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北城市記録会 1年編

第26走 今日はどんな1日だった?

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 西日がトラックを強く照らしていた。

 トラックでは北城市記録会、最後の種目である男子3000mの最終組が走っている。
 100m走の時間がほとんどを占めてしまうので、リレー種目が開催されないのもこの記録会の特徴なのだ。

 さて、そんな終わりの雰囲気を漂わせたスタンドでは、キタ高の部員達が陣地のブルーシートを片づけ始めていた。
 もちろん周りの学校も、既に帰る準備を整え始めている。

 そんな中でも部員達の頭に浮かぶのは、やはり今日の記録会で印象に残った選手達だろう。

 女子100mではキタ高の如月美月と木本由佳。
 男子100mではヤマジツの木村とタケニの虎島勇気。
 短距離ではこの4人が強く印象に残る記録会だった。

 特に1年生の虎島は、隼人を含む複数の3年生に勝ったのだ。
 その衝撃は部員だけではなく、各高校の顧問達にもインパクトを与えただろう。
 おそらく来週の市予選でも注目されるのは間違いない。

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 そして惜しくも虎島に敗れたキャプテンの隼人は、陣地で悔しさをあらわにしていた。

「いやー、また凄い1年が出てきたな。ヤバイヤバイ!これは気合い入れ直さないと!」

 このように周りに明るく振る舞っているように見える隼人だが、これは”キャプテンが落ち込んでしまえば周りが気を使ってしまう”事を重々承知していたからだ。
 だが時折隠しきれない悔しさが表情に出ている。
 それだけ隼人にも大きな敗戦だったようだ。

 それに対して虎島のレース後も印象に残った。

 3年生達に勝ったにも関わらず、特に嬉しそうな表情は浮かべず、相変わらず片方の口角だけを上げる不気味な表情のままだったのだ。
 大抵の1年なら、初レースで良い結果を残せた事に喜びを感じるだろう。
 だが虎島にはそういった感情は湧き上がっていないように見えた。



 だがそれとは対照的に、感情を表に出し続ける1年生もいた。
 それはベストタイムから程遠いタイムを記録し、虎島にも見事に惨敗した翔だ。
 そう、彼はトラックから帰って以降、一言も発していない。
 ハッキリ言ってタイムだけ見れば、翔も新1年生とは思えないほどの素晴らしいタイムだった。
 だが彼にとっては”虎島に負けた”のだから何も意味がないのだ。

「結城。何か声かけてやれよ」

「なんで俺なんだよ。無理だってアレは……」

 結城と康太はブルーシートを袋に詰めながら話していた。
 何も話さない翔が気になる2人は、何か彼のために出来ないかと考えていたのだ。

 だが結城の方は消極的である。
 なぜなら翔とは仲が良いと言えるほど話してもいないし、長い時間も過ごしてはいない。
 現実主義の結城は、そこで気軽に話しかけられるメンタルは持ち合わせてはいなかったのだ。

「この悔しさが郡山を成長させるんだ。うん。きっとそうだ」

 結城は一人でつぶやき、そして納得している。

「お前、絶妙にダサい事言って納得すんなよ!」

 康太は少しだけ呆れている様子だ。
 するとダラダラ片付ける2人を見かねたのか、後ろにいた3年生の山口渚やまぐちなぎさも声をかけた。

「おい早馬と長野!それ終わらせてコッチも手伝ってくれ」

 まだ渚に慣れていない1年生にとっては圧が強い話し方だった。

 だが実際の渚はというと、今日の100mでベストタイムの11.23(+0.9)を記録して、上機嫌である。
 ただ普段から強気な性格の彼は、普通に話すだけでも後輩には少し怖がられる場面が多々ある。
 そしてそれは彼自身の悩みでもあるのだ。

 ちなみに短距離選手としての渚はというと、キタ高の4×100mリレーのアンカー(最終走者)を務める実力者である。
 とはいえ隼人には100mのタイムでは遠く及ばない。
 そう、”100mでは及ばない”のである。

 というのも彼はスタートが極端に苦手である。
 ただその代わりとなる武器が”トップスピードの速さ”だ。
 ここは隼人と同等かそれ以上のスピードを出す事ができる。
 なので、そんな渚にとって最初からトップスピードを出しやすいリレー種目は、100mとは別人のような活躍を見せるのだ。

 そんな山口渚の勝負強さは、近い将来1年生達に衝撃を与える事となる……。

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 そんな渚の作業を手伝う康太も、今日は100mに出場していた。
 タイムは11.79(+0.1)という、中々の好タイムだ。

 さらにゴーに関しては1年生の中で最もインパクトを残したと言える。
 ゴーは元々中学時代から県内屈指の投擲とうてき選手だった。
 さすがの体格もあってか、今日も他校の先輩達に全く引けを取らないパフォーマンスを見せたのだ。

 具体的に言うならば、砲丸投げで14m94という記録会全体3位の結果を残した。
 ちなみにベストを2cm更新というオマケ付きである。
 彼の競技終了直後、結城を誘拐したでおなじみの黒田兄弟の兄・一郎もゴーを讃えていた。

「竹原(ゴー)よ!素晴らしい投擲だったぞ」

 ライバルになるであろう後輩の登場に、黒田兄弟は嫉妬しっとなどせずにシッカリと褒めていたのだ。
 しかし肝心のゴーはというと……。

「うす。ありがとうございます……」

 と、特別喜ぶ様子は見せなかった。
 なぜなら彼にとってはベストを更新した喜びよりも、今日の寮で美味しい晩御飯が食べられる事の方が大事だったのだから。

 ましてや今日は初記録会で体は疲れ切っている。
 おそらく何を食べても最高級に美味しいと感じられる事が嬉しくて仕方がなったのだ。
 もはや”彼らしい”と言う他ない。

「兄者よ。あいつはデカくなりますぞ」

 黒田兄弟の弟・二郎が、兄の一郎に語り掛ける。
 そんな2人は腕を組みながら、ノッソノッソと歩いていくゴーの背中を笑顔で見つめているのだった。

 ちなみに今日の砲丸投げの1位と2位はこの2人である。
 2人とも2年生ながら今年の全国インハイ出場が有力視されている、実はすごい選手なのだ。
 ”キタ高の黒田兄弟”と聞けば、県内の投擲選手は息を飲むと言われている2人に期待されるゴーは、きっとここから大きな飛躍をしていくのだろう。

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 帰りの荷物もまとまり、キタ高の部員達はスタンドから出発し始めた。
 もちろん荷物は1年生が分担して持っている。

 そして試合後は吉田先生のいるスタンド下部の本部前へと集まり、今日の総評を聞くのが決まりになっている。
 ちなみに吉田先生は県内でも屈指の権力を持つ人物という事もあり、実は記録会の開催責任者でもあるのだ。

 そんな吉田先生の元へ向かう為、重い荷物を持つ1年生達はスタンドの階段を降り、先輩より遅れて先生の所へ向かおうとしていた。
 だが、そんな時だった。

「お、キタ高じゃないか。お疲れ様」

 結城達には聞き覚えのある声が、スタンドの上部から降り注いだ。
 その声の主は、不気味で不快な笑みを浮かべている。

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