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兵庫県予選大会 1日目
第95走 吉報
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メイントラックでは男子1500m走の決勝がスタートしていた。
◇
「いや、4継速すぎじゃね!?」
レースとダウンを終えたばかりの結城に対してそう声を上げていたのは、スタンドで4継の予選を見ていた康太だった。
現在は競技場の外に設置しているキタ高テント内で過ごしている。
そして話しかけられた結城の方はというと、少し疲労感の残る表情を浮かべているが、同時に充実感も含んだ声色で答える。
「いや他の3人が速すぎた。俺は全然だったよ」
そう言いながらも大きなプレッシャーから解放された結城は、既に眠気と戦っていた。
だが康太はそんな事などお構いなしで続ける。
「てか結城、さっきのタイムは全体トップだって!」
「へー、マジで?予選とはいえ出来すぎだな」
「特に郡山ヤバかったぞ。10秒前半出てたな、アレは」
「だとしたら全国トップレベルじゃねえか」
「いや、マジでそれぐらい速かったんだって」
そう言いながら、2人は先程のレース振り返る。
実際キタ高の予選タイムは全体トップだった。
2番目はベストメンバーで臨んでいた二木山、その後は武川第二、山足実業、都高校と続いている。
だがヤマジツはエースの木村、タケニは3年のベストメンバー西村を温存しており、準決から決勝に向けてまだまだタイムは上がると予想される。
だがそれでもキタ高が記録した”41秒71”というタイムは、決勝で出せば近畿出場は確実、状況によっては優勝も狙っていける程の好タイムだ。
この予選の衝撃により、準決勝からのキタ高の注目度は一気に上がる事となるだろう。
————————
そんな2人が話している現在のキタ高テント内には、数人の部員やマネージャー、そして2年の黒崎慎吾もいた。
そんな慎吾は先程、男子走り幅跳びの決勝から戻って来たばかりであり、これから最終種目である男子4継の準決勝の第1走として走る事も決まっていた。
つまりは事前の予定通り、予選の結城と入れ替わりという形で慎吾が走るのだ。
「まったく、早馬がハードルあげてくれたよね~」
すると慎吾はテントに寝転びながら結城にそう言い放っていた。
だが普通に寝転んでいる訳では無い。
というのも1年の一縷に湿布を渡して、これまでに何度も貼っては剥がしたであろう痕が残る腰の部分に貼ってもらっていたのだ。
さらにその傍らには、先程まで使っていたであろう氷嚢もトンッと置かれている。
もちろん結城もその状況には気付いており、慎吾が”万全の状態ではない事”にも気付いてはいた。
だがそれをあえて口に出す事は無く、むしろ先程の慎吾の発言に対して反応した。
「いや、あれは他の3人が速すぎただけですよ」
「まぁそうだよね、全員10秒台の選手だし。山口先輩は100のベストは10秒台いかないけど、4継の時は間違いなく10秒台中盤は出てる。僕みたいなのとは格が違うよね」
そう言って少し残念そうな表情を浮かべる慎吾。
するとそれを見て気を使ったのか、結城はいつもより明るく振る舞う。
「く、黒崎先輩だって11秒中盤出してるんですから、充分早いっすよ!俺が走って41秒後半出たんですから、ベストメンバーの黒崎さんが入れば41秒前半も夢じゃないです!」
ここで結城は、自分の手のジェスチャーがいつもより大きくなっている事に気付く。
どうやらそれは、慎吾の方にも伝わったようだ。
「あ、なんか気使わせてゴメン……。予選の早馬に負けないように僕も頑張るよ」
あまり話した事のない結城の必死さに気付いたのか、慎吾は少し申し訳なさそうに答えていた。
「……」
「……………」
するとここで、テント内に数秒の静寂が走る。
口を開くには少し重い空気が漂い始めてしまったのだ。
だが突然、ここに救世主が現れる。
【バサッ!!】
テント入り口にかかる幕が勢いよく上がり、そして間髪入れず2年マネージャー・三島里奈の高い声がテント内に響き渡った!
「みんな!黒田兄弟と竹原(ゴー)くんが近畿決めたよっ!!」
「……えぇ!!?」
”近畿を決めた”
つまり本日行われていた男子砲丸投げの決勝で6位以内に入り、近畿大会への出場権を得たという事だ。
するとゴーとは同級生であり寮の同部屋でもある結城と康太は、誰よりも早く驚きの声を上げていた。
「え!ゴーのヤツが近畿っすか!?1年なのにスゲー!」
「マジかよ、凄いなアイツ!」
ちなみに黒田兄弟の近畿出場に関しては、大方の予想通りといった所だった。
だが1年のゴーが、他校の強靭な先輩達を押しのけて6位以内に入ったという快挙は、キタ高部員、そして他校の投擲選手達や指導者たちに大きなインパクトを与えていた。
だがそんな興奮に包まれるテント内をよそに、里奈は必要な情報だけをさらに伝える。
「それで黒田兄弟は1位と3位だから、このあと表彰式があります。見に来れる人はスタンドに行って拍手を送ってあげてください!」
そして里奈はそう言い残すと、そそくさとスタンドへと戻っていった。
普段から真面目で溌溂としている里奈は、女子部員の中ではムードメーカーのような存在である。
だが真面目が故に、彼女はテントで興奮を長く共有すること無くマネの仕事へと戻った。
あくまでも”結果を伝える仕事”だけが、今の彼女にとっては重要だったようだ。
◇
「投擲だけで3人近畿決めるとか、キタ高は投擲系の学校だと思われるかもな!」
まだ興奮状態の康太は、先ほど結城と慎吾の間に流れかけた一瞬の気まずい空気を完全に忘れていた。
だが幸い、それは結城も同様だった。
「いや、4継もこれから近畿決めるし、佐々木先輩とか如月先輩も個人種目で近畿余裕だろ?マジで今年のキタ高強いんじゃないか!?」
「確かにそうだよな!先輩達もゴーもエグすぎ。帰ったら好きなおかず分けてやろうぜ!」
「あぁ、決まりだな!」
新たな時代の幕開けを感じさせる吉報に、2人の声は弾むばかりだ。
————————
◇
「いや、4継速すぎじゃね!?」
レースとダウンを終えたばかりの結城に対してそう声を上げていたのは、スタンドで4継の予選を見ていた康太だった。
現在は競技場の外に設置しているキタ高テント内で過ごしている。
そして話しかけられた結城の方はというと、少し疲労感の残る表情を浮かべているが、同時に充実感も含んだ声色で答える。
「いや他の3人が速すぎた。俺は全然だったよ」
そう言いながらも大きなプレッシャーから解放された結城は、既に眠気と戦っていた。
だが康太はそんな事などお構いなしで続ける。
「てか結城、さっきのタイムは全体トップだって!」
「へー、マジで?予選とはいえ出来すぎだな」
「特に郡山ヤバかったぞ。10秒前半出てたな、アレは」
「だとしたら全国トップレベルじゃねえか」
「いや、マジでそれぐらい速かったんだって」
そう言いながら、2人は先程のレース振り返る。
実際キタ高の予選タイムは全体トップだった。
2番目はベストメンバーで臨んでいた二木山、その後は武川第二、山足実業、都高校と続いている。
だがヤマジツはエースの木村、タケニは3年のベストメンバー西村を温存しており、準決から決勝に向けてまだまだタイムは上がると予想される。
だがそれでもキタ高が記録した”41秒71”というタイムは、決勝で出せば近畿出場は確実、状況によっては優勝も狙っていける程の好タイムだ。
この予選の衝撃により、準決勝からのキタ高の注目度は一気に上がる事となるだろう。
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そんな2人が話している現在のキタ高テント内には、数人の部員やマネージャー、そして2年の黒崎慎吾もいた。
そんな慎吾は先程、男子走り幅跳びの決勝から戻って来たばかりであり、これから最終種目である男子4継の準決勝の第1走として走る事も決まっていた。
つまりは事前の予定通り、予選の結城と入れ替わりという形で慎吾が走るのだ。
「まったく、早馬がハードルあげてくれたよね~」
すると慎吾はテントに寝転びながら結城にそう言い放っていた。
だが普通に寝転んでいる訳では無い。
というのも1年の一縷に湿布を渡して、これまでに何度も貼っては剥がしたであろう痕が残る腰の部分に貼ってもらっていたのだ。
さらにその傍らには、先程まで使っていたであろう氷嚢もトンッと置かれている。
もちろん結城もその状況には気付いており、慎吾が”万全の状態ではない事”にも気付いてはいた。
だがそれをあえて口に出す事は無く、むしろ先程の慎吾の発言に対して反応した。
「いや、あれは他の3人が速すぎただけですよ」
「まぁそうだよね、全員10秒台の選手だし。山口先輩は100のベストは10秒台いかないけど、4継の時は間違いなく10秒台中盤は出てる。僕みたいなのとは格が違うよね」
そう言って少し残念そうな表情を浮かべる慎吾。
するとそれを見て気を使ったのか、結城はいつもより明るく振る舞う。
「く、黒崎先輩だって11秒中盤出してるんですから、充分早いっすよ!俺が走って41秒後半出たんですから、ベストメンバーの黒崎さんが入れば41秒前半も夢じゃないです!」
ここで結城は、自分の手のジェスチャーがいつもより大きくなっている事に気付く。
どうやらそれは、慎吾の方にも伝わったようだ。
「あ、なんか気使わせてゴメン……。予選の早馬に負けないように僕も頑張るよ」
あまり話した事のない結城の必死さに気付いたのか、慎吾は少し申し訳なさそうに答えていた。
「……」
「……………」
するとここで、テント内に数秒の静寂が走る。
口を開くには少し重い空気が漂い始めてしまったのだ。
だが突然、ここに救世主が現れる。
【バサッ!!】
テント入り口にかかる幕が勢いよく上がり、そして間髪入れず2年マネージャー・三島里奈の高い声がテント内に響き渡った!
「みんな!黒田兄弟と竹原(ゴー)くんが近畿決めたよっ!!」
「……えぇ!!?」
”近畿を決めた”
つまり本日行われていた男子砲丸投げの決勝で6位以内に入り、近畿大会への出場権を得たという事だ。
するとゴーとは同級生であり寮の同部屋でもある結城と康太は、誰よりも早く驚きの声を上げていた。
「え!ゴーのヤツが近畿っすか!?1年なのにスゲー!」
「マジかよ、凄いなアイツ!」
ちなみに黒田兄弟の近畿出場に関しては、大方の予想通りといった所だった。
だが1年のゴーが、他校の強靭な先輩達を押しのけて6位以内に入ったという快挙は、キタ高部員、そして他校の投擲選手達や指導者たちに大きなインパクトを与えていた。
だがそんな興奮に包まれるテント内をよそに、里奈は必要な情報だけをさらに伝える。
「それで黒田兄弟は1位と3位だから、このあと表彰式があります。見に来れる人はスタンドに行って拍手を送ってあげてください!」
そして里奈はそう言い残すと、そそくさとスタンドへと戻っていった。
普段から真面目で溌溂としている里奈は、女子部員の中ではムードメーカーのような存在である。
だが真面目が故に、彼女はテントで興奮を長く共有すること無くマネの仕事へと戻った。
あくまでも”結果を伝える仕事”だけが、今の彼女にとっては重要だったようだ。
◇
「投擲だけで3人近畿決めるとか、キタ高は投擲系の学校だと思われるかもな!」
まだ興奮状態の康太は、先ほど結城と慎吾の間に流れかけた一瞬の気まずい空気を完全に忘れていた。
だが幸い、それは結城も同様だった。
「いや、4継もこれから近畿決めるし、佐々木先輩とか如月先輩も個人種目で近畿余裕だろ?マジで今年のキタ高強いんじゃないか!?」
「確かにそうだよな!先輩達もゴーもエグすぎ。帰ったら好きなおかず分けてやろうぜ!」
「あぁ、決まりだな!」
新たな時代の幕開けを感じさせる吉報に、2人の声は弾むばかりだ。
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