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- 7 - 深淵と魂の叫び
- 7 - 深淵と魂の叫び 2話
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先ほどの景色からさほど変わっていないようにも思うが、陽の位置が明らかに変わっている。
「…なあ、あの二人大丈夫なのか?何時間あの状態で居たんだよ?」
先ほどと変わらぬ姿勢でガゼボで設計図を見るティモシーと遠くに走るジルが見え呆れを含んだレンの声にネイトが答える。
「確かにお二人ともずっと打ち込んでいるように見えますが、合間に湖に視線を送っているので思うほど、集中はされていないのではないですかね…?」
ネイトが指摘する通り、ティモシーはガゼボで魔道列車の設計図に目を通し、ジルは隣の庭園で軽く汗を流していたが、二人の意識は常に湖の中心へと向いていた。
やがて、湖面が静かに波紋を広げ、ベネットの精神体が再び姿を現した。
その表情はいつものようにマイペースだったが、瞳の奥には確かな覚悟の光が宿っている。
「さて、と。準備はできたわ。
ダニエルからの詳細な指示もちゃんと確認したし、そろそろ返事が来ると思うの。
返事が来てダニエルたちの準備が整ったら"モイラ"にご挨拶といきましょうか。」
ベネットは、まるで近所にお使いにでも行くかのような気軽さで言う。
「ティモシー、ジル。
あなたたちはここで、水盤を通してわたくしの精神状態と、モイラの様子を監視していてちょうだい。
ティモシーは私とのつながりが途切れないように魔道具への魔力が途切れないように気を付けてね。
ジルはティモシーの補佐をお願い。
たぶんそんなに困ったことは起きないと思うのだけど、何があっても、直接手出しはしないこと。
いいわね?」
オーブンで「パイが焦げないように見ていて」とでもいうような温度感で話すベネットからの指示でも、緊張感を取り戻し気持ちを引き締める二人に、そんな二人を見て頬を緩ませるベネットだけを見ていると、世界の危機など嘘だと感じるような光景でしかない。
その時、ティモシーが持つ通信魔道具が静かに光り、ダニエルの少し強張った声が響いた。
『ベネット、ティモシー、ジル、聞こえるか?
こちらの準備も最終段階だ。
モイラへの接続についてできるだけの準備は整った。
魔力供給に水盤の連携も全て再確認した。
…本当に、いまこのまま初めて大丈夫なんだな?』
ダニエルの声には、作戦の重圧と、ベネットへの信頼と、そしてわずかな不安が滲んでいた。
ベネットは、湖面にふわりと浮かんだまま、くすりと笑った。
「あら、ダニエル。あなた、ちょっと神経質すぎやしないかしら?
そんなに最初から肩に力が入っていたら、うまくいくものも、うまくいかなくなってしまうわよ。
もっとこう、リラックス、リラックス」
彼女は、まるで温泉にでも浸かっているかのように、のんびりとした口調で続ける。
『リラックス、と言われてもだな…!
世界の命運がかかっているんだぞ!
万が一のことがあれば…!』
ダニエルの声が焦りを帯びる。
「万が一のことは、万が一の時に考えればいいのよ。
それより、わたくしのこの新しい髪型、どうかしら?
湖の水の流れをイメージしてみたのだけれど」
ベネットは、自分の精神体の髪を軽く揺らしてみせる。
もちろん、ダニエルたちが見ている水盤には、そんな細かな変化は映らないだろうが、彼女は本気でそう言っているようだった。
『……ベネット、今はそういう話をしている場合では…!』
ダニエルのため息が聞こえてくるようだ。
「ふふ、冗談よ、冗談。あなたをからかうのは、いつだって楽しいもの。
大丈夫よ、ダニエル。
わたくしだって、伊達に何年もこの湖の管理人をやっているわけじゃないの。
それに、可愛いティモシーと、頼りになるジルも、ちゃんとここでサポートしてくれるんですもの。
ねえ、二人とも?」
ベネットは、湖畔のティモシーとジルに悪戯っぽくウィンクを送る。
二人は、緊張しながらもコクコクと頷いた。
『…ああ、そうだな。ティモシー、ジル、くれぐれも頼んだ。
…よし、ベネット。
接続を開始する。
君のタイミングで、モイラへの接触を始めてくれ』
ダニエルは、ベネットのペースにやや呆れつつも、彼女の底知れない能力と、この土壇場での落ち着き払った態度に、ある種の信頼を寄せるしかなかった。
「大丈夫よ。大丈夫。どうにかなるわ。
じゃあ、行ってくるから。
ダニエルたちもちゃんと接続が切れないようにしていてね。
ティモシー、ジルあとはよろしくね
でも、無理しちゃだめよ」
「…はい、ベネット。でも、ベネットこそ無理だけは…」
ティモシーの声には、心配と決意が入り混じっていた。
「ベネット、お気をつけて!」
ジルも力強く声をかける。
「はいはい。行ってくるわね」
ベネットはひらひらと手を振ると、その精神体は静かに湖の深淵へと沈んでいく。
先ほどとは異なり、彼女が沈みゆくにつれて、湖全体に淡い光を放つ巨大な魔法陣が浮かび上がり、無数の光の粒子が複雑な模様を描きながら渦巻き始めた。
それは、レオントポディウムの全ての天然の記憶の湖が、今まさに一つの意志の元に結集しようとしている壮大な光景だった。
初めて目にするその神々しくも恐ろしい光景に、ティモシーとジルは息を飲んで見入っていた。
そんな二人を現実に戻すかのように、まだ接続が切れていなかった通信魔道具から、ダニエルの絞り出すような声が響いた。
『ベネットは全く…あいつのああいうところに、いつも救われるんだか、いまは寿命が縮む気がする…。
ティモシー、ジル。
二人とも気を引き締めてくれ。
これから何が起こるか分からん。
ベネットとの接続が絶対に切れないように、全力を尽くしてくれ!』
ダニエルの声には、ベネットへの複雑な感情と、作戦への強い覚悟が込められていた。
――――――――――
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「…なあ、あの二人大丈夫なのか?何時間あの状態で居たんだよ?」
先ほどと変わらぬ姿勢でガゼボで設計図を見るティモシーと遠くに走るジルが見え呆れを含んだレンの声にネイトが答える。
「確かにお二人ともずっと打ち込んでいるように見えますが、合間に湖に視線を送っているので思うほど、集中はされていないのではないですかね…?」
ネイトが指摘する通り、ティモシーはガゼボで魔道列車の設計図に目を通し、ジルは隣の庭園で軽く汗を流していたが、二人の意識は常に湖の中心へと向いていた。
やがて、湖面が静かに波紋を広げ、ベネットの精神体が再び姿を現した。
その表情はいつものようにマイペースだったが、瞳の奥には確かな覚悟の光が宿っている。
「さて、と。準備はできたわ。
ダニエルからの詳細な指示もちゃんと確認したし、そろそろ返事が来ると思うの。
返事が来てダニエルたちの準備が整ったら"モイラ"にご挨拶といきましょうか。」
ベネットは、まるで近所にお使いにでも行くかのような気軽さで言う。
「ティモシー、ジル。
あなたたちはここで、水盤を通してわたくしの精神状態と、モイラの様子を監視していてちょうだい。
ティモシーは私とのつながりが途切れないように魔道具への魔力が途切れないように気を付けてね。
ジルはティモシーの補佐をお願い。
たぶんそんなに困ったことは起きないと思うのだけど、何があっても、直接手出しはしないこと。
いいわね?」
オーブンで「パイが焦げないように見ていて」とでもいうような温度感で話すベネットからの指示でも、緊張感を取り戻し気持ちを引き締める二人に、そんな二人を見て頬を緩ませるベネットだけを見ていると、世界の危機など嘘だと感じるような光景でしかない。
その時、ティモシーが持つ通信魔道具が静かに光り、ダニエルの少し強張った声が響いた。
『ベネット、ティモシー、ジル、聞こえるか?
こちらの準備も最終段階だ。
モイラへの接続についてできるだけの準備は整った。
魔力供給に水盤の連携も全て再確認した。
…本当に、いまこのまま初めて大丈夫なんだな?』
ダニエルの声には、作戦の重圧と、ベネットへの信頼と、そしてわずかな不安が滲んでいた。
ベネットは、湖面にふわりと浮かんだまま、くすりと笑った。
「あら、ダニエル。あなた、ちょっと神経質すぎやしないかしら?
そんなに最初から肩に力が入っていたら、うまくいくものも、うまくいかなくなってしまうわよ。
もっとこう、リラックス、リラックス」
彼女は、まるで温泉にでも浸かっているかのように、のんびりとした口調で続ける。
『リラックス、と言われてもだな…!
世界の命運がかかっているんだぞ!
万が一のことがあれば…!』
ダニエルの声が焦りを帯びる。
「万が一のことは、万が一の時に考えればいいのよ。
それより、わたくしのこの新しい髪型、どうかしら?
湖の水の流れをイメージしてみたのだけれど」
ベネットは、自分の精神体の髪を軽く揺らしてみせる。
もちろん、ダニエルたちが見ている水盤には、そんな細かな変化は映らないだろうが、彼女は本気でそう言っているようだった。
『……ベネット、今はそういう話をしている場合では…!』
ダニエルのため息が聞こえてくるようだ。
「ふふ、冗談よ、冗談。あなたをからかうのは、いつだって楽しいもの。
大丈夫よ、ダニエル。
わたくしだって、伊達に何年もこの湖の管理人をやっているわけじゃないの。
それに、可愛いティモシーと、頼りになるジルも、ちゃんとここでサポートしてくれるんですもの。
ねえ、二人とも?」
ベネットは、湖畔のティモシーとジルに悪戯っぽくウィンクを送る。
二人は、緊張しながらもコクコクと頷いた。
『…ああ、そうだな。ティモシー、ジル、くれぐれも頼んだ。
…よし、ベネット。
接続を開始する。
君のタイミングで、モイラへの接触を始めてくれ』
ダニエルは、ベネットのペースにやや呆れつつも、彼女の底知れない能力と、この土壇場での落ち着き払った態度に、ある種の信頼を寄せるしかなかった。
「大丈夫よ。大丈夫。どうにかなるわ。
じゃあ、行ってくるから。
ダニエルたちもちゃんと接続が切れないようにしていてね。
ティモシー、ジルあとはよろしくね
でも、無理しちゃだめよ」
「…はい、ベネット。でも、ベネットこそ無理だけは…」
ティモシーの声には、心配と決意が入り混じっていた。
「ベネット、お気をつけて!」
ジルも力強く声をかける。
「はいはい。行ってくるわね」
ベネットはひらひらと手を振ると、その精神体は静かに湖の深淵へと沈んでいく。
先ほどとは異なり、彼女が沈みゆくにつれて、湖全体に淡い光を放つ巨大な魔法陣が浮かび上がり、無数の光の粒子が複雑な模様を描きながら渦巻き始めた。
それは、レオントポディウムの全ての天然の記憶の湖が、今まさに一つの意志の元に結集しようとしている壮大な光景だった。
初めて目にするその神々しくも恐ろしい光景に、ティモシーとジルは息を飲んで見入っていた。
そんな二人を現実に戻すかのように、まだ接続が切れていなかった通信魔道具から、ダニエルの絞り出すような声が響いた。
『ベネットは全く…あいつのああいうところに、いつも救われるんだか、いまは寿命が縮む気がする…。
ティモシー、ジル。
二人とも気を引き締めてくれ。
これから何が起こるか分からん。
ベネットとの接続が絶対に切れないように、全力を尽くしてくれ!』
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