつら、どこかの間者だったんじゃないのかい?」
「違いない。毒気の抜かれる顔に危うく騙されかけた」
「居合わせるなんて災難だったな。でも大丈夫だ。斎賀はそんなことないからよ」
「ふう。話したら少し落ち着いたよ。あの後すぐにここに向かったから誰にも話せなくてな」
「そうかい。あんたはお得意様だし俺でいいならいつでも相談に乗るからな」
「ありがたい」
一息ついたところで、入り口に三つの人影が現れた。そのうちの二つは子供のようだ。
「すいません、おじさん居ますか?」
「おうよ! ちょっと待ってくれ」
「はーい」
返事をしたのはいいが、入ってこない。客じゃないのか? 不思議に思った商人が職人に尋ねる。
「客か? 入ってこないようだが」
「ああ、あの子らは客じゃない。俺の元に知り合いの便りが来てないか確かめに来てるだけだ」
「直接届ければいいのに。わざわざここに来るのか?」
「色々あってあの子等のいる場所には届けられないらしい。最後に来たのが俺の所だから、何か来ていないかたまに来るんだ。まあ便りなんぞないから、今どうしているのかわからないけどな」
「友達か? ここまで来るなんて仲がいいな。そういえば、鉄は家来って言ってたな。……今思い出したんだが、あの忍び、俺から見て友達だと思っていたのに飯売りの家来だと豪語してたんだ。一体、本当は何処の誰なのかだけは知りたかった。教えてくれた名前も本当かどうか」
「家来? どこかのお武家様の子か? どういう名前だったんだい?」
話の流れで職人が名前を聞く。その質問に、商人はあの能天気な顔を思い浮かべて名前を口にした。
「そいつな、俺には真人って名乗ってたんだ。聞いたことあるかい?」
「彦助さん来なくなっちゃったなぁ。常連さんだったのに」
「まあ普通の奴なら関わりたくないだろ。信長と一触即発な場面に居合わせちまったんだから」
「ほんと悪いことしたよな。ただチャーハンを作りに行ったはずがあんなことになっちゃって。あれから一度も会ってないよ」
「あいつがびびりすぎなんだ。忍びってだけで今にも殺されるみたいな顔してよ。信長と会う羽目になった元凶なんだから、俺達は少しくらい怒っていてもいいくらいだ」
「まあまあ、知らなかったんだから仕方ないでしょ。忍びってだけであんな反応されるのには驚いたけど、別に差別してるわけでもないんだし」
「いや、そうでもない。前に忍びで最も重要なことは、敵を殺すことでもなく仕えてる主に情報を渡すことだって言ったよな? たまに戦闘にも駆り出されるがほとんどは情報収集だ」
「ああ、そういえば」
「で、だ。元々忍びは鎌倉時代に荘園制の支配に対抗した奴だって言われてるんだ。その時、抵抗してた人を悪党って言っていた。その時の権力者や制度に反対してたやつの呼び方だったのに、いつのまにかそのままの意味で悪者って考えるのが出て来たんだよ」
「あ、だからあまりいいイメージが持たれてないのか。偏見だよな。
「それが全部じゃないけどな。でもこの話も忍びの起源すら本当かはわからないぞ。俺だって村にいた頃少し聞きかじっただけだし。けど、そんなむやみに殺すわけでもないのに、あの反応はこう、いらっときたな」
「ふうん、昔と今じゃ違うんだ。あ、でも俺は忍者好きだよ。だってかっこいいし!」
現代じゃ忍者って、ゆかりのあるところが観光地になってたり外国人向けのツアーまである。しかも俺、からくり屋敷にはまって旅行に行った時に一日目と三日目で二回も体験したことあるわ。
「なつかしいなぁ、俺、手裏剣が半端なく下手くそだったんだよ。あれさ、狙ったところじゃなくて必ずずれるよな。右に曲がったから少し左を狙ったら今度は左に行きすぎたり。どうなってるんだか」
実用的じゃない、と出来ない理由を手裏剣に押しつけて文句を言っていると鉄が少し目を見開いた。
「真人、お前手裏剣を投げたことあるのか」
「え? ああ、遊びだよ遊び。少し体験しただけ」
本物を使える訳ないだろ、と鉄の背中をバシバシと叩く。なのに文句も言わず黙ってしまったので、しかたなくそのまま無言で屋敷まで歩き続けた。俺一人で喋ってるなんて虚しいじゃんか。全く、気まぐれ過ぎて猫みたいだよな、鉄って。自由人だし。
今回は彦助さんがいないけど、二人だけでもすんなり中に通してもらえた。小姓さんが声をかけてから部屋に入ると、信長が一人で座っていた。
「ふんっ、来たか二人共。逃げ出すと思ってたわ」
「監視をつけといてよく言うな」
「くくっ。聞いてるぞ、貴様等の話を聞いていた童が直接言いに来たそうじゃないか。久しぶりにあんなに笑わせてもらったぞ」
鉄の嫌みなんて意に返さず、楽しそうに笑っている。信長は「童がいるときに話したのが悪い」と言って馬鹿にしたようにまた鼻を鳴らした。
「して、今日呼び出したのは貴様等を笑うためでもない。本題は、この前の呼び出しでも伝えたことだ。反抗してるやつらがいるが、懲りずに何度でもやってくる。少ないが兵も貸すからそれを鎮圧して来い」
「兵は何人だ?」
「ざっと五十人ほどだ。どの家臣も行きたがらなかったから武将はいない。相手は百姓だ、後は貴様等で考えて指揮なり何なりやれ」
制圧とか鎮圧って言葉を使うから一体どんな人達かと思ったら百姓の人達か。兵を貸してくれるなら意外と大丈夫かも。先生は一揆は武器を使って反抗してくるから厄介だったって言ってたけど、鉄もいるし兵士さんいるなら安心だ。指揮は鉄に任せよう。
「意外と簡単そうで良かったな、鉄。兵士の人まで貸してくれるなんてさ。あ、まとめるのは任すからよろしく」
「了承したな。ならば明日すぐに出発しろ。兵は明日の朝に門で集合させる。貴様等も準備をしておけ」
それだけ言うとにやりと笑って、信長は部屋を出て行ってしまった。兵まで貸すのに用件だけ伝えてさっさと何処かへ行ってしまうのは、忙しいからなのか、それとも俺達にあまり期待していないからなのか。
「なあ、とりあえず宿に戻って準備しよう」
信長がどう思っていようとも、明日から兵を引き連れて行かねばならないのだ。ぐずぐずしている暇はない。床に手をつき「よっこらせ」と声を出しながらおじさんくさく立ち上がった。障子に手をかけた所で後ろを振り返る。
「……鉄? どうしたんだよ。行かないのか?」
部屋から出ようとして、鉄が座ったままなのに気がついた。早く帰って準備もしたいのに動こうとしない。
「真人、もしかしたら俺達は思い違いをしていたのかもしれない」
「なに。どういうこと?」
今更思い違いって何だよ。さっきの話で変な所なんてあったか? 相手は百姓だし、兵も借りられる。ちゃんとした指揮する人が居ないのは痛いけど鉄がなんとかするだろ。
「信長に働けって言われた時、俺はあり得ないが昔のことは根に持たれてないと思っていた。正直、牢ならまだしも首を切られるって覚悟していたからな」
「そりゃ裏切った相手が目の前にいたら怒りもするよ。手間も増えたみたいだし。でも、それは俺達がこの問題を解決することで許してもらえるっていう話になったよな。何が問題なんだ?」
いまいち鉄の言いたいことがわからなくて問いかける。その時、冷や汗の浮かぶ横顔が見えた。
「百姓が反抗することはたまにある。中には規模の小さいやつもあるし、すぐに武力とかで制圧できるのも本当だ。でもな……例えたったの五十人しかいなくても織田の兵だぞ? それを敵かもわからないような俺達に普通預けるか? しかもだ、武将が来たがらないのもおかしい。簡単なら手柄を立てたがる奴は大勢いる」
「つまり……?」
「俺達は捨て駒、よくて使い捨てできる手駒だ。もし上手くいったら得したくらいの気持ちでしかないんだろう。これは明日の兵も期待できそうにないぞ」
「いやいや、捨て駒と使い捨ての手駒って同じだから! それに、兵を預けても俺達がその人達を使って自分を襲撃するかもって考えるはずだ。捨て駒扱いなら兵の損失にもなるし、それはないんじゃない?」
「ああ、だからこそ"俺達に預けても問題ない兵士"が来るはずだ。くそっ、すっぽかしてやろるか」
ダンッと鉄が怒りをぶつけるかのように畳を殴りつけた。そのとき、急に俺の二回り以上大きい影が俺の影の上から出できて、足元が暗くなった。
「お主等、明日の準備はもう済ませたのか? そんな所に居座っても良い案は浮かばぬであろう」
低い声がこの場に響き、のしのしと床を鳴らして俺の前まで来た。どっしりとした体で少し見上げてしまうほどだ。
「兵を率いるなんぞ初めての事だろうが心配はない! あれでも織田の兵だからな!」
がっはっはっと一人愉快そうに笑っている。豪快な声を上げている顔を見て、ふと既視感が湧いてきた。あれ、この髭面見たことがある気がする。確か広間に連れて来られた時に俺の事を尋問(拷問)するって名乗りをあげてた人じゃあ……。
ここまで思い出して、一気に体感温度下がった気がする。自分のこと勝家って言ってたのを聞いて「え? 本物!?」ってちょっぴりミーハー気分になってたら近くにいた武将の人が物騒なこと言い始めてたし。今会いたくない人ランキングに見事ランクイン中の人物だ。
「あのぅ、何でここに?」
「なに、通りがかっただけだ。外れくじを引かされてどんな顔をしてるかと思えば、全然大した事ないじゃないか。つまらん!」
知らないだろうけど、さっきまで鉄は畳を殴ってましたよ。というか、聞いた感じでは完全にからかいにきただけのようだ。そしてあの有名武将をギロっと睨んで声を上げたのが、怖いもの知らずの鉄。
「おい、外れくじってどういう事だ。説明しろ」
「て、鉄、言葉! 無礼だって」
「よい。端から期待などしておらぬ。内心と言動が合っていない奴よりよっぽど小気味良いわ。しかし、あの荒くれ百姓共を相手にするのは外れくじという他はないだろう。殿から何も伝えられてないのか?」
「荒くれ百姓……」
俺の場合、百姓というとお爺ちゃんやお婆ちゃんのような気の良い人達しか思い浮かばない。俺がおじゃましてた村はのどかで、贅沢は出来ないけど皆が穏やかに暮らしていた。
若い働き手も田舎の農家という雰囲気が強くて、荒くれという言葉が似ても似つかないような人達だった。一揆を起こす力があるなら仕事を手伝えって言われそうな所。
「あやつらは百姓のくせして、田畑を耕すどころか武器を持ってやってくる。其方なんぞは一瞬で一捻りされるのではないか?」
バンバンと肩に衝撃が走る。そんな笑いながら肩を叩かれても頷けるような内容じゃない。なんだよ、荒くれ百姓って。くわを持って追いかけてくるのか? どんなホラーだ。
「まあ今更後悔しても遅い。兵はしっかり選んで置くからな!」
がっはっはっと再度豪快に笑いながら去っていく。つい返事もせず、うろんげな視線で見送ってしまった。一体どんな兵が集められるのか今から楽しみだ。
…………鉄じゃないけど明日すっぽかしてやりたい。
「鉄。俺達さ、なんで織田領まで来たんだっけ」
「八津左の奴らから逃げるためだろ」
「重孝もおじさんの所に預けたし、ここまでくる必要あったか?」
「…………さあ?」
「なんかもうさ……。何処にいても変わらなくね?」
「そうだな」
いつの間にか立ち上がっていた鉄が部屋から出た。歩くのも面倒くさい気がして二人して呆けたように空を見つめる。
「敏之は怪我大丈夫なのかな。斎賀に戻りたい」
「奇遇だな。俺もだ」
何処に行っても問題が起きるなら斎賀に居たいよな。皆が居れば何とかなる気がする。
体感的にもう何ヶ月も会っていない感覚だ。まだ一月も経っていないのに。くそっ、これも八津左の奴らめ!
無気力状態から一転して怒りが湧く。その勢いに乗ってずんずんと宿へ帰っていった。
「いやぁ、いつ来てもここは良い茶器が揃ってるなあ」
「そうかい? 褒めたって安くはしないぞ?」
「そりゃまいった!」
わっはっはと二人の男が声を合わせて笑う。しかし商人風の男には覇気がない。それを見て、職人が「どうした?」と心配そうに尋ねた。
「いや今日こっちに着いたばかりなんだが、ついこの間まで織田領に居たんだ」
「ほう、織田に。それがどうかしたのか?」
「そこでうまい飯を作る若いのが居てな、信長様に話したら連れてこいと言われて屋敷に連れて行ったんだ。そしたら、その二人がとんでもない男だったみたいで」
「おお、どんな風にだ?」
「一人は愛想が無い奴だったんだが、これが曲者で。前に信長様に仕えていたが二重の間者だったらしい。しかもどっちも裏切っていた厄介者の忍びだ」
「うへえ。忍びか。それでもう一人は?」
「ああ、そいつは気のいい奴だったんだが……。お前さん、ちいずって知っているか?」
「ちいず? なんだそれ?」
「だよな。俺も知らない。だが、そいつはただの飯売りのはずなのに"ちいず"を知っていて、信長様も知らなかった調理法で料理をお出ししたんだ! どう考えても普通じゃない!」
「忍びと誰も知らないことを知っている男……。そいつら、どこかの間者だったんじゃないのかい?」
「違いない。毒気の抜かれる顔に危うく騙されかけた」
「居合わせるなんて災難だったな。でも大丈夫だ。斎賀はそんなことないからよ」
「ふう。話したら少し落ち着いたよ。あの後すぐにここに向かったから誰にも話せなくてな」
「そうかい。あんたはお得意様だし俺でいいならいつでも相談に乗るからな」
「ありがたい」
一息ついたところで、入り口に三つの人影が現れた。そのうちの二つは子供のようだ。
「すいません、おじさん居ますか?」
「おうよ! ちょっと待ってくれ」
「はーい」
返事をしたのはいいが、入ってこない。客じゃないのか? 不思議に思った商人が職人に尋ねる。
「客か? 入ってこないようだが」
「ああ、あの子らは客じゃない。俺の元に知り合いの便りが来てないか確かめに来てるだけだ」
「直接届ければいいのに。わざわざここに来るのか?」
「色々あってあの子等のいる場所には届けられないらしい。最後に来たのが俺の所だから、何か来ていないかたまに来るんだ。まあ便りなんぞないから、今どうしているのかわからないけどな」
「友達か? ここまで来るなんて仲がいいな。そういえば、鉄は家来って言ってたな。……今思い出したんだが、あの忍び、俺から見て友達だと思っていたのに飯売りの家来だと豪語してたんだ。一体、本当は何処の誰なのかだけは知りたかった。教えてくれた名前も本当かどうか」
「家来? どこかのお武家様の子か? どういう名前だったんだい?」
話の流れで職人が名前を聞く。その質問に、商人はあの能天気な顔を思い浮かべて名前を口にした。
「そいつな、俺には真人って名乗ってたんだ。聞いたことあるかい?」
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